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東京高等裁判所 昭和45年(ネ)3329号 判決 1975年1月29日

第一審原告(第三三二九号事件被控訴人、第三三四〇号事件控訴人) 東鋼材株式会社

右代表者代表取締役 吉岡良馬

右訴訟代理人弁護士 盛川康

同 桜井明

第一審被告(第三三二九号事件控訴人、第三三四〇号事件被控訴人) 枝照雄

右訴訟代理人弁護士 寺村恒郎

主文

第一審原告及び第一審被告の各控訴を棄却する。

当審における訴訟費用はこれを四分し、その三を第一審原告の、その余を第一審被告の各負担とする。

事実

以下、第一審原告を単に原告、第一審被告を単に被告という。

原告は、

一、第三三四〇号事件につき、

(一)  原判決中原告敗訴の部分を取消す。

(二)  被告は原告に対し、金四六五万七二三三円及びこれに対する昭和四三年五月二五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(三)  訴訟の総費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求め、

二、第三三二九号事件につき、控訴棄却の判決を求めた。

被告は、

一、第三三二九号事件につき、

(一)  原判決中被告敗訴の部分を取消す。

(二)  原告の請求を棄却する。

(三)  訴訟の総費用は原告の負担とする。

との判決を求め、

二、第三三四〇号事件につき、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び立証の関係は、左に附加する外、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(原告の主張)

被告の為した本件行為の実体は、取込詐欺に類する計画的倒産であるから、被告が、大栄工業(大栄工業株式会社)に対する忠実義務の違背につき悪意ないし重過失を有し、少くとも原告との取引につき不法行為上の故意ないし過失を有することは明らかである。なお控訴の趣旨は、当審において被告に対し、原告の本訴請求額と原判決認容額との差額の支払を求めるにある。

(被告の主張)

被告の行為が計画的倒産である等というが如きは虚構も甚しいものである。被告は、右大栄工業の経営に当たっては、代表取締役として忠実に且つ万全の注意を払ってその職務を遂行してきたが、大口取引先たる輪光製作所こと安川敏雄の予期し得ぬ倒産により、大栄工業もそのあおりを受けて資金繰りに窮するに至り、ために買掛先たる原告にも代金支払を為し得ないという事態に立ち到ったものであるから、右は一にかかって安川敏雄の倒産という不慮の事態の出来に基因するものというべく、その間被告には職務遂行上故意はもとより過失すら存しないものである。

(立証)≪省略≫

理由

当裁判所も亦本訴請求に対する判断につき原判決とその軌を一にするものであって、その理由は、左に附加する外、原判決の理由説示と同一であるから、これを引用する。

一、本件の事実関係については、原判決がその認定の根拠として掲げる証拠に、≪証拠省略≫を加えてもなお原判決と同様の認定に帰するのであって、この認定に反する右被告本人の供述部分は上記各証拠と対比して採用することができない。

二、被告の本件所為をもって計画的倒産とし或いは取込詐欺類似の行為として、同被告に悪意の忠実義務違背或いは故意による不法行為があったとする原告の主張については、前引用の認定事実にみられるとおり、本件においては、被告の経営する大栄工業の大口取引先たる安川敏雄が倒産し、続いて右大栄工業も亦不渡手形を出すに至った昭和四二年九月の直前たる同年八月に、被告の義弟西沢秀光より大栄工業に対し貸金債権ありとしてこれに基く差押・競売が行われる等やや不自然な点がない訳ではないが、右義弟の為した処分もその債権額は八〇万円にとどまるのであり、又右が仮装通謀による執行免脱目的のものであること等を窺わしめる証拠はなく、その他被告の所為をもって原告主張の如き性格を有するものとみるべき確証は存しないから、原告の本主張は採用することができない。

三、そこで被告に、重過失による忠実義務の違背が存したか否かをみるに、前引用の認定の如く、被告は右大栄工業の設立以来の代表取締役であるところ、同会社はその発足以来製缶及びプレス業を営んで一応順調に推移してきたが、結局大口取引先たる安川敏雄の倒産に因り、同会社も亦倒産の状態に立ち到ったことが認められる。即ち、

≪証拠省略≫を総合すると、輪光製作所こと安川敏雄は昭和四二年二月当時、暖房器具メーカーの富士文化工業株式会社の下請として石油用風呂釜の製作を行っていたが、被告は、知人たる小松田友之助の紹介でその頃右安川と知り合い、以来大栄工業はさらに安川の下請として右風呂釜の部品を製作供給することになったこと(そして大栄工業は右の仕事の原材料たる鉄鋼類を原告等から仕入れていたものである)、被告は右安川との取引をもつに当たり紹介者たる小松田の言等を信じて安川につき信用調査は行っていないこと、安川は、大栄工業と取引を始めた直後頃より、前記元請から独立し、新たに商事会社たる大誠産業株式会社とタイアップして前記風呂釜の生産販売に乗出し、大栄工業は依然その下請を続けたこと、被告は、安川が右の如く独立した際も、東武信用金庫の「同金庫が安川の後ろだてになる。」等の言を信じて特別な調査は行っていないこと、右安川の事業は、大誠産業側の事情も加わり、次第に売れ行き不振となり、在庫が増加して資金繰りが苦しくなり、被告も、同年五月頃前記小松田からその旨を聞いていたところ、右五月頃から六月頃にかけ、安川より被告に対し、在庫増で資金繰りに苦しいので融通手形を出して貰いたい旨の申入れがあり被告はこれに応じていたこと、被告は右の際も、安川の従前の実績や当時の石油用風呂釜に対する需要の見込から、漫然成算ありとして安川につき調査等を行っていないこと、しかるに安川は同年八月頃遂に苦境に陥り、同年九月五日倒産したこと、他方被告経営の大栄工業は右安川との取引開始後、販売先としての安川の比重を徐々に大ならしめ、且つ原告ら仕入先に対する支払は、主に安川からの受取手形の割引金で決済していたこと、ところで、前記安川の倒産した時点において、大栄工業が安川より受領して割引を受けた受取手形のうち、未決済分が合計金一、〇九一万円四三〇〇円(そのうち右倒産の月たる昭和四二年九月末日に満期の到来する分は計金一四四万四〇〇〇円)あったところ、安川の倒産により、右各手形の買戻しの件を考慮した金融機関において、じ後大栄工業に対する新たな手形割引に応じないとの方針を執ったため、大栄工業は仕入先に対する支払手形の決済に窮し、右九月三〇日以降を満期とする手形(本件原告に対する各支払手形はすべて同日以降のものである)を不渡にするの止むなきに至ったこと、以上の各事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

四、右認定の事実関係によると、被告の経営する大栄工業においては、その仕入先に対する支払手形の決済を、主に安川より受領する受取手形の割引金に依存していたところ、右安川の倒産に因り、結局仕入先の一たる原告より昭和四二年二月二一日以降仕入れた原材料の代金支払のため振出した本件(1)ないし(9)の手形の決済が不能に帰したのであるが、被告は大栄工業の代表取締役として、昭和四二年五、六月頃には右安川の在庫が増加して資金難に陥ったことを承知していたにもかかわらず、同人の事業に関する調査等も行わず、又安川の倒産等に備え大栄工業の支払手形の決済のための他の手段をあらかじめ講ずることもなく、漫然右安川との取引を継続し、同人より受領する受取手形の割引により支払資金を得ることができると軽信して、右事態知得後たる同年七月二一日以降の取引期においても(大栄工業と原告との取引が毎月二〇日締切、翌月二〇日おおむねサイド一五〇日の手形払であったことは前引用の原判決認定のとおりである)、原告より原材料を仕入れたところ、安川の倒産により、右七月二一日以降の取引に対応する原告への支払手形(本件(8)(9)の手形)の決済不能に陥り、因って原告に同額の損害を与えたものとみるべきである。

以上に判示したところによれば、被告は大栄工業の代表取締役として、少くとも昭和四二年七月以降、同人に要請せられる善管義務ないし忠実義務を著しく欠き、ために大栄工業をして結局支払資金の不足なる状態に到らしめ、その結果仕入先たる原告に対しても同年七月二一日以降の販売品に対する代金回収を不能ならしめて同額の損害を与えたものといわなければならず、右は商法第二六六条の三第一項前段にいう「取締役カ其ノ職務ヲ行フニ付重大ナル過失アリタルトキ」に該当するものといわざるを得ない。

勿論、右法条に基く取締役の責任を容易に広く肯認することは、ときとして放漫経営の名の下に結果責任を当該取締役に要求することとなり、又企業経営の裁量性、弾力性を損なう場合もあり得るので、その点は充分考慮すべきことではあるが、しかし他面、企業のもつ経済的影響性、経営者の負う社会的責任性等に着目すれば、経営が著しく客観的合理性を失し、そのため直接或いは間接に第三者に損害を生ぜしめたときには、右経営者(取締役)は同法条に基き第三者に対し損害賠償の責を負うべきものと解すべく、しかして本件は、前認定の事実関係からみて、被告につき、その企業経営に著しく客観的合理性を欠いた場合に該当するものとみるのが相当である。

五、なお以上判示の事実関係からすると、大栄工業が原告から昭和四二年二月二一日以降同年七月二〇日までの間に仕入れた原材料の代金支払のため振出した本件(1)ないし(7)の手形に関しては、被告が直接原告に対し、商取引上の買主の代表者としての注意義務に違背したものとは解し難く、仮にその点に過失ありとしても、大栄工業自体に原告に対する債務不履行のあるは格別、被告と原告との間においては、その被侵害利益及び侵害行為の態容よりみて、被告の行為をもって未だ違法性ある侵害行為というに該らないと解せられるから、いずれにせよ右各手形分の損害に対応する原告の不法行為の主張は失当といわなければならない。

如上の次第で、原告の請求につき、被告に本件(8)及び(9)の手形に対応する取引に関してのみ商法第二六六条の三の責任を認めてその賠償を命じた原判決は相当であるから、原被告の各控訴をいずれも理由なきものとして棄却することとし、民事訴訟法第九五条、第九二条に則り主文のとおり判決する。

(裁判長判事 古山宏 判事 青山達 小谷卓男)

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