東京高等裁判所 昭和44年(行ケ)7号 判決
(争いのない事実)
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本件特許発明の要旨及び本件審決理由の要点がいずれも原告ら主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
二 原告らは、本件審決は、(一)本件特許発明が、その要旨とするところの、大径部の芯部に至るまで熱硬化性樹脂を含浸させることにより生ずる原告ら主張のような作用効果上の顕著な差異を看過誤認し、(二)仮にそうでないとしても、本件特許発明がその要旨記載の各工程を結合したことにより、原告ら主張のような格別の作用効果を奏するものであることを看過誤認し、これらを前提として、本件特許発明をもつて、各引用例に示された公知事実から容易に推考できるものであるとした点において判断を誤つた違法がある旨主張するが、これらの主張は、いずれも理由がないものというほかはない。すなわち、
(一) 各引用例に開示されている技術内容が本件審決認定のとおりであること及び野球用バツトにおいて、本件特許発明のように加熱加圧することが通常の技術手段であることは原告らの認めて争わないところであるところ、成立に争いのない甲第五号証(第四引用例)によれば、「バツトの表層に合成樹脂又はこれと同効物質を含浸せしめ、該部に外圧を加えることにより、バツト表層の木質を圧潰するとともに、含浸した合成樹脂により、表層木質を固着硬化し」、「打球によるバツトの木目剥離あるいは折損を著しく防止」しうることが明らかであり、成立に争いのない乙第二号証(第一引用例)によれば、バツトの大径部の外周部に硬化接着剤を注入させて該部を硬化させる方法が、同乙第三号証(第二引用例)によれば、バツトの大径部の任意の部分に硬化接着剤を注入させて該部を硬化させる方法がそれぞれ示され、それらは、いずれもバツトの打球による磨損及び剥離を防止することを目的としたものであり、成立に争いのない乙第四号証(第三引用例)によれば、バツトの中心部に硬化接着剤を注入させて該部を硬化させる方法が示され、その目的は打球によるバツトの割れを防止することとされていることが認められ、これらを左右するに足る証拠はないから、バツトの成型加工法において、木質を固着硬化させるべく大径部に硬化接着剤又はこれと同効物質を含浸させる技術思想は、その含浸部分についてバツトの大径部のすべてにわたり存在していたものであり、大径部の木質を圧潰してこれを固着硬化させる技術思想も本件特許出願前開示されていたと認めることができ、その含浸の目的も本件特許発明の目的と同一の目的を有することが明らかである。もつとも合成樹脂をバツト表層にとどまらず、その芯部に至るまで含浸させた場合には、大径部のすべての木目が密着、固化される結果、その表層にのみ含浸させた場合よりも、バツトの耐久性が増大されることは、容易に首肯しうるところであるが、それがどの程度の差を生ずるのか必ずしも明らかでなく、むしろ、その差はいわゆる程度の差の域を出ないものとみるほかはないから、原告らの主張する顕著な作用効果なるものは、公知の個々の技術について当然予測される効果の単なる集合の域を出ないものとみるほかはなく、したがつて、これをもつて本件特許発明に特有の顕著な作用効果とみることはできない。
(二) 素材を断面正円形の金型で加圧した際、金型の合わせ目に生ずる素材の突出部(いわゆる耳)が、成品となつたバツトの表面に発生しないことが、バツトの芯部に至るまで熱硬化性樹脂を含浸させることによる作用効果とは認め難いし、また、均一な製品を確実かつ容易に得ることも、本件特許発明の要旨記載の工程を結合したことによる格別の作用効果ともみることはできない。
(むすび)
三 叙上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に本件審決の取消を求める原告らの本訴請求は、理由がないものというほかはない。よつて、これを棄却する。
〔編註その一〕 本件特許発明の要旨および審決理由の要点は左のとおりである。
本件特許発明の要旨
所要の長さ及び太さを有する乾燥素材の大径部を木目の重合方向に長径とした断面楕円状に形成し該大径部に熱硬化性樹脂を芯部に至るまで含浸し互いに半円形の凹部を有する金型にて木目の重合方向に断面正円形に加熱加圧することを特徴とする野球用バツトの成型加工法(別紙図面参照)。
本件審決理由の要点
本件特許発明の要旨は、前項掲記のとおりと認められるところ、本件特許出願前国内に頒布された特許第一八二、六四一号明細書(昭和二十四年十一月八日公告。以下「第一引用例」という。)には、バツトの外周部のみに硬化接着剤を注入したものが、特許第一八二、六四二号明細書(昭和二十四年十一月八日公告。以下「第二引用例」という。)には、バツトの任意の部分に硬化接着剤を注入したものが、特許第一八二、六四三号明細書(昭和二十四年十一月八日公告。以下「第三引用例」という。)には、バツトの中心部に硬化接着剤を注入したものが、それぞれ記載され、本件特許出願前国内に頒布された特許出願公告昭三三―一、二七九号公報(以下「第四引用例」という。)には、バツトの打球部の表層に合成樹脂を含浸し、該部に外圧を加えることによりバツト表層の木質を圧潰するとともに含浸した合成樹脂により表層木質を固着硬化せしめたバツトが記載され、その発明の詳細なる説明には、「此の合成樹脂を含浸せしめたバツトの両端を旋盤のチヤツクでつかみバツトを水平に回転させながら恰も金属にローレツト加工を施す如く表面平滑の巾の狭いロールを打球部表面に押圧しながらロールを左右に移動すれば、バツト打球部の表層木質は圧潰せられ……。而も表層をロールで圧潰する時に生ずるロールとバツト木部との磨擦熱及表層組織の圧潰歪に伴う発熱の為に含浸された合成樹脂は次第に硬化するので……。」との記載があり、本件特許出願前国内に頒布された丸善株式会社昭和三十三年十二月十五日発行「木造工業ハンドブツク」の第五一六頁及び第五一七頁、第五二五頁及び第五二六頁並びに第五三六頁及び第五三七頁(以下「第五引用例」という。)には、圧縮木材の項に、「木材を強大なる圧力にて圧縮せしめ細胞空隙を縮小し、繊維を緻密にして強度を著しく増大した木材をいう」と、製造法の項に、「(4)年輪の半径方向に加圧する。切線方向に加圧すると、その方向が年輪の層と一致し、秋、春材の境界に亀裂を生じやすいからである。特に針葉樹は著しい。」と記載され、本件特許出願前国内に頒布された特許第一六九、四四八号明細書(昭和二十年一月二十三日特許。以下「第六引用例」という。)には、木材よりなる芯材をほぼ楕円形となし、その周囲に可塑性合成樹脂溶液を浸潤乾燥せしめた繊維質を基体とする合成樹脂資料を配し、芯材の短径部が塑造用型の分割線に沿う如くして加圧加熱するようにした合成樹脂被覆棒材の製造法が記載されている。
ところで、本件特許発明については、木材を加工して成型品を得る場合、まずその木材の素材を乾燥させることは当然の技術であり、その乾燥素材を断面楕円状に形成することは第六引用例から、断面楕円状に形成する際木目の重合方向に加圧することは第五引用例から、乾燥素材の大径部に木目の重合方向に加圧加工を施すことは第四引用例からいずれも当業者が容易に発明することができるものと認められるし、大径部に熱硬化性樹脂を芯部に至るまで含浸させるか、あるいはその表層にのみ含浸させるかは単に程度問題であり、当業者が適宜選択して定めることができる程度のものであることが、第四引用例から認められるし、本件特許発明のように加熱加圧することも第四引用例から当業者が容易に発明することができるものと認められる。そして、本件特許発明はこれら工程を結合したことによる格別の作用効果も認められない。したがつて、本件特許発明は、第四引用例、第五引用例及び第六引用例により当業者が容易に発明することができるものであり、旧特許法(大正十年法律第九十六号)第一条の発明と認めることはできないから、同法第五七条第一項第一号の規定により、無効とすべきものである。
〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。
別紙
<省略>