大判例

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東京高等裁判所 昭和45年(う)968号 判決

被告人 志村一勇

〔抄 録〕

論旨は、原判決の事実誤認を主張し、被告人は、小松義卓が拳を振り上げ殴りかかつてきたのに対し、これを防ごうとして、すなわち、自己の身体に対する不法な侵害行為から自己の身を防ぐ意思でなしたもので、右小松に対し、不法な有形力を行使する意思はまつたくなかつたのである。たまたま、防衛のため相当な行為をするつもりでやつたのがあやまつて手が小松の顔面に「当つてしまい」その結果、小松義卓を負傷させたのであるから、この結果について過失責任を問うことは格別、これをもつて結果に対する故意責任を問うことはできないのである。しかるに、被告人に暴行の故意ありとし、傷害罪に問擬した原判決は、事実を誤認したもので、右誤認は、判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

そこで、右所論に関連して、まず、原審が、その事実認定についての審理を尽している、とみられるかどうかを職権により審按することにする。さて、原判決は、罪となるべき事実として、「被告人は、昭和四四年四年九日午後五時三〇分頃……小松義卓(当時七七年)方庭において、……同人と口論の末争となり、同人が、被告人にこぶしを振り上げ殴りかかつてきたのに対し、これを防ごうとして右小松義卓に向い自己の右手こぶしを右上から左下に強く振り下す所為に出て、それがため同人の顔面を殴打するに至り、うんぬん。」と判示している。そして、この原判示の趣旨とするところを察すれば、要するに、小松義卓が、被告人にこぶしを振り上げ殴りかかつてきたのを防ごうとした被告人が、小松の振り上げたこぶしか又はその腕をおさえてとめるとか、あるいは、これを横に払いのけるとかいうことをしないで、自己の右手こぶしを右上から左下に強く振りおろす、という防衛の程度を超えた行為に及んだため、その右手こぶしが、小松の顔面に当たり、同人に対し、原判示のような傷害を与えた、というにあるものの如くである。

しかし、この被告人の犯行とされているところのものをもふくめてその前後にわたる経緯に関する証拠関係を検討してみると、被告人の供述と前記小松義卓の供述との間には、重要な点について多くの矛盾、対立があることがわかるのである。すなわち、証人小松義卓の原審公判廷における供述によると、同人は、本件犯行当日、同家の庭に出ていると、被告人が、その庭に接している田を垣根のきわまで耕すので、東方の垣根が倒れかかつた、それで、小松が、被告人に注意したところ、被告人は、怒声をはりあげ垣根をかきわけて小松の庭へ入つてきた、小松が、「人の屋敷に勝手に入つてくることがあるか。」となじると、被告人は、竹の棒で小松の腰を殴り、さらに、その竹の棒を置いて、両手で小松の襟首、胸ぐらをつかみ、両手で顔や頭を殴つた、小松は、そのために鼻血を出し脳しんとうを起こして倒れた、それから鼻血をとめて医者へ行き、五週間くらい通院した、医者は鼻柱の打撲が一番重症だから駅前の鼻の病院へ行けと言つた、小松は顔一面はれあがりその晩に四回まで吐いた、というのである。これに対し、被告人の原審公判廷における供述によると、小松方の庭と被告人の田とは隣接しているが、その間に畔があるから、被告人の田を耕作しても、小松方の垣根がくずれるようなことはない、その日、被告人が、耕うん機で小松方の垣根から六尺くらいはなれたところで田を耕していたら、小松が、大声で「手前はこじきだ。」などとどなるので、中へ入つて話をしようと思い、出入りできるように垣根をわけてあるところから、小松方の庭へ入つていつた。すると、小松は、ぶどう棚に使う竹の棒のような長さ一メートル太さ三センチメートルくらいの丸太を持つてふりかかつてきたので、「ぶつならぶて。」、と言つてその場にすわつた、その時、小松の妻が出てきて小松を制止したが、小松は、その棒をふりおろしそれが被告人の股にあたつた、小松は、なおもその棒を振りおろすので、被告人は、頭でもやられては大変だと思い、立ちあがろうとして立膝になつたら、小松は、丸太でなく手でぶつてくるので殴られまいとして小松の腕をつかもうとしたら、被告人の手が小松の鼻にあたつたもので、積極的に小松の顔面を殴つていないし、殴るつもりでもなかつた、小松は、鼻血が出たので、鼻をおさえて家へ上り、洗つて来て、こんどは、丸椅子をもつてきて殴りかかり、そのため被告人は、手の肘にけがをした小松は、失心もしないし、顔が紫色にもならなかつたというのである。そして、被告人は、司法警察員に対し、被告人が小松方の庭に入つて行つたのは、小松方の裏木戸からである、小松の妻の制止もきかず、ぶどう棚をこわした竹や角材が庭に置いてあつた中から小松が、長さ一メートルくらいの六センチメートル角くらいの棒を振りあげ、「この野郎、ぶつくらしてやる。」と言いながら殴りかかり、小松の妻がとめてもやめようとしないので、それまで、「おれは、暴力に来たんではない、話に来たんだからぶつくらすならぶつくらせ。」といつて腕組みしてすわつていた被告人も立ちあがつて、「何をするんだ。」、と言つて小松の胸ぐらを掴み、二、三回前の方に強く引張つたら、小松はその場にすわつてしまい、被告人も中腰になつた、そのとき、小松が、こぶしを振りあげてまた殴りかかつてきたので、そのこぶしをはらいのけようと、自分のこぶしを右上から左下の方に強く振り落したところ、その右手拳が小松の顔にあたつてしまい、小松の顔からは鼻血が流れ出したのである、と述べているほかは、おおむね原審公判廷におけると同旨の供述をしている。ただ被告人は、検察官に対する供述調書においては、司法警察員事件送致書記載の犯罪事実、すなわち、小松義卓の胸ぐらを掴み顔面を殴打する等の暴行を加え、同人に対し治療約三週間を要する鼻背打撲傷、鼻出血等の傷害を負わせた、という事実を読み聞かされて、「そのとおりです。右手のげんこつで相手の顔を一回だけぶん殴りました。」、と述べているのである(もつとも、これに対し、被告人は、原審公判廷において、検察官の取調を受けた際には「警察の書類は読まないがそのとおりか。」と言われたので、「そのとおりである。」、と言つてしまつたが、真相は原審公判廷における供述のとおりである、検察官の取調に対し、「ぶん殴つた。」とは言つていない、小松が、こぶしを上げてぶつてきたので、その手をつかもうとしたら、自分の手が小松にあたつた、と言つたのであると述べている。)他方、記録上、本件事犯の唯一の目撃者と思われる小松義卓の妻小松益恵は、原審公判廷において証人として、同女が、当日の夕刻、勝手場で夕飯の支度をしていると、大声がするので庭に出てみたら、被告人と小松義卓が垣根の内と外で何か言いあいをしており、同女が縁側から庭へ下りたら、被告人が、裏の出入口から庭へ入つてきた、夫の義卓は一尺くらいの竹の棒をもつて犬を追うようにふりまわしていたが、被告人が竹の棒をもつているのは見ていない(後に、もつていたかどうかはつきりわからない、と言いなおしている。)、被告人は、同女の制止もきかず、小松義卓の襟首をつかんで手で顔や頭を殴つたので、義卓は、鼻血を出して倒れた、同人は、その鼻のあたりが紫になつてはれ上り、三週間以上通院した、と供述している。ところが、刑事訴訟法三二八条該当の書面として原審で取調べられた本件に関する民事訴訟事件の口頭弁論調書抄本(小松益恵の証人調書)によると、同女は、夕飯の仕度を台所でしていると、庭の方で荒い声がしたので見ると、主人の義卓と被告人が口論しているので、同女が、「年寄りをもつといたわれ、言葉が過ぎはしないか。」、と言つたところ、被告人が、突然垣根を乗り越えて庭に入つて来て義卓の顔を数回殴つた、棒切れでも手でも殴つた、義卓は棒を手にしていなかつた。同女宅に椅子はない、と供述している(ただし、同女は、また、自分が、台所から座敷に出て来た時、被告人は、すでに庭に入つてきていた、という趣旨のことも述べている。)点や、同女が、現に小松義卓の妻であるということも原審におけるその前記供述の信ぴよう力を判断するうえにおいて、一応念頭に入れておく必要があることはいうまでもない。その他、原審で証人として取調べている小林伊三郎は、小松義卓と土地問題に関して紛争をかもし、同人とは不和の間柄にある、と思われる者であり、また、同志村ヤマ子は、被告人本人の妻である。そして、そればかりでなく、右両名の供述するところは、いずれも本件事案そのものに関しては、間接的な事柄であつて、直接に決定的な意味をもつものではない。

原裁判所は、検察側、弁護側双方の請求にかかる証拠を全部取調べたうえ、原判示事実を認定している。しかし、それにもかかわらず、前記のような証拠関係に鑑み、本件事案における実体的真実を追究するうえにおいて、原審において、なお取調べるべき証拠が残されているものと、当裁判所は考える。たとえば、本件発生の直接の動機に関連する事項として、小松義卓方の庭や垣根の状況、とくにその庭に通じる裏木戸や、あるいは、垣根をわけて出入りできるようなところがあるのか、もし、あるとすれば、その位置関係はどうか、また、その垣根が容易に乗り越えられる程度のものであるか、被告人の田と小松方の庭とはどのくらいはなれており、そして、その間に畔があるのか、当時、小松益恵がいた、という勝手場の位置及び庭との距離関係、さらにはその見通しの状況ならびに右小松義卓方に丸椅子などの椅子類があるのか、もしあるとすればその所在等の諸点は、本件事案の真相を明らかにするうえに必要な事柄であり、これらは、現場の検証を行ない、被告人・小松義卓・小松益恵等を関係人として立ち会わせて、それぞれの指示説明を求め、あるいは、適宜、それらの者を証人として取り調べることにより、相当程度これを解明することができるように思われる。ところが、原審においては、この現場検証が行われていないし、また、これに代るべき捜査官の実況見分すらなされている形跡が見当らない。さらには、また、小松義卓の受傷の部位、程度その他顔面全体の状況及び同人が現実に通院のうえ医療を受けた日数ならびにその治療の方法、症状の推移等に関する事項は、被告人が、右小松の鼻部に加えた、とされている有形力の強弱、それが加えられた方向あるいはその回数等を推認するうえにおいて、これまた、不可缺の要証事実と思われるのであつて、これらは小松の治療に当つた医師を証人として取り調べ、そのカルテに基づく証言を求めることにより、容易にこれを明らかにすることができる筈である。しかし、この点についても、原審においては、単に、小松義卓を、その受傷後、同日のうちに診断したと認められる医師青葉誠作成にかかるきわめて簡単な診断書(しかも、その診断書によつても、病名は、なるほど、鼻背打撲傷、鼻出血となつているが、約三週間という相当長期の通院加療を要するものとされている。)が提出されているが、同医師を直接証人として取り調べていない。そればかりでなく、前記口頭弁論調書抄本によると、小松義卓の本件受傷についての診断書が、複数存在する形跡が窺えるにもかかわらず、原審においては、初診時と思われる一通だけしか提出されていないのも理解しがたいことである(もとより、他の診断書についていわゆる関連性の有無の問題があることはいうまでもない。)。このように考えてくると、以上指摘のような証拠調を行なうことは、被告人はもとより小松義卓及び小林益恵の各供述の信ぴよう力を判断し、右小松義卓が受傷するに至るまでの経緯をもふくめて本件事案の真相を明らかにするうえにおいてきわめて重要であるばかりでなく、また、これらを明らかにすることによつて、はじめて被告人の行為が正当防衛の程度を超えたものであるかどうかを適確に判定することができるものといわざるを得ない。したがつて、事実審たる原審としては、両当事者側からその請求がない場合には、第二次的、補充的に前記各諸点についてその立証を促し、さらにあるいは職権で証拠調をすべきであつた、と思われるのに、これをしなかつたのは、原審の審理自体がいまだ尽くされておらず、この訴訟手続の法令違反は判決に影響を及ぼすことが明らかである、と思料する。

もとより、現行刑事訴訟法の下において、証拠調は、第一次的には当事者の請求に基づいて行われるのが原則であることはいうまでもない。そして、最高裁判所の判例が、裁判所は、原則として、職権で証拠調をしたり、または検察官に立証を促したりする義務はない、と判示している(昭昭三三年二月一三日)のは、まさにこの原則を宣明するとともに、刑事訴訟法二九八条二項による証拠調が、第二次的、補充的のものであることを示しているものと解せられる。しかし、この限度では、裁判所が、当事者による証拠調請求がない場合においても、独自に証拠調を行なう権限をもつものとされているのであつて、しかも、この職権による証拠調は、たとえ補充的なものであるにせよ、実体的真実発見のために果たすべきその役割の大きいことに思いをいたすときは、単なる裁量的な権限と考えるべきではなく、当事者から請求がない場合であつても、判決に影響を及ぼすことが明らかなような、要証事実に関する他の重要な証拠の存在が十分窺われる場合には、裁判所は、実体的真実の発見を旨とする刑事訴訟の本義に鑑み、みずからその権限を発動して必要と認める証拠調の活動をしなければならないものと解するのを相当とする。この意味において、それは、裁判所の権限であると同時に、また、その義務であり、これを怠つた場合には、訴訟手続の法令違反として、審理不尽(法二九八条二項、三七九条)の問題になる、というべきである。

以上の次第で、本件については、各控訴趣意に対する判断をするまでもなく、原判決は、破棄を免れ難い。

よつて、各控訴趣意に対する判断を省略し、刑事訴訟法三九七条一項、三七九条により原判決を破棄し、事実審たる原審において、さらに十分審理を尽させることを相当と認め、同法四〇〇条本文によつて、本件を川崎簡易裁判所に差し戻すこととする。

(樋口 目黒 伊東)

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