大判例

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東京高等裁判所 昭和45年(う)59号 判決

被告人 渡部哲夫

〔抄 録〕

先ず職権により調査すると、本件公訴事実中、業務上過失致死の点は

被告人は自動車運転の業務に従事するものであるが、昭和四四年六月二一日午後九時二〇分頃普通貨物自動車横浜四め六五五五号を運転し神奈川県川崎市中島町一丁目五二番地先道路を産業道路方面から第一国道方面に向い時速約三〇粁で進行中運転開始前飲んだ酒の酔いのため注意力が散漫となり且つ降雨中であるから特に前方注視を厳にすべき注意義務があるのにこれを怠りそのまま運転した過失により、折から前方道路左から右へ横断歩行する工員新山智(当三六年)を六・八米先にようやく発見し、ブレーキを踏んだが及ばず自車前部フエンダー部分に衝突転倒させ、よつて同人に頭蓋底骨折等の傷害を負わせ同日午後九時四〇分頃同市中島町六丁目三九五番地川崎臨港病院において死に至らしめたものである。

(罰条刑法第二一一条前段)

というにあり、原判決はこれと同一の事実を認定して被告人にその罪責を問うているのであるが、記録を調査し、当審事実取調の結果に徴すると、被告人は自車の斜左前方六・八米の車道上に始めて左から右に向つて横断中の被害者新山を発見し、急停車の措置に出たが及ばず、六米前進して自車を被害者に衝突させ更に四・八米前進した(被害者を発見した地点から一〇・八五米)地点で停止したことが認められるので、当時降雨中で路面の湿潤により車輪が滑り易くなつていたことを考慮に加えれば、当時被告人の自動車は、被告人が主張し、原判決も肯定しているとおり時速約三〇粁で進行していたものと認められる。ところが、一方被告人が始めて被害者を発見した時に被害者の位置は車道左側端即ち歩道の縁石から一・七米の車道上であり、被害者はその地点から更に三米進行して被告人の自動車の前部ほぼ中央に衝突したものと認められ、時速約三〇粁の被告人の自動車が六米進行する間に三米前進してこれと衝突した被害者の進行速度は、被告人の自動車の進行速度の二分の一、すなわち時速約一五粁であつたと認めねばならず、これと、被害者が横断を開始したと認められる地点は、現場車道と並行する歩道の街路樹の蔭になるガードレールの切れ目であつて、被害者はそこから幅員約二四米ある現場車道を直角に横断しようとしたものと認められること、被害者は当時可成りの降雨中であつたのに雨傘を持たず、しかも相当飲酒して酔つていたものと認められることなどを考え合せると、被害者は降雨中傘を持たないため道路の横断を急ぎ、酩酊して被告人の自動車の進行に十分な注意を払うことなく横断歩道でないガードレールの切れ目の街路樹の蔭から時速約一五粁の馳け足で横断を開始し、本件事故に遭うに至つたものと考えられるのであつて、かかる状況下においては現場附近街路灯の照明や被告人の自動車の前照灯の光芒を考慮に入れても被害者の姿を車道左側端から一・七米の車道上に初めて発見した被告人に対し、前方注視を怠つたものとしてその発見の遅きを責めることはできないものというべく、しかも、この時既に被害者は被告人の自動車の斜左前方六・八米の近距離にあり時速約三〇粁(秒速約八・三三米)で進行する被告人の自動車の進路と直角に時速約一五粁(秒速約四・一六米)の馳け足で進行していたのであるから、被害者との衝突は、被告人が酒に酔つておらず、正常な注意力を有していたとしても(急停車はもとより、右転把によつても)、これを避けることはできなかつたものと認めざるを得ず、仮りに被告人が酒に酔つていない正常な注意力のもとに前方を注視し被害者を横断開始地点(車道左側端)に発見し得たとしても、その時被告人の車両から衝突地点までは九・四米あつたに過ぎないわけであるからこれまた被害者との衝突を避けることは不可能であつたと認められる。しかして車両の運転者が、このように横断歩道又はその直近ではない箇所において車道を横断すべく自車の進行に注意を払うことなく、その直前に走つて飛び出すような歩行者があることまでも予測して、事故防止の措置を講じなければならない注意義務を負うものとは到底解し得られないところであるから、本件事故につき被告人には車両運転者としての注意義務の懈怠の責はなく、その原因は専ら被害者の不注意にあるものといわねばならない。そして、このほか、本件事故が被告人の責に帰すべき事由によつて生じたものと認むべき証左は存しない。されば被告人に過失があるものとして、業務上過失致死罪に問擬した原判決には、事実の誤認があり、原判決はこれと、原判決が有罪と認めた酒酔い運転の所為とを併合罪とし処断しているので、この誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかであつて破棄を免れない。

(遠藤 青柳 菅間)

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