東京高等裁判所 昭和45年(う)1729号 判決
被告人 黒崎道夫
〔抄 録〕
所論は原判決は、中山雅美巡査が交通の指導、取締りなどの公務に従事中であつたと認定し、被告人に対し公務執行妨害罪の成立を認めたが、同巡査は交通の指導、取締りの名のもとに、警察官職務執行法二条三項に違反し、無差別的に通行車両を実力行使して停止させ職務質問していたものであり、本件もその一例であり、違法な職務執行行為であるから、これに対し公務執行妨害罪は成立しないと、原判決の法令の適用の誤りを主張する。
よつて按ずるに、公務執行妨害罪が成立するためには、公務員の職務の執行が適法であるべきことは所論のとおりである。しかしながら、本件についてこれをみると、中山雅美は警察庁第二交通機動隊勤務警視庁巡査であつて、原判示日時に世田谷区岡本町一、三三七番地付近の東名高速道路下の道路が、環状八号線と接続するカーブ地点で、徐行義務違反、整備不良車、無免許運転者等の発見、取締りの職務に従事していたところ、被告人車が東名高速道路下から環状八号線に出るカーブ地点へ高速度のまま進行してきたので、これを停止させ職務質問をしようとしたところ、被告人は同巡査を認め急に速度を落し、同巡査から「ちよつと待つて下さい、」と言つて免許証の提示を求められると、急に発進したので同巡査は無免許運転の疑があると認め、相勤務中の菊池巡査とともに白バイで五〇〇メートル位これを追跡して停止させ、さらに職務質問をしようとすると、被告人は同地点から一旦五メートル位後退し、再び前方に発進し逃走を企てたので、中山巡査は窓から手を差し入れハンドルを握つて制止しようと、被告人車について二〇メートル位駈出したが、自動車の加速によつて五メートル位路上を引きずられた後、振り落され原判示のような傷害をこうむつたものである。右のとおりであるから、中山巡査は警察官職務執行法二条一項による適法な職務執行中であつたというに十分である。所論は、同巡査が窓から手を差入れエンジンを止めようとしてハンドルに手をかけたのは実力行使であつて、違法な職務執行方法であるというが、前記法条による職務質問を行うに当つては、具体的情況に応じ、その目的を達成するために必要な妥当な範囲内で、実力を行使することも許されてしかるべきものと解するから、前記のように無免許運転の容疑が濃厚な犯人が職務質問に応ぜず、自動車を発進して逃走を企てた本件のような場合にあつては、警察官が窓から手を差し入れハンドルを握つて停止を求めるのは、その手段方法として相当であり、これを以つて違法な職務執行であるとはいえない。従つて、被告人の本件所為に対し刑法九五条一項の公務執行妨害罪を適用した原判決は正当であり、論旨は理由がない。
(目黒 瀬戸 伊東)