東京高等裁判所 昭和45年(う)1760号 判決
被告人 平田安豊
〔抄 録〕
所論は、原判示兇器準備集合の事実につき、被告人は、「ピース缶爆弾」のほか、「鉄パイプ爆弾」についても、当時それらが「福ちやん荘」のどこに、何本くらい保管されているのかも知らされておらず、また、その現場を見たこともなく、その破壊力を現認したこともないのであるから、この段階ですでに兇器準備集合罪が成立する、ということはできない。仮りに、登山ナイフ、くり小刀等が兇器に該当するとしても、首相官の邸襲撃を同荘から直接官邸に向かつて決行する、というのではなく、一一月五日の訓練を終つた後いつたん同荘で解散し、改めて千葉市内に集合したうえ同月七日同所からトラツクに分乗して官邸の襲撃に向かうことになつていたのであつて、「福ちやん荘」における集合は、右襲撃の実行そのものを直接の目的とはしておらず、単に実行の相談をすることを目的としていたものに過ぎず、かつ、当時所要の兇器が千葉市内に準備してあつたということについてはその証拠もないから、いずれにしても、被告人に対し兇器準備集合罪の成立を認める余地はないのに、これを認めた原判決には事実誤認の違法がある、と主張する。
そこで、検討するに、兇器準備集合罪の成立には、所定の目的をもつ参集者において兇器が準備してあることを知つて集合するか、又は集合後に兇器が準備してあることを知つてなおその場を立ち去らないことがその要件であるところ、さきにも説示したとおり、「ピース缶爆弾」は一一月三日午後三時ころ、「鉄パイプ爆弾」は翌四日午後三時三〇分ころ、いずれも「福ちやん荘」内に持ちこまれ二階の押入れに保管されていたのであるが、被告人がこれらの爆弾のいずれをも現認していなかつたことは、所論のとおりである。しかしながら、すでに述べたとおり、一一月三日、四日の両日の「福ちやん荘」内における集会において、赤軍派の所属員から黒板を使用し、両爆弾の構造、使用方法、性能等につき詳細な説明があり、四日には火焔びん投てきの実験をしたほか、なお、小石などを爆弾にしたててこれを投げる訓練をすることが予定されていた事実に加えて、酒井隆樹の昭和四四年一一月二六日付検察官に対する供述調書謄本中、同人の、「四日の集会が終わる時、幹部から鉄かん爆弾が着いたので明日はこれを使つて訓練をすると言われた。」旨の供述記載(記録三冊四九八丁裏。)、柳浦利三郎の同年一一月一五日付、検察官に対する供述調書謄本中、同人の、「三日夜の集会で指導者がピースの空缶の爆弾は三個持つてきてあるが鉄パイプの爆弾は訓練に間に合うように持つてくる……と云つていた。」旨の供述記載(記録四冊、七五八丁。)、森輝雄の同年一一月二〇日付検察官に対する供述調書謄本中、同人の、「四日の検討会の終わりころ清沢さん(大久保文人の変名)か坂東さん(松平直彦の変名)から、『明日の訓練には鉄びん爆弾(鉄パイプ爆弾のこと。)を使う……』と云われた。それで、私は、……それが何発くらいどの場所に用意してあるかそこまでの説明があつたかどうかはよく覚えていないが、明日の訓練に間に合うようすでに「福ちやん荘」のどこかに鉄びん爆弾が用意してあるものと思つた。」旨の供述記載(前同、七〇九丁裏。)、および楠俊夫の同年一一月一九日付検察官に対する供述調書謄本中、同人の、「四日夜の総括が終つた時幹部のひとりが『明日は鉄びん爆弾を使つて練習するから午前五時に起きてくれ。』と云つていた。この時の感じでは鉄びんが用意されてあつたような感じがした。」旨の供述記載(記録三冊、五七二丁。)を総合して考えると、一一月三日、および同四日の集会に出席した者は、たとえ現物を見ていない者でも、三日か、あるいはおそくとも四日までには、これら爆弾の双方か、又は少なくともその一方がすでに幹部によつて準備され、「福ちやん荘」内のどこかに保管されていることを察知していたことが窺われるから、右各集会に参加した被告人だけが全くの例外であるとは考えられないばかりか、かえつて、原審第二回公判廷における検察官と、被告人との尋問応答の一部(記録四冊、六四五丁)を見ると、被告人は一一月四日夜の集会のときにはすでに「鉄パイプ爆弾」と、「ピース缶爆弾」の双方が赤軍派の幹部によつて準備されてきていたことを感知していたようにも思われるが、前記引用にかかる部分(とくに六三三丁裏ないし六三四丁表)をも含めて同公判廷における被告人の供述全体を慎重に吟味すると、「ピース缶爆弾」の分はともかくとして、少なくとも「鉄パイプ爆弾」については、それが「福ちやん荘」内のいずれかの箇所に保管されていることを被告人が感知していたことはまちがいないものと思われる。してみると、結局、被告人は、右「福ちやん蒸」に集結した後、被告人ら赤軍派五〇数名が首相官邸を襲撃し、警察官らに対し共同して危害を加えるための攻撃用武器として、登山ナイフや、くり小刀などのほか、なお前記のような性能を有する「鉄パイプ爆弾」も同荘内に準備されていることを察知しながら、その場を立ち去らなかつたことになるのであるから、この点においては、兇器準備集合罪の要件に欠けるところはない。
次に、「福ちやん荘」における集合は、実行そのものを目的とするものではなく、単に実行の相談をするに過ぎないものであつて、犯行に直結する集合ではないから、兇器準備集合罪に該当しない、との主張について検討する。なるほど、原審記録によると、被告人ら参集者は、大菩薩峠附近における一一月四日、および五日の両日にわたる軍事訓練が終わると、一同はいつたん千葉市内の指定された宿泊所に移行し、同所に一泊した後、七日早朝数台のトラツクに分乗して一団となり首相官邸の襲撃に向かう予定であつたこと、したがつて「福ちやん荘」からそのまま部隊を組んで直接官邸に向かうわけではなく、また、千葉市内における宿泊場所や、兇器の準備状況については、証拠上も明らかでなく、また五日早朝の逮捕のときまでには被告人をはじめその他の一般隊員もその点についてなにも知らされていなかつたことは、所論のとおりである。しかしながら、前記各関係証拠のほか、検察事務官佐藤陽作成の報告書謄本二通(記録二冊、二六五丁、二六九丁。)や、木村一夫の一一月一七日付検察官に対する供述調書謄本中の「一〇月三一日四谷の喫茶店で藤田さん(赤軍派の幹部)から、首相官邸襲撃の話を聞いたとき……藤田さんは、官邸襲撃について、『訓練後すぐに千葉に行き、それから首相官邸襲撃に向かう。千葉には七、八か所待機する場所が用意してある。二四時間何処へも出ないようにする。そしてトラツクで官邸に行き、爆弾を使つて襲撃する。……。』と図を書きながら説明した。」旨の供述記載などを総合して考えると、一一月三日夜「福ちやん荘」で集合者全員の名簿(救対名簿)が作成され、四日には部隊の編成も終わり、しかも、各隊員は、「福ちやん荘」に到着後は所持金全部を幹部に提出し、その後はもはや任意の脱退などのゆるされないことはもち論、各自勝手な離反行動はいつさい認められない状況にあつたことが看取されるし、それにまた、さきに述べたところによつても明らかなとおり、同荘における本件赤軍派の集合は、けつして単に実行をするかどうかを相談するなどという間接的なものではなく、すでに犯行の完遂を決断した一団が、所要の兇器の少なくとも一部を準備し、首相官邸襲撃についての具体的方法を協議検討し、かつ、そのための訓練まで行つているのであるから、これは、まさに同月七日に予定されていた同官邸襲撃の実行に直結しているものといわなければならない。そして千葉市内への移動方法や同市内における宿泊場所などが一般隊員に知らされていなかつたのは、関係者ら一同が、その予期に反し、早期に逮捕されたからであつて、それは、別段一一月日五の訓練がすみ次第解散していつたん集合前の自由な状態に立ち戻ることを意味するものでもないし、また、たとえ、「福ちやん荘」から千葉市内の各指定宿泊所までは各自バラバラの形で移動する予定であつたとしても、これは、なるべく人目につくのを避けることによつて警察当局による犯行計画の発覚を免かれるための疑装行為に過ぎないものとみるのが自然であつて、その間においても外形上はともかく、実質的には依然として集合の状態が継続しているものと解するのが相当であり、しかもその後千葉市内においていわゆる禁足状態のままでわずか一日間待機したその翌七日の早朝には隊員一同同市内でトラツク数台に分乗し、各自兇器を携えて一団となり、そのまま首相官廷に直行する意図であつた、というのであるから、「福ちやん荘」における被告人の前記のような状態による集合の時点においてすでに刑法二〇八条ノ二所定の兇器準備集合が成立したものというを妨げない。なお、本件兇器のうち、登山ナイフ、くり小刀等については赤軍派の幹部が「福ちやん荘」に準備し、各隊員に分配したそのものを隊員各自が携帯して、首相官邸襲撃に向かう計画であつたことは明らかであり、また「鉄パイプ爆弾」一七本についても、木村一夫の検察官に対する供述調書謄本(記録三冊、三九三丁裏。)、大桑隆の検察官に対する供述調書謄本(同四冊、八三一丁表。)、および大久保文人の検察官に対する供述調書謄本(同三冊、四六三丁ないし四六四丁表。)等によると、本件の訓練に使うのはただその一部であつて、残りはそのまま官邸襲撃に使用する意図であつたことが窺われるから、右爆弾についてもやはり犯行に供する物自体を準備した、ということができる。したがつて、千葉市内に他の兇器の準備がしてあつたかどうかの点が証拠上明らかでなくても、兇器準備集合罪は成立の要件を欠くことにはならない。
以上の次第で、本件につき兇器準備集合罪の成立を認めた原判決は正当であつて、これにつき事実の誤認はもちろん、法令の適用を誤つた違法も存在しない。そして、この結論は、当審における事実取調の結果によつても変わるところはないから、論旨は、いずれも理由がない。
(樋口 目黒 伊東)