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東京高等裁判所 昭和44年(ネ)931号 判決 1969年11月15日

控訴人 小森俊郎

被控訴人 今井貞一

主文

原判決を取消す。

東京地方裁判所が昭和四二年三月二七日控訴人(債務者)、被控訴人(債権者)間の同庁昭和四二年(ヨ)第三二六三号不動産仮処分申請事件につきなした仮処分決定を取消す。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

この判決は前第二項に限り仮りに執行することができる。

事実

控訴代理人は主文第一ないし第三項と同趣旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張および疎明方法は原判決事実摘示と同一であるから、ここに、これを引用する。

理由

一、被控訴人が控訴人を債務者として東京地方裁判所に「債務者(控訴人)は原判決目録記載の不動産について譲渡、質権、抵当権、賃借権の設定その他一切の処分をしてはならない」旨の仮処分を申請し、該申請は同庁昭和四二年(ヨ)第三二六三号事件として係属したが、同裁判所は被控訴人に金一五〇万円の保証を立てさせたうえ同年三月二七日右申請を認容し、その旨仮処分決定をなしたこと、同年四月一九日被控訴人は右担保の取消しについて担保権利者たる控訴人の同意を得たとして右取消につき同意すること等を弁護士北野昭弐に委任する旨記載された控訴人作成名義の委任状並びに同弁護士作成の右取消についての同意書等の証明資料を添付したうえ前記裁判所に担保取消決定を求める旨の申立をなし、同月二四日「担保権利者の同意がある」との理由で同庁昭和四二年(モ)第八一八六号により担保取消決定がなされ、被控訴人は右決定にもとづき前記保証金を取戻したことは当事者間に争がない。

右の各事実に甲第六号証(その成立は後記認定のとおり)の存在、成立に争のない甲第三、第四号証、第七号証の一、二、原審証人竹内喜代彦の証言から成立の認められる乙第一号証、原審証人梅原弘(第一、二回、但し後記措信しない部分を除く)、同竹内喜代彦の各証言、原審における控訴人、被控訴人の各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、

前記仮処分は原判決目録記載の山林をめぐる被控訴人、控訴人、訴外梅原弘間の紛争がもとで発せられたものであるが、被控訴人は右仮処分決定後も右梅原や同人を介して控訴人と接衝をつゞけてきたところ、昭和四二年四月になつて梅原から控訴人にも和解の意思がある旨知らされたので更に具体的交渉を依頼すると共に和解ができるのであれば前記保証金一五〇万円を取戻したい意向を伝えていたこと、同月一五日梅原は被控訴人経営の会社に勤務する訴外竹内喜代彦に話がついたので被控訴人に渡して欲しいと控訴人作成名義の白紙委任状を持参したこと、それで被控訴人は右委任状を弁護士菅原光夫に交付して前記保証金の取戻しを依頼し、同弁護士において委任事項を(一)、被控訴人からの担保還付請求について同意する件(二)、右担保取消決定に対し即時抗告権を放棄する件(三)、右担保取消決定正本を受領する件とし、受任者を弁護士北野昭弐とする控訴人名義の委任状(甲第六号証)を作成し、前叙のとおり担保取消決定を得、右北野弁護士による即時抗告権の放棄により担保取消決定が確定して保証金一五〇万円は被控訴人においてこれを取戻したこと、しかしながら控訴人は前記委任状を与えたことも、右の担保取消しに同意したことも、また第三者に右同意についての代理権を与えたこともなく昭和四三年一月下旬にいたり、はじめて前記担保取消決定がなされていることを知つたことが疎明される。前掲証人梅原弘の証言(第一、二回)中以上の事実に反する部分は前掲その余の各資料と対比して直ちに信用しがたく、他にこれを左右する資料はない。

以上の事実によれば、前記担保取消決定を目して被控訴人が裁判所を欺罔しその旨確定裁判を騙取したものとは云い得ないが、その基礎となつた控訴人名義の前示委任状は何人の作成にかゝるかは問わず、控訴人の意思にもとづかない点において偽造の委任状といわねばならず、担保取消に控訴人の同意があつたとはいえないから、これにもとづく前記担保取消決定もその意味では瑕疵を免れず、したがつてこれにもとづく被控訴人の前記保証金の取戻しもまた不当であるといわねばならない(附言するに、前示疎明事実からすれば本件は偽造委任状にもとづく控訴人の氏名冒用の事例であり、したがつて前記担保取消に同意を与え且つこれに対する即時抗告権を放棄した弁護士北野昭弐の訴訟行為は無権代理行為というほかはないが、かような場合にも即時抗告権の放棄により前記担保取消決定は確定し、被冒用者である控訴人に対し効力を及ぼすものであつて無権代理行為にもとづく裁判も当然無効とはなし得ず、再審の対象になり得るに止ると解すべきである)。

二、そこで以上の如き保証金の取戻しが冒頭記載の仮処分決定を取消すべき事情の変更に当るかどうかについて検討する。

保全処分特に仮処分がなされるためには、一般に被保全権利と保全の必要性の存在について疎明がなされ且つ保全処分の暫定性から、通常、相手方(債務者)に生ずべき損害を担保するため保証が立てられる。しかも保証は右の損害担保の意味だけでなく、疎明に代わる機能が認められ、保全要件特に保全の必要性についての疎明の不足を補うものと解されているが、その供与の方法は、保全処分の発令前に期間を定めて立保証の決定がなされ、保証がたてられてはじめて保全処分がなされる場合(立保証は発令の要件)と立保証を条件として保全処分がなされる場合(立保証は執行の要件)とがあり、前者の場合に指定期間内に立保証がなされないときは保全処分申請が却下されることもあり得るとされているのである(民訴法一一四条の準用)。しかして保全処分を取消すべき事情の変更とは保全処分発令後の新事実の発生により現在右保全処分を維持するを不当とする事由の一切を指すものと解される。

いま本件についてこれをみれば、前認定のとおり保証供与の方法からして本件保証は保全処分発令の要件をなしており、被控訴人(仮処分債権者)は、偽造の控訴人(仮処分債務者)名義の委任状にもとづき示談成立を理由に担保取消決定を求める申立をなし、その旨の決定を得、即時抗告権を放棄させることにより該決定を確定させ、保証金を取戻しているのであるから、結果的には本来立保証をその前提とした仮処分決定を爾後権利者である控訴人の意思に反し、不当な方法によつて無保証の仮処分たらしめ、その前提を欠くに至らしめたものというべく、前叙保証のもつ機能をあわせ考えると正に本件仮処分を取消すべき事情の変更に当ると解するのが相当である。そしてこのことは、被控訴人の主張するように本件仮処分の本案訴訟が現に東京地方裁判所に係属している事実によつて、なんら左右されるものではない。

三、よつて右と異る原判決は失当であり、本件控訴は理由があるから、原判決を取消し、本件仮処分取消の申立を認容すると共に民事訴訟法第一九六条第一項によりその取消につき、仮執行の宣言を附すべく、訴訟費用の負担につき同法第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木信次郎 石田実 麻上正信)

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