東京高等裁判所 昭和45年(ネ)3348号 判決 1973年4月26日
控訴人 甲野一郎
被控訴人(旧姓山田) 乙山花子
右訴訟代理人弁護士 古関三郎
主文
原判決中控訴人に対し金五〇万円及びこれに対する昭和四二年九月二三日から支払ずみまで年五分を超える金員の支払を命じた部分を取り消す。
右取り消した部分の被控訴人の請求を棄却する。
控訴人その余の控訴を棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通じ、これを六分し、その一を控訴人のその余を被控訴人の負担とする。
事実
控訴人は「原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を、被控訴代理人は控訴棄却の判決を、それぞれ求めた。
当事者双方の事実上の陳述および証拠の関係≪省略≫
理由
一、≪証拠省略≫をあわせるとつぎの事実を認めることができる。
(一)、被控訴人は中学校を卒業後昭和三六年八月郷里の○○から上京して義兄にあたる丙川二郎方に身を寄せ、都内の○○○電気株式会社に勤めていたところ、丁村春子の紹介で昭和四二年三月半頃控訴人と見合いをして、婚約が成立し四月七日を結納の日と決めるまでに至った。
(二)、その間両人は映画へ行くなどして交際していたが、四月五日夜七時ごろ被控訴人は控訴人から電話をうけて当時控訴人が居住していたアパート○○荘に赴いたところ、控訴人からどうせ結婚するのだからといって肉体関係を結ぶことを迫られ、被控訴人としてもやむなくこれに応じたが、その直後控訴人から「お前はこれが初めてではないだろう。だから結婚の話は白紙に戻そう。どうしても一緒になろうというのなら、俺が二号、三号をもっても文句をいうな。」などといわれ、その夜おそく控訴人に送られて帰宅した(以上(一)(二)の事実は被控訴人が義兄方に身を寄せていた点を除き当事者間に争いがない)。
(三)、その後被控訴人は、右のような控訴人の態度では結婚してもうまくゆかないだろうから、婚約を白紙に戻してもよいという気になり、姉もこれに同調して結婚の話をとりやめる旨申し入れた。そこで控訴人の友人でかつ創価学会の会員である星山三郎宅で当事者双方、星山、丙川、丁村らが集って話合い、控訴人としては、自己の言動を反省して結婚の話の継続を希望したが、結局、被控訴人側の容れるところとならず、婚約を破談するに至ったものである。
≪証拠判断省略≫
二、そこで以上認定の事実に基いて判断するに、本件破談に至った主たる要因は、前認定のごとく控訴人が被控訴人に対し、婚姻前の肉体関係を強要し、かつその直後被控訴人を侮辱するような暴言を吐いたことによるものであることは明らかであり、このため被控訴人としては控訴人と結婚しても円満にゆかないであろうと考え、これをあきらめる心境になったとしても無理からぬものがあり、娘心に深刻な打撃をうけ、苦痛を感じたであろうことは推認に難くないというべきであるから控訴人は被控訴人の被った右精神的損害を賠償しなければならない。
しかしながら控訴人としても、前述のような暴言を吐いたとはいえ、既に一〇中八、九は結婚すると決まっていた相手ではあり、青年にありがちな客気と軽薄、おもいやりのなさから軽卒に発したもので、過失はともかく、さして悪意(これにより結婚話をこわそうとか、または、最初から結婚する意思がなかったとか)があったものとは考えられない。
このことは、前認定のように正式見合いをなし、結納の段取りまですませていること、被控訴人側から破談の申込みをうけ、関係者一同が話合った際、自己の非を反省し、被控訴人の飜意を求めたことからして認めるに難くない。のみならず被控訴人は既に他の男性と結婚して二児をもうけ幸福に暮していること(≪証拠判断省略≫)などの事情を斟酌すると被控訴人が蒙った前述の如き精神的苦痛に対し、控訴人が賠償すべき金額は金五〇万円をもって相当とする。
よって被控訴人の本訴請求は右金五〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明かな昭和四二年九月二三日から支払ずみまで民法所定年五分の遅延損害金の支払いを求める限度において正当として認容すべきものであり、その余は失当として排斥すべきものである。
したがって、原判決中控訴人に対し右認容額を超える金額の支払を命じた部分は不当でありこの点に関する本件控訴は理由があるから右部分を取り消して被控訴人の右請求を棄却し、その余の原判決は正当であって右部分の控訴は理由がないからこれを棄却することとし、民訴法九六条、九二条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判長判事 杉山孝 判事 加藤宏 園部逸夫)