東京高等裁判所 昭和45年(ネ)669号 判決
一、被控訴人が訴外株式会社大井軽合金製作所の代表取締役であること、右訴外会社が東京都から騒音を理由に工場の操業中止を命ぜられ昭和三六年四月頃以来事業活動を停止していたこと、被控訴人は昭和三八年一〇月初旬頃訴外鏡石鋳造株式会社の代表取締役大内弥四郎の依頼により同訴外会社に宛て本件各約束手形を振出したこと及び右各手形が支払期日に支払を拒絶されたことはいずれも当事者間に争いがない。
右争いのない事実に、いずれも成立に争いのない各証拠並びに弁論の全趣旨を綜合すると次のとおり認められる。
(一) 訴外大井軽合金は、前記のとおりその事業活動を中止して以来財産関係を整理し、昭和三七年七月当時には僅かに工場建物燃料用コークスの使残り及び訴外城南信用金庫大井支店に対する預金合計九一万七、七三五円を残すのみであつた。
一方訴外鏡石は、昭和三四年頃訴外大内弥四郎が主宰して資本金二〇〇万円を以て設立した、自動車部品等のアルミ鋳物の製造を目的とする株式会社であるが、昭和三五年頃以来時折り大井軽合金から仕事を請負う関係にあつた。
(二) 右大内は昭和三七年七月頃大井軽合金が右の状況にあることを知り、被控訴人と交渉のうえ、同年七月二日鏡石において大井軽合金の全株式を前記預金額相当の九一万七、七三五円で買受けることとし、その際前記建物の用材及びコークスもまた別個に買受けることとした。
ところで鏡石はその取引先の一つである訴外桜工業株式会社が同年三月頃倒産し、同社に対する売掛金及び融資金合計一、二〇〇万円余りの回収が困難となつたため営業資金に不足を来していた。そこで右大内は右契約に際し被控訴人に対し、鏡石の右資金不足を補うため、大井軽合金が融通手形を振出すことを要請し、これが決済は鏡石において責任を以て行ない被控訴人には一切迷惑を掛けない旨言明したので、被控訴人はこれを承諾し、その頃大井軽合金から鏡石あての約束手形を振出した。
(三) 鏡石は右のとおり得意先が倒産したのに加えて昭和三七年末頃火災のため工場の大半を焼失し、保険金も十分に得られなかつたので、これが復興のための資金を他からの借入に依存した結果、その資金繰りはますます困難な状態にあつた。しかも鏡石振出の約束手形等では十分な金融を受けることができなかつたので、大内は同年末頃から昭和三八年一〇月頃にかけて被控訴人に対し、金額及び支払期日を指定のうえしばしば融通手形の振出を求め、結局その総数は本件約束手形三通を含め一三九通、金額合計四、二〇二万九、二一〇円に及ぶに至つた。
大内は右のほか訴外遠藤貞芳等からも融通手形の振出をうけて他から金融を得、以て資金繰りの円滑を図つていたが、鏡石の業績は、業界全般の不況のせいもあつて、芳しいものではなかつた。ところが大内は一旦業界が好況の波に乗れば多大の利益を獲得し得るとの期待の下に、借入金を以て鏡石の設備に過大な資金を投じたばかりでなく関連の事業にも投資を重ねていた。
その結果鏡石の資金はいよいよ梗塞するに至り、昭和三八年一〇月頃からは訴外株式会社昭和製作所と四、〇〇〇万円ないし五、〇〇〇万円に及び融通手形を交換し、更に鏡石の従業員の保証の下に他から金融を受けるまでになつた。そうして、昭和三九年三月頃右昭和製作所の倒産に伴い、鏡石の営業もまたその頃破綻するに至つた。
(四) ところで鏡石は被控訴人振出にかかる前記約束手形を決済するため、各支払期日の前に前記金庫支店に額面相当額を振込むことを繰返し(なお、前記九一万七、七三五円の預金はつとに鏡石の取得するところであつた)、これによつて昭和三八年一〇月頃までに支払期日の到来するものについてはすべて支払がなされていた。そうしてその間、大内は被控訴人に対して鏡石の営業状態等について説明することをせず、また被控訴人においても二、三度工場を訪れたほかは、特に大内に対しこれを問いただすようなこともなかつた。
なお、前記(二)の契約においては、鏡石において昭和三七年一〇月一日までに代金を支払い、その後速かに社名、本店を変更し、かつ代表者を更迭する手続をすることになつていたが、被控訴人の督促にもかかわらずこの手続は採られないままであつた。
(五) 被控訴人は昭和三八年一〇月初旬頃前記の如き大内の依頼により鏡石に宛てた本件約束手形三通を振出したが(なお、本件各手形の振出日昭和三九年一月二〇日は後に補充されたものである)、大内はかねて手形割引を依頼したことのある訴外円谷幸八を通じて、その後控訴人に対しこれが割引を依頼したので、控訴人は合計九六万八、〇〇〇円を以てこれを割引き、大内に右金員を交付した。
控訴人はその後支払期日に右各手形を支払場所において呈示したが、右手形については、すでに営業が破綻していたので鏡石において右(四)認定の如く資金の用意をしなかつたため、その支払が拒絶された。そうして、控訴人は右各手形の裏書人である鏡石からも右手形金の支払を受けられず、その他何人からも支払を得られないままで今日に至つた。
かように認められ、これに反する証拠はない。
二、右認定の事実によれば、被控訴人が大内の依頼により鏡石に対し金融を得さしめるため約束手形を振出すに至つた当初から、大井軽合金は既に実体のない形骸丈のものであつたのであるから、被控訴人が大井軽合金の代表者として振出した約束手形が支払われるかどうかは、専ら鏡石がこれが支払資金をととのえることが出来るかどうか、すなわちその資力いかんにかかつていることはみやすいところである。従つて、大井軽合金が右の如く無資力であることを知悉しているべき被控訴人が、前認定の如く融通手形を振出すにあたつては、常に鏡石の資力ひいてはその営業状態を調査ないし監視して不審の点があれば振出を止める等所要の措置を構じ、以てその振出にかかる大井軽合金の手形が期日に支払われずこれが取得者に損失を及すことのないよう配慮すべきは当然といわなければならない。
しかるに右認定の事実によれば被控訴人は昭和三七年七月頃から昭和三八年一〇月頃までの間に大井軽合金の代表者として前記の如き多数の融通手形を振出しながら、その間大内からは鏡石の営業内容について説明はなかつたし、また自ら積極的にこれを問いたゞすこともしなかつたというのであるから、被控訴人は右手形の振出にあたり、それより生ずる危険、すなわち大井軽合金の無資力のため右手形が不渡りとなりその取得者が損失を蒙ることを防止するための何らの措置を採らなかつたというほかない。そうして、大井軽合金の如き実体のない会社に対して融通手形の振出を求めることがそもそも尋常ではないのであるから、被控訴人には一層の注意と配慮が要求されるうえに、本件各手形を振出した昭和三八年一〇月当時において被控訴人が大内に説明を求めるなり自ら調査をするなりすれば、右認定の鏡石の資金的窮状がある程度判明したであろうことはみやすいところであるから、被控訴人の右不作為は当然に責めらるべく、結局被控訴人は大井軽合金の代表者として本件各手形を振出すについて過失があるものというべきである(なお、その余の手形の振出についても過失があるかどうかは、本件では特に関係がないから触れない。)。
なお、右認定の事実によれば、被控訴人振出にかかる大井軽合金の手形のうち昭和三八年一〇月ころまでに支払期日の到来した分は鏡石の資金により決済されたことが明らかであり、また前示被控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人は大内の人柄と経営手腕及びその財産ならびに鏡石の取引先を信頼し大内のいうままにまかせた消息が認められるが、これらの事実は未だ以て右認定判断を左右するに足るものではない。
三、次に、前記一、(五)認定の事実によれば、控訴人は本件各手形の支払がなされなかつたため、鏡石に対し右各手形の割引名下に交付した九六万八、〇〇〇円の返済を受けることができず結局これと同額の損害を蒙つたものというべきである。
四、してみれば、控訴人の右損害は、被控訴人が大井軽合金の代表者として本件各約束手形を振出すにあたり、右二、認定の所要の注意をはらうことを怠つたことによるものであるから、被控訴人は控訴人に対しこれを賠償する義務がある。
(岡松 田中 川上)