東京高等裁判所 昭和45年(ネ)2392号 判決 1971年10月29日
控訴人 三井物産機械販売サービス株式会社
右訴訟代理人弁護士 橋本基一
同 村上洋
被控訴人 白川昭平
右訴訟代理人弁護士 大谷政雄
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取消す。水戸地方裁判所が同庁昭和四五年(ヨ)第七六号仮処分申請事件について同年四月二七日になした仮処分決定を認可する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の主張ならびに証拠の関係は、次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。
(控訴人の主張)
原判決は、被控訴人が本件機械の占有をはじめるについて過失があったとの控訴人の主張につき疎明なしとしているが、右認定は誤りであって、その理由は次のとおりである。
すなわち、
(一) 訴外常陸機械株式会社のように小規模業者が本件のごとく高価な機械を買受けるについては、すべて所有権留保の特約付割賦購入方法によっているのが常態であり、このことは業界の常識であること、
(二) 被控訴人は土地造成、建築工事請負を業とする者であること、
(三) 本件機械は五〇〇万円を超える高価なものでありかつ新品同様のものであること、
(四) 被控訴人は右訴外会社から不当に安い価格で買受けていること、
(五) 右買受け価格も被控訴人の収入と比較するとかなり負担の重い高価なものであること、
(六) 本件機械にはその主要部分(ボデー)に控訴人の会社名、所在地、電話番号等を表示した金属製のプレートを打ちつけてあること、
等から、被控訴人が前記訴外会社から本件機械を買受けるにあたっては、その所有権について強い疑念を抱き、売主については当然調査すべきことであり、しかもその調査は簡単になし得、控訴人が所有権者であることを容易に知ることができたにもかかわらず、それをしなかったのは本件機械の占有をはじめるについて過失があったものといわなければならない。
(証拠関係)<省略>
理由
当裁判所は、当審における証拠調の結果をも参酌して審究した結果、控訴人の本件仮処分の被保全権利につきこれを認めるに足る疎明がないと判断するものであって、その理由の詳細は、次のとおり付加するほかは、原判決の理由の説示するところと同一であるからこれを引用する。
(被控訴人の即時取得の主張について)
<証拠>によれば、被控訴人は、訴外常陸機械株式会社(以下常陸機械という)から、昭和四四年一一月一〇日本件機械を代金四〇〇万円で代金完済までは右訴外会社にその所有権が留保される約で買受け、その頃現実の引渡を受け、同日右代金のうち一〇〇万円を、昭和四五年三月二〇日残金三〇〇万円を各支払ったことが認められる。
しかして、被控訴人は、同人が本件機械を買受けた当時右機械が訴外常陸機械の所有に属していなかったとしても、被控訴人は即時取得により右機械の所有権を取得したと主張するのであるが、まず、被控訴人が右機械の引渡を受けてその占有をはじめる際に、平穏公然にその占有を取得しかつ訴外常陸機械が右機械の処分権を有しないか否かにつき善意であったことは、民法第一八六条第一項により推定されるところである。そして、同法第一八八条により、訴外常陸機械がその占有する右機械の上に行使する権利はこれを適法に有するものと推定されるから、訴外常陸機械からこれを譲受けた被控訴人が右のように信ずるについては過失がなかったものと推定すべきである。
控訴人は右の点につき悪意、有過失であると抗争するので、まず被控訴人が悪意であったとの主張につき検討を加えるに、原審証人倉持博の証言および原審における検証の結果によれば、「本件機械が訴外常陸機械から被控訴人に引渡された当時、右機械の本体に、控訴人の名称、所在地、電話番号を打刻したネームプレート(縦四センチメートル、横一六センチメートル、銅板製)が製造業者の名称を表示したネームプレートと並べて打ち付けられていたこと。」が認められるが、右ネームプレートは、その形状からみて、本件機械を買受けようとする者をして、右機械の所有権が控訴人に帰属することあるいは訴外常陸機械が、その処分権を有しないことを当然に推認せしめるに足るものとはいえず、他に被控訴人において訴外常陸機械が本件機械の処分権を有していないことを知っていたと認めるに足る疎明はない。
そして、被控訴人において訴外常陸機械が本件機械の所有権を有するものと信ずるにつき過失があったとの控訴人の主張もまた、これを認めるに十分な疎明を欠くものである。
すなわち、<証拠>によれば、
「控訴人は建設機械産業機械の販売を主たる目的とする大手の販売業者であって、建設機械類を一般の需要家に直接売渡すほか他の販売業者に売渡し(いわゆる卸売に相当する。)、他方訴外常陸機械は各種機械の販売を業とする比較的小規模な販売業者で、本件機械のような重機と呼ばれる建設機械は控訴人から仕入れこれを一般の需要家に販売していたものであるところ、訴外常陸機械が控訴人から重機を仕入れるについては、本件機械も含め、ほとんどの場合、控訴人に対して支払うべき購入代金は割賦払とし代金完済まで売買目的物の所有権を控訴人に留保していたもので、右のような扱いは訴外常陸機械に対する場合に限られるものではなく、控訴人が他の販売業者に対して機械類を販売する場合にもとられていた措置であること。」が認められる。しかし、被控訴人のような一般の各需要家にとって、右のような卸業者と小売業者との関係ともいうべき控訴人と訴外常陸機械との間の建設機械の取引をめぐる法律関係が、前認定のようなものであることが周知の事実であったと認めるに足る疎明はないし、<証拠>によれば、「訴外常陸機械が販売していた機械には、控訴人のような仕入先に所有権が帰属したままのもの、既に代金が完済されて同訴外人の所有に属するにいたったもの、当初から同訴外人の所有であったものが混在していたのであるが、訴外常陸機械はこれを需要家に対し販売するにあたり取扱を区別していなかったこと、そして、控訴人に所有権が留保されている状態で他に売渡す場合にもその旨控訴人に通知するわけではなく、単に代金を順次決済するのみであり、いわんや被控訴人ら買受人に対しその間の事情は説明されなかったこと、被控訴人は、本件機械を購入するに際し、個々の需要家が販売業者から機械類を購入するときは代金完済まで売渡人に所有権が留保されるのを通例とすることは認識していたが、訴外常陸機械のような販売業者が他の業者(卸売業者)から購入する(仕入れる)場合にまで右のような留保がなされるものとは露知らず、本件機械が訴外常陸機械の所有にかかるものであることを当然の前提として売買契約を結んだ。」との事実が認められるから、前認定のように販売業者自身もまた売主である業者に所有権を留保する約定のもとに仕入れるのが一般の例であるからといって、被控訴人に対し、同人が買受けようとする機械の所有権の所在を調査確認すべき責を負わせることはできない。
また、前記のとおり本件機械は昭和四四年一〇月控訴人から訴外常陸機械に対し五七五万五、三六〇円で売渡されたものであるところ、訴外常陸機械はその後まもない同年一一月一〇日(約定の代金の割賦払をなすべき期限の到来前である。)被控訴人に対し右代金額をはるかに下廻る四〇〇万円で右機械を被控訴人に売渡してしまったのであるが、<証拠>を総合すれば、「被控訴人は、本件機械を訴外常陸機械の社長をしていた訴外藤田進からすすめられて購入したものであること、被控訴人は、右藤田とは、同人がかつて訴外中道機械に勤務していたところ被控訴人が右中道機械から建設機械を購入したことがある関係で、かねてより顔見知りで、右藤田が独立して訴外常陸機械を設立してからは右常陸機械より機械を購入してほしい旨依頼されていたなどのことから、右藤田を信用していたこと、そして、被控訴人が本件機械の引渡を受けた当時の訴外常陸機械の営業状態はごく普通であったこと、そのため被控訴人は本件機械の売買に関しなんら疑念も抱かなかったこと、そして、被控訴人は、本件機械の代金が四〇〇万円であるというのは割安であるとは感じたが、かねて、販売会社の購入経路によって価格に高低ができるものでありまた現金払とすれば値引きされるものであると聞き及んでいたので、右代金額についてもまたなんらの疑念を抱かなかったこと、訴外常陸機械にとって仕入代金額を下廻る価格で販売しては損失となることはもちろんであるが、右機械を控訴会社から購入するにあたり手持のブルドーザーを二三〇万円と評価していわゆる下取りに出したので、現実に支払うべき代金の額は三四五万五、三六〇円であったから、当時資金繰りに窮していた訴外常陸機械の立場からすると、現金で支払うという被控訴人に対して四〇〇万円で売渡すことはいちがいに不当に低廉な価額を設定したとはいえないこと。なお、右のような訴外常陸機械の内部事情は被控訴人の周知しないところであったこと。」以上のような事実が認められるから、本件機械の価格が比較的低廉であったにもかゝわらず被控訴人において右機械が訴外常陸機械の所有に属するか否かの点につき疑問を抱かなかったのはむしろ当然のことというべきである。
さらに前認定の本件機械に打ち付けられていた控訴人の名称を表示したネームプレートの存在も、右プレートの形状に、右に認定した被控訴人において右機械を買受けるまでの経緯を考え合わせると、いまだ被控訴人に対し右機械の真実の所有権者につき調査すべき義務を課するに足りないものである。
以上要するに、被控訴人に控訴人主張のような過失のあったことを推認するに足る事実を認むべき疎明はないといわなければならない。
そうすると、被控訴人が善意かつ無過失であったとの推定は覆えされないことに帰するから、結局被控訴人は買受代金を完済した昭和四五年三月二〇日本件機械の所有権を取得したものと認められる。
(結論)
よって、原審が、控訴人の主張する被保全権利の存在について疎明がないとして、水戸地方裁判所昭和四五年(ヨ)第七六号仮処分申請事件につきなされた仮処分決定を取消し右仮処分申請を却下したのは相当であるから、民事訴訟法第三八四条により本件控訴を棄却し、訴訟費用の負担につき同法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 浅賀栄 裁判官 川添万夫 秋元隆男)