大判例

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東京高等裁判所 昭和45年(ネ)1327号 判決

少年院における処遇は心身ともに健全な少年の育成を期して行われなければならず(少年院処遇規則第一条)日常の生活においては少年院の職員は、つとめて在院者と行動をともにすべきであり(同第二二条)寮舎勤務は、生活、教科その他の指導のみに終始することなく常に寮舎の内外を巡視し、異状の有無に注意しなければならず(乙第一一号証・神奈川少年院教官服務心得第五三条)、暴行を図ろうとする者はいないか、許可なく他室している者はないか等につき特に注意を怠つてはならない(同第五六条)のであつて、少年院の寮舎勤務者には極めて高度の注意義務が課されており、殊に前記のような暴行が頻発することを知悉していた少年院の教官としてはその防止につき萬全の注意を払うべきこと勿論である。もつとも本項(一)冒頭掲記の証拠によると、少年院生ら間において行われる前記のような暴力沙汰は、教官の目を盗み見張りを立てて行われ、しかもこれを教官に密告する者は卑怯者として仲間はずれにするとか冷遇するとかの方法により陰蔽が計られるのが常であると認められるから、教官としてはこれらの摘発、抑止には相当努力を要し困難を伴うべきことが推察されるけれども、このことは、少年院教官らの前記義務および教官らに右義務を完遂させるための指導、規制、人的物的施設の充実を図るべき少年院、国の責任を何ら軽減する理由とはならない。何故ならば、少年院への収容は矯正教育のための保護処分ではあるけれども、強制力を用いて身柄を院内に抑留して行うものである以上(少年院法第一四条参照。)、被収容者の身体生命の安全を保護するについては教官、少年院、国において萬全を期すべき義務ないし責任があり、それは単なる宿泊、教育施設の職員、管理者、設置者のそれとはおのずから異る極めて重いものでなければならないからである。

然るに、本件暴行は、当時勤務中の堀口清、中村洋両教官がそれぞれ寮監室における前勤務者との事務引継および寮内各室巡回に従事中、その監視の隙をうかがつて敢行されたものであり、暴行前被害者伊藤憲男が第一班第一、二、三、四室を歴訪して先刻行われた点呼に番号を間違えたことを謝罪して歩き、殊に右第四室では加害者である原審相被告佐宗貴との間に、「番号を間違えてすみません。」「暴力を受けられるか。」「暴力を受けさせて頂きます。」「受けられないならもう帰つちやえ。」「もつと受けさせて頂きます。」等の会話が交わされていることは前記引用の原判示のとおりであり、しかも、原審検証の結果、成立に争いのない甲第一二号証によると前記各室入口はずれも事務引継の行われていた寮監室から見通しがきくのみならず、暴行現場である第四室はこれと廊下を距てた斜前で極めて近接していることおよび同寮(第三寮)内収容室は本件現場を含めて一〇室にすぎず、内第二班の三室の前の廊下からは前記第一班の四室の各入口の見通しができることが認められることから判断すると、本件事故は国ないし少年院側の責任である指導、規制、人的物的施設の不十分を考えに入れてもなお右両教官には直接担当者として監視が十分でなかつた過失があるというべきである。その後少年院が本件事故につき両教官の責任を間い、いずれも院長訓告処分を受けたことおよび本件事故後教官の監視態度に変化があり、院生間の私的制裁が減少したことが成立に争のない乙第一三号証、原審証人池田正の証言によつて認められることは右判断の正当なことを裏付けるものである。原審および当審における証人中村洋、同堀口清司の証言中以上の認定に牴触する部分は採用できない。

以上の次第であるから、国家賠償法第一条に従い、被控訴人国はその公権力の行使に当る法務教官堀口司、同中村洋両名の過失と佐宗貴の行為とが相まつて惹起した本件死亡事故によつて、違法に、伊藤憲男とその両親である控訴人らに加えた損害を賠償すべき義務がある。

(川添利 荒木 田尾)

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