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東京高等裁判所 昭和45年(行ケ)73号 判決

一 前掲請求の原因のうち、本願発明につき、出願から審決の成立にいたる特許庁における手続、発明の要旨及び審決の理由に関する事実は当事者間に争いがない。

二 そこで、右審決の取消事由の存否について検討する。

(一) 本願発明が標示薬溶液のpHが該標示薬の変色点の近くの酸側のpHになるように調整することをもつて構成要件とするものであることは当事者間に争いがないところ、成立に争いのない甲第九号証(本願発明の特許出願公告公報)によると、酸塩基標示薬(同号証には「指示薬」とあるが、弁論の全趣旨によれば、「標示薬」と同義語である。)は尿中に蛋白が存在すると、これが存在しない場合に色彩変化を起こすpHよりも低いpHで特定の色彩変化を起こすが、この現象は「蛋白誤差」と指称され、標示薬に示されるため、本願発明の原理とされているものであること、すなわち、蛋白誤差を示す標示薬は蛋白を含む溶液中で、その実際のpHよりも高いpHの色彩を示すが、その色彩変化の程度は溶液中の蛋白の量によるものであるところから、本願発明は尿中のアルブミン検出に都合のよい検出剤をうるのに、蛋白誤差を示す標示薬染料に緩衝剤を添加した中に吸収性担体物質を浸し、次いでこれを乾燥させて標示薬混合物を製造するものであること、そして、その過程で緩衝剤を添加するのは担体が尿試料で濡らされた時、担体及び標示薬染料のpHを標示薬染料が色彩変化を起こす点の近くの酸側のpH値に保たせるためであることを認めることができる。

(二) ところが、成立に争いのない甲第二号証によれば、第二引用例においては、酸性物質によつて酸性色とした標示薬を用いて蛋白質を検出する場合についての記載があることが認められ、この方法と前記のような本願発明との間には格別の差異を認め難く、更に、同号証及び成立に争いのない甲第一号証によれば、第一及び第二引用例の方法においては、被検液に蛋白質が存在すると、標示薬の色彩変化にいわゆる蛋白誤差が生じる結果、標示薬に示されるpH値は被検液の実際のpH値より高い値を示し、また、蛋白の検出に当り、色素溶液(標示薬溶液)を酸性色としてから蛋白質溶液を加えると、標示薬の変色限域が酸側に存在し、かつ、その変色限域のpH以下のpH値によつて色素の変化が生じること、これから推して、被検液に蛋白質が存在するとき標示薬の変色限域において色彩特性が現れる程度に標示薬溶液を酸性にすることは当業技術者が第一及び第二引用例の方法を使用する場合には当然に行う程度のことであることが認められ、右認定に牴触する証拠はない。したがつて、本願発明において、蛋白標示薬に緩衝剤を添加した標示薬溶液のpHが該標示薬の変色点の近くの酸側のpHになるように調整することを構成とすることは第一及び第二引用例から容易に推考することができるものであるといわざるをえない。

(三) そして、本願発明の構成による原告主張の効果も、緩衝剤により標示薬溶液のpH値をどの点にとるかによつて当然尿中のアルブミンを検出し、これにより正常尿と病的尿とを判別しうる以上、各引用例に示された公知事項から当然に予測することができるものであつて、格別顕著なものがあるということはできない。

(四) してみると、結局、右審決に原告主張の違法があるということはできない。

三 よつて、さような事由があるとして本件審決の取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとする。

〔編註〕 本願発明の要旨および審決理由の要点は左のとおりである。

(発明の要旨)

本願発明の要旨は次のとおりである。

蛋白誤差を示す指示薬染料と、その染料が色彩変化を起こすpH値の近くの酸側のpH値になるように緩衝作用を及ぼす酸性を呈する単一物質又は混合物とを含む溶液に吸収性担体を浸漬し、ついでこの担体を乾燥させることを特徴とする尿中のアルブミン検出剤の製法。

(審決の理由の要点)

右審決は、本願発明の要旨を前項のとおり認めたうえ、大要、次のような理由を示した。

昭和十五年十二月二十六日日本薬学会発行「薬学雑誌」第六十巻第十二号第六四二頁~第六五〇頁(以下、「第一引用例」という。)、昭和十七年四月十二日日本薬学会発行「薬学雑誌」第六十二巻第三、四号第一四八頁~第一五二頁(以下、「第二引用例」という。)及び外国刊行物である、フリツツ・フアイグル著昭和二十九年エルセビア・パブリツシング・カンパニ発行「SpoT TESTS」第二巻(以下、「第七引用例」という。)にはそれぞれ蛋白の誤差を示すpH標示薬による卵アルブミンのような自然蛋白の微量定性反応が記載され、また、昭和十七年一月二十四日日本医学健康保険社発行「日本医学及健康保険」第三、二六七号第一六一頁~第一六三頁(以下、「第三引用例」という。)には前記反応及びその細菌学領域における応用が記載され、昭和二十八年九月二十日発行「医学と生物学」第二十八巻第六号第二六六頁~第二七〇頁(以下、「第五引用例」という。)には前記反応及びその血清蛋白測定への応用が記載され、昭和三十一年二月二十五日久留米医学会発行「久留米医学会雑誌」第十九巻第二号第二五七頁~第二六一頁(以下、「第四引用例」という。)には尿のスクリーン・テストにおいて前記pH標示薬を用いて尿中の蛋白を検出したことが記載され、また、外国刊行物である、フリツツ・フアイグル著昭和二十九年エルセビア・パブリツシング・カンパニ発行「SpoT TESTS」第一巻第三三七頁~第三三八頁(以下、「第六引用例」という。)には、濾紙片をフルオレツセン・臭化カリウム含有溶液に浸漬、乾燥して遊離ハロゲン検出用試験紙を作ることが記載され、第七引用例にはニンヒドリンをpH=5のクエン酸塩緩衝溶液に溶かした0.1%溶液を濾紙上に落とし、乾燥してアミノ酸及び蛋白質分解生成物検出用試験紙を作ることが記載されている。

原告(請求人)は(1)検出反応について、(イ)本願発明では検出に供する指示薬が酸性色とされているのに対し、第一及び第二引用例ではそれがアルカリ性色とされている点、(ロ)本願発明では陽性反応を色が変わることにより、また、陰性反応を色が変わらないことにより見分けるのに対し、第一及び第二引用例ではその逆である点、(ハ)本願発明では対照液を要しないのに対し、第一及び第二引用例ではそれを要する点でそれぞれ相違し、また、(2)検出試薬について、本願発明では固体である試験紙の形で用いるのに対し、第一及び第二引用例では液体反応の形で用い、種々の実験器具を必要とする点で相違すると主張する。しかし、

(1)の(イ)の点については、第一及び第二引用例に記載の蛋白の微量定性反応は主としてアルカリ性色とした標示薬を検出に使用した場合について説明され、また、第三ないし第五引用例及び第七引用例に記載の右反応は右の場合についてのみ説明されているが、蛋白の微量定性反応は右の場合に限られるものではない。すなわち、第二引用例の第百四十九頁第十六~十七行には「蛋白質の溶液にアルカリ性の色素溶液を加え、しかる後に酸性となす順序を変更し、色素溶液をまづ酸性色となし、しかる後に蛋白質溶液を加える場合は一般に反応の鋭敏度が著しく低下するのを見る。」と記載されているから、蛋白の微量定性反応には酸性色とした標示薬を検出に用いる場合も含まれることが明らかであつて、本願発明と第一、第二引用例との間には差異がない。

(1)の(ロ)の点については、第一及び第二引用例において酸性色とした色素溶液を用いる場合、pH標示薬を蛋白質溶液に反応させる順序及び陽性反応を色が変わることにより見る検出機構は本願発明におけるものと全く同じであつて、両者の間に差異はない。

(1)の(ハ)の点については、第一及び第二引用例において酸性色とした色素溶液を用いる場合、検出操作では、後に酸を加えることをしないため対照液を不可欠とする理由がないから、これを必要としないと解されるのであつて、本願発明と第一及び第二引用例との間には差異がない。

また、(2)の点については、第一及び第二引用例においてpH標示薬、特に酸性色とした色素溶液を本願発明と相違し溶液状のままで検出に用いるが、試験操作を簡単化するため溶液状の検出試薬を濾紙などに含浸、乾燥して試験紙とすることは周知のリトマス試験紙、酢酸鉛試験紙などにみられるように分析上の慣用手段であつて、第六及び第七引用例に例示されているところである。一方、本願発明においてpH指示薬と酸性を呈する物質とを含む溶液を吸収性担体に含浸、乾燥させることにより奏する検出操作の簡易化、取扱いの容易さの効果は従来の試験紙がもつ効果そのものであり、これによりアルブミンを検出しうる限界濃度〇・〇一%は第一及び第二引用例に記載されたアルカリ性色のpH標示薬を用いる場合の検出限界濃度〇・〇〇二五%(卵アルブミンについては〇・〇〇五%)よりも高く、その検出能は劣り、あたかも第二引用例に記載された「色素溶液を先づ酸性色となししかる後に蛋白質溶液を加うる場合は一般に反応の鋭敏度が著しく低下する」という認識に一致するから、既に知られた範囲内のものであつて、特別顕著なものと認めることができない。

なお、本願発明は蛋白誤差を示す指示薬染料とともに用いる「酸性を呈する単一物質又は混合物」が「緩衝作用を及ぼす」ものであることを要件の一つとしているが、その具体例として使用しているものは単なる弱酸であつて、酸側で緩衝作用を及ぼすため通常使用されている弱酸とその塩との組合せでなく緩衝作用をほとんど期待しえないものであるから、右要件は重要な意義をもつものと認められない。仮に意義があるとしても、pH値の変動を避ける必要があるときは緩衝溶液を用いることが分析上の慣用手段であつて、その例は第七引用例にも記載されているから、右要件の設定には格別発明力を要すると認めることができない。

したがつて、本願発明における検出剤の製造手段は試験紙製造の慣用手段を単に適用したにすぎないものといわざるをえない。

要するに、原告(請求人)主張の点は、いずれも実質的な相違ではないか、分析上の慣用手段の単なる適用にすぎないかのどちらかと認られるうえ、前記のような蛋白の微量定性反応を尿中蛋白の検出に適用することは第四引用例に示されているから、酸性色となした色素溶液を濾紙への含浸、乾燥により試験紙の形とし、これを、蛋白を含有する被検体としてよく知られている尿に適用してその中の蛋白を検出するに用いることは当業者が容易になしうる程度のものと認められる。

そのほか、本願発明は尿中のアルブミンのみを検出対象とし、半定量分析を行うことができる効果を有する点に特徴があるものとみられるが、その方法によつて製造された検出剤によるときは、蛋白の中からアルブミンのみが検出されるわけではなく、また、半定量分析に関しては、第一引用例、第三、第四引用例に、それぞれ蛋白の希薄な濃度範囲ではある程度定量的であることが示されているから、この点に特別のものはない。

そして、第一ないし第七引用例は本願の優先権主張の基礎たる出願の日前、日本国内に頒布された刊行物であるが、本願発明は右各引用例に基づいて当業者が容易に発明をすることができる程度のものであるから、旧特許法(大正十年法律第九十六号をいう。)第一条の特許要件を具備しない。

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