大判例

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東京高等裁判所 昭和45年(う)482号 判決

被告人 庄司正直

〔抄 録〕

論旨は、原判決は、「被告人は、……行方郡麻生町大字麻生七九一番地先道路を玉造町方面から牛堀町方面に向け進行中、右前方約四〇メートルの右道路に交差する農道付近から被害者岡坂ヒデヨが進路に出てくるのを認めた。」としているが、被告人が、四〇メートルもの手前において被害者を発見したとは思われず、右は、被告人が原審公判廷で供述しているように、枯すすきを人の姿と錯覚したものに過ぎない、本件事故は、なんの照明用具ももたないまま酔余国道を斜横断し、被告人の運転する原動機付自転車の直前で足もとがふらつき被告人の運転する原動機付自転車の走行路内にとびこんだ被害者の過失によるところが大きいのである、それに被害者の死亡は、本件交通事故を直接原因とするものでなく、これによる合併症である気管支肺炎、化膿性脳脊髄膜炎及び尿毒症によるもので、この点被告人に対する量刑に当つて犯情として酌むべきである、それに、被害者の遺族らとの間に示談は成立していないけれども、被告人は、貧しい経済事情のなかにあつて、治療費のいつさい八〇万円位を支払うなど精一杯の誠意を示したもので、損害賠償の意思は十分にあるけれども、一時に全額の賠償をするのは不可能な状況の下において、相手側が被告人の示談申入れに応じてくれないため現在に及んでいるのであり、これら諸般の事情を考慮すると、原判決の量刑は重きに過ぎて不当であるので、原判決を破棄のうえ執行猶予の判決を求める、というのである。

よつて検討するに、本件事故発生の日時は昭和四四年一月二日午後七時二〇分ころであり、そして、なるほど、本件事故発生の地点である茨城県行方郡麻生町大字麻生七九一番地先付近は、片側が水田であり、他の側には人家がまばらに散在しているだけで、格別なんらの照明設備もなかつたことは事実であると認められる。しかし、大輪すいの司法警察員に対する供述調書によると、当夜は月夜で明るかつたというし、それに、また、当審において取調べた水戸地方検察庁麻生支部検察官事務取扱副検事野口祐三郎名義の「月明の件報告書」によつても、当夜は旧暦の一一月一四日に該当し満月にひとしく、当夜同地は快晴であつたことが推認され、結局、当夜は、同地一帯が明るい晩であつたことが明らかであるから、本件事故当時、被告人車の進行路上前方、左右の見とおしがそれほどわるかつたものとは考えられないばかりか、それに加えて、被告人の司法警察員および検察官に対する各供述調書、司法警察員作成の昭和四四年一月一六日付実況見分調書を総合して認めることのできる次の各事実、すなわち、(1)被告人は、当夜、第一種原動機付自転車を運転して玉造町方面から牛堀町方面に向け、時速約三〇キロメートルで進行中、たまたま、本件事故現場付近の消防器具置場の約二〇メートル手前、進行方向に向つて左側の路上に普通乗用車一台が駐車していた(本件道路の幅員は五・九〇メートルのところ、右駐車車両のため道路左側が一・七〇メートルあまりふさがれていたことになる。)ため、被告人は、これを避けようとして、ハンドルを右に切つてその駐車車両の右脇に廻りこんだので、そのさい、ちようど、被告人車の前照燈の光線が、右斜約四〇メートル前方にある原判示農道方面を照射したものと思われること、(2)そして、当時上向きになつていた被告人車の前照燈が、四〇メートル程度前方を照射する能力を十分そなえていたものと推認されることなどを念頭におき、かつ、これらに、原審における検証調書……この検証が、夜間ではなく、昼間に行なわれているのは、真実発見のうえからいつて、若干遺感に思われるふしがないこともないが、しかし、この点を十分考慮に入れるとしても……によつて窺うことのできる本件事故現場付近路上一帯の見とおし状況をも総合して考えると、やはり、被告人が、前記司法警察員や検察官に対する供述調書において述べているように、被告人は、本件道路を進行中、前記駐車車両の右側にまわりこんださい、約四〇メートル右斜前方の原判示農道上を、本件被害者岡坂ヒデヨが、被告人車の進行している道路(県道)に向つて歩行してくるのを、右県道との交差点の手前約三メートルの地点にべつ見したものと認定するのが証拠判断上合理的であつて、原審公判廷における被告人の供述を十分考慮しても、所論のいうようにそのさい被告人が、枯すすきを人の姿と錯覚した恐れがあるとは思われない。

ところで、本件衝突地点は、司法警察員作成の昭和四四年一月三日付実況見分調書に記載してある路面上の削痕の状況、血痕の位置その他、被害者のものと思われる櫛などの飛散地点からみて、前記同年一月一六日付実況見分調書添付図面×点付近と推認するのが相当である、と思われるが、そうすると、被害者岡坂ヒデヨは、前記農道を出てから、玉造町方面から牛堀町方面に向つて進行している被告人車の方に向かつて本件道路を斜横断しようとして本件事故にあつたことになる。この点は、常識から考えると、やや理解に苦しむものがある、といわざるを得ない。もともと、本件箇所には横断歩道は設けられていなかつた。もとより、「車両等は、交差点またはその直近で横断歩道の設けられていない場所においても歩行者が道路を横断しているときは、その歩行者の通行を妨げてはならない。」ことはいうまでもない(道路交通法第三八条の二参照)。しかし、一方、歩行者の道路の斜横断も道路交通法によつて禁ぜられているところである(同法第一二条第三項参照)。そして、本件のばあい、被告人車は、前記のとおり、前照燈を上向きにして走行しており、また、被害者は、その被告人車の方向に向いて斜横断してきたのであるから、被害者としても、被告人車が進行してきていることは、容易にわかり得た筈である。他方、被告人車の進行状況を考えてみても、被告人車は、前記のように駐車車両の右側を通り過ぎてから道路左側端に復帰するためハンドルを左に切り、その後、ふたたび若干右方に切り返えして以後は、おおむね道路左側ぞいに終始同一の速度(時速約三〇キロメートル)で、一直線に進行し、約一三・七メートルほど走行した地点で本件衡突事故を起こしているのであつて、被告人の操車方法には、格別、異常な点も認められず、いわんや、いささかの酒気も帯びていたわけではない。それにもかかわらず、前記のように、農道を出てから被告人車の方向に向かつて幅員わずかに五・九〇メートルの道路を斜横断しながら被告人の進路内に立ち入つている被害者岡坂ヒデヨの行動は、単に被告人車の位置なり走行速度なりについての目測を誤つた、というようなものではなく、やはり、前記大輪すいの司法警察員に対する供述調書によつても明らかに認められる、右岡坂の酔歩まんさんたる酩酊による注意力の著しい低下によるものと考えるほかはないように思われる。もつとも、それだからといつて、所論の懸念するように、右被害者が、被告人車の直前で足もとがふらつきその走行路内に飛びこんだ、と疑うに足りるほどの証跡は存在しない。もとより道路における歩行者は、たとえ、それが斜横断しているようなものであつても、できる限り車両による危険から守られなければならないことは、いうまでもない。しかし、同時に、それら歩行者自身も、その受ける保護に狎れることなく、そのときどきの状況に応じ、適宜わが身の安全を守るための配慮を怠つてはならないことは、これまた、道路交通法の趣旨とするところである、と解せられるのである。このように考えてくると、本件において、被告人が遠方の車両のみに気を奪われ進路直前の注視を怠り、被害者を至近の距離に至るまで気づかなかつた被告人の過失が、それ自体として強く非難されなければならないことはもち論であるが、しかし、他方被害者の前記のような異常な行動が具体的な量刑の面において、被告人の利益のため相当しん酌されてしかるべきであることを否定し去るわけにはいかないものと考える。

次に、被害者岡坂ヒデヨの死因について考えてみよう。同女の直接の死因は、気管支肺炎による化膿性脳脊髄膜炎と認められる。一方、同女が被告人の運転する原動機付自転車に衝突されて負つた直接の傷害は、頭蓋骨骨折脳挫創及び左下腿部骨折である。しかし、これによつて同女は、終始、意識混濁の状態に陥つてしまつていたのであるから、それ自体としても相当の重傷であつたことは、まちがいないものと思われる。それに、松崎功の司法警察員に対する供述調書によると、このようなばあい、合併症である気管支肺炎を誘発し易く、しかも、患者が意識混濁状態にあつたため、その早期の発見が困難であり、ひいては、化膿性脳脊髄膜炎をも併発させてしまつたのであるから、なるほど直接の死因は、前記のとおり、気管支肺炎による化膿性脳脊髄膜炎ではあるが、やはり本件事故による傷害を死因と切り放しては考えられず、結局、本件交通事故に起因する合併症による死亡と認めるのが相当であり、しかも、その間、医師側に、格別、治療上の手落ちがあつた形跡も見当らないから、このような合併症の併発したことが被告人被害者双方にとつて、まことに不幸なこととして惜しまれるところではあるにしても、このことが、本件についての被告人の刑責を、特にそれほど大幅に軽減されるような事情であるとまでもいうことはできない。

なお、本件については、いまだに、被害者の遺族との間に示談が成立しておらず、これは、まことに遺憾なことである。しかし、被告人の義弟である庄司尚連の原審公判廷における供述によると、事ここに至るまでの間にはいろいろな経緯もあつて、必ずしも一概に、被告人側の誠意が足りないとして、これを責めることばかりもできないように思われる。被告人は、治療費等合計八一万円余を支払つたうえ、右尚連を通じ数回の示談交渉をかさね、親戚縁者の間を東奔西走して金策に専念したあげく、ようやく一五〇万円程度の調達ができる見とおしはついたものの、相手方の要求額三〇〇万円(当初、被害者が死亡した後、二〇〇万円という掲示があつたが、後日、さらに一〇〇万円が追加されて、合計三〇〇万円ということになつたようである。)にはなお遠く及ばず(本件事故が、当該車両についての自動車損害賠償保険の期間が切れたわずか数日後に起こつたため、この保険金を損害賠償の一部の支払いに当てる途もとざされ、これが、また、示談成立を困難にしている有力な一因である、と思われる。)、ついに示談の接衝も行きづまり、結局、被告人側の経済的窮境を察知した被害者遣族が、これ以上の交渉をうち切り、法定の手続をとつて直接国家による立替支弁を求めることになり、他にとるべき方途のない被告人においても、今はこの相手方の意向に従うのほかなく、今後、できる限りこの法的措置の実現のため、これに協力する意図をかためていることが窺えるのである。もとより、当裁判所は、被害者側遺族の要求が過当である、というのではない。ただ、しかし、相手方遺族に対する慰藉の方法を全うするため、自己の経済力が許す限りの努力を傾けて来たとみられる被告人の熱意と誠意とを全く無視し去ることは、いささか妥当を欠く恐れあることを懸念せざるを得ないのである。

以上のほか、なお、被告人には、それまでに、前科、非行歴などが全くない。昭和四一年二月二七日第一種原動機付自転車の運転免許を受けて以来、道路交通法関係の違反歴さえ一度もないのである。それに、本件車両が、毎時約三〇キロメートル程度の速度で道路左側端寄りを正規に走行していた第一種原動機付自転車であることその他、記録上窺うことのできるいつさいの事情を総合考察すると、このさい、被告人に対し一気に実刑を科することに急なるよりは、むしろ相当長期間その刑の執行を猶予し、将来の自しゆく自戒を促すとともに、刑罰によらない自主的更生の機会を与え、合わせて、被害者側遺族に対し、より一層の誠意をひれきし、その慰藉のため全幅的な極力を惜しまない熱意を持続させる途を残すことが、本件具体的事案の処理として、もつとも刑政の本義に適するものと思料する。この意味において、原判決の量刑は、重きに過ぎると考える。論旨は理由がある。

(樋口 目黒 伊東)

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