大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和45年(う)1647号 判決 1975年4月23日

本店所在地

東京都渋谷区代々木一丁目三〇番六号

法人の名称

コーポランド建設株式会社

(旧名 東邦開発株式会社)

代表者氏名

井上博司

本藉

東京都大田区雪ケ谷町六三四番地

住居

同都同区南雪ケ谷町三丁目七番八号

会社社長

井上博司

旧名

謝天得

大正一一年九月一二日生

右の者に対する法人税法違反被告事件について、昭和四五年五月二七日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、各被告人から控訴の申立があつたので、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件各控訴を棄却する。

当審における訴訟費用の六分の一を被告人両名の連帯負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人萩原菊次、同浅見敏夫共同作成名義の控訴趣意書および控訴趣意補充書(二通)に記載されているとおりであり、これに対する答弁は、東京高等検察庁検察官検事古谷菊次作成名義の答弁書および答弁補充書に記載されているとおりであるから、これらを引用し、これに対し次のとおり判断する。

控訴趣意第二点(控訴趣意補充一の第二点を含む)について。

所論は、被告人会社所有の土地はいずれも団地の宅地として造成、分譲されたものであるから、その原価計算については、法人税法第二二条第三項、国税庁長官法人税基本通達二-二-二に従い見積り原価計算方式によるべきであるのに、原判決は、右計算方式を採用せず、確定原価方式によつて右原価計算を行なつたものであるから、原判決には法令の解釈、適用を誤つた違法がある旨主張する。

そこで、検討すると、団地としての宅地を造成して分譲する場合の右土地の原価計算については、造成工事が長時間にわたつて施行され、工事完成前に分譲が開始される場合には、当該事業年度終了の日までに債務が発生している工事費用のみならず、その後において債務が発生することが見積もられる工事費用を含めて算出することに合理性が認められることは、所論の指摘するとおりである。

しかし、反面において、当該事業年度終了の日までに未だ債務が発生していない工事費用を原価計算の基礎とすることは、右時点において工事費用の金額を確定することが困難であることにかんがみると、安易にこれを認めることはできないのであつて、少なくとも、本件各犯行当時右計算方法が許されるためには、当該法人が当該団地の原価計算につき現実に右計算方法を採用し、将来の工事費用の額を具体的に見積もつた場合に限定されると解される。所論は前記通達の規定を根拠として団地の造成分譲の場合の原価計算については右のような限定がなく当然に右計算方法によるべき旨主張するけれども、右通達は本件各犯行の約五年または六年後の昭和四四年七月一日に施行されたものであつて、本件各犯行当時においては、右通達が定める計算方式が関係法人間において一般的な会計処理の基準とされていたものと認めることはできないから、右通達を根拠として、本件各犯行当時においても、右計算方式が当然に行なわれるべきであるということはできず、なお、右通達は、当該法人が団地造成に関する将来の工事費用の額の見積りをしない場合にも右計算方式によるべき旨規定しているものとは必ずしも解することはできない。

そして、本件における関係各証拠によれば、被告人会社は、本件各犯行当時、本件各団地の原価計算につき所論の計算方法を採用せず、また、将来の工事費用の額を具体的に見積もらなかつたことが明らかであつて、本件は所論の原価計算を行なう事案ではないから、原判決には所論の違法はない。

論旨は理由がない。

控訴趣意第一点(控訴趣意補充一の第二点を含む)について。

所論は、まず、原判決別表第六記載の土地の造成工事費のうち原審でその額につき鑑定しなかつた分に関して、原判決が検察官主張額をたやすく認定したことは、審理を尽くさなかつた結果、事実を誤認したものである旨主張する。

そこで、検討すると、原判決挙示の各証拠によれば、原判決別表第六記載の土地の造成工事費のうち、大倉山(一、二期分)、妙蓮寺、宮田町を除くその余の土地の造成工事費については、原判示のとおりであることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はないけれども、当審における事実の取調べの結果によれば、右大倉山(一、二期分)、妙蓮寺、宮田町の分の造成工事費は別紙一、二記載のとおりであるものと認められ、その結果、被告人会社の期末土地棚卸し額は別紙二記載の造成工事費の増額分が原判示の額に加算されることとなるが、右修正額に基づき昭和三八年、同三九年の各六月三〇日現在の被告人会社の所得額を計算すると、別紙三記載のとおり原判決の認定額よりいずれも多いこととなり、したがつて、本件各脱税額も原判決の認定額より多くなるから右造成工事費に関する原判決の事実の誤認は何ら判決に影響を及ぼすものではない。

次に、所論は、原判決は、被告人会社の昭和三六年六月三〇日現在の通知預金額は三、二二〇万円であるのに、これを二、六七〇万円と認定し、また、被告人会社および被告人井上の右日時以前の事業所得の所得率は少くとも二〇%であつたのに、これを一四・八七%と認定した旨主張する。

しかし、右通知預金の点については、被告人井上名義の日本勧業銀行芝支店通知預金五五〇万円が昭和三六年五月二九日に設定され、同年九月二二日に解約されたことは所論の指摘するとおりであるけれども、右通知預金は被告人井上個人名義のものであつて、証人菅野進の当審公判廷における供述等に照らすと、それが実質的に被告人会社のものであつたものと認めることはできない。また、所得率の点については、原判決は、(争点についての判断)の(三)で判示しているところから明らかなように、具体的な事実に基づき合理性のある計算方法でこれを算出しているものであつて、所論は、被告人会社のその後の所得率と比較すると、原判示の認定率は低いというけれども、原判示の所得率は九年というかなり長期間の平均値であつて、その間には好不況の波があつたものと推認されることにかんがみると、所論の事実をもつて直ちに原判示の認定率か低きに過ぎるものと認めることはできない。

したがつて、原判決には所論の事実の誤認があるということはできない。

論旨は理由がない。

控訴趣意第三点(控訴趣意補充二を含む)について。

所論は、原判決の量刑不当を主張するものである。

しかし、本件は、被告人会社の代表取締役である被告人井上が昭和三八年、同三九年の二決算期において被告人会社の法人税に関し四、三〇〇万円余の脱税をしたというものであつて、その脱税額が多額であり、その態様も、被告人井上において被告人会社の実際の所得額についての認識が十分あつたのに、脱税の目的で部下に紛飾決算の書類の作成を指示したものであることにかんがみると、本件の犯情は決して軽いものではない。

したがつて、被告人両名には従前まつたく犯罪歴がなく、また、本件各犯行後被告人井上を始め被告人会社の幹部が本件につき反省し、再度脱税をしないことを期していることその他所論の指摘する被告人両名に有利な情状をしんしやくしても、被告人会社が罰金一、一〇〇万円に、被告人井上が懲役六月、執行猶予二年に処せられるのはやむをえないものであつて、原判決の量刑は相当であると認められる。

論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法第三九六条により本件各控訴を棄却し、当審における訴訟費用の負担につき刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。

検察官検事 野村幸雄 公判出席

(裁判官 瀬下貞吉 裁判官 竹田央 裁判長裁判官吉川由己夫は退官につき署名押印をすることができない。裁判官 瀬下貞吉)

(別表一)

昭和38年6月30日

修正貸借対照表

<省略>

<省略>

(別表二)

昭和39年6月30日

修正貸借対照表

<省略>

<省略>

(別表三)

昭和37年6月30日

修正貸借対照表

<省略>

<省略>

(別表四)

税額計算書

<省略>

<省略>

(別紙五)

土地棚卸

<省略>

宅地造成費明細表

昭和36年6月30日現在

<省略>

<省略>

昭和37年6月30日現在

<省略>

<省略>

昭和38年6月30日現在

<省略>

<省略>

昭和39年6月30日現在

<省略>

<省略>

(別紙六)

造成費棚卸額計算表(No1)

<省略>

<省略>

<省略>

<省略>

<省略>

<省略>

<省略>

<省略>

<省略>

<省略>

(別紙七)

各期別買掛金(造成費)明細表

<省略>

控訴趣意補充書の二

被告人 コーポランド建設株式会社

同 井上博司

右被告人両名に対する法人税決違反被告事件について、昭和四五年九月一八日付で控訴趣意書を提出し、次いで同年一一月二八日同補充書を提出しましたが、既にその趣旨を追加して次のとおり補充いたします。

昭和四五年一二月九日

右弁護人

弁護士 萩原菊次

同 浅見敏夫

東京高等裁判所第五刑事部 御中

第三点 量刑不当について

原審裁判所は量刑をされるに当つて、被告人並びに被告会社について諸般の情状を 酌せられたものと思料されるが、原判決は事実関係について比較的詳維に判示されているのに比し、情状関係についての判示が全くなく、しかも、原判決の言渡の際にも別段の説示もなかつたので、果して諸般の情状を十分  酌せられたものかどうか、なお疑問が存するのである。しかも、原審裁判所の量刑は甚だしく重きに違ぎるものと思料され、それは被告人並びに被告会社に対する諸般の情状を十分酌量せられなかつた結果によるものではないかとも思考され、結局、原判決は量刑重きに過ぎ甚だしく不当にして到底破棄を免れざるものと思料されるので、原判決を破棄せられ、被告両名に対する刑を軽減せられたうえ、適正妥当な破判決を賜り度く、以下その理由を開障する。

一、事実が縮少すれば量刑も軽減さるべきである。

思うに量刑は如何なる刑法理論をとるにせよ、外画的に表現された行為自体を基礎にして経験的に考慮され極重ねられてきたつたものであることは敢て多言を要するまでもないことであろう。

若し、そうだとすると、第一点で既に詳述したように外的に表現された事実、つまり、結局は逋脱額が原審裁判所で認定せられたそれより減少する結果を招来することが必至と思料される本件にあつては、その縮少された事実関係に即応して科刑が軽減されて当然であり、至当でもあると思考するものである。

二、逋脱の犯意は軽度である

証人川部君平、同片榜忠男、同山本道一の各証言並びに被告人の本人訊問の結果を総合すれば、被告人は前科もなく、純真、誠実で信頼に厚い真面目な実業家であつて、自己の全生命を投入して事実に専念していたものであり、本件は被告人自身が事業の発展に熱心の余り東奔西走して寧日なく、経理という足許を確める術すら みる余裕もなかつた当時の行為であるうえ、被告人は現在でこそ帰化して日本人ではあるが、元来台湾生れの台湾国藉の異邦人であつて、被告人と同じ国の者が皆そうであるように、被告人も亦卑儀課会の税務指導に依存していたのであるから当時は末だ日本人同様に日本税制についての十分な  がなかつたものであることが認められるのである。

しかも、本件事犯をなすに至つた動機は原審検事も被告で言及されたように、土地の仕入に当つて地主から衷契約の強い要請を受け、これに応せされば土地を仕入ることも至難であつたため、止むなくこれを容認し、簿外仕入を起こさゞるを得ず、これに相応する会計上の措置として売上の一部除外をなすことにより、収支のバランスを保たざるを得なくなつたものであつて、被告人が自ら積極的に税金を逋脱しようという強い犯意があつての所為ではないことが明認されるのである。その上、被告人は簿外仕入を起こさゞるを得ざるため、会社資金を以つて簿外仕入相当額を支出する訳にいかず、これを自己資金(社長の個人企業により得た資金)を以つて賄わざるを得ざるところより、自己資金を注入し、土地を造成してからこれを売却した後売上の一部を除外して自己資金の回収を図るという行為を反覆するうち、何時しか会社資金と自己資金を混合するに至り、その区分も不明確となり、所請丼勘定の態を呈するに至つたのが本件の主要な要因なのであつて、決して計画的に逋脱を意図したものではないのであることが明認されるのである。

三、犯行の手段は悪質ではない

原審裁判所が量刑を重くした理由の一つは、検事が論告に際して「本件は犯行手段を見ても取引の相手方と通謀して、その所為を隠蔽する等悪質といわざるを得ない」との主張を肯認されたゝめではないかとも思料されるのであるが、本件証拠を検討するも被告人が本件犯行を隠蔽するため相手方と通謀した事実は全くないのである。証人川部君平、被告人本人の供述によれば、被告会社が造成をなすに当つては、先づ被告人自身が現場を選定し、現場附近で下請業者を探し出し工事を請負わせていたのが実情であつて、その下請業者は概ね零細業者であるため、出来高に応じて社長個人の資金を現金で支出する方法により工事を安く、しかも、早く仕上げさせており、そのため領収書も徴収しなかつた場合が多かつたのであつて、相手方と特に通謀して証拠を隠蔽した事実は認められないのである。

若し、原審検事の主張した「被告人が査察官に対し菊地義郎氏から六千万円の借入があつたと陳述したこと」を原審裁判所も是認せられたとするならそれは誤りである。被告人が昭和三七年六月三〇日現在で現実に被告会社の前身である東邦開発建設株式会社に約六千万円の貸付があつたが、これを証明するに足る有形的証拠書類がないため査察官から否認されて因窮の未菊地義郎の名を義用すれば或は認容されることもあろうかと推考してその旨の陳述したのであるが、被告人はその翌日には、かようなことで恩義ある右菊地氏に迷惑を及ぼすに忍びず、右陳述を取消しているのである。有形的証拠物がなければ総て容認しないという査察官の態度にも一考を要するものがあるものと思料されるのであつて、速やかに改めた被告人の態度をさまで悪質な情状として論難するとは妥当ではないものと思考するものである。

四、再犯防止の措置

被告人の本人尋問並に証人中里直吉の証言によれば、被告人は犯後深く反省し、再犯防止のため改善措置を講じていることが明かである。すなわち、従来二、三名で経理事務を処理して来ていたのを、昭和四二年七月仙台国税局調査査察部の俊秀であつた中里直吉氏を経理部長として迎え部員も一二名に増員してその充実を図ると共に、事業遂行上一切の裏契約を禁止し、硝子張りの明朗な経理処理方針を確立実施しているのである。従つて、改後の情状は極めて顕著で、再犯防止のための措置は十分講じたものというも過言ではないのである。

五、多額の税金の完納

(一) 被告会社は査察を受けた後、昭和四一年二月一九日付で対象三ケ年度分について総額三二、一四三、八二〇円の修正申告をしている。

同年七月二七日付で法人税、過少申告加算税、重加算税で総額五七、八五六、八六〇円の更生を受けたため銀行借入等をして、これを昭和四三年九月三〇日迄に分割納入している。その延滞税は九、八七八、五五〇円であつた。

(二) 被告会社は右法人税に附随して法人事業税、都民税の更生も受け、その総額は三六、五四二、六九〇円であり、これも分納せざるを得なかつたため延滞税総額は七、五六六、六一〇円に及んでいるのである。

(三) 従つて、被告会社が完納した税の総額は一四三、九八八、五三〇円という厖大なものである。これだけの巨額を三年間に完納するために資金の調達をすることは被告会社の如き個人的色彩の強いところにあつては言語に絶する苦痛が存し容易ならざるところであつたのである。

(四) かような苦痛を課し、かくも前記のような厖大な税金を既に徴収し終つているのであるから、本法所定の法目的は既に達しており、かつ、刑罰的機能も既に十分果し得たのであるから、その上、更に原判決の如き量刑をなす要は全く存しないものと思料するものである。

(五) 前記のうち行政罰に相当する法人税の重加算税は二〇、五一八、二〇〇円であり、法人事業税のそれは七、一七六、一五〇円であつて、その総額は二七、六九四、三五〇円である。このように行政罰を既に受けていることも量刑に際し御参酌せられたく思料するものである。

六、免許の取消

被告人は宅地建物取引業を主な営業目的とする被告会社の代表取締役社長であるが、実際には個人的色彩の濃厚な被告会社においては、その営業活動並びに金融関係は殆んど総て被告人が現に担当実施していて、被告会社の経営は全く被告人個人に依存している実情なのである。ところが、被告人が原判決の如く懲役刑に処せられると、仮令その刑に執行猶予の恩典が付されていても被告人が被告会社の役員であるがため、被告会社の宅地建物取引業者としての免許は取消されざるを得ないのである。しかも右刑が確定した日から言渡された執行猶予期間の二年を経た後も更に、二年を経過する日まで結局四年間は前記免許を取得することができなくなるのである。(宅地建物取引業法第二〇条第一項第三号、同第四条第一項第三号参照)。

或は、被告人が判決確定前に被告会社の役員たる地位を退くことによつて会社経営の継続を計ることが可能であろうとするものもあろうかと思われるのであるが、現実は会社の経営の継続が不可能なのである。その理由は、先づ被告会社は被告人の対外的信用及び経営的手腕があつて始めて銀行借入等して会社資金を調達し得ているのであつて、被告人が被告会社の役員たる地位を去れば被告会社は銀行等から金融を受けることが絶望となつてしまうことが必至なのである。そうなれば被告会社はその営業を継続しえない状態となるのである。

次いで、既述したとおり、被告人が造成予定地の選定、土地の仕入、造成計画とその実施をいづれも自ら処理せざるを得ないばかりか造成地、建設家屋の販売についても自ら陣頭に立つて指揮しなければ、前記四記載の如き多額の税金を借入金によつて支払つた被告会社の厖大な借金を返済するためにも業績を挙げざるを得ないのに、それをなし能わざるものとするのである。

このような実態であるので、被告人に被告会社の役員たる地位を去らしめることは、結局は被告会社を経営不振に陥れ、やがては倒産に追いやることが明かに予想されるのである。その上現在一般的に経済界が不況であることは、被告会社の経営不振、倒産を促進せしめる重要な要因となることも予測される。仮りにそのような事態に立至れば、被告会社に勤務する約五〇名に及ぶ社員とその数倍に及ぶ家族が生活の場を失いその生活権を奪われる結果となることも明かなのである。思うに、被告会社は犯後経営頗る困苦の中にあつて莫大な税金を既に完納しているのである。本件について御處 を受けることも亦免れ い事実である。その上、更に宅地取引業者としての資格を 奪してしまうことは余りに過酷ではないであろうか。

そこで、原判決が被告人に対し懲役刑を選択せられたことは結局刑重きに過ぎるものと云うも過言ではないかと思料するものである。従つて原判決を破棄せられ、被告人に対しては罰金刑を選択せられ、できる限り軽き罰金刑を以つて御処断せられたいのである。

第四 結論

前叙第一点記載の如く、外面的に表現された行為自体が縮少されれば当然量刑も軽減せられることが期待される。

また、更に行為自体の中に存する主張的事項について、前記第三点記載の如き の事由が存するのであるから、前記事由を総合考究すれば、原判決の被告会社に対する税金千百万円、被告人に対する懲役六月二年間執行猶予の各刑は、いづれも重きに過ぎるものと御認定既りうるものと確信するものである。

そのうえ、原判決は 第三点に徴しても到底破棄を免れざるものと思料するので、此の際原判決を破棄せられ、被告会社に対しては原判決より軽減せられなる罰金刑を、被告人に対しては改めて罰金刑を選択せられたうえ、できるだけ軽き罰金に処する旨の御判決を賜りたく上申するものである。

以上

答弁書

法人税法違反 被告人 コーポランド建設株式会社外一名

頭書被告事件の控訴趣意に対し要旨左の通り答弁する。

昭和四五年一二月四日

東京高等検察庁

検察官検事 古谷菊次

東京高等裁判所第五刑事部 殿

第一点 事実誤認の主張について

一、土地棚卸について

所論は、原判決が本件造成地の期中造成費の認定について、検察官の主張金額は過少であるとして大部分について原審においてなされた鑑定結果によつて造成費を推計しながら、鑑定のなされなかつた造成地の造成費について過少なる検察官主張の造成費金額を採用して期中造成費とし、これを根拠として土地の期末棚卸額を算定したことは審理不尽に基づく事実誤認である、というのである。

しかしながら、土地棚卸の金額に限らず所得を算出する根拠となる勘定科目は、刑事事件においては、証拠によつて算出するのが原則であつて、ずばりこれを証明する直接証拠がない場合、あるいは、一応その金額を示すが如き証拠資料があつても措信できない場合には、次善の策として所謂推計計算を行なうのであるから、造成費の算出について一部を鑑定価格によつたからといつて、他の部分についても同一方法によつて推計すべきものだとするいわれはない。

因つて論旨は理由がない。

二、社長借入金について

所論は、要するに、原判決は、日本勧業銀行芝支店の井上博名義の五五〇万円の通知預金を昭和三六年六月三〇日現在の個人法人総合の資産に計上せず、また同年六月三〇日以前における法人個人の総合事業所得における所得率を少なくとも二〇%と認定すべきであるのに一四・八七%と過少に認定する誤りによつて、同年六月三〇日現在の社長借入金を二二、四〇一、〇六二円、特別仮受金を八九、八三〇、五七三円と認定したが、右日時における社長借入金は三〇、七三二、六〇八円、特別仮受金は一一一、五七九、七三二円とすべきである、というのである。

しかしながら、先づ通知預金についてみるに、所論は要するに、前記井上博名義の五五〇万円の通知預金が三菱銀行池上支店の大友忠、野島和雄、川西良一名義の合計五五〇万円の会社の通知預金、普通預金として振替えられたものであるから、社長借入金として加算すべきである、というものの如くであるが、原判決も指摘するように、右井上の預金が右大友忠等名義の預金に振替つた(変形した)か否か甚だ疑問であり、仮にそうだとしても右大友忠等名義の預金はいずれも三六年六月三〇日以降に発生し、三七年六月以前に解約引出されているので(第六分冊銀行調査書類一三六五丁、一三七四丁、一三七九丁参照)、当該年度の預金金額の増減には影響がない。従つて判決にも影響を及ぼさない。

次に所得率について検討するに、所論が三六年六月三〇日以前の所得率を少なくとも二〇・〇〇%とすべきであるとする根拠としては、三七年六月期、三八年六月期、三九年六月期の所得率がそれぞれ二四・三三%、一九・一八%、三五・五二%で三ケ年平均して二六・七八%であるのに同一経営体の所得でありながら三六年六月三〇日以前の所得率が僅か一四・八七%であるとするのは不合理であるというのである。

しかしながら、一般論として、同一経営体が長年にわたつて同じ利益を挙げているとすること自体既に誤りであることは喋々するまでもないところであり、所謂親方日の丸を背景とする公企業はいざ知らず、民間企業は如何に大企業であつてもその利益率に変動が多く、昨年の高配当会社が本年は無配会社に転落する事例はめずらしいことではなく、いわんや中小企業において黒字会社が赤字会社になり、倒産にまでいたる事例の枚挙にいとまがないことは公知の事実と称しても過言ではない。

三六年六月期以前と以後で一〇・〇〇%の所得率の相違があつたからといつて少しも不思議な事ではない、それに三六年六月三〇日以前の所得率は法人個人の総合所得率であり、所論挙示の所得率は法人のみの所得率であるから、これを比較対照すること自体合理性に乏しいものといわざるを得ない。

よつて所論は理由がない。

第二点 法令の適用の誤りについて

所論は、要するに、造成土地の分譲については、「費用収益対応の原則」からして、当然所論主張の所謂、見積原価計算方式を採用すべきであるのに、原判決がこれをしりぞけ、確定主義を採用したのは、法人税法第二二条第三項及びこれに関連する国税庁長官通達の解釈適用を誤つた法令違背である、というのである。

しかしながらこの点については、原判決が極めて適切な説示をしているのでこれを援用する。

第三点 量刑不当について

所論は、前述のとおり、期中造成費等が原判決より増大し従つて 脱所得、逋脱税額がそれだけ減少することは明らかであり、その他の情状を総合すると原判決の量刑は重きに過ぎるから軽減さるべきである、というのである。

しかしながら、右に述べたとおり、原判決の期中造成費等の認定に誤りはないのであるから、これを前提とする論旨は理由がなく、その他の情状を総合しても原判決の量刑は相当であつて、量刑不当の論旨は理由がない。

答弁補充書

法人税法違反 被告人 コーポランド建設株式会社外一名

頭書被告事件につきさきに昭和四五年一二月四日答弁書を提出したが、これを左記のとおり補充する。

昭和四六年二月九日

東京高等検察庁

検察官検事 古谷菊次

東京高等裁判所第五刑事部 殿

第一点 事実誤認の主張について

土地棚卸について

所論は、要するに、原判決は検査官主張の土地造成費は過少であるとして大部分について鑑定結果によつて検察官主張金額を上まわる造成費を認めながら、なお一部の土地について検察官主張の造成費金額を認容し、被告会社が簿外で支出した造成費の主張を認めなかつた結果、土地棚卸額も過少に誤つて認定しているので、所論主張の期末棚卸額(別紙(五))を認容すべきである、というのである。

しかしながら、所論は、右簿外造成費はすべて被告人井上のポケツトマネー(即ち社長借入金)から支払われたというのであるから、たとえ、所論のとおり、造成費金額が増え、従つて期末の土地棚卸額が増えたとしても、一方社長借入金が増えることとなるから、貸借対照表の資産科目と負債科目が同時に増えることとなつて、これをブラスマイナスすれば結局「所得」には影響がない、従つて判決結果に影響がないこととなるのは極めて明らかである。

このことは弁護人も充分承知していることがらである。

すなわち、昭和四二年一二月二五日の原審第六回公判において裁判官が弁護人に対し

第三回公判における弁護人冒陳陳述中、土地棚卸の増差額の主張が本件所得の増減に影響する理由につき弁護人の釈明を求めたのに対し、弁護人は

増差額は起訴対象年度の所得には影響しないが、その分の社長借入金が負債として残ることによつて、将来に影響することを慮つたものであるが、………」

旨答え(記録第一分冊一三七丁)、四三年二月二〇日の第七回公判において

確かに弁護人の方の主張から申しましても、造成費の増額が、検察官B/S立証の期末棚卸の増ということになる訳でしてその増加分だけが社長借入金でツーペーになるという主張ですので、対象年度からいたしますと、確かに所得の増減なしという、まことに無駄の主張の如く見えるのですが…… 旨釈明しているのである。(第二分冊二二二丁-二二四丁)。

土地棚卸についての所論は弁護人も自認されるとおり「まことに無駄の主張」であつてその余を論ずるまもなく理由がない。

「社長借入金が負債として残る」ことは「将来」の問題ではあつても本件には全く無関係であり、しかもそれは、被告会社対被告人の内部関係にすぎない。

あえて蛇足を加えるならば、所論主張の造成費金額の根拠としては川部君平等(等とは、原審における丹野徳雄証人服部国光証人の証言を指すものと思料される)の証言を挙げているのであるが、その川部証言にしても、検察官の、「社長に代つてそういつた諸経費(造成費)の支払をしたことがありましたか」との尋問に対し

現場の土盛り屋なら土盛り屋に「渡してこい」と言われたような場合には私は代行ですから、領収書を貰つて渡したということはありました

旨供述し(第一分冊一七三丁)、また、「造成費の見積はわからなかつた。業者との交渉は一切社長がやつていた。請負つてやらせるという形式じやなく、その都度その都度(工事をやらせた)……」旨供述し(同一七五丁-一七七丁)、また「どこの業者にやらせたか覚えていない」旨供述している(同一七九丁)のであつて、同人の(四二年一二月二五日第六回公判における)証言は、要するに、被告会社の土地の造成は、被告人井上がいつさい「どこの業者か覚えていない」程度の小さい業者と交渉して「見積もとらず」「その都度その都度」施行させ現金で大部分は社長自ら支払つていた、というに帰するから、川部証人が検察庁の取調に際して「簿外経費というものがあることはわかるけど、その金額はわかりません」という趣旨を述べた(四三年二月二〇日第七回公判・第二分冊二九三丁、)のが本音というべきであつて、同証人が弁護人の尋問に対して答えているように、どこの団地の造成費がいくらかかつたというようなことを知つている筈はないのである。同人も検察官の「先ほど表を見ながら、あなたはいろいろ答えたけれども、これは大ざつぱにいつて何をもとにして作つたものなんですか」との尋問に対し

大体この表は先ほど申し上げたように私が見聞したことと、それから社長が年度に遡つて現場別に、その当時建てた戸数なんかを考えて、私もまた戸数とかいろんな資料に基づいて出した数字です

と答えている(第二分冊二九三丁)ところから明らかなように、川部証言のあげている造成費金額は結局、被告人井上のあげた数字を主たる計算根拠にした算術にすぎないということになる。

また、丹野証人、服部証人にしても、いずれも帳簿や伝票もなく、見積も出さず、契約書も出していない程度の小さな倒産会社の社長であつて、丹野証人の如きは「一坪当り一尺盛つた(所謂一リユーベの盛土の)値段が大体当時五〇〇円から五五〇円というのが相場だつた」と述べながら、その内訳について土代二〇〇円、トラツク賃二〇〇円、機械の手間代一〇〇円、土をおろしてならす代金一〇〇円合計原価が六〇〇円である旨の供述をし、弁護人からそれでは採算があわないのではないかとたしなめられているような、まことに頼りない証言をしていることは記録上明白(第二分冊三二九丁-三三三丁)であつて、その証言は信憑性なく、所論主張の造成費従つて土地棚卸高は合理的根拠を欠くものである。

論旨は理由がない。

第二点 法令の適用の誤りについて

所論は、要するに、造成土地の分譲については、見積造成費が「公表帳簿に計上されたと否とにかかわりなく」税務当局がすすんで「見積原価方式」によつて造成費の計算をすべきであるのに、原判決が確定主義を採用し弁護人主張の見積原価方式を採用しなかつたのは法人税法第二二条第三項の解釈適用を誤つたというのである。

しかしながら、見積原価計算方式は、納税者が見積額を算出し、(公表帳簿に計上したかどうかではなく)これを税務署に申告した場合にはじめてこれを採用すべきものであることは当然のことであつて、法人税法第二二条第三項、及びこれに関する通達は、納税者に確定主義によるか見積原価方式によるかの選択を許し、もし納税者が見積原価方式によつて造成費を計上してきた場合にはこれを認容する趣旨の規定であることは、わが国が、申告納税制度を採つているからして極めて明らかなところである。

また見積原価方式が認められるためには、申告当時(土地造成の完成時ではない)、その造成費金額が具体的に「見積」可能であり、また納税者自ら「見積」つていた事実があることを要するのは「見積原価」という文理自体からも明瞭である。

すなわち、見積原価方式を採用するためには所論の筆法を以てすれば、申告当時「造成費総額の支出が約束され、その約束即ち見積額が遂次支出されて造成が完了するという」事実を前提とするのであるが、本件においては、前述したとおり、被告会社の土地の造成は「見積書も契約書も出さず」、「その都度その都度」小さい業者に社長が一人で造成工事をやらせていたことは証拠上明白であつて、申告当時被告会社が「造成費総額の支出を約束した」とか、被告会社が「造成費総額を把握し」ていて、この約束即ち「見積額を遂次支出されて造成が完了するという」事実は全く認められないから、所論はその前提を欠く。

所論は縷々力説されるが、結局その挙げている造成費は、見積額ではなく、後日造成費として支出した金額を申告当時に遡つて認容すべきであるという主張に外ならず、所論はいわゆる見積原価方式と異質のものをこれと同一であるかの如く述べているにすぎない。 論旨は理由がない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例