東京高等裁判所 昭和44年(行ケ)20号 判決
一 前掲請求の原因のうち、本願発明について、出願から審決にいたるまでの特許庁における手続、発明の要旨及び審決の理由に関する事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、右審決の取消事由の存否について審究する。
右に確定した本願発明の要旨に、成立に争いのない甲第二号証(本願特許公報)を総合すると、天然産のレザースエード類は、例えば、性質が一片ごとに異なるから、その数片を用いて全体として同種同様の組織、外観の衣服類を製造することが困難であり、また、得られる一片の大きさが動物によつて左右され、限度もあるから、その数片を接ぎ合わせたり組み合わせたりして用いるほかなく、これには費用を要するうえ、使用時に擦れて色を落とす傾向があり、汚損し易く洗濯をすれば縮んだり皺が寄つたりし、ドライクリーニングも困難であるなどの欠点があるが、本願発明は、これらの欠点のない、柔軟な、湿気を透過しうる繊維状シート材料を得ることを終局の目的とし、合成繊維を原料としてこれを織らずに製した平面面積収縮率が三〇ないし八〇%のマツトに、五%伸張時に〇・三五ないし一〇・五kg/cm2の引張り応力を有する合成重合体性結合剤を、右マツト中の合成繊維に対し一〇ないし九〇重量%の割合に含有させ、これを右マツト全体に分散させるという構成により、可撓性の柔軟な、折曲げまたは折たたみによつて皺、折目または割れを生じ難い、微細小孔に富む水蒸気透過性の合成皮革を製造するものであることを認めることができる。
(マツトの収縮率の決定について)
(一) ところで、原告は本願発明におけるマツトの収縮率の決定について審決の判断を誤りであると主張するから、以下にその当否を考察する。
1 本願発明におけるマツトの収縮の目的が原告主張のように一つは、収縮によつてマツトの原料たる合成繊維に不規則形状のねじれまたは捲縮を与え、同時にマツトの密度を高めて、その引裂き強度及び引張り強度を大にし、結合力を強める点にあることは被告の認めて争わないところであり、前出甲第二号証によれば、その収縮手段は繊維を熔融ないし損傷することのない熱水または熱空気などによる加熱であることを認めることができる。
ところが、成立に争いのない甲第三号証(引用例)によれば、引用例の発明の終局の目的は、皮革の性質、外観を有するシート材料、靴甲皮に使われる材料に匹敵する水蒸気透過性を有する皮革代用品に、耐摩耗性またはすり減り抵抗においてすぐれ、高い引張り強度、引裂き強度のあるシート材料を提供するにあること、また、引用例には、実施例7として、バツト(マツト)を華氏三〇〇度の乾燥温度に二分間さらし、その面積二五%を収縮させて、コンパクト化し、熱収縮したバツトを結合剤に浸漬する旨の記載があることが認められる。してみると、本願発明と引用例のものとは、合成繊維を原料とするマツトないしバツトに加工して製造する合成皮革にそれぞれ前記のような性質を所望し、また、その加工の過程ではマツトないしバツトを加熱により収縮する点において共通するから、引用例のものにおいては、本願発明と同様、バツトの収縮によりその原料たる繊維に不規則形状のねじれ又は捲縮を与え、同時にバツトの密度を高めてその引張り強度及び引裂き強度を大にし、結合力を強めることにバツトを収縮する目的の一つがあるものと推認され、したがつて、その点において本願発明と異なるものがないといわなければならない。
2 次に、本願発明におけるマツトの収縮の目的が、ほかには、その収縮によつてマツトの密度を任意の程度に高めて、これに含浸される結合剤の量を適当に調節する点にあること、本願発明においてマツトに含有される結合剤の量が原料たる繊維に対し一〇ないし九〇重量%であることは当事者間に争いがない。ところが、前出甲第三号証によれば、引用例において、バツトに含有される結合剤の量が原料たる繊維に対し三〇ないし二〇〇重量%であつて、本願発明における結合剤の量と一致する部分があること、また、引用例には、実施例4として、バツトを連続的に華氏三〇〇度の加熱帯に通して、表面を約一五%収縮させたうえ、これに結合剤を含浸させることにより、繊維対結合剤の比が一対〇・五の製品が得られることが、また、実施例7として、バツトを華氏三〇〇度の乾燥温度に二分間さらし、面積の二五%を収縮させてコンパクト化したうえ、これに結合剤を含浸させることにより、繊維対結合剤の比が約一対一の製品が得られることがそれぞれ記載されていること、その他引用例記載の実施例を通じて繊維対結合剤の比は一・〇対〇・五から一・〇対一・六までの間で変化し、これが最も好ましい範囲であるが、その比が一・〇対〇・三ないし一・〇対二・〇の間にあれば、有用な製品が得られることを認めることができ、これらの事実によれば、引用例のものにおいては、バツトの収縮の程度を変化させてバツトの密度を任意の程度に高め、これによりバツトに含浸される結合剤の量を、本願発明と一致する範囲内たるようにすることを含めて適当に調節するものであり、これをもバツトの収縮の目的としていることが推認されるから、この点においても本願発明と異ならない。
3 また、本願発明におけるマツトの収縮の目的が、さらに、その収縮によつてマツトの表面の手羽立ちを取り結合剤をマツトの表面にも内部にも均一に付着させ、製品の性質を表面も内部も同一にする点にあることは当事者間に争いがない。
ところが、前出甲第三号証によれば、引用例においては、バツトを熱処理し、面積の二五%を収縮させてコンパクト化したうえ、これに結合剤を含浸させ、バツトを絞るなどの処理をした後、水に浸漬して結合剤をバツト中に均一に凝固させるため、製品のシート中に結合剤が実質上等しく分布することを認めることができ、これらの事実に徴すれば、引用例においても、バツトの収縮が行われ、これによりバツト表面の毛羽立ちが除去され、また、結合剤が、バツト中に均一に凝固する前から均一に付着し、製品の基材たるバツトにも均一に分布することになり、その結果、性質が内部も表面も同一の製品が得られるものと推認するのが相当である。そして、前出甲第三号証によれば、引用例にはバツトの表面に毛羽立ちがあることを示す記載があるが、その記載はバツトを収縮させる前の状態を指すものであるとともに、面積の二五%収縮後においてバツトの表面が毛羽立ちを残していることを示す記載がないことが認められるのみならず引用例のものにおいては、さきに認定のように結合剤をバツト全体に均一に付着させる工程を踏むから、むしろその工程の妨げとなる毛羽立ちはバツトの収縮により、その表面から除去されるものと解するのが相当である。原告は引用例のものにおいてはバツトの表面に結合剤の層を厚くするためバツト表面を毛羽立たせておくことが望ましい旨を主張するが、前出甲第三号証によれば、引用例に右主張に符合するような記載を見出すことができず、ただ、その記載上、実施例1においては、結合剤の層が中央部より表面部で大きいことが認められるが、同時に、それは結合剤の移動によるものであつて、毛羽立ちによるものではないことが認められ、結局、原告の右主張を認めるに足る証拠はない。したがつて、引用例のものは、バツトの表面の毛羽立ちの除去、結合剤の均一付着による製品の内外の性質の同一化をバツトの収縮の目的とする点においても、本願発明と異なるところがないものというべきである。
4 以上のとおり、本願発明におけるマツトの収縮の目的は引用例のものと相違するところがないから、その収縮率の数値の決定も、引用例のものと同様、右目的の達成に必要な前述のような事項を考慮して、必要に応じ容易に行われる程度の技術であるというを妨げない。したがつて、これと同趣旨の審決の判断は正当というべく、これを誤りとする原告の主張は排斥を免れない。
(結合剤の構造について)
(二) 次に、原告は、本願発明がマツトに付与される結合剤に多数の微細小孔が存在することを不可缺の要件としている旨を主張するが、前出甲第二号証によれば、本願明細書中、特許請求の範囲には、合成重合体性結合剤自体に多数の微細小孔が存在する旨の記載がないから、原告の右主張は失当といわなければならない。もつとも、右甲号証によれば、本願明細書中、特許請求の範囲には「微細小孔に富む合成皮革」との記載があるが、そのような記載からマツトの基材たる結合剤自体にも同様の微細小孔が存在するものと推論すべき根拠はない。この点に関し、原告は、合成皮革の技術分野においては微細小孔に富む合成皮革の場合結合剤が微視的多孔質構造を有することは周知である旨を主張するが、原告がその周知例として挙げる甲第六ないし第一〇号証の米国特許明細書には、微細小孔の用語の意味が示されているだけであつて、原告主張のような周知の事項の記載があるものとは認め難く、他に原告の右主張を肯認するに足りる証拠はない。なお、成立に争いのない甲第一四号証(宣誓供述書)には、結合剤に微細小孔が存在すれば、合成皮革にも微細小孔が存在するものであるが、その逆も真であつて、合成皮革に微細小孔が存在すれば、結合剤に微細小孔が存在するはずである趣旨の記載があるが、その後段の逆も真であることの合理的理由に缺けるから、右記載によつて直ちに、原告主張のような事項が成立することを認めることはできない。
また、原告は、本願明細書中・特許請求の範囲に「五%伸長時に〇・三五~一〇・五kg/cm2の引張り応力を有する」と記載して結合剤の条件を限定していること並びに発明の詳細な説明における記載から、結合剤が微細小孔に富むものと解すべきである旨を主張するが、結合剤について特定値の引張り応力を限定することによつて結合剤が微細小孔を有することになる根拠については、前出甲第二号証を仔細に検討しても、本願明細書中、特許請求の範囲並びに発明の詳細な説明にその記載がなく、他にこれを肯認すべき証拠はない。なお、同甲号証によれば、本願明細書中、発明の詳細な説明の実施例1には、凝固剤(水)によつて結合剤を凝固させた後、その結合剤から溶剤を洗い出すことが示されていることが認められ、この事実からすれば、溶剤が存在していた部分が微細小孔となつて残る結果、結合剤は微細小孔を有する構造になるものと推認されるが右のような処理は本願発明における実施態様の一つにすぎないから、その構造をもつて本願発明における結合剤の必須の構成要件とするのは当らない。
そうだとすれば、審決には、本願発明における結合剤の構造上の要件を看過したといわれる筋合がなく、原告のこの点に関する主張は理由がない。
(作用効果について)
(三) そして、前出甲第三号証によれば、引用例に開示のものも製品たる合成皮革について可撓性の、柔軟さがあり、折り曲げにより割れを生じにくいものを得るという作用効果を奏することを認めることができるから、その作用効果は本願発明の前記のような性質の合成皮革を製造するという作用効果と一致する。なお、原告は、本願発明の構成により製造される合成皮革をスエード様のものであると主張するが、前出甲第二号証によれば、本願発明においてスエード様合成皮革を得るのは、実施態様の一つにすぎず、しかも、副次的な作用効果であることが認められるから、たとえ、引用例のものによつて得られる合成皮革がスエード様のものであることを認めることができなくても、両者の間に作用効果上の差異があるということはできない。したがつて、審決が本願発明の引用例のものにない特段の作用効果を看過したとされるいわれはなく、この点に関する原告主張は失当である。
三 よつて、本件審決に違法があることを理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却する。