大判例

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東京高等裁判所 昭和45年(ツ)10号 判決 1970年11月12日

上告人・控訴人・被告 亀山文四郎

訴訟代理人 大場茂行

被上告人・被控訴人・原告 岩崎勲

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人大場茂行の上告理由は別紙記載のとおりである。

上告理由第一点について。

論旨は、本件土地の前所有者大橋トミは昭和三三年四月二四日上告人に対し、本件土地の所有権に基づき建物収去土地明渡の訴を提起し、同三六年五月一二日勝訴の判決を受け上告人からの控訴中同三七年五月一二日右訴を取下げたものであるから、民訴法二三七条二項の規定により、当事者およびその承継人は同一の訴を提起することができないところ、本件訴は、右大橋トミから右土地の贈与を受け、その所有権を承継した被上告人がその所有権に基づいて上告人に対して、前訴と同一内容の建物収去土地明渡を求めるものであるから、前記民訴法二三七条二項に違反し許されないというのである。

民訴法二三七条二項は「本案ニ付終局判決アリタル後訴ヲ取下ケタル者ハ同一ノ訴ヲ提起スルコトヲ得ス」と規定し、その趣旨とするところは、本案につき終局判決があつた後に任意に訴を取下げることによつてひとたび判決を失効させた当事者には、判決に至るまでに払われた裁判所の努力が当事者の行為によつて一方的に無意義に帰せしめられたことにかんがみ、国家は同一内容の紛争の解決について再度協力の手をさしのべないという制裁的効果を付したものと解せられるから、ここに「訴ヲ取下ケタル者」とは当事者およびその承継人のうち前記法条の趣旨とする制裁的効果を当事者と同程度に受けるべき実質的理由あるものに限らるべきものと解するを相当とする。けだしこの再訴禁止の制裁的機能は、既判力とは自らその趣を異にし、前記の目的達成に必要の限度で適用せらるべきものであつて、不当に拡張せらるべきものでないからである。例えば相続人のごとき一般承継人の場合は一般承継の本質から再訴禁止の制裁的効果を当事者と同程度に受けるべき実質的理由あるものと解すべきであるが、例えば訴訟の目的の譲渡をうけた譲受人のごとき特定承継人のごときはむしろ原則として再訴禁止の制裁的効果を当事者と同程度に受けるべき実質的理由に乏しいものと解することができる。もつとも特定承継人が当事者と共謀して前訴を取下げたとか少くとも当事者の前訴の取下を知りながらこれを認容していたとかの場合は前記法条の趣旨からして再訴禁止の制裁的効果を当事者と同程度に受けるべき実質的理由を有するものというべきであるから、かかる場合は特定承継人であつても前記法条の「訴ヲ取下ケタル者」に該当すると解すべきである。

これを本件についてみるに、原審が確定した事実によれば、前記大橋トミは本件土地に関し贈与契約に基づいて被上告人のため所有権移転登記が経由された結果もはや訴訟を継続していく必要がなくなつたと考え、被上告人にも、それまでその親権者であり訴訟遂行上の相談相手であつた岩崎孫義にも相談せず、独断で右訴を取下げたことが認められるというのであるから、被上告人は大橋トミの特定承継人であつても、右大橋の前訴の取下についてはこれと共謀するとか、知りながらこれを認容していたとかの事実があつたとはいえないのである。されば被上告人の本件訴えは民訴法二三七条二項所定の再訴禁止の規定に牴触するものとはいえない。それゆえ原判決に所論の違法はなく、論旨は理由がない。

(その余の判決理由は省略する。)

(裁判長裁判官 小川善吉 裁判官 岡松行雄 裁判官 中平健吉)

上告代理人大場茂行の上告理由書

一、上告理由第一点 原判決は民訴第二三七条第二項の解釈適用を誤つた違法がある。

原判決はその理由二、において「本訴が再訴の禁止にふれるとの主張について」と題し左のように認定判示して上告人の主張を排斥している。

「本件土地の前所有者大橋トミが昭和三三年四月二四日控訴人に対し静岡簡易裁判所昭和三三年(ハ)第一一一号をもつて建物収去土地明渡の訴を提起し、同三六年五月一二日勝訴の終局判決を受け控訴人からの控訴中同三七年五月一二日右訴を取下げたこと、(中略)大橋トミの右訴は所有権にもとずいて本件土地の明渡を求めるものであり、また本件の訴も大橋トミから所有権を譲受けた被控訴人が右所有権にもとずいて本件土地の明渡を求めるものであること、(中略)大橋トミは右の訴訟が控訴審に係属中昭和三六年九月二〇日上記認定の贈与契約にもとずいて被控訴人のため本件土地の所有権移転登記が経由された結果、もはや訴訟を継続していく必要がなくなつたと考え、被控訴人にも、それまでその親権者であり右訴訟遂行上の相談相手であつた岩崎孫義にも相談せず独断で右訴を取下げたことが認められ、(中略)被控訴人としては控訴人との間に本件土地に関し紛争がある限り新に訴を提起する必要がある。民事訴訟法二三七条二項は裁判所をもてあそぶという不当な結果を防止するものであるから、たとえ被控訴人が大橋トミの特定承継人であるとはいえ、上記事情のもとに新訴を提起する利益が認められる以上、その訴を禁止するものと解すべきでない。従つて控訴人の主張は採用しない」

しかし、民訴二三七条二項が本案につき終局判決がなされた後、訴の取下がある場合同一の訴の提起を許さないのは、取下によつて、一旦なされた終局判決の効力を消滅せしめた以上、国家的制裁として同一訴訟物についての再訴につき権利保護の利益を否定するに外ならない。

ところで、訴訟の係属中に訴訟の目的である権利の承継がある場合につき民訴第七三条、七四条等の規定が置かれているのは、できる限り承継人をして当事者としてその訴訟に加入させ前主の訴訟上の地位を引き継がせ、従来の訴訟手続の効力を失わせることなく、従来の訴訟状態をそのまま承継人と相手方との紛争解決に利用して審判できるよう配意し、もつて訴訟経済と当事者保護の公平の要請に応えようとするものと解される。そして、特に本案についての終局判決がなされた後において訴訟の目的である権利の承継がある場合においては、右の要請は、その他の場合に比し格段に強く認められなければならない。けだし、この場合権利の譲渡人と譲受人との間に訴訟の承継がなされず、譲渡人において訴訟を継続するの必要なしとして訴を取下げるとすれば、譲渡人と相手方との間における本案についての終局判決手続を含む一連の従来の訴訟手続が一切覆滅されるに至り法の意図する所を没却する結果を招来するからである。さればこそ、民訴第二三七条第二項は右のような場合においては、同一訴訟物についての再訴につき権利保護の必要性を否定し、これを禁止し、もつて一旦なされた本案についての終局判決の効力の覆滅を防止しようとするに外ならないものと解せられる。

原判決の前記判示によれば、大橋トミを原告、上告人を被告とする前訴についての本案の終局判決に対し、上告人から控訴、控訴審に係属中被上告人に対する土地所有権移転登記がなされたので大橋トミにおいて訴訟継続の必要なきものとして、被上告人に対し訴訟参加を求めることなく訴を取下げたというのであるから、まさに右民訴二三七条二項により前訴と同一訴訟物についての再訴は禁止されるものというべきところ、本訴が右前訴と訴訟物を全く同じくすることは前記原判示のとおりであるから、大橋トミから本件土地を譲受けた被上告人は、大橋トミの特定承継人として、上告人に対し前訴と訴訟物を異にする別訴(たとえば、土地所有権侵害による損害賠償の請求等が考えられる)による救済を求めるは格別、もはや前訴と訴訟物を同じくする本訴の提起は許されないものといわなければならない。

然るに原判決は、前記のように、「大橋トミが前訴につき訴を取下げたのは本件土地所有権移転登記がなされた結果もはや訴訟を継続していく必要がなくなつたと考えたによること」および「当時被上告人の親権者でありそれまで前訴につき訴訟遂行上の相談相手であつた岩崎孫義にも相談せず独断で前訴を取下げたこと」を認定した上卒然「前記事情の下に」被控訴人としては控訴人との間に本件土地に関し紛争がある限り新に訴を提起する必要がある旨を判示しているのであつてその趣旨必しも明らかとはいいえないが、民訴第二三七条第二項が、たとえ、紛争が存続していても再訴を許さないとする趣旨であることを忘れたかまたは、同条項を承継人に適用ありとするについては、承継人において前訴の訴訟手続に参加することを怠つたことを要件とするかのような誤解に出でたものと解するの外はない。或はまた右の原判示の趣旨は前訴について訴訟参加の機会のない承継人に対しては再訴を許すべしとするもののようでもあるが、被上告人の親権者である岩崎孫義において前訴の係属を夙に承知していたことは前記原判示によるも明らかであり、前訴についての第一審判決言渡が昭和三六年五月一二日、大橋トミから被上告人に対する本件土地所有権移転登記のなされたのが昭和三六年九月二〇日、大橋トミの訴の取下が昭和三七年五月一二日であることは前記原判示のとおりであつてみれば、被上告人において前訴に参加する時間的余裕と機会も十分存したものということができ、前訴の係属に全然関知するところのない承継人とは全くその選を異にするものであるから右の見地にたつとしても原判示は到底肯認の余地なきものといわなければならない。(なお岩崎孫義は被上告人の親権者であり、大橋トミの前訴遂行について相談相手であつたこと原判示のとおりである外、岩崎孫義が訴外小林伝七の遺産相続人である岩崎よしの夫として、右よしと同じく遺産相続人である大橋トミ、小林清らとの相続財産をめぐる紛議に介在して縦横に手腕を振い、大橋トミを原告とする前訴についても、同人の相談相手に止らずその一切を摂行していたものであることは弁論の全趣旨からも明らかであり、被上告人の親権者として前訴の係属を熟知していたものであつて結局被上告人は前訴の係属を知りながら、前訴に参加する機会あるにかかわらずあえてその措置に出でなかつたに帰するから、再訴を許容しなければならない実質上の理由も認め難い)少くとも、承継人において前訴の係属を知り、これに参加の機会がある限り民訴第二三七条第二項は承継人にも適用があるものと解すべきである。

そうとすれば、本訴は民訴第二三七条第二項により不適法として却下すべきにかかわらずこれを許容した原判決は同条項の解釈を誤り上告人の再訴禁止の抗弁を排斥し、延て職権調査事項につき判断を誤つた違法があり、右は判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背あるものとして原判決は破棄を免れない。

(その余の上告理由は省略する。)

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