東京高等裁判所 昭和45年(ネ)1242号 判決 1971年10月19日
控訴人(附帯被控訴人) 川崎俊彦
被控訴人 稲城町 外二名
被控訴人(附帯控訴人) 小谷田登
主文
本件控訴を棄却する。
附帯控訴に基づき原判決を次のとおり変更する。
被控訴人(附帯控訴人)小谷田登は控訴人(附帯被控訴人)に対し、金六九万円及び内金六六万円に対する昭和四三年五月五日から支払ずみまで、年五分の金員を支払うべし。
控訴人(附帯被控訴人)のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通じてこれを七分し、その六を控訴人(附帯被控訴人)の、その余を被控訴人(附帯控訴人)小谷田登の各負担とする。
この判決の第三項は仮に執行することができる。
事実
控訴人(附帯被控訴人)(以下控訴人という)代理人は「原判決を次のとおり変更する。(第一審でした請求を拡張し)控訴人に対し被控訴人らは各自金五一〇万三七八四円及び内金五〇三万八九五四円に対する被控訴人稲城町は昭和四三年五月三日から、同小谷田ナカは同月四日から、同小谷田芳太郎、同小谷田登は同月五日から、各支払ずみまで、年五分の金員を支払うべし。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、附帯控訴につき附帯控訴棄却の判決を求めた。
被控訴人ら(被控訴人小谷田登については附帯控訴人)(以下被控訴人らという)代理人は控訴棄却の判決を求め、被控訴人小谷田登代理人は附帯控訴として「原判決中被控訴人小谷田登の敗訴部分を取消す。控訴人の同被控訴人に対する請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決及び「当審における控訴人の拡張請求を棄却する。」との判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張及び証拠の関係は、次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。
(控訴人の主張)
一、控訴人は本件事故によりさらに、東京武蔵野病院に昭和四五年二月九日から同年九月二八日まで通院するなどして治療費金四万八四〇〇円を支出し、清水脳神経外科診療所に同月二八日から同年一一月一〇日まで通院するなどして治療費金一万六四三〇円を支出して同額の損害をこうむつた。よつて控訴人は被控訴人らに対し原審でした請求に加えてさらに各自金六万四八三〇円の支払を求める。
二、被控訴人らの後記二、三の主張事実中、控訴人が見舞金として被控訴人稲城町から金二〇万円を受領したほか、被控訴人小谷田登から金六万円を受領したことは認めるが、その余は否認する。
(被控訴人らの主張)
一、控訴人の右一の主張事実を否認する。
二、控訴人が治療を受けた病院はすべて国民健康保険が通用する病院であり、従つて控訴人は健康保険の被保険者として、少くとも本件治療費のうち五割の保険給付を受けられるはずであるから、控訴人が損害としてこうむるのは、本件治療費のうち残りの五割だけである。
三、控訴人は見舞金として被控訴人稲城町から金二〇万円を受領したほか、同小谷田登らから合計金九万円の交付を受けているから、右九万円を控訴人の損害額から控除すべきである。
(証拠関係)<省略>
理由
一、当裁判所は当審における弁論及び証拠調の結果を斟酌しさらに審究した結果、控訴人の本訴請求は被控訴人小谷田登に対し金六九万円及び内金六六万円に対する昭和四三年五月五日から支払ずみまで年五分の金員の支払を求める限度において正当としてこれを認容し、その余の請求を失当として棄却すべきものと判断するものであり、その理由は次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する(但し原判決一二枚目裏三行目の「第五二号証」の次に「当審証人清水志郎の証言により成立を認める甲第五八号証、当審証人川崎千恵子の証言により成立を認める甲第五七号証」を加え、同四行目の「証人清水志郎、同川崎千恵子の各証言」とあるのを「原審及び当審証人清水志郎、同川崎千恵子の各証言」と読みかえるものとする)。
二、当審証人清水志郎の証言、右証言により成立を認める甲第五九号証、当審証人川崎千恵子の証言、右証言により成立を認める甲第六〇号証によると、控訴人はさらに東京武蔵野病院に昭和四五年二月九日から同年九月二八日まで通院するなどして治療費金四万八四〇〇円を支出し、清水脳神経外科診療所に同月二八日から同年一一月一〇日まで通院するなどして治療費金一万六四三〇円を支出して同額の損害をこうむつたことが認められる。しかしながら本件事故の発生については控訴人にも過失があつたことは右引用の原判決の認定するとおりであるから、これを斟酌すると右損害中約五割にあたる金三万円を賠償額と認めるのが相当である。
三、被控訴人らは控訴人が治療を受けた病院はすべて国民健康保険が通用する病院であり、従つて控訴人は健康保険の被保険者として、少くとも本件治療費のうち五割の保険給付を受けられるはずであるから、控訴人が損害としてこうむるのは、本件治療費のうち残りの五割だけであると主張する。国民健康保険法第六一条によると、被保険者が著しい不行跡によつて負傷したときは、右負傷にかかる療養の給付を受けることができないことになつているから、控訴人の本件傷害が右にいう被保険者の著しい不行跡に基づくものである場合には、控訴人は国民健康保険法による療養給付請求権を有しないことになつて問題はないが、仮に控訴人の本件傷害がその著しい不行跡に基づくものではない場合には、控訴人が本件傷害に関して療養給付請求権を有することはいうまでもない。しかし国民健康保険法による療養給付請求権と損害賠償請求権とは、別箇独立のものとして併存するから、控訴人が療養給付請求権を有するからといつて、控訴人の被控訴人らに対する損害賠償請求権に何らの消長を来すものではない。もとより控訴人は二重に支払を受けることはできないから、控訴人がすでに国民健康保険法による療養の給付を受けた場合には、控訴人は被控訴人らに対しては、療養給付額の内容とていしよくしない範囲においてのみ損害賠償の請求ができるにすぎないけれども、だからといつて被控訴人らは控訴人に対しまず療養給付請求権を行使し、しかる後に右給付額の内容とていしよくしない範囲においてのみ被控訴人らに対する損害賠償の請求をすべきことを要求するわけにはいかない。よつて被控訴人らの右主張は採用できない。
四、次に被控訴人らは、控訴人は被控訴人小谷田登らから見舞金として合計金九万円の交付を受けているから、右九万円を控訴人の損害額から控除すべきであるという。控訴人が被控訴人小谷田登から見舞金名義で金六万円を受領したことは当事者間に争いないところ、成立に争いのない甲第三六号証、第三八号証に原審証人川崎千恵子の証言をあわせると、被控訴人小谷田登は本件事故によるすべての賠償関係をいわゆる金一封程度の僅少の金額で解決したい態度であつたことが認められるから、右金六万円は同被控訴人の控訴人に対する損害の一部賠償として支払われたものと解すべく、これが本件損害賠償債務のいずれに充当されたかは必らずしも明らかでないが、本件弁論の全趣旨をあわせれば、右は原審認容の損害中現実に生じた治療費中に充当されたものと認めるのが相当である。ところが成立に争いのない甲第二七ないし第三一号証、第三四号証によると、控訴人は見舞金として稲城町長らから合計金三万円を受領していることが認められるが、右は控訴人の本件傷害に対して損害賠償義務のない第三者のしたもので、かつその金額からしても、文字どおりの見舞金として贈与されたものと認められ、右認定をくつがえすべき特段の事情は認められないから、右金額を本件損害額から控除するのは相当でない。
五、されば被控訴人小谷田登は控訴人に対し、前記引用の原判決の認容する金七二万円から前項の一部弁済金六万円を控除した残額六六万円と第二項記載の金三万円との合計金六九万円及び内金六六万円に対する本件事故後である昭和四三年五月五日から支払ずみまで年五分の遅延損害金(当審で拡張した分については控訴人は遅延損害金を求めることを明らかにしていない)を支払う義務はあるが、その余の義務はなく、その余の被控訴人らは控訴人に対し何らの義務のないことが明らかである。
六、よつて本件控訴を棄却し、附帯控訴に基づき原判決を右の趣旨に従つて変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 浅沼武 岡本元夫 田畑常彦)