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東京高等裁判所 昭和44年(行ケ)89号 判決 1970年5月20日

原告 沢二子 外四名

被告 特許庁長官

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は、原告らの連帯負担とする。

事実

第一双方の申立

原告ら訴訟代理人は、「特許庁が、昭和四一年審判第二、七三二号事件について、昭和四四年七月二五日にした審決を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は、主文第一項同旨および「訴訟費用は、原告らの負担とする。」との判決を求めた。

第二請求の原因

原告ら訴訟代理人は、請求の原因として、次のように述べた。

一  原告らの先代沢八郎は、昭和三五年六月一日別紙記載(一)のとおりの構成からなる商標について、商標法施行令別表第二四類運動具を指定商品として商標登録出願(昭和三五年商標登録願第二五、八四六号)をしたところ、昭和三六年一〇月一〇日付で出願公告の決定があり、同年一二月二八日出願公告番号昭三六―一一、一五五号をもつて出願公告された。これに対し、訴外美津濃株式会社から、登録異議の申立があり、審査官は昭和四一年二月二五日右異議の申立を理由ありとする決定とともに本願に対し拒絶査定をした。本願商標登録出願人沢八郎は、昭和四〇年三月一〇日に死亡し、同人の相続人である原告らは右沢八郎の商標登録出願により生じた権利を相続により承継(その割合は、原告沢二子は配偶者として三分の一、その余の原告らは子として各六分の一ずつ)したので、昭和四一年四月二二日この旨を特許庁長官に対し届け出るとともに、拒絶査定を不服として、審判の請求(昭和四一年審判第二、七三二号)をしたが、特許庁は昭和四四年七月二五日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年八月一三日原告らに送達された。

二  本件審決の理由の要旨は、筆記体で「Champion」の文字を「C」を大文字綴りとし、左横書きしてなり、旧商標法施行規則第一五条第六五類玩具および運動遊戯具を指定商品として昭和二九年二月二四日商標登録出願、昭和三三年七月三日登録にかかる登録第五二二、九〇九号商標(以下「引用商標」という。)を引用し、本願商標からは「チヤンピオン」の称呼、観念を生ずるから、本願商標は引用商標と称呼、観念において類似し、また、指定商品も互いに牴触し、さらに本願商標が引用商標の商標登録出願より後願であることも明らかであるから、商標法第四条第一項第一一号の規定に該当し、登録することはできない、というにある。

三  しかしながら、本件審決は、次の理由により違法であり、取り消されるべきである。

1  本願商標の称呼、観念は、あくまでも「プリンスチヤンピオン」のみであつて、単なる「プリンス」でも「チヤンピオン」でもない。およそ、商標の称呼観念は、その商標の構成から自然にすなおに流れ出るところによつて確定すべきであり、万が一の可能性を詮索して多種に決定することは、この判定則に反し、違法である。本願商標から「プリンス」または「チヤンピオン」の称呼、観念が自然に流れ出るとはいえない。

2  審決が、本願商標から「チヤンピオン」の称呼、観念が生ずるとした理由は、いずれも社会通念に反する。

(一) 審決は、本願商標から「チヤンピオン」の称呼、観念を生ずる理由として、本願商標が「PRINCE」と「CHAMPI-ON」との間に一字分(実際は、半字分である。)の間隔を置いている点を指摘するが、これは英語の表現形式の通則に従つた常識的な表現であり、それゆえにこそ「プリンスチヤンピオン」と一体に称呼し、観念される適格性があるといえる。

(二) 審決は、二個の単語を一連一個の商標として表示したものを無理に二分したうえ、さらにいずれが指定商品の需要者にとつて馴染み深いかを天秤にかけ、馴染みの度合いの薄い方を無視するという観察方法を採つているが、これは商標の観察方法として社会通念に反する。のみならず、有名な運動競技大会には多くの場合、プリンス(皇子)が出席して、その競技気分を盛り上らせる慣例が存することに鑑みれば、「CHAMPION」よりも「PRINCE」の方こそ運動競技者に対し、高い強い印象を与えるものとみるべきである。

(三) 「PRINCE CHAMPION」の直訳は、「皇子選士」であり、これが通用語として既存していないことは審決認定のとおりである。しかし、商標は商品識別のための符牒(目印)でしかないから、語としての意味を有することは問題ではない。したがつて、本願商標が皇子選士と直訳される場合に「皇子」と「選士」との間に観念上必然的な結合関係があろうとなかろうと、世人がこれを「皇子選士」印と受け取つてくれる点において、商標の出所を顕別する役目を果たすことは、疑う余地がない。

(四) 本願商標の称呼「プリンスチヤンピオン」が称呼として短くないことは、審決のいうとおりであるが、長過ぎて呼ぶのに困るほどのものでは決してない。むしろ、語呂のよい点で極めて呼び易いといえる。本願商標を、上半分または下半分を切り捨てて称呼、観念するということは、少なくとも一般普通人の場合には到底ありえないところである。なお、引用商標と指定商品が同一であり、かつ、引用商標より先願、先登録にかかる商標(登録第四三九、〇三一号)として、「シルバーチヤンピオン」なる商標が存在することに注目すべきであり、この点からも二つの単語の結合からなる商標に対して上半分または下半分を無視して称呼、観念することが不当なことが明らかである。このほか、引用商標の商標権者は、被告主張の「World Champion」の登録商標のほか「Triple Champion トリプル チヤンピオン」の登録商標(登録第四九二、七九三号)を有し、これらの登録商標は引用商標と指定商品が同一であるにかかわらず、三者相互間に連合関係のない独立の商標として登録され、したがつて、相互に類似関係がないとされているのであつて、本願商標のみが引用商標に類似するというのは理屈に合わないというべきである。

3  被告が、引用商標の商標権者である美津濃株式会社の商標使用ないし取引状況について主張するところ(被告の答弁中二の2の(二)の主張)は、特許庁審決において表われていない新たな事実を主張するものであつて、許されるべきでない。

四  以上要するに、審決が本願商標の称呼、観念を単なる「チヤンピオン」と認定したのは、経験則に反する不当の認定であつて、本願商標と引用商標は互いに類似しないにかかわらず、類似するものと断じたもので、違法たるを免れない。

第三被告の答弁

被告指定代理人は、答弁として、次のように述べた。

一  請求の原因一項および二項の事実は、認める。

二  同三項の主張は、争う。

1  同項1について

原告主張のように、本願商標が常に「プリンスチヤンピオン」とのみ完全正確に称呼、観念されるものとはいい難い。もとより、商標の称呼、観念は、その商標の構成自体から自然にすなおに流れ出るところによるべきであるが、結合商標の場合一概に構成全体からのみ称呼、観念を生ずるものとは断定しえず、それは個々の商標について具体的に決することを要するものであり、通常その構成自体から取引の実情において最も呼び易い(印象深い)ものが選ばれるのが自然であつて、その結合商標の要部と認められるものから、称呼、観念を生ずるものである。本願商標は、語間が一字あけてあり、相当に長い称呼であつて、各語としては親しみやすく、各々の印象は明瞭であるが、一連の語としては結合がやや不自然で馴染みのないものであるから、親しみやすい語をとり、簡略化する社会慣習や、姉妹商品に、「Champion」を含む商標等を使用している商標権者の商標使用状況、さらに原告の商号が「チヤンピオン運動具店」であつて、その「正月スキー」の会員募集のチラシに「チヤンピオン」の表示をしている等の取引の実情に鑑みると、「チヤンピオン」または「プリンス」(なお、「PRINCE」および「プリンス」の文字を二行に横書きしてなる商標は、登録第四八四、五四〇号として登録されている。)の称呼、観念もまた自然に流れ出るものといえる。

2  同項2について

(一) 審決は、本願商標が英語の表現形式の通則に従つた表現であることを否定したものでなく、ただ本願商標は英語の単語二語を、単語と単語の間を英語の表現形式に従つて一字あけて表示されているから、その構成にかかる本願商標が商品の出所標識として機能する場合には、取引者需要者等に如何に観察されるかを検討して述べたものにすぎず、不当な判断ではない。

(二) 審決は、本願商標の構成部分の一部を採り、一部を無視したものではない。さきに述べたとおり、二個の単語を結合してなる商標において、それぞれの単語が親しみ深い語であるが、互いに密接な関連性がなく、長い称呼を有するものは、常に一体不可分としてのみ称呼、観念されるものではなく、看者各人と各語との結びつき方から、それぞれに各語が強く心をひきつけられるものであつて、三者三様に看取されるものである。ところで、運動具の需要者に密接な関連を有し、親しみ深い語である引用商標「Champion」が運動具に付されて全国の市場において販売されている現在(なお、引用商標の商標権者は、優勝杯を意味する「cup」印をはじめ、「VICTORY」等運動競技に密接する勝利、覇権、覇者等を象徴する一連の語群を構成する商標の権利者でもあり、本邦随一の運動具用品会社で、その販売地域も日本全国にわたり、販売数量も当業界の大きなシエアを占める会社で、引用商標のほかに登録第五七六、四八四号「World Champion」の商標、登録第一五一、二二四号「CHAMPIONSHIP」の商標および登録第四九一、四五六号「World Championship」の商標等の権利者である。)、該商品の需要者またはその商標を知つている者等が本願商標を付した商品をみて、「Champion」の文字を想起するであろうことは看易いことであり、それが社会通念である。このことは、需要者個人等にとつて馴染みの薄い方を全く無視するものではなく、本願商標と引用商標との関係について論及したものである。

(三) 商標は、商品の出所を識別させるための符牒(目印)であるから、その商標に対し、需要者等の看者は、商標権者の意図にかかわらず、商標を各人にとつて、その「めじるし」としての最も効果的な方法により認識し、記憶するものである。したがつて、看者各人に親しみ易いもの把握し易いものが記憶され、把握されるのであつて、より親しみにくいもの、把握しにくいものは、把握されにくいし、また、記憶されにくく、時と所とを隔てるにつれ、記憶は薄れ(親しみにくく、把握しにくいものほど急速にその度は加速される。)、常に完全無缺に認識、記憶されるとは限らない。ところで、本願商標は、関連性のない二語の組合せにかかる馴染みの薄い観念の語であるから、常に「プリンスチヤンピオン」(皇子選士)とのみ称呼、観念されるものということはできない。

(四) 本願商標は、これを一連に称呼するときは、「プリンスチヤンピオン」の九音からなり、相当に長くなるものであるから、「語呂のよい点において極めて呼び易い」称呼のものとはいえず、前記の理由から、「プリンス」または「チヤンピオン」の称呼、観念を生ずるものである。なお、二個の単語を結合して一個の商標を形成したものについて、これを不可分一体のものと認めた事例と可分と認めた事例があるが、いずれも各件それぞれの事由により各個に認定されたものであり、本件とは別異の事柄に属し、原告挙示の例があるからといつて、これが審決を違法ならしめるものではない。

以上の理由により、本件審決には何ら経験則に反する違法はないというべきである。

第四証拠関係<省略>

理由

一  本願商標についての特許庁における審査、審判手続の経緯、本願商標の商標登録出願により生じた権利の承継関係、本件審決の理由の要旨ならびに本願商標の構成、指定商品および商標登録出願年月日についての請求原因一、二項の事実は当事者間に争いがない。

二  本件の争点は、本願商標から「チヤンピオン」の称呼、観念を生ずるかどうかにあるから、以下この点について判断することとする。

1  前記争いのない事実によると、本願商標の構成は、別紙(一)記載のとおり、ゴシツク体で「PRINCE CHAMPION」の文字を「E」と「C」との間を一字分あけ、左横書きしてなるものであり、その構成からして「PRINCE」と「CHAMPION」の二語からなる結合商標であることは明らかであるところ、この「プリンス」および「チヤンピオン」の語自体は英語としていずれも一般世人に親しまれた語であるけれども、この二語を結合した本願商標は、その各語の観念上の関連性が薄い点から造語としては不自然で、熟したものでなく、したがつてその結合は固いものといえず、全体としての観念も原告も自認するとおり通用語としては存しないものであり、また、その称呼である「プリンスチヤンピオン」は九音からなり、やや冗長のきらいを免れないものと認められる。ところで、簡易迅速を第一とする商取引の実際にあつては、比較的長い商標は、取引者や需要者に親しみ易い顕著な部分に限定されて簡単に称呼、観念されるのが普通であり、この観点から本願商標をみるとき、前記認定のとおり、本願商標全体としての称呼がやや冗長であり、かつ、それほど一般世人に印象を与えるものではなく、むしろ、これを構成している「PRINCE」または「CHAMPION」の語の方が看者の注意をひき、馴染み深いものであること、ことに本願商標の指定商品である運動具との関係でみれば、「CHAMPION」の語は運動競技に密接した言葉であるから、右の語がこの種商品の取引者や需要者に最も強い印象を与えるであろうことは容易に首肯できるところであることに徴すれば、本願商標からは、前記の指定商品との関係において、「チヤンピオン」の称呼、観念を生じるものと認めるのが相当である。

2  原告は、本願商標から「チヤンピオン」の称呼、観念を生じない理由として縷々主張するけれども、本願商標から「チヤンピオン」の称呼、観念を生ずるものであることは前記説示の理由から明らかであり、原告の所論は、以下述べるとおり、いずれも独自の見解であつて採用するに由ない。

(一)  まず、原告は、本願商標の称呼、観念は「プリンスチヤンピオン」のみであると主張するも、商標の称呼、観念は看者の特に注意をひき易い部分である要部につき指定商品との関係から生ずるものというべきところ、商標の要部は一に限らないから、一の商標から常に単一の称呼、観念を生ずるものとは限らない。本件の場合、前記説示のとおり、「チヤンピオン」の称呼、観念は運動競技に極めて密接した語であり、本願商標の指定商品である運動具との関係においてみた場合、本願商標から右の称呼、観念を生ずることは極めて自然であり、これを否定しえないところといわなければならない。

(二)  原告は、本願商標から「チヤンピオン」の称呼、観念を生ずるとした審決の判断が社会通念に反すると主張するけれども、審決のこの判断が社会通念に反するものといえないことは、前記説示したところから明白である。また、原告がこの点につき指摘する事実ないし理由((イ)本願商標の表現形式が英語の表現形式の通則に従つたものであることから、「プリンスチヤンピオン」と称呼、観念される適格性があること、(ロ)一連一個の商標として表示したものを無理に二分し、一方を無視した観察法を採用しているとの点、(ハ)「PRINCE」の方が「CHAMPION」の語よりも運動競技者に強い印象を与えるとの点)も前記説示の理由に照らし明らかなとおり、審決の判断を誤解したことに基づくものであるか(右(ロ)の点)、原告の主張を認めえないものであるか(右(ハ)の点)、または本願商標から「チヤンピオン」の称呼、観念を生ずることを妨げる理由と解し難いもの(右(イ)の点)というほかない。なお、原告は引用商標より先願にかかる登録商標「シルバーチヤンピオン」が存在すること、その他引用商標と指定商品が同一である「World Champion」と「Triple Champion トリプル チヤンピオン」が連合商標でなく独立の商標として登録された事実を挙示し、本願商標は分離して称呼、観念することは不当である旨力説するが、前記説示の理由から、本願商標からは「チヤンピオン」の称呼、観念を生ずべく、原告挙示の例が存在するからといつて、一の商標からいかなる称呼、観念を生ずるかは個別的に判断すべき性質のものであることは当然であるから、右の事実が何ら前記判断を妨げる資料とならないことは多言を要しないところといわなければならない。

三  一方、成立に争いのない甲第三、第四号証によると、引用商標が昭和二九年二月二四日商標登録出願、昭和三三年七月三日登録にかかり、旧商標法施行規則第一五条第六五類玩具および運動遊戯具を指定商品とし、別紙(二)記載のとおり、筆記体で「Champion」の文字を「C」を大文字綴りとして左横書きしてなるものであり、その構成から「チヤンピオン」の称呼、観念を生ずることは明らかである。

四  叙上のとおりである以上、本願商標と引用商標は、その称呼、観念を共通にする類似の商標といわなければならない。

五  以上のとおり、本願商標は引用商標と類似し、しかも本願商標は引用商標の商標登録出願の日の後の商標登録出願にかかり、かつ、本願商標の指定商品が引用商標の指定商品中に包含されていることは前記認定のとおり明らかであるから、本願商標は商標法第四条第一項第一一号の規定により登録を許されないものというべきである。

よつて、本願商標が引用商標と類似しているものとし、商標法第四条第一項第一一号の規定によりその登録を拒否した本件審決は正当であり、その取消しを求める原告の本訴請求は理由がないから、これを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第九三条第一項ただし書を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 柳川真佐夫 武居二郎 楠賢二)

別紙

(一) 本願商標

(二) 登録第五二二、九〇九号商標(引用商標)

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