東京高等裁判所 昭和45年(ネ)1737号 判決 1974年7月19日
控訴人 住友商事株式会社
右代表者代表取締役 柴山幸雄
右訴訟代理人弁護士 長野法夫
同 熊谷俊紀
右訴訟復代理人弁護士 藤井正博
被控訴人 宮本隆一
右訴訟代理人弁護士 吉田欣二
同 河野曄二
右訴訟復代理人弁護士 田中郁雄
主文
一 原判決中控訴人に関する部分を取り消す。
二 被控訴人の請求を棄却する。
三 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
(申立)
控訴人は、主文と同旨の判決を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。
(被控訴人の主張)
一(一) 被控訴人は、原判決別紙手形目録(一)記載の本件約束手形一通を所持している。
右手形は、控訴人が、昭和四一年六月一〇日ごろ昭和興産株式会社(以下「昭和興産」という。)に宛て振出したものである。
(二) 被控訴人は、本件手形を満期に支払場所で支払のため呈示したが、支払を拒絶された。
(三) よって、被控訴人は、控訴人に対し、右手形金二五二万九、七五〇円及びこれに対する満期(昭和四一年一〇月二〇日)から完済まで年六分の割合による利息の支払を求める。
二 控訴人の主張二の事実は知らない。
仮に、右事実が認められるとしても、除権判決の効力は、将来に向って当該手形所持人の有する形式的資格を失わせ、他方、公示催告申立人に右手形を所持するのと同一の地位を回復させるに止まるものであり、手形の喪失ないし公示催告の申立時に遡って右手形を無効とし、あるいは申立人が権利者であったことを確定するものではない。
控訴人主張のように、裏書の連続ある手形を善意で取得した者が、その後になされた除権判決により手形上の権利を失うことになるならば、手形を取得しようとする者は、譲渡人又はその前者の権利の有無をいちいち調査しなければならず、手形の流通性は著しく阻害され、手形の特質は無に等しくなる。
被控訴人は、除権判決前である昭和四一年八月二五日、本件手形を善意無過失で取得し、昭和興産は、その権利を失うに至ったのであり、その後に除権判決があったからといって、昭和興産は、一たん失った権利を回復することはできないから、被控訴人の取得した右手形上の権利に何らの消長もきたすものではない。
三 控訴人の主張三のうち、本件手形の抹消された第四裏書の上に補箋が貼られこれに主張の裏書がなされていること及び被控訴人が国際証金株式会社の代表取締役である木村新次から本件手形の交付を受けたことを認め、右手形を取得するにつき同会社及び被控訴人に悪意又は重大な過失があったことを否認し、その他の事実は知らない。
(一) 手形の裏書人欄が不足しているのに、その手形を裏書譲渡しようとする場合、さらに裏書用紙を貼付し、これに順次裏書の上譲渡するということは、手形取引上の商慣習として普通に行なわれているところである。また、第一被裏書人欄白地の手形において、第二裏書が抹消され、さらに次の裏書がなされるということは、手形取引上ごく普通に行なわれていることであり、これが裏書の連続に何の影響も与えないことはいうまでもない。したがって、「裏書の抹消、その上になされた裏書用紙の貼付、右用紙になされた裏書」が、それ自体、手形上の権利の有無につき疑を持たせる合理的な理由となるものではない。
(二) かえって、被控訴人が本件手形を取得するにつき善意無過失であったと認められる次のような事実が存在する。
1 本件手形の第四裏書人欄に貼付された裏書用紙は、比較的厚手のものであり、右用紙の下に抹消された裏書のあることが容易に発見できるという状態にはなかったのであるから、被控訴人が、本件手形の取得にあたり、右抹消された裏書の存在に気付かなかったということは、非難に値しない。
2 被控訴人は、同人が支配人格として勤める大阪屋質店(経営者は越谷史郎。以下「大阪屋」という。)の計算において、本件手形を被控訴人名義で割引いたが、大阪屋は、質屋業と金融業とを手広く営み、月間平均一億円以上の金融取引を行なっていた。このように、規模も大きく信用のある大阪屋が、疑を持ちながらあえて本件手形を割引くという危険をおかす必要性も可能性もなかったのである。
3 大阪屋は、昭和三八年ごろから国際証金株式会社(以下「国際証金」という。)とは継続的な金融取引があり多数の手形取引をしたが、一回の事故もなく、相互に強い信頼関係で結ばれていた。
そして、本件手形は、いわゆる一流手形であり、しかも、被控訴人は、本件手形を取得する際、木村から振出について確認ずみであると告げられているのであるから、国際証金又はその前者の手形上の権利の有無につき、被控訴人に調査義務があるものとは言い得ない。
4 被控訴人が、国際証金から本件手形の割引料として取得したのは、日歩一〇銭であった。一流手形の割引料は当時一般に日歩五銭ぐらいであったが、本件の場合のように、満期までの期間が短いときに割引料を高くすることは、金融業者間で普通行なわれていたところであり、日歩一〇銭の割引料が極めて高利なものであったとはいえない。
(三) 国際証金は、金融業を営む巽商事株式会社を主宰する松隈孝雄の依頼により本件手形を割引いたのであるが、松隈とは、昭和三八年から金融取引を継続し、何回も手形割引を行なっており、また、本件手形割引に当り松隈から格別高利な割引料を得ていないこと、控訴人に本件手形の振出を確認していること及び前記(一)の事実を総合すれば、本件手形を取得するにつき国際証金に悪意又は重大な過失があったものと認めることはできない。
四 大阪屋と国際証金とは、別箇独立の営業体であり、両者間の取引は、互に自己の計算に基き普通の取引方法で行なわれていた。本件手形割引も、その例外ではなく、国際証金が被控訴人の使者ないし代理人として本件手形を取得したということはない。
五 前記のとおり、被控訴人は、本件手形上の権利を善意取得し、その結果昭和興産は右権利を失うに至ったのであるから控訴人の主張五は理由がない。
(控訴人の主張)
一 被控訴人の主張一(一)(二)の事実は認める。
二 本件手形の受取人である昭和興産は、昭和四一年六月一四日午後六時ごろから翌一五日午前八時ごろまでの間に、神奈川県厚木市所在の同会社厚木出張所において、右手形を含む四通の約束手形及びその他の物品を窃取されたので、同月一七日横浜簡易裁判所に対し、原判決別紙手形目録(一)ないし(三)記載の約束手形三通(以下「本件手形等」という)につき公示催告の申立をなし、昭和四二年二月二〇日除権判決を得た。
これにより、本件手形は、手形上の権利を表象しない単なる紙片と化し、手形面上に連続ある裏書の記載があっても、被控訴人が手形上の権利者であるとの推定を受けられないこととなった。もし、手形所持人が手形を喪失して除権判決を得たが、公示催告期間中に同手形の善意取得者を生じていたという場合、手形喪失者が除権判決により手形の実質的権利を取得することを否定し、善意取得者の権利を肯定するならば、手形喪失者の保護は不可能となり、除権判決制度の趣旨に反する。したがって、本件の場合、盗難後の手形取得者は除権判決により手形上の権利を失ったものと解するのが相当であり、被控訴人の本訴請求は、失当として棄却されるべきである。
三 仮に、右主張が認められないとしても、左記のとおり、盗難後における本件手形の取得者は、いずれも取得の際、これが盗品であることを知っていたか、又は知らなかったことにつき重大な過失があったのであるから、被控訴人は、本件手形の適法な所持人ではない。
そして、本件の場合、除権判決制度によっては手形喪失者を保護することが不可能であるとするならば、盗難後における手形取得者の善意の認定基準は、きびしくなされるべきである。
(一) 本件手形は、その窃盗犯人である近藤吉昭から潮田寅男、成田常義、今井計男、大沼芳之介に順次交付されたが、右各交付者間に対価の授受はなかったのであり、大沼から右手形を割引いた渡辺好男は、同手形取得の際、それが盗品であることを知っていたか、これを知らなかったことにつき重大な過失があった。
(二) 渡辺は、昭和四一年六月二八日右手形を厚木警察署に刑事事件の証拠品として提出したが、渡辺の委任を受けた長田喜一弁護士は、同年八月二〇日厚木警察署から右手形の仮還付を受けた上、これをチバイーケージ株式会社の代表取締役福田久博に対し、調査又は割引のため交付した。当時、本件手形には、第一ないし第三裏書人の記載のほか、抹消された第四裏書人として竹内隆の記載があり、右抹消に伴い手形の表面の「株式会社日本勧業銀行横山町支店(手形センター)」のスタンプも消印されていたが、その後右第四裏書欄上に補箋が貼られてこれにチバイーケージ株式会社の裏書がなされ、同会社から興産信用金庫に割引のため交付されたところ、盗難手形であることが判明して割引できず、右手形は長田弁護士に返還された。同弁護士の事務員である深田某は、本件手形を小池某に預け、小池はこれを松隈孝雄に交付したが、本件手形の仮還付後松隈に至るまでの前記手形関係者は、いずれも悪意の取得者である。
(三) 本件手形は、その後、松隈から国際証金の代表取締役である木村新次に、木村から被控訴人に、それぞれ交付された。
国際証金も被控訴人も金融業を営み、手形割引を業としているのであるが、本件手形には、前記のように、抹消された裏書の上に補箋が貼られて、これに第四裏書がなされ、手形の表面に押された手形センターのスタンプが消印されているという外形的特徴があり、また、住友商事株式会社という一流会社の振出手形に個人や名もない有限会社の裏書があるということも異常であり、さらに、本件手形については、昭和四一年八月一八日附官報に公示催告の公告がなされているのであるから、右両名は、手形割引業者として当然本件手形に不審を抱くはずであるのに、漫然と右手形を取得している(なお、被控訴人は、木村が、本件手形を取得する際控訴人に対し振出の確認をしたと主張するが、その事実はない。)。
したがって国際証金及び被控訴人の本件手形の取得は、悪意又は重大な過失に基くものというべきである。
四 仮に、被控訴人が本件手形を取得するにつき悪意又は重大な過失のあったことが認められないとしても、左記理由により、右手形の取得に関する国際証金の悪意又は重過失は、被控訴人の悪意又は重過失と認めるべきものである。
即ち、被控訴人は、大阪屋の番頭であり、国際証金は、大阪屋から一定の資金を受けて手形割引の依頼に応じ、大阪屋にその手形を廻し割引を受けるという関係になっており、国際証金は、大阪屋の窓口的存在である。ところで、被控訴人は、大阪屋の計算で本件手形を割引いたのであるから、国際証金は、被控訴人の使者又は代理人として本件手形を取得したものというべきである。
五 さらに、本件手形を振り出した控訴人としては、右手形の喪失者として除権判決を得た昭和興産及び同手形の所持人である被控訴人のいずれか一方に手形金を支払う義務があるけれども、二重に支払う義務はない。両者のうちいずれが正当な権利を有するかは、両者の間で訴訟上又は訴訟外で解決すべきものであり、控訴人としては、何らの過失なく債権者を確知できないのであるから、被控訴人の本訴請求に応ずる義務はない。
(証拠)≪省略≫
理由
一 被控訴人の主張一(一)(二)の請求原因事実は、控訴人の認めるところである。
二 そこで、控訴人の主張二につき判断すると、≪証拠省略≫によれば、本件手形の振出を受けた昭和興産は、昭和四一年六月一五日午前二時ごろ同社厚木出張所の事務所内において保管中の本件手形を含む約束手形四通及びその他の物品を窃取されたので、同月一七日横浜簡易裁判所に対し本件手形等三通につき公示催告の申立をなし、同裁判所は、同月二二日公示催告をしたが、昭和四二年二月二〇日の公示催告期日までに権利を届け出て同手形を提出する者がなかったため、同日右手形の無効を宣言する除権判決を言渡し、同判決は確定したことが認められる。
右認定及び前記争いのない請求原因事実によれば、本件手形の受取人である昭和興産は、同手形を窃取されたため、公示催告を申し立て除権判決を得たところ、一方、被控訴人は、右盗難手形を公示催告後除権判決の言渡前に取得し、公示催告に対し権利の届出をしなかったが、同手形には連続した裏書の記載があるという事実関係になる。
この場合、喪失手形を善意取得した者(被控訴人)が、公示催告に対し権利の届出をしなかったことにより手形上の権利を失い、その結果、除権判決を得た手形喪失者(昭和興産)が右権利を回復するという見解と、右善意取得者の有する手形上の権利は除権判決により失われないという見解とが対立しているのであるが、当裁判所は、手形喪失者の保護をはかるという除権判決制度の趣旨から見て、前説に立ち、除権判決を得た手形喪失者の権利をより保護すべきものと考える。約束手形の振出署名者の得た除権判決の効力に関する最高裁判所の判例(昭和四七年四月六日判決・民集二六巻三号四五五頁)は、その理由中において、適法に振り出された手形の所持人が得た除権判決の効力に関し、右見解に副う趣旨を示すものと解される。
したがって、被控訴人は、除権判決により本件手形上の権利を失ったものというべく、控訴人の主張二は理由がある。
三 のみならず、左記のとおり、盗難後における本件手形の取得者は、これが盗品であることにつき、いずれも悪意又は重大な過失があったものと認められるから、被控訴人は、右手形の適法な所持人ではないこととなる。
(一) ≪証拠省略≫によれば、本件手形を含む約束手形四通は、窃盗犯人である近藤吉昭から潮田寅男、成田常義、今井計男に順次交付され、今井は、これに白地裏書の上、有限会社協同商事の社員である大沼芳之介に右手形を交付したのであるが、以上の各交付は、いずれも手形の割引のあっせんを依頼してなされたもので、右交付者間に対価の授受はなかったこと、大沼は、まあじゃん屋の経営等を目的とする有限会社協同商事の社長代行と称し、その実権者であったが、まあじゃんの顧客である今井計男から、昭和四一年六月二四日ごろ石原建設株式会社振出の約束手形一通(額面五五万二、三五〇円・受取人昭和興産)の割引あっせんの依頼を受け、取引先の金融機関に割引を申し込んだところ、その翌日盗難手形であることが判明したとの理由で割引を拒絶されたこと、大沼は、同月二七日午前九時ごろ再度今井から本件手形等三通(額面合計四五三万〇二六八円)の割引あっせんを依頼され、直ちに右手形に有限会社協同商事代表取締役高橋孝名義で白地裏書をなし、手形割引を業とする渡辺好男にその割引を依頼したこと、渡辺は、それまで大沼とは面識もなく、同有限会社との取引もなかったのであるが、直ちに右割引を承諾し、割引金の一部として一〇〇万円を大沼に支払ったが、同日午前一一時ごろ同手形の振出人である控訴会社横浜支店に電話をかけ、振出を確認したところ、盗難手形であるとの回答を得たので、残余の割引金を大沼に支払わなかったことが認められる。≪証拠判断省略≫
右認定事実によれば、潮田から大沼に至る前記四名は、いずれも手形の割引のあっせんを依頼されその交付を受けたもので、その間に対価の授受はなく、手形上の権利の取得者ではないことが明らかである。また、大沼は、今井から本件手形等の交付を受けた時、それが盗品であることを知っていたものと推認されるが(その三日ほど前に今井から割引を依頼され盗品であることが判明した前記手形の受取人は、本件手形等の受取人と同じく昭和興産である。)、本件手形等は、いずれもいわゆる一流会社が振出人となっているのに、その第二、第三裏書人は名もない個人や有限会社であるから、手形割引業者である渡辺としては、右裏書の記載に当然疑念を抱くべきものであり、しかも、渡辺と大沼とは面識がなく、手形額面の合計も相当高額なものであるから、渡辺が右手形を割り引くに当っては、振出人及び裏書人に対する照会その他の方法により、振出及び裏書の事情を調査する注意義務があったものというべく、右調査をすれば、本件手形等が盗品であることを容易に知り得たはずである。ところが、渡辺は、前記割引の際、何らの調査もしていないのである(なお、同人は、割引後間もなく控訴会社横浜支店に対し振出の確認をしているが、このことは、大沼が右手形につき悪意の所持人であったことを考え合わせるとき、渡辺が、右割引の際、本件手形等につき何らかの疑を持っていたのではないかということが窺われる。)から、同人は、本件手形等を取得するに際し、それが盗難手形であることを知らなかったことにつき重大な過失があったものというべく、したがって、渡辺は、本件手形等の適法な所持人とは言い得ない。
(二) ≪証拠省略≫を総合すれば、渡辺は、昭和四一年六月二八日本件手形等を前記窃盗事件の証拠品として厚木警察署に任意提出したが、同人から右手形金の取立を委任された長田喜一弁護士は、同年八月二〇日厚木警察署に対し、本件手形等を同弁護士が保管することを確約した上、右手形の仮還付を受けたが、その後、知人の福田久博(チバイーケージ株式会社の代表取締役)に本件手形の割引のあっせんを依頼してこれを交付し、福田は、同月二四日興産信用金庫浅草橋支店に同手形の割引を依頼したが、盗品であるとの理由で割引を拒絶されたこと、本件手形は、福田から長田弁護士に返還されたが、その後同弁護士からその事務員である深田某に、同人から小池某に、小池から松隈孝雄に、それぞれ割引のあっせん依頼のため交付され、右各交付者間に対価の授受はなかったことが認められる。≪証拠判断省略≫
右認定事実によれば、本件手形の仮還付後長田弁護士を通じてその交付を受けた前記四名は、いずれも手形の割引のあっせんを依頼されて入手したもので、その間に対価の授受はなく、同人らが本件手形上の権利を取得したことはないものということができる。
(三) 本件手形の公示催告の公告が昭和四一年八月一五日附の官報に掲載されたことは、当裁判所に顕著な事実であり、≪証拠省略≫を総合すれば、昭和四一年八月当時から現在に至るまで、金融業者のために公示催告の公告除権判決の速報等を掲載した業界新聞(不渡情報と称した。)が発行されていること、同月二四日当時、本件手形の裏面には、第五裏書欄までが印刷され、第一ないし第三裏書人として前記争いのない記載があったほか、第四裏書人として山竹 (判読不能)産業株式会社取締役社長竹内隆の記載があり、これが抹消された後、同裏書欄の上に補箋が貼られ、これにチバイーケージ株式会社の裏書がなされ、さらに、手形の表面右端に「株式会社日本勧業銀行横山町支店(手形センター)」のスタンプ及びその消印が押されていること、右消印は、金融機関が、持ち込まれた手形の割引依頼を拒絶して返還する場合にも押されるものであり、また、本件手形をすかして見るならば、前記補箋の下に抹消された裏書が存在することは容易に発見できること、金融あっせん業を営む巽商事株式会社(以下「巽商事」という)と金融業を営む国際証金とは、昭和三七年ごろから取引があり、巽商事が国際証金に割引を依頼する手形の中には信用度の低いものが少くなかったところ、巽商事の代表取締役である松隈孝雄から昭和四一年八月二五日本件手形の割引を依頼された国際証金の代表取締役木村新次は、前記業界新聞を購読していたが、右新聞につき公示催告の有無等を調査することも控訴会社に振出の確認をすることもなく、直ちに右割引を承諾し、資金調達のため、手形割引業を営む大阪屋(経営者は越谷史郎)に本件手形の割引を依頼したこと、大阪屋の支配人格である被控訴人は、直ちに、同人の名において右手形を割引くことを承諾して木村に割引金(割引料は日歩一〇銭)を支払い、木村は、松隈に割引金(割引料は日歩一五銭)を支払ったが、被控訴人も木村も右割引の際前記公示催告の公告の存在を知らなかったことが認められる(以上のうち、本件手形の抹消された第四裏書の上に補箋が貼られこれに前記裏書がなされていること及び被控訴人が国際証金の代表取締役である木村新次から本件手形の交付を受けたことは、当事者間に争いがない。)。≪証拠判断省略≫
右認定及び争いのない事実によれば、本件手形には、表面右端の消印、裏面の補箋の存在及びその貼付位置(最終裏書欄の上に貼るのが通例であるのに、本件手形の場合は第四裏書欄に貼られている。)、補箋の下の抹消された裏書等のほか、前記(一)に説示した振出人と第二、第三裏書人との関係等その外形及び内容において通常の手形とは言い難い数多くの特徴が存在するのであるから、木村も被控訴人も、手形割引業に携わる者として、これらの点に疑を抱くのが当然であり(さらに、木村の場合は、巽商事から割引を依頼された手形には信用度の低いものが多いという事情も存する。)、本件手形を割引くに当っては振出人及び裏書人に対する照会、公示催告の公告の有無の調査その他の方法により、振出及び裏書の事情等につき調査する注意義務があったものというべく、右調査をすれば、本件手形が盗品であったことを知り得たはずである。ところが、右両名は、何らの調査もしないまま本件手形を割引いているのであるから、同手形を取得するに際し、それが盗難手形であることを知らなかったことにつき重大な過失があったものということができる。したがって、被控訴人は、本件手形につき適法の所持人であるものとは言い得ない。
四 以上の次第で、被控訴人の本訴請求は、その他の点につき判断するまでもなく理由がないものというべく、右請求を認容した原判決は不当であるから、民事訴訟法三八六条によりこれ(控訴人に関する部分)を取り消した上、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 寺田治郎 裁判官 福間佐昭 宍戸清七)