東京高等裁判所 昭和45年(う)1131号 判決
被告人 田村倫之輔
〔抄 録〕
所論は、凡そ直接国税逋脱犯の立証(所得の確定)はあくまでP/L立証(損益計算法)によるのが原則であるのに、原判決は安易且つ不当にB/S立証(財産増減法)によつた違法があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであると主張する。
いうまでもなく、直接国税逋脱犯の立証(所得の確定)方法としては、P/L立証(損益計算方法)とB/S立証(財産増減法)の二つがある。前者は当該年度(期首より期末までの期間)に発生した総収益と総損失とを明らかにしてその差額を所得(損益)とする方法であり、後者は期首の正味財産と期末の正味財産とを明らかにし、その差額を所得(損益)とする方法である。直接国税逋脱犯の立証方法、すなわち所得の確定方法としては、B/S立証(財産増減法)に基づくよりもP/L立証(損益計算方法)に基づく方が妥当であることはいうまでもないとしても、若し損益面と貸借面との帳簿や伝票類が完備してさえおれば、P/L立証によろうとB/S立証によろうとその所得は本来一致すべき筈のものであるのに、脱税事犯における現実の問題としては、公表帳簿さえ作成していない例が少くなく、いわんや損益面と貸借面との帳簿や伝票類が完備している場合は寧しろ稀有であるともいえるから、P/L面より、或るいはP/LおよびB/Sの両面より、真実の所得を把握するというが如きことは、いうべくして実際は不可能に近い場合が多く、検察官としては勢いB/S立証によらざるを得ないことになる。本件もまたこの例に洩れないものであることは、記録および証拠物並びに当審における事実取調べの結果、殊に当裁判所の証人酒井洋に対する尋問調書によつて、これを窺うに十分である。そして、このB/S立証の方法を採ることにより些かでも被告人に不利益を来たすことのないように、検察官においては関係人から努めて事情聴取を行うなどして、被告人の財産中に他人の財産を混入せしめることのないように留意したり、訴因の減縮を行なつたりし、原裁判所においては検察官主張の店主勘定や構築物勘定から更らに減算を試みるなど、当然のことながら、被告人の所得を最少限度に認定するように心懸けていることが、全記録によつて、明らかである。原判決を目して、所論のような違法があるということはできない。
二、所論の詳論縷説するところを要約すれば、原判決の認定判示する被告人の所得中には、給与所得および配当所得のほかに、 1.日通の出入業者が工事の請負等大口取引のあつた際日通における管財課長としてこの取引に関与した被告人に供与するリベート、 2.右の出入業者および日通の支店或るいは関連会社等の系列会社から供与される中元および歳暮並びに 3.右2の者らから供与された昇進祝、新築祝、外遊時の餞別および香奠等が含まれているところ、右の1を雑所得とするのは格別、少くとも右の2および3の如きは、所得税法第三四条第一項にいう「役務の対価としての性質を有しないもの」であつて、また「継続的行為から生じた所得以外の所得」に当るから、その性質から考えても、また日通の社長であつた福島敏行に対する場合にみられるような租税行政における従来の取扱例等に徴しても、これを一時所得とみるのが相当であるのに、原判決がたやすくこれらをすべて雑所得としたのは、所得税法第三四条第一項引いては同法第二三八条の解釈適用を誤り、また審理を尽さなかつた違法があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるというに帰する。
そこで、検討すべきは、一時所得と雑所得との区別いかんということである。この点につき、現行の所得税法(昭和四〇年法律第三三号)は第三四条第一項で一時所得の定義を掲げ、第三五条第一項で雑所得の定義を掲げている。そして、この関係は、旧所得税法(昭和二二年法律第二七号)においても全く同様であつたといえる(同法第九条第一項第九号および第一〇号を参照。)。右によれば、旧所得税法第九条第一項第九号または現行の所得税法第三四条第一項に規定する一時所得とは、イ、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得および譲渡所得以外の所得であること、ロ、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の所得であること、ハ、労務その他の役務または資産の譲渡の対価としての性質を有しないものであること並びにニ、その性質が一時のものであることの四つの要件をすべて満たした所得であり、旧所得税法第九条第一項第一〇号または現行の所得税法第三五条第一項に規定する雑所得とは右の利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得および一時所得のいずれにも該当しない所得である。そして、法がこのような区別を設け、その税額の計算に差異を認めるのは、所得税法が応能負担の原則を建前とするというその性格に由来するものと考えられる。
問題は、右ロの「継続的行為」とハの「役務の対価」の意味いかんである。そこで、検討するに、右の継続的行為とは、量的な概念ではなくて、質的な概念であり、それは必らずしも規則的・不可不的に発生するものであることを要せず、不規則的・不許不的に発生するものであることをもつて足りるものと解すべく、また役務の対価とは、狭く給付が具体的・特定的な役務行為に対応・等価の関係にある場合に限られるものではなくて、広く給付が抽象的、一般的な役務行為に密接・関連してなされる場合をも含むものと解するのが相当である。
これを本件についてみるに、被告人は、原判決が「罪となるべき事実」冒頭に認定判示するように、昭和三六年一二月日通経理部経理課長代理、同三八年八月同部管財課課長代理、次いで同三九年四月同課長となつたほか、日通の関連会社である日通伊豆観光開発株式会社および日通不動産株式会社の各取締役を兼ねていた者であるところ、原判決挙示の諸証拠、中でも被告人の原審各公判における供述および検察官に対する各供述調書並びに田村みつおよび平岡義次の検察官に対する各供述調書のほか、証人長谷川博和、同山口文象および同高岡徳太郎の原審公判における各供述並びに庄司克三、大野実、玉田勝太郎、大原博二および松井雅美の検察官に対する各供述調書等を総合すれば、日通経理部管財課は、日通の固定資産の取得、管理および処分並びに備品および消耗品の調達等の事務を所管していたこと、被告人は、右に述べたように、同課の課長代理、後には課長の地位にあつた者で、日通に出入りする業者の選定、工事、物品購入の発註および代金支払の決定等に関する職務を担当していたこと、日通の出入業者は、建築請負、自動車、繊維、印刷、機械および事務用品等広く日通の業務全般に亘つていたが、工事等の発註を受けるについては、いずれもその都度管財課を通じなければならなかつたこと、被告人はこれらの出入業者の多数(法人)および日通関連会社から毎月定期的に、或るいは不定期的に、盆、暮に、部内における地位の昇進時に、渡米時に、家の不幸があつた際に、或るいは私宅の改築時等に、贈答、祝儀、餞別および香奠等として、現金、ギフトチエツク、商品券および書画等の金品や私宅庭園工事の無償施行による利益の供与を受けていたこと、これらの供与は、各出入業者が、被告人の日通における地位や職務に着目し、日通との取引に当つて、指名業者に選定されるに至るか否やや契約内容の取決め等についての被告人の差配が事実上大きな力や影響を持つと考えたことから、主として日通より工事の発註を受けた場合における謝礼ないし将来における取引上の便宜や供与を得たいという趣旨に出ているものであり、被告人もよくその趣旨を諒解し、これを体して、これらの業者に対しては別段反対給付や謝礼等をすることもなかつたこと、しかもこれらの供与は、各業者の事情に応じ、反覆継続して行われていたこと、右供与による被告人の収入は極めて巨額に及んでいたこと並びに被告人は給料の割りには、贅沢豪奢な満ち足りた生活を存分に享受していたこと(一介の課長でありながら日通で「田村天皇」と呼げれる程の権勢をほしいままにして、邸宅を新築するなど相当の財を成し、また仕事のほかには、絵画や俳句に親しんだりしていた)等の諸事実を窺うことができ、当審第六回ないし第八回各公判における被告人の弁明をもつてしても、右の如き諸事実を否定し去ることは到底できない。
このように見て来ると、右の諸供与は、それがリベートであると、将たまた中元および歳暮並びに昇進祝、新築祝、餞別および香奠であるとを問わず、すべて、これを所得税法にいう雑所得に当るものと解するのが相当である。蓋し、これらの諸供与は、なる程、唯だ個別的・表面的にのみこれをみれば、一過的または一回限りの様相を呈するのではあるが、よく全体的・実質的にこれをみれば、その趣旨および内容よりして、被告人の地位や職務を離れては全くあり得ないものであることが理解され、巷間個人間において社交儀礼的になされる細やかな中元、歳暮、祝儀および香奠の類いとは自ら異質のものであることが明らかであるばかりでなく、右のような諸供与は、これを各業者と被告人との年間における金品授受の関係として全体的に考察すれば、名目はそれが中元、歳暮、祝儀、餞別または香奠であつても、決して唯だ一過性または一回限りのものではなくて、烱眼な業者らが敏感にそれぞれの機会を捉えては、被告人の愛顧や恩寵を得るために、営々と反覆継続してなした供与の一環ないしは一駒にほかならないものということができるからである。この意味で、右と同趣旨に出でている原判決の「弁護人の主張に対する判断」中の「一、雑所得と一時所得について」の説示は相当であつて、当裁判所もまた十分これを支持することができる。
(江碕 竜岡 桑田)