大判例

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東京高等裁判所 昭和45年(ラ)480号 決定

記録によると、抗告人は、昭和三八年三月四日勝間田久江を母として出生し、昭和四一年五月四日南部大暁がその父として認知したものであつて、勝間田久江のもとにおいて養育せられ、昭和四四年四月小学校に入学し、現在事実上「南部」の姓を称しているものであり、一方、その父である南部大暁(明治四一年五月三日生)は、昭和一一年二月二五日磯子(明治四四年五月一三日生)と婚姻し、長男暁春(昭和一一年一二月六日生、昭和三六年一一月二七日塩野美子と婚姻)、長女暁美(昭和一二年九月八日生、昭和三八年九月一〇日河野守と婚姻)、二男暁博(昭和一四年四月二〇日生、昭和四一年六月一三日鎌田訓子と婚姻)および二女暁代(昭和二一年八月一八日生)をもうけたものであるが、女性関係のため家庭内の風波が絶えず、昭和三五年ころからキヤバレーのホステスをしていた勝間田久江と懇意の間柄となり、同女を妊娠させるに至り、抗告人が出生したので、妻磯子は、一旦は夫南部大暁に対し、離婚の訴えを提起するに至つたが、昭和四四年八月一五日その請求を放棄して訴訟を終了せしめ、昭和四一年一〇月以来別居状態のまま現在に及んでいるものであることが認められ、妻磯子および同人と同居している二女暁代ならびに長男暁春は、いずれも抗告人の氏の変更に対しては反対の態度を明らかにしているものである。

以上のような事情のもとにおいて、抗告人の氏を父の氏である「南部」に変更し、南部大暁の戸籍に入籍する結果をもたらすことはこの戸籍に同籍している妻磯子と二女暁代にとつては相当重要な影響を及ぼすものであることは明らかであつて、これによつて、妻磯子の感情を著るしく刺戟することとなることが考えられるのみならず、未婚の暁代の将来の結婚問題に支障をきたすおそれがないとは、いえないものがあり、家庭内の紛争を一層激化させるに至ることきわめて明らかであるから、かりに小学校に入学中の抗告人にとつて多少の利益があるとしても(南部大暁の戸籍に同籍してその氏を称することによつて、母である勝間田久江の戸籍から除かれることとなるのであるから、現時点において抗告人の小学校における教育上またはその他の関係においてどの程度の利益があるのか、かならずしも明らかではない。)、これによつて、さらに一層家庭の平和を害されることとなり、かつ、健全な親族共同生活を維持しようとする法の精神にも反することとなるので、このような場合には、氏の変更について許可を与えないのが相当である。

(柳川 横地 後藤)

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