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東京高等裁判所 昭和45年(ネ)386号 判決 1970年11月11日

控訴人(債権者) 三菱建設株式会社

被控訴人(債務者) 田中鎮之

主文

原判決を取消す。

控訴人と被控訴人間の東京地方裁判所昭和四四年(ヨ)第六、七四〇号不動産仮処分事件について同裁判所が昭和四四年八月八日なした仮処分決定は、これを認可する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張ならびに疎明関係は、別紙のとおり主張の追加あるほか原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

理由

控訴人が昭和四一年二月二五日訴外田中興業株式会社(以下訴外会社という。)に金三、〇〇〇万円を融資することを約し、同年三月四日内金一、〇〇〇万円を貸渡したことは当事者間に争いがなく、右融資契約の際に、訴外会社が原判決添付物件目録記載の土地(以下本件土地という。)について、控訴人のために抵当権を設定することを約したことは、被控訴人の明らかに争わないところである。しかして、本件土地は当時被控訴人の父訴外田中武雄の所有であつたが、同人は昭和四一年四月三〇日死亡し、被控訴人がこれを相続したことは当事者間に争いがない。

一、ところで控訴人は、本件土地についての抵当権設定契約の一方当事者は、契約書(疎甲第一号証)上は訴外会社となつているがその実は訴外会社の代表取締役である被控訴人個人であると主張するので以下この点について考えてみる。

被控訴人は訴外会社の代表取締役で、本件融資ならびに抵当権設定契約について自らその衡にあたり契約書に調印したものであることは被控訴人の明らかに争わないところであるから自白したものとみなす。そして、各成立に争いのない疎甲第一、二、六号証、原審証人芥川修の証言により成立を認めうる疎甲第五号証、原審証人湯浅善信の証言および原審における被控訴本人尋問の結果により成立を認めうる疎乙第二、三号証、原審証人湯浅善信の証言により成立を認めうる疎乙第四、五号証、各成立に争いのない疎乙第六ないし第八号証に、原審証人市丸敏夫、同坂井寛三の各証言ならびに原審における被控訴本人尋問の結果の一部を総合すると次の事実を一応認めることができる。すなわち、

1  訴外会社は不動産売買管理、建築、自動車修理等を目的として昭和三三年四月二日設立された会社であるが、これはもと被控訴人が個人で経営していた事業を株式組織に改めた同族会社で、資本金額は二〇〇万円、役員は被控訴人ほか四名いるが、そのうち役員報酬をうけている者は被控訴人一名のみで、固定資産としては自動車修理用の工場建物と機械工具が存するにすぎず土地は所有していない。

2  被控訴人は、本件土地のほか肩書地およびその附近に数筆の土地を所有し、また地元の教育、商工関係の各種委員会の委員あるいは団体の役員に就任しており、その個人的信用は莫大で、訴外会社の運営は、専ら被控訴人の個人的信用により賄なわれている。

3  訴外会社は、訴外首都圏不燃建築公社から融資をうけて本件土地上にマンシヨンを建築し、これを分譲する計画を建てたが、そのためにはまず同地上にある古い建物を取りこわさねばならず、そのため右建物に居住している者達を立退かす費用が必要となつたところから、控訴人に金三、〇〇〇万円の融資方を申込んだところその申込をうけた控訴人は右計画にかかるマンシヨン建築を請負うことを前提に右申出に応じたが、その際控訴人施工の建築代金不払いの場合に備えて、その敷地たる本件土地の権利を確保する手段として前記貸金について本件土地に抵当権を設定することを要求し、その結果本件抵当権設定契約が成立した。

4  訴外会社は、右マンシヨン建築計画について当初予定していた首都圏不燃建築公社からの融資が見込薄になつたので、昭和四一年一一月二日株式会社三和銀行と借入元本極度額を金一、五〇〇万円とする銀行取引契約を結んだが被控訴人は右債務について本件土地に抵当権を設定し翌四二年三月一五日その旨の登記を経由し、その翌四三年七月二五日訴外会社と右銀行間に右借入元本極度額を金二、〇〇〇万円に増額する旨の契約がなされるや、被控訴人は右債務についても本件土地に抵当権を設定し同年八月三日その旨の登記を経由し、さらに訴外会社が昭和四四年四月三〇日株式会社日本高層住宅センターと金二、八二七万七、〇〇〇円の金銭消費貸借契約を結ぶや、右債務についても被控訴人は本件土地に抵当権を設定し、同年五月二日その旨の登記を経由した。

以上の諸事実が一応認められるのであつて、右諸事実にかんがみるとき訴外会社は株式会社形態を採つてはいるが、その実体はその背後に存する被控訴人個人に外ならないのであつて、本件土地についての抵当権設定契約も契約書上は訴外会社名義でなされているが、その実質は背後者たる被控訴人個人がなしたものと認めるのを相当とする。右認定に反する原審における被控訴本人尋問の結果は措信しない。

二、前述したところにより、本件土地についての抵当権設定契約の一方当事者は実質上被控訴人個人とみるべきものであるから、右契約当時の土地所有者が被控訴人の亡父田中武雄であつても、その後被控訴人がこれを相続すると同時に被控訴人は控訴人のために抵当権設定登記手続をなすべき義務を負うに至つたものというべきである。しかして右契約当時被控訴人が亡父所有の土地につき管理、処分の権限を有していたかどうかによつて右結論を異にするものではない。

三、被控訴人は、本件土地についての抵当権設定契約は、控訴人から金三、〇〇〇万円全額の融資をうけたときに、抵当権設定登記をするという停止条件付のものであると主張し、右金三、〇〇〇万円の内金二、〇〇〇万円の貸付が未だなされていないことは控訴人の自認するところであるが、右被控訴人の主張する事実はこれを認めるに足る疎明はない。かえつて原審における被控訴本人尋問の結果によれば、被控訴人は控訴人から金三、〇〇〇万円全額の貸付をうけた暁に本件土地について抵当権設定登記をする積りであつたというものの右の趣意を契約締結当初に控訴人に念達して了解をとりつけることはしなかつたことを一応認めることができるから、控訴人からの融資額如何にかかわらず、被控訴人は控訴人のために本件土地につき抵当権設定登記をなすべき義務があるものといわなければならない。

四、以上の理由により、控訴人は被控訴人に対し本件土地について抵当権設定登記手続をなすべきことを求める権利を有するものであるが、右抵当権設定登記完了までに目的不動産につき譲渡等の処分がなされその対抗要件を具備されると、控訴人の抵当権は無に帰することになるから、控訴人としてはその保全の方法として被控訴人に対し本件土地について処分禁止の仮処分を求める正当な理由があるものといわなければならない。

この点に関し、被控訴人は抵当権なるものは目的不動産について優先弁済をうけうるに止まり、処分禁止の権能を有するものではないから、このような抵当権設定登記請求権保全のために目的不動産の処分禁止を命ずる仮処分は本案の請求権以上のものを仮処分債権者に与えることとなつて許されないと主張するが、抵当権設定者は本来抵当権設定登記完了までは目的不動産を他に譲渡する等抵当権者を害する行為をしてはならない義務を負つているものであるから、かかる者に対して処分禁止を命じたからといつて、不当に抵当権者を保護するものとはいえないし、右仮処分は単に目的物の権利の現状の変更を禁止するに止まるから被保全権利の範囲を逸脱したものということもできない。なお右仮処分登記後に目的不動産について所有権その他の用益物権を取得した者は、右仮処分の基本たる本案訴訟に基づく登記により自己の権利についての取得登記を一たん抹消せられることとはなるが、その回復登記を求めることは可能と考えられるから、このことをもつて執行保全の範囲を逸脱するものとの批難もあたらない。

したがつて被控訴人の本主張は採用の限りでない。

五、そうとすれば控訴人の本訴請求は正当として認容すべく、これと異り右請求を排斥した原判決は失当であるからこれを取消し、控訴人の請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 古山宏 鰍沢健三 秋元隆男)

(別紙)

控訴人の主張

一(1)  原判決は本件仮処分決定取消の理由の一つとして「抵当権は目的物より優先弁済を受けうる権利であり、対抗要件をそなえたものにあつても目的物の用益に干渉することができないものである。しかるに、これが対抗要件を備えていない段階において登記請求権を保全するため、他に有効な方法がないからといつて、爾後の第三者による目的物の用益をすべて禁じるのは、必要適切な限度をこえるものといわざるをえない」ことをあげている。

しかし、抵当権を設定した債務者は抵当権者に対してその権利を喪失させるような行為をしてはならない実体法上の義務を負担しているものであり、抵当権が第三者に対する対抗要件を具備する以前において、目的不動産が第三者に譲渡されることによつてその抵当権は事実的にも法律的にも消滅することになるのであるから、抵当権設定者について不法行為ないし債務不履行が成立することゝなるのである。

そうだとすれば、抵当権者は第三者対抗要件を具備するまでは、その設定者に対して目的不動産の所有権を他に移転する等、抵当権を消滅させ、或は、その効力を減少させるような行為をしてはならないということを要求する権利を持つており、設定者はこれに対応する義務を負担しているものといわなくてはならない。

従つて、抵当権者が、その設定者に対して目的不動産の処分禁止を求めることは、その権利を保全するために必要なことであり、仮処分の被保全権利として当然にこれを許容しなくてはならないことになるのである。

抵当権について、処分禁止の仮処分の被保全権利としての適格を認めることゝ、その仮処分を民訴七五八条第三項によつて登記簿に記入すべきことゝするか、及び、その仮処分の効力が第三者に対していかなる効力を有するかということゝは自ら別個の問題であつて、仮処分の登記簿記入や第三者に対する効力の問題から抵当権の被保全請求権性を否定することは許されないものといわなくてはならない。

(2)  次に、原判決は取消の理由として、「本件仮処分は、これにもとずく仮処分登記が、所有権移転請求権を保全するためのそれと、その効力を異にし、第三取得者も、取得自体は仮処分債権者に対抗しうる結果が是認できる余地ある法制下であるならば、許容しうるかも知れないけれども、所有権による場合も、抵当権を根拠とする場合も、同様の主文をもつて発令され、登記簿上もまつたく同様の記入がなされることになる現行制度下では、右仮処分をいま直ちに許容できない」ことをあげている。

ところで、不動産に対する処分禁止の仮処分の執行はこれを登記簿に記入する方法によつてなされるが、このように仮処分の登記がなされた後の登記関係は、昭和二八年一一月二一日民事甲第二一六四号法務省民事局長通達に基いて処理され抵当権者が本案で勝訴し、その判決に基いて抵当権設定登記を申請する場合右通達により実務上、第三者の所有権取得登記は抹消されることになり、過ぎた保護を与えるものであるとの非難の根拠とされている。

しかし、もともと仮処分の効力は被保全権利の実現の限度において爾後の権利取得を仮処分債権者に対する関係で相対的に無効ならしめるに過ぎないものであり、被保全権利の実現と無関係に、またはその限度を超えて第三者の地位が否認されることはないはずであるから、自己の所有権取得登記を不当に抹消された第三者は、抹消回復登記を請求することができるものと解され、事後的にではあるが、救済の途が開かれているのであるから、仮処分そのものが許されないと考えるのは相当でない。

また、仮処分債権者としても、抵当権設定登記をする場合、第三者の所有権取得登記まで抹消する必要はなく、現在の所有名義人が誰れであろうと、自己の抵当権を承認して登記してくれゝば仮処分による保全の目的は達することができるのである。

そして、仮登記の場合については、抵当権の仮登記権利者から、目的不動産の所有権を取得した第三者に対する本登記請求を認容しており(昭和三四年(オ)第六一号昭和三五年七月二七日最高裁第一小法廷判決民集一四巻一〇号一九二六頁、昭和三五年(オ)第四二七号昭和三七年五月二五日第二小法廷判決民集一六巻五号一一八四頁)判例法として確立したものであるといえるのであり、仮処分の登記は仮登記に類似するものであるから、右の判決理論を仮処分の場合にも適用できるとすれば、抵当権に基き処分禁止の仮処分登記を得た仮処分債権者は、その後の目的不動産の第三取得者に対して抵当権設定登記に協力することを訴求することができると共に、仮処分の当事者恒定の効力によつて第三取得者を口頭弁論終結後の承継人とみなし、仮処分債務者に対する「抵当権設定登記をせよ」との本案勝訴の確定判決に基いて第三取得者に対する承継執行文の付与を受けた上、仮処分債権者単独で第三取得者を登記義務者として抵当権設定登記の申請をすれば、第三者の所有権取得登記を抹消しなくとも仮処分の目的を果すことができるのであるから、原判決の前記理由は納得できないものである。

(3)  さらに原判決は取消の理由として「抵当権は未登記のものであつても競売申立をなしうるものであり、さらにまた、被担保債権を請求債権とする不動産仮差押あるいは仮登記仮処分などの方法により債権の弁済を確保できる」ことをあげている。

しかし、不動産仮差押の場合は勿論、競売申立による場合も未登記であるから第三者に対する対抗力がなく、抵当権者としての優先弁済権は確保されないことになるし、仮登記仮処分は、明確な書証等によつて実体上の権利関係が疎明されない限り容易に発付されていないのが現状であり書証等のない権利者はこれによる保護を事実上享受し得ないことになる。

また、仮登記仮処分の申請とその決定の発令との間には相当の時間的ずれがあるため緊急の際に会わず、目的物が第三者に移転登記されてしまつて権利者を救済できない場合もある。さらに、仮登記仮処分により仮登記をなしたとしても、仮登記義務者に対して本登記請求をすると同時に、仮登記後に目的不動産の所有権その他の権利を取得した第三者に承諾を請求する場合には、当事者恒定のための処分禁止の仮処分を認めざるを得ないことになる。

しかし、仮登記権利者に対しては処分禁止の仮処分を認めておきながら、仮登記を経ていない権利者に対してはこれを認めないとする合理的理由は存在しないのである。

なお、本件において、債権者は本処分禁止の仮処分申請をなす前に、仮登記仮処分命令の申請をなしたのであるが、抵当権設定契約書(疎第一号証)には申請外田中興業株式会社が担保提供者として記載されており、これに対し右契約時における本件不動産の所有者は田中武雄であり、右申請時における所有者は債務者であり、登記義務者と所有者が書面の上で異つているとの理由から、仮登記仮処分命令を得ることができず、右手続は取下げざるを得なくなつたものである。

二 本件抵当権設定契約の成立につき従来の主張を整理しこれに新たな主張を加え左のとおり述べる。

(1)  債務者は、当時病気療養中の父田中武雄の財産管理をまかされていたものであり、本件抵当権設定契約においては、右田中武雄を代理して債権者と右抵当権設定契約をなしたものである。

従つて、右抵当権設定契約は債権者と田中武雄間に締結せられたものであるところ、債務者は田中武雄の死亡により本件担保物件を相続により取得するとともに、右契約による本件抵当権の設定登記義務をも承継したものである。

(2)  仮りにしからずとするも、債務者は本件物件につきその所有権を取得すれば順位第一番の抵当権を成立させる旨の契約を債権者との間で結んだ。

そして、債務者は昭和四一年四月三〇日、相続により右物件を取得したものである。

被控訴人の主張

一、未登記抵当権者による抵当権設定登記請求権を保全するための処分禁止の仮処分の許否について。

原判決は、本件仮処分申請を許されるものではないと判断しているが、その判断は正当である。以下、本件仮処分の認められない理由を述べてみる。

(1)  そもそも、仮処分において裁判所の認める仮処分の内容は本件訴訟において請求しうる範囲内のものである制約がある。

(2)  そうだとすると、抵当権の設定登記請求権は目的物の処分禁止の権能を有していないのであるから、右請求権保全のため、目的物の処分禁止の仮処分をなす事は本案の請求権以上のものを仮処分債権者に与えることになり不当である。即ち、抵当権者が本案たる抵当権設定登記請求訴訟において勝訴した時は、仮処分に抵触する所有権その他の権利の取得は全面的に否定されることになり、その結果は是認できないものである。

右の不都合をさけるために、被保全権利が制限物権に基くものである場合には、仮処分に違反する第三者の所有権取得を全面的に無効としないでその第三者をして抵当権の負担を承認させるに止めるという見解もあるが、現在の実務の取扱いには合致せず、登記簿上の記載が同じなのにその効果は登記面に現われない被保全権利の内容により異なるというのは、権利制限の公示方法としては適切なものとは言えない。その上、仮処分登記後、第三者が抵当権設定登記をなした場合には、調節が不可能になつてしまう。このことは結局、右見解の不当を証するものである。

以上の如く、抵当権に基づく処分禁止の仮処分は許されるものではない。

(結論同旨、東京地判昭和三四・八・一九)

二、控訴人の主張事実二はいずれも否認する。

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