東京高等裁判所 昭和45年(う)150号 判決
被告人 佐藤秋雄
〔抄 録〕
所論は、まず、原判決が、昭和四三年一〇月二一日午後一〇時一〇分ころから一〇時二〇分ころまでの間の投石行為につき、(一)その態様が公務執行妨害罪の暴行にあたるとした点(控訴趣意書第二の一)、(二)これが公務執行妨害の故意によるものとした点(同第二の二、四、五)は、いずれも証拠に基づかないものであり、(三)「前記(約三〇〇名)集団のうち多数の者らにおいて……多数のコンクリート塊を投げつけるなどの暴行をなし、」と投石者の人数を単に「多数」と概括的に判示して、投石が右集団全体に関連する行為かあるいは一部の者の行為であるかについて判断を避けているが、右投石を集団による行為とした点は証拠に基づかないものであつて、事実誤認である(同第二の三)、というのであるが、原判決の摘示する(罪となるべき事実)第二の事実ならびに冒頭の(二)および(三)(2)の各事実は原判決の挙示する各証拠を総合して優にこれを認定することができる。すなわち、これによれば、原判示認定の約三〇〇名の集団のうち多数の者が防衛庁正門前付近に至り、同庁構内正門付近において警備していた警察官らおよび正門内の警備車両隊の警察官らに対し、原判示の午後一〇時一〇分ころから午後一〇時二〇分ころまでの間約一〇分間にわたり、こもごも投石をくり返したものであつて、右投石が右警察官らをしてその身辺に危険を感じさせ、その職務の執行を妨害するに足りる不法な有形力の行使であることは明らかであるとともに、右の状況からすれば右投石者に公務執行を妨害する故意があったことはもとより疑問をさしはさむ余地のないところである。そして、所論にかんがみ一件記録を精査検討してみても、以上の認定が誤認であることの疑いは発見することができない。
所論は、原判決が投石者を「右集団のうちの多数の者ら」と判示したことを非難して、右投石が集団全体の行為か一部の者の行為であるかにつき判断をしていないと非難するが、投石が約三〇〇名の集団中の一部の者によつて行なわれたことは右の判示自体によって明らかであるし、投石者の数を確定せず単に「多数の者ら」と判示したからといつて、共同正犯である被告人の罪となるべき事実の判示としてなんら欠けるところがないから、この点の所論も採用することはできない。
つぎに所論は、原判決は右の投石をした群衆集団と被告人との間に共謀を認めたのは証拠に基づかないもので事実誤認である、というのであるが(同第二の六)、原判決がその罪となるべき事実第二の事実につき挙示した証拠を総合すれば、被告人は、原判示のように、約三〇〇名の群衆が当日午後九時一五分ころ港区青山一丁目三番都営アパート前交差点において集会を開いた際、右群衆に対して原判示の演説を行ない、防衛庁突入の目標を指示するとともに、これを阻止する機動隊に対しては石を持って攻撃をするよう呼びかけ、これに呼応した右の群衆の多数の者とともに防衛庁警備の任務にあたつている警察官らに対して投石等の暴行を加えてその規制を排して防衛庁に侵入すべき旨互に意思を通じ、隊列を組み、投石用の石塊、角材、丸太等を携行して、集団となって同所を出発し、青山葬儀所前、六本木交差点等を経て防衛庁正門前付近に至り、右集団のうち多数の者が、原判示のように午後一〇時一〇分ころから午後一〇時二〇分ころまでの間同庁の警備にあたる警察官らに投石するなどの暴行を加えたこと、被告人自身も終始右集団と行動を共にし、自ら投石した事実は認められないが、右投石に際して投石者の背後でこれを見まもつていたことを認めることができ、その他一件記録を精査検討しても右の認定に疑いがあるとは考えられない。してみれば、被告人は、右集団のうち多数の者らが行なつた右暴行による公務執行妨害について、共謀者として公務執行妨害罪の共同正犯の責任を負うことはいうまでもない。
(中野 藤野 粕谷)