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東京高等裁判所 昭和44年(ラ)66号 決定 1969年7月04日

抗告人 藤沢恵美(仮名)

右法定代理人親権者 藤沢美子(仮名)

主文

原審判を取消す。

本件を浦和家庭裁判所に差戻す。

理由

本件抗告の趣旨および理由は別紙のとおりである。

非嫡出子がその父の氏を称するにつき許可を求めた場合、裁判所は、単に、非嫡出子の保護という面のみではなく、非嫡出子の改氏が、父の妻や嫡出子の社会生活におよぼす影響を考慮し、改氏により非嫡出子の受ける利益と改氏により正妻および嫡出子の蒙るべき不利益とを比較検討のうえ、その許否を決すべきものである。

記録によれば、申立人の父田所米男は昭和二九年五月二八日秋子と婚姻し、同年九月二〇日長男秀夫を儲けたが、夫婦の間、とかく円滑を欠き昭和三三年中秋子と別居し、昭和三八年五月頃から現在に至るまで藤沢美子と引き続き同棲し、その間昭和三九年七月三日申立人が出生し、昭和三九年九月九日父米男の認知を受け、以来実父母のもとで養育され、事実上父の氏である「田所」姓を称してきたこと、申立人の父米男は、別居以来秋子および長男秀夫に対し扶養の責を果たすことなく同人らを放置して顧みず、秋子より米男を相手方として原審に夫婦関係調整の調停申立をしたが、昭和四三年一一月一四日不調に終わつたことが明らかである。

申立人は今般幼稚園に入園するに当たり法律上も父の氏を称したいというのであつて、非嫡出子たる申立人の福祉保護の点のみを考えるときは、本件申立を相当と認め得るようにも思われる。しかし、他方、申立人の父の妻に改氏がいかなる影響をおよぼすかをも考察しなければならない。

申立人の父米男と妻田所秋子との関係は一〇年余にわたり別居生活を継続していること前認定のとおりであるから、このような事情のもとでは、申立人の改氏があつたからといつて、そのために秋子と米男との関係がこれ以上悪化するおそれがあるものということはできない。

従つて、秋子が本件申立に反対しているからといつて、それを理由に父の氏を称することによる申立人の福祉を犠牲にしてはならない。

次に、本件申立が申立人の父の嫡出子秀夫におよぼす影響につき按ずるに、秀夫がその父米男の所業につきいかなる程度の認識を有しているか、特に、申立人が認知されていることまで知らされているかは詳かでないけれども、もし、秀夫が右認知の事実を知つていないとすれば、本件申立が許可されて戸籍に記載された場合秀夫が近い将来これをみる機会に右認知・入籍の事実を知るべく、これによる同人の精神的衝撃の少なくないことは想像に難くないところである。けだし、米男の申立人に対する愛情が遺漏なく行き届いていることが如実に窺われるのに反し、米男が秀夫に対しては扶養料の支給すらなさず、無情な仕打ちに終始していて彼是懸隔の甚だしいのに想到するのは必定であり、特に秀夫が一四歳余で未だ思慮熟せず多感な年頃であることに鑑みるときは、自暴自棄に陥るのおそれなしとしないからである。

原審は、改氏を許可することにより嫡出子の受くべき影響とこれを許可しないことに基づく申立人の不利益とを慎重に較量すべきであるのに、事ここにでなかつたのは失当といわなければならない。

よつて、原審判を取消し、家事審判規則一九条に従い原審に差戻すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 岡部行男 裁判官 川上泉 裁判官 大石忠生)

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