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東京高等裁判所 昭和45年(ネ)291号 判決 1974年12月18日

控訴人 勝倉鉄太郎

右訴訟代理人弁護士 村中清市

被控訴人 丸二運送有限会社

右代表者代表取締役 藤誠介

右訴訟代理人弁護士 前田知克

同 横田幸雄

同 清水芳江

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

(申立)

控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟の総費用は被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、主文同旨の判決を求めた。

(被控訴人の請求原因)

一、控訴人は別紙物件目録記載の土地(以下本件土地という)を所有していたところ、被控訴人は控訴人からこれを昭和三八年一月二四日左の約定で買受けた。

(一)  代金は金一、一三二、四〇〇円とし、即日手付として金二〇万円を支払うこと。

(二)  所有権移転登記は右手付金を差引いた残代金九三二、四〇〇円の支払と引換に為すこととし、その履行期を昭和四〇年一月二四日とすること。

二、そこで被控訴人は即日手付金二〇万円の支払を了し、右履行期の到来を待っていたところ、控訴人はいつしか一旦為した本件土地の売却に難色を示すに至り、あらかじめ被控訴人に対し残代金の受領拒否の意を表明し、そのため残代金受領の場所の指定等も為さないので、被控訴人は昭和四〇年一月二四日頃控訴人に対し右残代金についていわゆる口頭の提供を為したうえ、同四二年九月二九日これを弁済供託した。

三、よって被控訴人は控訴人に対し、上記売買契約に基き、本件土地についての所有権移転登記手続を為すことを求める。

(控訴人の答弁及び抗弁)

一、被控訴人主張第一項の事実中、控訴人が本件土地の所有者であることは認めるが、その余の事実は否認する。

尤も控訴人は本件土地に関し、被控訴人代表者個人(以下藤誠介ともいう)と取引をしたことはあるが、被控訴人を相手方として取引をしたことはなく、しかも右藤誠介との取引も、その内容は本件土地の賃貸借契約を主体とし、かたわら同土地について売買の予約を締結したものに過ぎない。即ち、

控訴人は当時敢て本件土地を売却するつもりはなかったのであるが、昭和三八年一月二四日、右藤誠介より強いて乞われるまま、同人との間に、

(一)  本件土地について、堅固な建物の所有を目的とし、期間を八〇年、賃料を月額五、六六二円とする賃貸借契約を締結すると共に、

(二)  売買価額を金一、一三二、四〇〇円、予約に伴う手付を金二〇万円(即日支払のこと)、予約完結につき、買主藤の予約完結権の行使期間を二ヵ年(昭和四〇年一月二四日まで)、但し右完結には控訴人の承諾を要することとし、予約完結の際は残代金支払と所有権移転登記を引換に為すこととする売買予約を締結したに過ぎない。

二、同第二項の事実中、被控訴人が弁済供託を為したことは認めるが、その余の事実は否認する。

三、仮に控訴人の取引の相手方が被控訴人であったとしても、その取引の内容は右と異ならず、前第一項(一)及び(二)と同一の土地賃貸借契約及び売買の予約であったところ、右売買の予約に関し被控訴人は契約当日手付金二〇万円を支払ったのみで、上記予約完結期間内にその完結権を行使しなかったから、前叙売買の予約は昭和四〇年一月二四日の経過と共に失効した。よって、被控訴人の本訴請求は失当である。

四、仮に前項のうち売買予約の主張が理由なく、控訴人と被控訴人間に、前叙賃貸借契約の外、被控訴人主張の如き売買契約が締結されたとしても、この場合同売買契約に伴い授受されたと目される上記手付は解約手付の性格を有するものであるところ、控訴人は、昭和四〇年一月二四日頃、その代理人勝倉佐一をして被控訴人方に赴かしめ、右手付の倍額にあたる金四〇万円を現実に提供して右売買契約解除の意思表示を為さしめ、更に同年二月五日頃にも再び右佐一をして被控訴人方に赴かしめ前同様の金員を提供して同様の意思表示を為さしめたから、被控訴人の本訴請求は失当である。

なお被控訴人は、後記のとおり、右各解除前すでに控訴人に対し本件残代金の受領方を催告したというが、同事実は否認する。現に被控訴人は、前叙売買予約の失効ないし右売買契約の解除を認めたればこそ、上記賃貸借契約の約定に遵い、予約完結権行使の最終期限ないし売買契約の履行期たる昭和四〇年一月二四日を過ぎても、なお翌四一年六月末日まで本件土地の賃料を控訴人に支払い続けたものである。

(被控訴人の主張)

一、控訴人の主張第三項(売買予約の失効)については、そもそも売買予約の存在そのものを否認する。

二、同第四項(売買契約の解除)については、まず本件手付が解約手付であることを否認する。本件手付は、証約手付及び内入金である外、違約手付の性格を有するのみである。次に勝倉佐一が被控訴人方を訪れて解除の意思表示を為したことは認めるが、その時期は昭和四〇年一月末頃である。その際金四〇万円の現実提供のあったことは否認する。

のみならず、被控訴人は右佐一の来訪前である昭和四〇年一月中旬より再三控訴人に対し、本件売買残代金の支払用意あること及びこれが受領方と登記の履行を求めたのであるが、前叙のように控訴人は履行期前よりこれを拒否したまま右佐一を来訪せしめて解除の意思表示を為したものであるから、この点からみても右の意思表示は失当である。

なお被控訴人が控訴人との間に、控訴人主張の如き形式の本件土地賃貸借契約を結び、昭和四一年六月末日まで賃料相当額の金員を支払ったことは事実であるが、右は、本件土地売買契約の履行期間が長期に亘るため万一その間に不時の事態の出来により本件土地の使用継続ができなくなることのないようその用意として賃貸借契約を締結したものであり、又履行期後は、徒らな紛争を避けるため止むなく右金員を支払っていたに過ぎないもので、右の事実は、本件売買契約の成否・効力等に何らの消長を及ぼすものではない。

(立証)≪省略≫

理由

一、本件土地が控訴人の所有に属していたことは当事者間に争がないところ、本件土地の取引に関し、右控訴人と取引関係に立った者が被控訴人会社であるか或いはその代表者の藤誠介個人であるかについて争があるので、まずこの点について検討するに、≪証拠省略≫を総合し、これに弁論の全趣旨を参酌すると、「本件取引は被控訴人がその事業のために不動産を取得せんとしたことに端を発し、専門の不動産業者二名が仲介人となったうえ、まず本件土地上に存する第三者所有の建物を被控訴人名義をもって買取る(但しその仮登記の段階では被控訴人会社の資格証明が間に合わず代表者藤誠介の個人名義で仮登記が為された)と共に地主たる控訴人よりその敷地たる本件土地を買取らんとしたものであること、本件土地の売買契約書(甲第二号証。なお、末尾当事者表示欄の買主名義部分を除き乙第二号証も同じ)の買主名義の表示は、右地上建物の仮登記の際と同様の理由で一旦右藤誠介の個人名をもって為されたが、その名下の印影は被控訴人会社の代表者としての届出印が押捺されたのみならず、右甲第二号証については後に控訴人側の仲介人たる不動産業者松村正雄の了解を得てその末尾当事者表示欄の買主名義が被控訴人を表示するように改められたこと、本件取引に伴う手付金も被控訴人会社の経理によって出捐され、又本件土地は被控訴人によって使用されてきたこと、なお被控訴人の代表者たる藤誠介個人が本件土地等を使用する必要性は何ら存しないこと」等の各事実が認められ、以上を総合すると、本件取引の一方当事者は、客観的に被控訴人であるのみならず、他方当事者たる控訴人も亦その相手方が被控訴人であって藤誠介個人でないことを認識のうえ本件契約の締結に及んだものとみるのが相当である(仮に控訴人において特に右の点につき認識をもたなかったとしても、弁論の全趣旨に照らし、控訴人としては取引の相手方が個人たるとその個人の経営する会社たるとによって取扱いを別異にする意図はなかったことを窺うに難くない)。

≪証拠判断省略≫

二、右によれば本件契約の当事者は控訴人と被控訴人であるというべきところ、被控訴人は右契約につき売買を主張し、控訴人は売買の予約をもって争うので、以下この点につき按ずるに、≪証拠省略≫を総合し、本件弁論の経過を参酌すると次のような事実を認めることができる。即ち、

被控訴人は運送業を営む会社であるが、その事業所の拡張のため、なおこれに加えて中小企業金融公庫から融資を受ける際の担保供与の利便を考慮して土地附きの建物を物色していたところ、被控訴人側の不動産業者沢田宣孝と控訴人側の不動産業者松村正雄両名の仲介により、昭和三八年一月二四日、かねて控訴人から本件土地を賃借りしてその地上に建物(木造瓦葺二階建居宅兼工場)を所有していた訴外坂下正一より右建物を買受けると共に、地主たる控訴人より本件土地を買受ける運びとなった。そこで、被控訴人と控訴人間において、同日付売買契約書を作成し、代金額を金一、一三二、四〇〇円(三・三平方米当り一万円)、手付(兼内入金)を金二〇万円とし、同手付は即日支払のこと、残代金は所有権移転登記と引換のことと定めたが、控訴人が税金対策の点から右引換給付の履行期を二年後の昭和四〇年一月二四日とすることを強く求めたため、被控訴人もこれを承諾せざるを得なかった。尤も土地は直ちに被控訴人に引渡されることになったのであるが、被控訴人は同地上に堅固な建物を建築する予定を有していたこと等から、万一右二年という期間内に契約変更の如き不時の事態の生じた場合のことを憂慮した結果、右両者間に、売買契約と併せて本件土地の賃貸借契約を一応締結しておくこととなり、同月二五日付をもって、目的を堅固建物所有、期間を八〇年、賃料を月額五、六六二円とする賃貸借契約書が作成されるに至ったのである。

以上のように認定でき(る。)≪証拠判断省略≫

右認定の事実関係によると、売買契約の履行期が二年後であること、右契約に併行して長期の賃貸借契約が締結されたこと等、通常の土地売買としてはやや不自然な点の存することは否めないところであるが、上来判示の事実経過に照らすと、本件事案にあっては、右の点は、未だ本件当事者間に売買の本契約が成立したとみることを妨げるに至らないものと認めるのが相当である。従って、本件契約を売買の予約なりとする控訴人の主張(これを前提とする予約失効の主張を含む)は採り難いところといわなければならない。

三、控訴人は右に対し、解約手付の倍額償還による売買契約の解除を主張するところ、被控訴人が上記約旨に従い契約当日控訴人に対し手付金二〇万円を交付したことは当事者間に争がない。

よって右手付の性格につき考えるに、≪証拠省略≫を総合すると、本件手付は、いわゆる証約手付及び内入金の性格を有する外、双方当事者に各債務不履行のあった際の損害賠償額の予定等の基準となるいわゆる違約手付の性格をも有することが認められるが、同時に本件当事者間において民法所定の解約手付性(解除権の留保)を排除せんとする特別の合意等の存在は全く認められないから、本件においては、違約手付条項の存在にもかかわらず、解約手付の性格をも肯認するのが相当であり(被控訴人代表者本人も原審及び当審を通じ、むしろ本件手付が解約手付性を帯有することを肯定するような供述をしている。)、従って控訴人は右により本件売買契約を解除し得るものというべきである。

しかし右の解除は、相手方において「契約ノ履行ニ著手スルマテ」の間にのみ為し得るものであるところ(民法五五七条一項)、控訴人の当審における主張によれば、控訴人の解除の意思表示は早くとも昭和四〇年一月二四日頃(原審における主張によれば同月二五日頃)為されたというのであるが、後に判示のとおり、被控訴人はその前に本件売買契約の履行にすでに著手していたとみられるのであって、そうしてみると、控訴人の本主張は、手付倍額金の現実提供の有無等の争点を判断するまでもなく、失当として排斥を免れない。

四、被控訴人は、本件売買契約に基き、残代金の口頭提供を為したうえ弁済供託したと主張するので按ずるに、≪証拠省略≫によると、被控訴人代表者は、本件売買の残代金九三二、四〇〇円を用意のうえ、履行期たる昭和四〇年一月二四日の約一〇日位前控訴人側の仲介人である松村正雄に対し、右残代金を受領すると共に期日に必ず移転登記をしてくれるよう控訴人に伝えることを依頼したが何の返事もなかったので、その一週間位後と履行期の頃(但し控訴人側より手付倍戻しによる解除の話のある前)に各一回、直接控訴人家に電話して前同旨の申入れをしたが、いずれも控訴人の娘より「本件土地は世襲財産ゆえ絶対売る訳にはいかない。又控訴人は不在だし、来ても会わせない。」等との応待があったこと、その後控訴人の息子佐一が手付倍戻しによる解除の話で来宅したが、これを断わった後も三、四回控訴人家に電話して前同旨の申入をしたけれども同様の結果であったこと、なお土地賃料は紛争防止等のためその後も支払っていたが、翌四一年六月で打切り、更に昭和四二年九月二九日には右残代金を弁済供託したこと(最後の点は当事者間に争がない)、以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

五、右認定の事実関係によれば、被控訴人は、本件履行期の約一〇日位前、少くとも約三日位前から、残代金の支払用意をしたうえ、これを売主に告げて期日におけるその受領方等を催告しているのであって、右は、単なる契約履行の準備行為にとどまるものではなく、明らかに買主としての債務内容たる給付の実行に著手したものと解し得るところである。

しかして以上の事実関係によると、本件はまさに売主たる控訴人側においてあらかじめ残代金の受領を拒絶している場合というべきであるから、買主たる被控訴人の残代金の提供は前判示の如くいわゆる口頭の提供をもって足るものと解すべく、従ってこれを前提とした本件弁済供託は適法有効のものというべきである。

六、如上の次第であるから、被控訴人の請求はこれを認容すべく、当審と理由は異にするも結論を同じくする原判決は結局正当であるので、本件控訴を失当として棄却することとし、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 古山宏 判事 小谷卓男 判事西岡悌次は転任につき署名押印できない。裁判長判事 古山宏)

<以下省略>

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