東京高等裁判所 昭和45年(行ケ)100号 判決
一 前掲請求原因のうち、本願発明につき、出願から審決の成立にいたる特許庁における手続、発明の要旨及び審決の理由に関する事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、右審決の取消事由の有無について考察する。
(一) 引用例の適性について
1 原告は、第一引用例について、具体的技術の開示がないから、本願発明に対する公知発明とする適性がない旨を主張するが、第一引用例に「タンタルのバンドに電流を通して加熱し、この上でシランを分解して棒状の高純度の金属けい素を製造すること」が記載されていることは当事者間に争いがなく、これによると、第一引用例には、シランを原料とする金属けい素の製造について、析出用担体としてタンタルバンドを設け、これに電流を通して加熱し、その上に金属けい素を析出させるという具体的な手段が開示されているということができるから、原告の右主張は理由がない。ただ、審決は、右記載のうち、「バンド」を「フイラメント」と認定しているが、成立に争いのない甲第二号証(第一引用例)によると、原文の同箇所には「band」とあるから、右認定は誤りであるといわなければならない。そして、本願発明におけるフイラメントも、第一引用例におけるバンドも、ともに金属けい素析出用担体たるタンタルの全体形状を指すため用いられていて、通常の訳語に従うと、前者は線条、後者は帯をなし(原告の主張に従うと前者は断面円形の線条、後者は断面矩形の帯をなしていることになる。但し、「band」には帯状線条という訳語もある。――岩波英和辞典)、いずれも細長く延びたものと解されるが、化学分野における技術用語として析出用担体につき、その断面上の差異によつて技術的意味を区別するものがあることを認むべき資料はなく、また本願明細書(成立に争いのない甲第三号証)においてフイラメントの意味を、第一引用例(前出甲第二号証)においてバンドの意味を、それぞれ右に示した以上のものに限定することを示す記載も認められないから、両者は少くとも析出用担体としての機能、性質については格別の差異があるものとは考えられない。ちなみに、成立に争いのない乙第一号証の三によると、気相熱分解沈着によるシリコン結晶に関して、明らかに断面が矩形であるものをフイラメントと称している例もあることが認められさえするのである。そうだとすると、析出用担体の形状に関する審決の認定の誤りは本願発明と第一引用例との実体対比について影響を与えるものではないといつて妨げない。
2 次に、第二引用例に、ハロゲン化シランの連続的加熱分解に関し、金属製反応容器を使用し、その容器を冷却することの記載が、また、シランの分解に関し、「原料としてシランも使用できる」との記載があることは当事者間に争いがない。原告は、審決が第二引用例のそのような記載と対比して、本願発明の新規性を判断したことを不当であると主張するが、審決の理由によると、シランの熱分解について金属製反応容器を用い、その器壁を冷却することが本願出願前から周知であつたことを裏付けるため第二引用例を引合いに出したものであることが明らかであるから、さような論証のためには、第二引用例が目的及び作用効果において本願発明と異なり、また、シランの分解について具体的開示をしていないことは一向に妨げとなるものではない。
(二) 本願発明と第一引用例との相違点の存否について
1 本願発明の要旨及び第一引用例の記載によると、両者はシランを原料とする高純度金属けい素の製造に関する方法である点で一致するが、第一引用例に「金属製反応容器を用い、その壁を冷却すること」及び「操作を回分的に行うこと」の記載がないことは当事者間に争いがないから、本願発明の要旨と対比すると、両者はこの点で相違することが明らかである。(なお、本願発明の要旨と第一引用例の記載との間には析出用担体について前者が金属タンタル以外の高融点材料とし、後者がタンタルとしている点で相違があるが、この点は、原告において両者の技術上の相違として主張しないから、審決の取消事由として判断の対象とする限りではない。)
2 次に、原告は本願発明によつて得られる金属けい素が断面円形で、かつ、均一な棒状である点において第一引用例のものと相違する旨を主張するが、本願発明の要旨には、製造の目的物たる金属けい素の形状について単に「棒状」とあるのみであつて、その断面を限定する趣旨に解すべき記載がなく(その形状が析出用担体たるフイラメントの形状に対応して形成されるとしても、前述のように、フイラメントの形状自体、その断面を限定されているとはいえない。)、一方また、第一引用例(前出甲第二号証)中、「多結晶シリコン層はタンタルから分離することで棒状(in the form of bar)となり」との記載においてシリコン(けい素)の形状についていう「棒状」をもつて、本願発明の要旨にいう「棒状」と別個の意味に解すべきいわれもないから、両者の製造の目的物たる金属けい素の形状に差異があるということはできない。もつとも、原告は、第一引用例中「in the form of bar」の箇所を「板の形で」と解して、シリコンの形状を断面矩形で板状であるとするようであるか、通常「棒」、「棒状の物」との意味を有する「bar」の語を、第一引用例において特に「板状」と解すべき合理的理由はない。
(三) 両者の相違点の評価について
1 金属製反応容器を用いる点
およそ、化学反応のため容器を用いることは技術常識として当然のことであり、また、その容器の材質としては金属が最も普通であるとともに、第二引用例にも、前示のようにハロゲン化シランの加熱分解について金属製反応容器を使用する旨の記載があるところであるから、シランの熱分解反応に関する第一引用例の技術を実施するため当業者が金属製の反応容器を選ぶことは、極めて容易なことであつて、格別の創作力を要するものとは考えられない。そして、反応容器として金属製のものを使用することにより、有害ガス発生の防止に役立ち、容器加工及び大型化の容易性及び圧力変化に対する安全性がえられるという原告主張の効果は、金属材質の性質から容易に予測できる範囲を出ないところであつて、顕著なものということはできない。原告は、本願発明が第二引用例との場合と異なり、発熱反応を行うものであり、また、一般の化学反応の場合と異なり、不純物の介在を許さない高純度の製造を行うものであるとして、容器選択の新規性を理由づけようとするが、特に発熱反応が熱分解に必要な高温に対し、影響を与えるものとも考えられず、また、高純度の製造を行うため不純物による製品の汚染を招かない容器の材質を選択するのは当然のことであるから、本願発明が発熱反応により高純度の製造を行うものであるというだけでは、容器選択の新規性に関する前示判断が左右されるものではない。
2 容器壁を冷却する点
原告は、本願発明においてシランの熱分解反応を行うに当り反応容器の壁を冷却するについて第二引用例にない特有の技術的意味として、シランの気相分解反応を抑制し、同時にフイラメント上へのけい素析出を促進して、高収率を挙げることを主張するが、本願明細書(前出甲第三号証)には、右主張のような効果に関して何らの記載がなく、他に、右主張を認めるに足りる証拠はない。
3 回分式操作を行う点
本願明細書に、分解反応の回分式操作に関し、(イ)「反応容器内のシランの分圧がほぼ一五ミリHg程度の一定になるようにしつつ、シランを連続的に送りこむ。」、(ロ)「容器内の圧力がある一定値に達することに、反応を一時停止して、蓄積した気体を排除し、再び反応を行うという半回分式によつて熱分解を進める。」と記載されていること、したがつて、本願発明がさような回分式操作を採用していることは当事者間に争いがない。
原告は、本願発明において分解反応の回分式操作を行うのは、原料たるシランの性質に着眼し、目的物たる金属けい素を高収率かつ安全な方法で得るという課題を解決するためであるとし、その作用として、シランにつき、温度及び分圧の一定値保持、水素等による希釈、分解反応に伴う熱の放散、対流によるフイラメントとの接触をさせることができるという特有の技術的意味がある旨を主張するが、僅かに、本願明細書(前出甲第二号証)中、「分解反応が進行すると、反応容器中に水素が蓄積するので」との記載に続いて、前記(ロ)の記載があるところから、本願発明が回分式操作を採用したのは、反応容器内の蓄積した気体を排除して安全を確保するという、その操作から容易に想定することのできる効果を期したものであることが認められるに止まり、本願発明に特有のものとして原告の主張する技術的意味については、本願明細書に記載されるところがなく、他にこれを認めるに足りる証拠もない。また、原告は、本願発明における回分式操作とは本願明細書の前示記載にあるような「半回分式」をいうのであつて、特殊な方式である旨を主張するか、前出甲第二号証によれば、本願明細書の右記載は「発明の詳細な説明」における実施例として示されているにすぎないことが認められると同時に、右実施例の方式も「半回分式」といわれながら、実質的には回分式の範疇に入るものと考えられるから、本願発明の要旨に「操作を回分的に行う」とあるのを特に右のような半回分式と限定して解釈すべきいわれはない。
そして、成立に争いのない乙第二号証の二によると、化学反応操作には大別して回分式と連続式との二方法があるが、その技術的内容及び利害得失はいずれも周知の事項に属することが認められるから、当業者が化学反応を実施するに当り、その性質、規模その他の諸条件を考慮して合理的に右二方法のいずれかを選択することは当然のことであつて、本願発明において、当業者が回分式操作を採用することに格別の困難があるものとは考えることができず、その操作による本願発明だけに特有の効果が認められないことは前示のとおりである。
したがつて、本願発明が回分式操作を採用したことをもつて単なる任意選択上の問題であると考えても、強ち誤り、とはいえない。
(四) 以上の次第で、審決の認定ないし判断を誤りとする原告の主張は結局理由がないことに帰するから、審決が本願発明について、第一、第二引用例と対比の結果、特許要件がないとした判断は正当というべきであつて、審決に違法があるということはできない。
三 よつて、本件審決の違法を主張してその取消を求める原告の本訴請求を理由がないものとして棄却する。