大判例

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東京高等裁判所 昭和45年(ネ)2446号・昭45年(ネ)2469号 判決

以上の各事実に照らすと、太郎の東内宅への出入りは度を過すものがあり、両者の関係は相当密着の感があるとはいえ、右両者間に不純な情交関係があったものと認めるには十分でなく、原審証人野村金四郎同林彬夫当審証人野村珠子の各証言、原審ならびに当審における原告本人尋問の結果、右証人野村の証言により成立を認めるべき甲第一〇号証の二ないし九の各写真証人林の証言により成立を認めるべき甲第一四号も、両者の間に右の如き不純関係があったことを認めるべき的確な証拠とするには足りない。もとより事は男女間の機微に属する関係であるから、これを証する決定的資料を当の当事者以外から求めるのは不可能を強いる感がないではないが、本件にあらわれたすべての証拠によっても右両者の間は怪しい、或いは原告主張の如き交情があるのではなかろうかとの推測を示すに止まるのみであって、一方前記のような東内の性格、生活態度、交遊関係等からすれば、そのような関係はないのではないかとの合理的疑いを解消しえず、結局において太郎が東内との間に不貞の関係を有するとの事実はこれを認定するには不十分であるとせざるをえないのである。

しかし、太郎と東内との関係が独立の離婚事由の一たる不貞というべきものでなく、たんに右認定の如きものであるとしても、さきに判示したごとく、原告は右両者間の関係に対し払拭し難い疑惑の念を抱いているのであって、前記のような外形事実からして通常の家庭に育った初婚の原告としては右の如き疑惑をもつのはむしろ自然であって、かかる場合夫たる者はよろしくその疑惑を解き妻の不信を回復するよう百方誠意を尽しその生活態度を改めるべきであるのに、太郎はなんらそのことなく、依然東内との交際を変更しないまま終始しており、その上第二回妊娠にさいしての血液検査の結果に端を発した梅毒陽性反応問題にからむ出産を是とするか否かの意見の対立、A出生後の太郎の態度、原告が甲野家を出てすでに四年半にも達すること、両名間には互いにもはや婚姻を継続する意思が存しないことなどの事実に徴すると、原告と太郎との間には民法七七〇条一項五号にいう婚姻を継続しがたい重大な事由があるものというべく、これをもたらしたものが主として太郎の責に帰すべきであることは前認定の事実からおのずから明らかであるから、原告からする太郎に対する離婚の請求は理由があるものとして認容すべく、また、これに伴い前記認定の事実に照らせば、両人の間の長女Aの親権者は原告と指定するのが相当である。従ってこれと同旨の原判決は正当であり、これらの点に関する太郎の控訴は理由がないから棄却すべきである。

(被告東内に対する請求について)さきに判示したように、本件においては結局太郎と東内両名間には不純な肉体関係を認定するに足る的確な証拠は存しない。しかし原告の右両名に対する疑惑の念は、高まる一方で、これが原告をして本件離婚請求にまで追い込んだ決定的動機となったものであること、右疑惑は太郎と東内との交際関係等からみて通常の家庭から見合による初婚で婚姻生活に入った原告としてはむりからぬものであることもすでに認定したとおりである。

これに対し東内は昭和四二年一一月三〇日の太郎の誕生パーティのあと、原告および太郎と三人で話合ったのみで、それも金銭貸借関係をあかすことなく、その後においても、原告が太郎の東内方への出入を快く思わず、むしろ同人と太郎のことが原告方家庭紛争の原因となり、原告が太郎と東内の仲を疑い、深刻に悩んでいることを察知しながら、なんら右誤解を解くための積極的手段をとることもなく放置し、ついに本件破局を招かしめるにいたったものであることは、前顕各証拠により明らかである。東内はすでに中年に達し思慮分別盛りの年令であり、かつ、さきに認定したようにいわゆる姉御肌の性格の持主であり、通常の家庭から初婚で太郎との婚姻に入った年若い原告の感情は十分理解しうるはずであって、太郎らのためを真に憂うるのであれば、むしろ積極的に出向いて原告と話合いの機会をもつとか当分太郎の出入りを禁止するとかして、その誤解を一掃すべく手段を尽して然るべきであり、少くとも新婚間もない太郎ら夫婦の愛情の基盤が確立し相互信頼の状態が不動のものとなるまではいやしくも右夫婦の仲にひびを入らせる如き言動をつつしむのが隣人としての情誼と思料されるのに、事ここに出でず、右の如くいたずらに手を拱ねて傍観的態度を採るのみでなく、依然その従来からの無軌道とも見える生活の中に太郎を引き入れて改めずまた太郎の下着に東内のネームがあることや東内宅への出入りの時刻や頻度などにおいて疑えば疑うに足るような事情もあるのにこれを放置したことは余りにも思いやりにかけるものがあるというべく、これら一連の東内の行為はその作為不作為をあわせて総じて健全な社会通念にてらし社会的妥当性の範囲を逸脱する違法のものたる評価をさけえないものであり、右東内の行為が究極のところ原告に対する関係において、原告を苦しめ、その太郎との間の婚姻生活に破たんを来たさせるべき一要因となることは同被告の察知しもしくは察知しうべかりしものであることは前認定から明らかであるから、結局において東内は原告に対し不法行為責任を免れるものとはいえないと解すべきである。そして前記認定の当事者双方の社会的地位、行為の程度その他諸般の事実にかんがみれば、これがため原告がこうむった精神的苦痛に対する慰藉料としては金五〇万円が相当と思料される。よって右限度で原告の請求は理由があるがその余の請求は失当として棄却すべく、したがって右の点に関する被告東内の控訴も右限度で一部理由がある。

(浅沼 岡本 田畑)

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