東京高等裁判所 昭和44年(行ケ)6号 判決 1969年5月22日
原告 池田物産株式会社
被告 特許庁長官
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
原告訴訟代理人は、「特許庁が、昭和四三年一二月五日、同庁昭和四二年審判第七〇六三号事件についてした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は主文同旨の判決を求めた。
第二、請求原因
一、特許庁における手続の経緯
原告は、昭和四一年四月二日、ゴシツク体で「池田物産株式会社」の文字を左横書きにして成る標章につき、特許庁に対し商標登録出願をしたが、昭和四二年八月七日拒絶査定を受けたので、同年一〇月四日審判を請求した(同年審判第七〇六三号)。これに対し特許庁は、昭和四三年一二月五日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし、その謄本は同月一六日原告に送達された。
二、本件審決理由の要点
本願商標の「池田物産株式会社」と同一名称(商号)を有する他人である池田物産株式会社(本店所在地、東京都千代田区丸の内三丁目二番地新東京ビル。以下「引用会社」という。)が現存し、かつその承諾を得たことを確認することができない。そして、商号は自己の営業上の人格を表彰する名称であるから、自由にこれを使用し得ることは当然であり、商標法第四条第一項第八号は、出願人と同一商号を使用する他人が現存する場合においては、当該他人の商号についての個人的権益を、その商号使用開始の先後、著名度等に関係なく、保護する規定と解すべきである。したがつて、本願商標のように他人の名称(商号)を含む標章は、これを商標として登録して特定人の独占に委ねるべきでないことは明らかであるから、本願商標は右法条により登録を拒否すべきである。
三、本件審決を取り消すべき事由
引用会社が本願登録出願当時に存在したことは認めるが、本件審決は以下の点において判断を誤つたものであるから、違法として取り消されるべきである。
(一) 商標法第四条第一項第八号にいう他人の名称とは、その名称(商号)が著名であることを必要とする。しかるに、引用会社の商号は著名であるとはいえないから、その商号は右法条にいう他人の名称に当らない。
(二) 原告会社は、自己の商号である「池田物産株式会社」の文字から成る標章を商標として登録出願したものであるから、たまたま他に原告と同一商号の引用会社が存在しても、本願商標は右法条にいう他人の名称を含む商標に当らない。
(三) 登録出願人と同一名称(商号)の他人が存在する場合においても、その他人の名称(商号)は、出願人の名称(商号)よりも先に使用を開始したものでない限り、右法条にいう他人の名称に当らない。そして、引用会社は原告会社より約八年後に設立されその商号の使用を開始したものであるから、引用会社の商号は右法条にいう他人の名称に当らない。
第三、被告の答弁
本件の特許庁における手続の経緯、本件審決理由の要点が原告主張のとおりであること、引用会社が原告会社より約八年後に設立されたことは認めるが、その余の原告の主張は争う。引用会社は本願登録出願当時存在していたものである。
第四、証拠関係<省略>
理由
一、本件の特許庁における手続の経緯、本件審決理由の要点が原告主張のとおりであること、ならびに引用会社が本願登録出願当時存在していたことは当事者間に争がない。
二、そこで原告主張の本件審決を取り消すべき事由の有無について判断する。
(一) 原告は商標法第四条第一項第八号にいう他人の名称とはその名称が著名であることが必要である、と主張する。しかし、右法条は、氏名および名称の略称、ならびに雅号、芸名、筆名およびこれらの略称についてのみ、それが著名であることを要求しているのであるから、氏名、名称自体(フルネーム)については、それが著名であることを要しないことは右法条の文理上明らかである。のみならず、右法条の立法趣旨は、同法条が当該他人の承諾がある場合を商標登録の禁止から除いていること、同法条のほかに同条同項第一五号の規定があることから考えると、他人の商品と誤認、混同を招くことによる不正競争の防止にあるのではなく、他人の氏名、名称に対する人格権を保護するにあると解するのが相当であるから、他人の氏名、名称が著名であるかどうかによつて区別する実質上の根拠はない。そして、商号権、特に会社の商号権は、財産権的性質を帯びるとはいえ、なお人格権的性質を有することは否定できないから、氏名や他の名称に対する人格権と同様に解すべきである。したがつて、原告の主張(一)は理由がない。
(二) 原告は、「池田物産株式会社」は原告の商号であるから、同一商号の引用会社が存在しても、商標法第四条第一項第八号の他人の名称に当らない、と主張する。しかし、右法条の立法趣旨は前叙のように他人(本件では引用会社)の人格権(本件では商号権)の保護にあるのであるから、他に特段の規定がない以上、本願商標は他人の名称を含む商標であるといわねばならない。したがつて、原告の主張(二)は理由がない。
(三) 原告は、引用会社は原告より約八年後に設立されたものであるから、「池田物産株式会社」は右法条にいう他人の名称に当らない、と主張する。しかし、右法条の立法趣旨は前叙のとおりであり、人格権(本件では商号権)の保護は氏名、名称(商号)の使用開始の時期いかんによつて区別されるべきものではない。したがつて、原告の主張(三)は理由がない。
三、よつて、本件審決には原告主張の違法はないから、原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 服部高顕 荒木秀一 瀧川叡一)