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東京高等裁判所 昭和45年(行ケ)50号 判決 1978年8月30日

原告

小牧定一

右訴訟代理人弁護士

澤木誠一

被告

日本楽器製造株式会社

右訴訟代理人弁護士

中村稔

外三名

主文

特許庁が昭和四五年三月三一日同庁昭和四一年審判第五五二八号事件についてした審決を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「結晶組織を有する磁気異方性永久磁石の製造装置」とする特許第四六六一七八号発明(昭和三五年一〇月五日出願、昭和三九年九月二一日出願公告、昭和四一年二月四日登録。以下この発明を「本件特許発明」といい、この発明に係る特許を「本件特許」といい、その特許出願を「本件特許出願」という。)の特許権者であるが、昭和四一年八月九日被告から本件特許について特許無効の審判請求(昭和四一年審判第五五二八号)がされ、特許庁は、昭和四五年三月三一日本件特許を無効とする旨の審決をし、その謄本は同年四月二四日原告に送達された。

二  本件特許発明の要旨

永久磁石合金素材を入れる耐熱性非磁性の容器と強制冷却液体面より特定の距離を隔てた位置に設けた高周波誘導コイルと、前記容器をこのコイルを通して所定の速度で移動せしめ、前記強制冷却液体内に没入するよう操作する操作機構より構成したことを特徴とする結晶組織を有する磁気異方性永久磁石の製造装置。

三  審決の理由の要点

本件特許発明は、昭和三五年一〇月五日に出願された特許願昭三五―四〇八五四号出願(以下これを「原特許出願」といい、この出願に係る発明を「原特許発明」という。原特許出願については、昭和三九年九月二一日出願公告がされた。)を分割して昭和三八年七月二九日に出願されたものであるが、その要旨は、前項記載のとおりである。

原特許発明の要旨は、「永久磁石合金素材を非磁性容器内に入れ、これを大気中において高周波誘導磁界中に順次挿入し、原結晶を破壊して再結晶組織を生ずる程度に加熱した後、この加熱帯より一定距離の部分を冷却液によつて強制冷却して再結晶組織を一定方向に揃えるとともに磁気的異方性を附与せしめたことを特徴とする結晶組織を有する磁気異方性永久磁石の製造方法。」にあり、末尾の「結晶組織」は、本件特許発明でいう集合組織の各結晶が一定の方向に揃えられているものと同じである。そして、その出願当初の明細書の記載を検討すると、その全記載にわたつて、上記要旨のとおりの結晶組織を有する磁気異方性永久磁石の製造方法を一貫して開示している。

一方、本件特許発明の明細書には、その要旨とする製造装置の操作方法として、磁石素材を耐熱非磁性容器に入れ(明細書にはこの点の明確な説明はないが、「作業の安全のためにはコイルと磁石間に予め耐熱パイプを介挿せしめ、上下両面を耐火土などで止めればよい。」旨の文言と特許請求の範囲の語句からこのように解釈する。)、これをコイル中に挿入し、最初の結晶を破壊して再結晶組織を生ずる程度の温度(これは合理的表現でないが、液相線以上の温度の意と解する。)に加熱し、これを水または空気による冷却槽に挿入し急冷できるように定め、連続して一定方向に所要の結晶組織を与えるようにすると記載している。

そうすると、本件特許発明の装置の操作方法は、原特許発明が要旨とする磁気異方性永久磁石の製造方法と一致しているから、本件特許発明の装置は、原特許発明の上記磁石製造方法の実施に直接使用する装置ということができる。

そこで、本件特許発明が原特許出願に包含されているか否かについて検討するに、原特許出願の出願当初の明細書(以下「原明細書」という。)には、その発明の実施例において、高周波誘導コイル、素材を収容する耐熱非磁性の容器及び冷却液を収容する液槽を使用すること、コイルは液槽の液面より一定の距離に配置させることの記載がされていることは認められるが、上記容器をコイル内に挿入して素材を溶融すべく加熱した後、加熱帯より一定の距離の部分を冷却液によつて強制冷却するように、容器を移動させることの具体的手段としては、容器を紐で吊下げ冷却槽内に徐々に挿入して急冷できるように定め、この紐を所定速度で徐々に降下するように調整することのみ記載されてあり、容器を移動させるとともに所定の移動速度に調整しうる機能を有する容器移送機構については何ら記載されていない。

すなわち、原明細書は、発明的意義をもつところの、容器をコイルを通して所定の速度で移動せしめ、冷却液体内に没入するように操作しうる格別の「操作機構」を全く記載していないものと認められ、これは、このような機構を構成要素とする本件特許発明の製造装置の発明を、原特許出願は全く包含していないことに帰するから、本件特許出願は、特許法第四四条第一項の規定(昭和三九年法律第一四八号による改正前のもの。以下この条について同じ。)による適法の分割出願と認められない。

よつて、本件特許出願には、同条第三項の規定が適用されるべきでないから、その出願日は、昭和三八年七月二九日とするを相当とする。

ところが、本件特許発明は、この出願日前に公知であつた特許出願公告昭三七―八一六〇号公報に記載の発明及び周知技術に基づいて本件特許発明の属する技術分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものと認められる。

よつて、本件特許は、特許法第二九条第二項の規定に違反してされたものであるから、同法第一二三条第一項第一号の規定により、これを無効とすべきである。

四  審決の取消事由

審決の理由のうち、本件特許についての分割出願を適法なものではないとした判断は誤りであり、その誤つた判断に基づいて本件特許を無効とした審決は、違法であつて、取消されるべきである。右の判断を誤りとする理由は、以下に述べるとおりである。なお、右の判断が誤りでないときは、審決のその余の認定、判断は争わない。

(一)  審決は、「原明細書には、耐熱性非磁性の容器を移動させるとともに所定の移動速度に調整しうる機能を有する容器移送機構については何ら記載されていない。」と認定し、右認定を根拠にして、本件特許出願を、特許法第四四条第一項の規定による適法な分割出願と認めえないとしているが、これは誤りである。このような移送機構は、原明細書の「磁石1を吊り下げるように上部から下された紐4は、磁石1が、例えば一秒に二mmの割合で徐々に降下するよう調整する。」(別紙図面(二)参照)との記載から、当業者がきわめて容易に読み取れる程度のものである。すなわち、

(1) 例えば、このような機構は、原特許出願の出願日(以下「原特許出願日」という。)以前から公知である米国特許第二、七八九、〇三九号明細書記載の発明におけるように、制御速度モーター28、ねじ26及びこのねじ26に螺合したブラケツト25により構成しうる(別紙図面(三)参照)。また、一般に知られているものであつて、モーターによつて駆動されるウインチやクレーン等は、前記の機構を代表するきわめて一般的なものである。

この移送機構のように、きわめてよく知られている内容を事細かく明細書に記載すると、いたずらに明細書の記載を冗長ならしめ、ひいては明細書に記載された発明の要旨を不明確にするおそれがあるため、その詳細な記述を省略するのが普通である。原明細書においては、図面に紐4と矢印を記載してあり、原明細書中の前記記載と相まつて前記機構を十分に表わしている。

また、従来、明細書中に機構要素を記載する場合、その要素を構成するねじやボルトの類の構成要素を一つ一つ具体的に述べて表現する外、一般に作用的記載と称してその機構を作用的にとらえて表現することが行われているが、前記移送機構は、原明細書に少なくとも作用的には記載されている。

さらに審決も、「日本金属学会編「金属便覧」(昭和二七年一二月二〇日発行)二三九頁及び二四〇頁、石田制一著「高周波熱処理」(昭和三二年三月一五日発行)一〇五七頁及び一〇五八頁、「応用物理」第二四巻第五号(応用物理学会、昭和三〇年五月一〇日発行)二〇三頁並びに特許第一七八一八三号特許発明明細書(特公昭二三―二二六六号)所載の熱処理装置において、被処理材を所定速度をもつて移送する手段としては、一般金属の加工機械、または熱処理装置において処理材の移送に使用されるような、電動機、速度調整装置、動力伝達機構などを含む通常の駆動機構を備えていることは自明である。」(審決書七枚目表四行〜一五行)としているが、これらの刊行物は原特許出願日以前に刊行されたものであり、本件特許発明におけるような駆動機構が、その特許出願日以前に公知であり、また自明のものであることを認めている。

(2) このように当然の前提とされた公知ないし自明な事実はこれを附加明記しても、要旨の変更にならないものであるから、原明細書の「発明の詳細な説明」の項における「容器(製品)を紐で吊下げ、冷却槽内に徐々に挿入して急冷できるように定め」、「この紐を所定速度で徐々に降下するように調整する」旨の記載に応じ、本件特許発明の明細書の「特許請求の範囲」の項において「容器を所定の速度で移動せしめ、冷却液体内に没入するよう操作する操作機構」とすることは、要旨の変更にならない。すなわち、この後者の記載は、形式上原明細書に記載されていなくても、原明細書から当然読み取れる範囲のものである。

(二)  被告は、審決の趣旨は、本件特許発明を原特許発明と同一の発明であるとするものと主張するが、審決をそのように解するのは相当でない。すなわち、もし被告の主張するとおりであれば、審決は、本件特許発明が原特許発明と同一であるとして、本件特許を、特許法第三九条第一項の規定に違反し無効であるとするか、または同法第二九条第一項第三号の規定に違反し無効であるとすべきであるのに、審決は、本件特許を、特許出願公告昭三七―八一六〇号公報と対比し、同法第二九条第二項の規定に違反し無効であるとしているし、また「分割出願の発明は、原出願に全く包含されていないことに帰するから、分割出願と認められない。」としていることからして、審決の趣旨は、同一の発明であるとしているものでないことが明らかである。

仮りに、審決が、本件特許発明を原特許発明と同一の発明とするものと解すべきであるとしても、その判断は誤りである。すなわち、本件特許発明は、「操作機構」をその要件の一つとしており、また、他の必須要件においても原特許発明とは異なり、本件特許発明は、原特許発明と同一ではない。

(三)  被告は、本件特許発明と原特許発明とが同一であることを根拠として、分割出願を不適法とする審決の結論は、結局正当であると主張し、また、本訴において、このような主張をすること及び裁判所がそのように判断することが許されると主張するが、このような主張は本訴においては許されない。

仮りに、右のような主張が許されるとしても、右両発明が同一の発明でないことは上述のとおりであるから、右主張は理由がない。

第三  被告の答弁

被告訴訟代理人は、請求の原因について、次のとおり述べた。

一  原告主張の一ないし三の事実は認める。

二  同じく四の点は争う。審決の判断は正当であつて、審決に原告主張の違法はない。すなわち、

(一)  分割出願に関する審決の趣旨は、原明細書には本件特許発明の操作機構の記載がないから、本件特許出願は分割出願としては適法ではないというにある。その認定、判断は、次のとおり正当である。

原特許発明と本件特許発明とは、後者において「操作機構」という要件がある点を除くと、単に「方法」または「装置」と表現形式を書換えたものに過ぎない。したがって、原特許発明の「方法」と本件特許発明の「装置」が同一の発明ではなく、別個の発明であるためには、本件特許発明の操作機構が、原特許発明において方法として表現されている技術的思想に包含されない「発明的意義をもつ」「格別の」ものであることが必要である。ところで、原明細書における操作方法または操作機構に関連する記載としては、単に、「容器を紐で吊下げ、この紐を所定速度で徐々に降下するように調整する。」とあるのみであり、このような記載に表現されている技術的思想は、原特許発明の「順次挿入し」という方法としての要件に包含されてしまう程度のものに過ぎない。したがって、原明細書のこの点に関する記載は、すべて原特許発明の「方法」に包含されるものであるから、右に包含されず、かつ、装置として発明性を有するという意味での、「発明的意義をもつ」「格別の」操作機構については記載がないものといわざるをえない。

そうすると、本件特許発明において「操作機構」が具体的にいかなる内容を持つかを検討するまでもなく、このような「操作機構」を要素とする製造装置の発明は原明細書に記載されていないから、本件特許出願は、適法な分割出願とはいえない。

(二)  また、審決は、分割出願に関し、本件特許発明が原特許発明と同一であるとするに帰するから、原特許出願は二以上の発明を包含するものではなく、出願分割の要件を備えず、したがって、本件特許出願は不適法な分割出願であるということになり、そのような認定、判断も正当である。すなわち、

(1) 本件特許発明の構成要件は、次のとおりである。

(a) 永久磁石合金素材を入れる「耐熱性非磁性の容器」を有すること

(b) 右容器を通過せしめる「高周波誘導コイル」を有すること

(c) 高周波コイルから所定の距離を距てた位置に設けられた「強制冷却液体」を有すること

(d) 前記容器を高周波コイルを通して所定の速度で移動せしめ、前記強制冷却液体内に没入するよう操作する「操作機構」を有すること

(e) 以上のような構成を特徴とする結晶組織を有する磁気異方性永久磁石の製造装置

(2) これに対し、原特許発明の構成要件は、次のとおりである。

(イ) 永久磁石合金素材を「非磁性容器」に入れること

(ロ) 右容器を「高周波磁界」中に挿入して原結晶を破壊して再結晶組織を生ずる程度に加熱すること

(ハ) 加熱帯より一定距離の部分を冷却液によつて強制冷却すること

(ニ) 前記容器は、磁界中に「順次挿入」され、加熱された後冷却されること

(ホ) 以上のようなプロセスを有する「再結晶組織を一定方向に揃えるとともに磁気的異方性を付与せしめたことを特徴とする結晶組織を有する磁気異方性永久磁石の製造方法」

(なお、特許請求の範囲の記載のうち「大気中において」なる字句は、原特許発明においては処理を大気中で行いうるという発明の効果を表示したものであり、大気中でなければ行いえないという要件を表示したものではない。)

(3) そこで、本件特許発明(この項において以下「前者」という。)の要件を、原特許発明(この項において以下「後者」という。)の要件と対比すると、次のとおりである。

(ⅰ) 前者の(e)と後者の(ホ)は、いずれも厳密には構成要件というより、発明の目的もしくは作用効果を示したものである。右(e)および(ホ)に示された両発明の目的は表現に多少の相違があるが、各明細書全体の記載からみて、結局いずれも、合金素材における集合組織の結晶を一定方向に整列させ、その結果、磁気異方性を有する永久磁石の製造を目的とするものである。すなわち、両発明は同一の技術的課題を、前者においては「装置」として、後者においては「方法」として、解決しようとするものである。

(ⅱ) 前者の(a)と後者の(イ)は、全く同一の技術的思想を、前者が装置としての表現形式をもつて表示し、後者が方法としての表現形式をもつて表示しているものである。

(ⅲ) 前者の(b)と後者の(ロ)とを対比すると、(b)には、(ロ)におけるような「原結晶を破壊して再結晶を生ずる程度に加熱」という限定的字句がない。しかしながら、前者において「高周波誘導コイル」がその高周波磁界中で合金素材を加熱するためのものであり、かつ、その加熱は「原結晶を破壊して再結晶組織を生ずる程度に」(素材を溶融する程度まで加熱する意)するに外ならないことは明細書中に明示されている(本件特許発明の公報一頁左欄一九行、二〇行)。したがって、両者は、実質的には、同一の技術的思想を表わすものである。

(ⅳ) 前者の(c)と後者の(ハ)は、表現形式こそ異なるが、技術的思想として全く同一である。

(ⅴ) 前者の(d)の「操作機構」については、原告は、従来公知の移送機構で足りることを自認しており、また、実施例としては、「磁石1を吊り下げるように上部から下された紐4は、磁石1が、例えば一秒に二mmの割合で徐々に降下するよう調整する」機構が記載されていると主張している。一方、後者の(ニ)においては、「順次挿入する。」という表現でのみ操作方法が記載されており、その実施例としては、前者と同様に「紐で吊り下げ徐々に降下する。」という最もありふれた方法が記載されているにすぎないから、結局前者と同様に従来公知の移送方法を採用しているというべきである。いいかえれば、前者の(d)と後者の(ニ)は、いずれも従来公知の操作の機構を、装置もしくは方法として表示したに過ぎず、技術的思想としては同一である。

(4) 以上のとおり、両発明が、結晶の方向を整列させ磁気異方性を与えた永久磁石の製造という技術的課題を解決する手段として開示したものは、表現形式上、一方は装置(物)の発明であり、他方は「方法」の発明であるけれども、その技術的思想の実質は、いわゆるゾーンメルテイング(帯域溶融法)の採用にあり、両者ともその使用領域及び作用効果を全く同じくするものである。しかも、本件特許発明の装置は、原特許発明の特許請求の範囲に開示されていない新規な要件を含むものではなく、従来知られているゾーンメルテイングの装置を、原特許発明の目的に従つて表示したものにすぎないから、それ自体別個独立の発明ということはできない。

したがって、本件特許発明と原特許発明とは同一の発明であり、本件特許出願は分割出願の要件を備えないものである。

(三)  さらに、審決が分割出願を適法ではないとした結論は、本訴において、本件特許発明が原特許発明と同一であること((二)の(1)ないし(4))を理由として、主張することが許され、認容されてしかるべきものである。

第四  証拠関係<省略>

理由

一請求の原因事実中、原告が特許権者である本件特許発明について、特許無効審判の請求から審決の成立に至るまでの特許庁における手続の経緯、発明の要旨及び審決の理由の要点に関する事実は、当事者間に争いがない。

二そこで、右審決の取消事由の有無について考察する。

(一)  審決は、本件特許発明の要旨を原特許発明の要旨と対比したうえ、本件特許発明の装置の操作方法が、原特許発明が要旨とする磁気異方性永久磁石の製造方法と一致していることを認め、本件特許発明の装置が原特許発明の右磁石製造方法の実施に直接使用する装置であると判断し、次いで、原明細書は、本件特許発明の構成要素である「耐熱性非磁性の容器をコイルを通して所定の速度で移動せしめ、冷却液体内に没入するように操作しうる機構」を全く記載していないと認定し(審決においては、この機構について、「発明的意義をもつところの」「格別の」機構という表現を用いているが、これは、右機構が、本件特許発明において必須の構成要件であるとする趣旨に出たものと解される。)その結果、本件特許発明の製造装置の発明を原特許出願は全く包含せず、本件特許出願は、分割出願としては不適法であると判断し、さらに、本件特許発明を、特許出願公告昭三七―八一六〇号公報記載の技術的思想と対比し、結局、本件特許を特許法第二九条第二項の規定に違反し無効であるとしている。これらのことからすれば、分割出願に関する審決の判断は、本件特許発明と原特許発明とが別個の発明であるとの趣旨に出たものと解するのが相当である。

(二)  そこで、審決の分割出願に関する判断について検討する。

(1)  まず、<証拠>によれば、原明細書に「磁石1を吊り下げるように上部から下された紐4は、磁石1が、例えば一秒に二mmの割合で徐々に降下するよう調整する。」(四頁九行〜一一行)との記載があり、図面第1図には、紐4とその移動方向を示す矢印とが記載されていることが認められる。

(2)  次いで<証拠>によれば、審決も「日本金属学会編『金属便覧』(昭和二七年一二月二〇日発行)二三九頁及び二四〇頁、石田制一著『高周波熱処理』(昭和三二年三月一五日発行一〇五七頁及び一〇五八頁、『応用物理』第二四巻第五号(応用物理学会昭和三〇年五月一〇日発行)二〇三頁並びに特許第一七八一八三号特許発明明細書(特公昭二三―二二六六号)各所載の熱処理装置においては、いずれも被処理材が高周波誘導コイルその他加熱装置内を所定速度をもつて通過して順次部分的に加熱された後、冷却槽または冷却管内に移送されて冷却されるように構成されているものである。そして、これら装置において、被処理材を所定速度をもつて移送する手段としては、一般金属の加工機械、または熱処理装置において処理材の移送に使用されるような、電動機、速度調整装置、動力伝達機構などを含む通常の駆動機構を備えていることは自明なことである。」(審決書七枚目表四行〜一五行)と判断していることが認められ、<証拠>によれば、右刊行物のうち特許発明明細書を除くその余のものの発行日は、いずれも審決摘示のとおりであり、特許発明明細書の発行日は昭和二四年一二月二一日であることが認められ、これらの刊行物は、いずれも原特許出願日である昭和三五年一〇月五日以前に刊行されたものであり、審決も、本件特許発明におけるような素材(容器)移送機構を含む熱処理機構が、原特許出願日以前に公知であり、また自明のものであることを肯定していることとなる。また、<証拠>によれば、被告も審判手続において、審決同様に、このような素材(容器)移送機構を含む熱処理機構が原特許出願日以前に公知のきわめてありふれたものであることを主張している(同一二頁二一行〜一六頁一行)ことが認められる。これらの審決の判断や被告の主張に弁論の全趣旨を総合するときは、本件特許発明におけるような容器移送機構は、原特許出願日以前において、公知、自明のものであつたことが認められる。

(3)  ところで、特許法第三六条第四項の規定によれば、明細書には、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(いわゆる当業者)が、容易にその実施をすることができる程度に、その発明の目的、構成及び効果を記載することを要求されているだけであるから、それ以上に出願時における技術水準に属し当業者に自明な事項までをも記載することを要求されているわけではない。このような自明な事項は、当業者であれば、明文の記載がなくても、記載してあるものとして明細書を読むことができるものである。したがって、前記(2)の自明な容器移送機構は、原明細書に前記(1)の記載がありさえすれば、これから、当業者のきわめて容易に読み取りうる事項であり、その意味において、実質的には明細書に記載されているものということができる。

(4) 以上のとおりであるから、原特許出願に係る原明細書の記載が本件特許発明の製造装置の発明を包含せず、本件特許出願は、分割出願としては不適法であるとした審決の判断は、誤りであるといわざるをえない。

(三)  分割出願に関する審決の判断が、本件特許発明と原特許発明とを別個の発明とする趣旨に出たものであり、しかも本件特許発明の容器移送機構が原明細書に記載されていることは、前記(一)(二)のとおりであるところ、被告は、本訴において新たに、本件特許発明が原特許発明と同一に帰し、審決が分割出願を不適法とした結論は、正当であると主張するが、前記(二)のとおり、原特許出願が本件特許発明の製造装置の発明を包含することになつても、それを前提として、本件特許発明と原特許発明とが、技術的思想としてやはり別個の発明であるか、それとも同一の発明であるかについては、いまだ特許庁における審理を経ておらず、この点に関する何らの判断も示されていないものであるから、当裁判所がこの点について本件審決に関しその適否を判断する限りでないものといわなければならず、被告が本訴において右のような主張をすることは許されない。

(四)  以上により、審決は、分割出願に関する判断を誤り、その誤つた判断に基づいて本件特許を無効とするものであつて、違法であり、取消されるべきものである。

(荒木秀一 石井敬二郎 橋本攻)

別紙図面(一)、(二)、(三)<省略>

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