東京高等裁判所 昭和45年(行ス)14号 決定 1971年5月10日
抗告人(被申立人) 法務大臣
相手方(申立人) ロナルド・アラン・マクリーン
主文
原決定を取り消す。
相手方の主たる申立を棄却する。
抗告人が相手方に対し昭和四五年九月五日付でした在留期間更新不許可処分の続行処分として主任審査官が発布する退去強制令書に基づく強制送還の部分の執行は、本案(東京地方裁判所昭和四五年(行ウ)第一八三号)判決の確定に至るまで停止する。
相手方のその余の予備的申立を棄却する。
申立および抗告に関する費用は、これを二分し、その一を抗告人の負担とし、その余を相手方の負担とする。
理由
抗告人は、「原決定を取り消す。相手方の申請を却下する。手続費用は全部相手方の負担とする。」および「相手方の予備的申立を却下する。」との裁判を求め、その理由は別紙(一)の(1)ないし(5)記載のとおりである。相手方は、「本件抗告を棄却する。」および予備的申立として「抗告人が相手方に対し昭和四五年九月五日付でした在留期間更新不許可処分に基づく退去強制手続の続行は、東京地方裁判所(行ウ)第一八三号事件の判決の確定に至るまで停止する。」との裁判を求め、その理由は別紙(二)の(1)ないし(3)記載のとおりである。
右に対する当裁判所の判断は次のとおりである。
一 本件記録によれば次の事実が疎明される。すなわち、相手方は、アメリカ合衆国国籍を有する外国人であつて、一九五八年(昭和三三年)ハワイ大学美術科(極東美術・日本美術専攻)を卒業し、ハワイ州で公立学校の教師等をした後、アジア平和奉仕団の一員となつて一旦韓国にわたつたが、東京都千代田区有楽町一丁目五番地所在のベルリツツ・スクールの英語教師として勤務する目的で、一年間の予定滞在期間をもつて在韓国日本大使館発給の査証を取り付け、昭和四四年五月一〇日下関入国管理事務所下関港出張所入国審査官から出入国管理令(以下単に「令」という。)四条一項一六号、特定の在留資格及び在留期間を定める省令一項三号の在留資格者として、在留期間一年の上陸許可の証印をうけて本邦に上陸し、さらに、昭和四五年五月一日、抗告人に対し、英会話の教授と伝統的日本音楽を学ぶことを目的として、一年間の在留許可の申請をしたところ、抗告人は、同年七月二九日、出国準備期間として在留期間一二〇日間(同年九月七日まで)の在留更新の許可をしたので、相手方は、さらに同年八月二七日、抗告人に対し在留期間更新許可の申請をしたところ、抗告人は、さきの在留期間更新の許可は、前記のとおり出国準備のため与えたものであるが、その期間も相当であつて、これを更新する必要がないという理由で、同年九月五日付で本件在留期間更新の不許可処分(以下単に「本件不許可処分」という。)をしたものである。
二 相手方は、主たる申立として本件不許可処分の効力の停止を求め、さらに予備的申立として本件不許可処分に基づく令第五章の退去強制手続のうち相手方に不利益なものの続行の停止を求めるものである。
しかし、裁判所が行政事件訴訟法二五条二項により執行停止をするには、先ず相手方について、同項の規定する「処分、処分の執行又は手続の続行により生ずる回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があるとき」という積極的要件を具備する必要がある。そこで、この点に関する相手方の主張について判断する。
(1) 相手方は、本件不許可処分の効力の停止を得られなければ、令二四条四号ロ該当者(以下単に「ロ該当者」という。)として、令二九条による取調をうけ、また、令三一条による臨検、捜索および押収をうけるおそれがあり、これらによつて、人権の侵害をうけるから、右積極的要件を具備すると主張する。しかし、疎明によれば、ロ該当者については容疑事実が明白なので、右取調は、比較的簡単で通常一日以内で終了し、しかも、特別在留許可(令五〇条)を希望すると思われるロ該当者については、右許可のための資料の収集をも目的とすることが一応認められる。したがつて、右取調の程度では、まだ右積極的要件を具備するものとはいえない。また、疎明によれば、ロ該当者に対する右令三一条による臨検、捜索および押収は、昭和四二年以降全く行なわれていないことが一応認められるから、本件にあつても、相手方に対しかかる処分がされないことを推認するに難くないのみならず、同条によれば、かかる処分をするには裁判官の許可を必要とするものである。したがつて、同条に臨検、捜索および押収に関する規定があるからといつて、直ちに右積極的要件を具備するとはいえない。
(2) 次に、相手方は、本件不許可処分に続いて行なわれる令第五章第二節の収容令書の発付または同章第四節の退去強制令書の発付による収容(以下単に「収容」という。)をうければ、現在の勤務先である財団法人英語教育協議会から解雇され、これによつて、生計の途を断たれるのみならず、英語教師としての教育活動も中絶し、他方右協議会およびその生徒に対し著しい損害ないし迷惑をかけることになり、そのため、右協議会から損害賠償を請求されるおそれがあるから、右積極的要件を具備すると主張する。しかし、収容されることにより、右協議会から解雇されるおそれがあり、そのために、いつたん収入の途を絶たれることがあり得るとしても、出所後の再就職が著しく困難であるとは考えられず、また、現在の段階においては、収容期間が相当長びくであろうことを前提として、右の点を判断することが相当であるとも考えられない(この点については、さらに後に述べる。)から、右主張は理由がない。(なお、相手方の陳述書中には、相手方は、かつて米国に在住の某が自分と別段深いつき合いもなかつたのに、自分の経済的窮状を救つてくれたことがあり、そのほか同人に対しては人格の面でも深い感動を受けたことがあり、同人が来日を希望するところから、同人に対し来日のための費用の提供を約束したが、自分が収容されると、右の者が約定の提供をうけられなくなる旨の記載がある。しかし、前記積極的要件をみたすために必要とされる「回復の困難な損害」は申立人に生ずる損害を指称すると解すべきであるから、右の某に生ずる損害自体は、これに当たらないこと明らかであり、また相手方が右の約束を履行してやれないことによる自己の精神的苦痛のことを含めて主張しているものと解するとしても、相手方が前記費用の提供を約束したという某の氏名および提供する金額等について具体的な主張も疎明もないのであるから、右主張も相手方に回復の困難な損害を生ずるとすることは困難である。)
(3) さらに相手方は、英語教師の余暇を利用して琵琶および琴の勉学をし、これによつて、日本文化の貴重な伝承者または研究者となることを念願としている者であるが、収容されると、右勉学が挫折し、右念願を達成し得ないこととなると主張する。なるほど、疎明資料によると相手方は来日前からわが国の古典的音楽である琵琶および琴に深い関心をもち、来日後は、その主張のようにそれぞれ著名な大家に師事し、業務の余暇を利用して、毎週一、二回程度稽古にはげんでおり、将来米国において同好者を得てこれを普及したいとも念願していることが一応認められる。しかし、これも相手方が収容されることにより一時練習が中断し、それだけ上達がおくれるとしても、それほど大きな影響をきたすものとは考えられず、相手方の右念願が、それだけで挫折してしまうものということはできない。したがつて、右の点もまた相手方に回復の困難な損害を生ずる事由とするに足りないというべきである。(なお、相手方の陳述書中には、相手方は、収容されると、その所有の琵琶および琴を手中に保管できないため、破損するおそれがある旨の記載がある。しかし、右琵琶および琴は、容易に相手方の師匠または同門の弟子に保管を依頼することができるものと推認され、これによつて、破損を防止できるものというべきであるから、右記載は採用できない。)
(4) 相手方は、収容されれば、その収容自体によつて、相手方の人権の侵害が必然的に発生するから、この点ですでに回復の困難な損害を生ずることになると主張する。ところで、相手方は、現在においては、本件不許可処分をうけているだけの状態であつて、まだ収容されているわけではない。そして、右不許可処分の効力を停止した原決定が取り消された場合、その後に行なわれる収容処分としては収容令書による収容と退去強制令書による収容とがあり得るのであるが、いずれに対しても令五四条により仮放免の請求をすることができるものとされている。前者の収容については、もともとその期間を原則として三〇日以内と法定されているのであるが(令四一条一項)、疎明によれば、実際上も大半は収容直後ごく短期間内に仮放免されていること、また退去強制令書による収容については収容期間がごく短期間のものから二年余に及ぶものがあるが、そのように比較的長期にわたつて収容されている者は、ほとんどすべてが、単純な不法残留者でなく、麻薬事犯者その他刑罰法令違反者であることが一応認められるところ、本件においては不法残留の点はしばらく別とし、他に相手方が刑罰法令に違反しその他わが国の法令に違反する行為をしたことを認めるに足る資料はない。したがつて、たとえ相手方が他日収容されるとしても、仮放免の許可(もつとも、保証金の納付またはこれに代る第三者の保証書の提出を要するが、本件記録によれば、相手方の知人関係からみて、その納付または提出が容易であることが疎明される。)をうける可能性がないわけではなく、また、もし将来相手方が収容され、しかも、右許可をうけられなかつたとすれば、その収容の期間および収容中の処遇その他諸般の事情からみて、相手方において、回復の困難な損害をうけるおそれを生じ、前記積極的要件を具備する事態が生ずるに至れば、本案の取消訴訟としていかなる訴訟が適当であるかは別問題として、その時点において、必要な執行停止を求めることができるものというべきである。したがつて、相手方の現在の状況の下においては、直ちに収容処分について右積極的要件を具備しているものと認めるのは困難であるといわなければならない。
(5) しかし、もし相手方が、本件不許可処分の続行処分として、退去強制令書の発付をうけ、国外の送還先への強制送還が執行されてしまうと、相手方は、事実上本案訴訟を維持することができないという回復不能な損害を蒙るのみならず、たとえ右訴訟で勝訴の確定判決を得ても回復できない損害を蒙ることは、明らかである。したがつて、現在の時点においても、右強制送還の執行の部分の停止は、右積極的要件を具備しているものというべきである。
三 抗告人は、縷々理由をあげて本件不許可処分の取消を求める本案訴訟は、行政事件訴訟法二五条三項に規定する「本案について理由がないとみえるとき」という消極的要件を具備するから、執行停止はできない旨主張する。しかし、全疎明をもつてしても、まだ、右本案訴訟の理由の有無について、いずれとも判断することはできず、結局今後の本案の審理の結果をまつ外はない。
四 以上の次第であるから、相手方の主たる申立を認容した原決定を取り消し、相手方の主たる申立を棄却する。そして、予備的申立にかかる執行停止のうち、本件不許可処分の続行処分としてされる退去強制手続のうちの強制送還の部分の執行に限り停止するのを相当と認め(この場合の被申立人―抗告人―としては、退去強制の処分権者である主任審査官が適当であるところ、現段階においては、その主任審査官が特定していないが、法務大臣に対し右執行停止を命ずれば、その効力は、行政事件訴訟法三二条二項または三三条四項の適用または準用をまつまでもなく、法務大臣の被監督下級機関であつて将来特定されるべき主任審査官に及ぶことは勿論である。)、その余の予備的申立は、失当として棄却する。よつて、民訴法九六条および九二条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 多田貞治 豊水道祐 上野正秋)
別紙(一)の(1)
即時抗告理由書
一、抗告人の本件執行停止に関する意見は、原審における意見書および追加意見書記載のとおりであるが、原決定に対してつぎのとおり意見を追加する。
二、執行停止の必要性が存しないこと
(一) 原決定は、本件不許可処分の効力停止が、相手方の在留期間経過後の不法残留の成否に及ぼす影響について、つぎのごとき判断を示した。
すなわち、入管令は、在留外国人に対して在留期間更新許可の申請権を認め、これに対応して、法務大臣に対し、在留期間更新許可申請について、許否いずれかの処分をなすべき義務を課しているのであるから、在留期間更新許可申請をした者は、法務大臣の許否の処分がなされるまでは、在留期間経過後であつても、不法残留者としての責任を問われないという意味において、本邦に在留することができるものであり、本件不許可処分の効力停止は、申請人に対し右のごとき法的状態を回復させるものである、と判示した。
(二) しかし原決定の右判示は、つぎの理由により誤りであると考える。
すなわち、在留期間更新申請に対する許否の処分がなされないまま、在留期間が経過した場合には、自動更新の規定のない以上、当然に在留資格を失なうものであることは、原審で抗告人がすでに主張したとおりである。したがつて適法な在留期間更新申請に対し、仮りに不当に許否の判断を遅延していたとしても、そのことにより在留期間の更新の法的効果を生ずるものではないことはいうまでもない。換言すれば、在留期間更新の許可がなされない限りは、在留期間の経過によつて当然不法残留となり、出入国管理令第二四条第四号ロに規定する退去強制事由に該当することとなるのであつて、更新申請に対する許否いずれの処分もされない間に、在留期間を経過して右の退去強制事由に該当するに至つても、事実上退去強制の手続が採られないであろうけれども、あくまでも事実上の運用に過ぎないのであつて、法律上採り得ないものではないのである。のみならず、本件の場合、法務大臣は、すでに本件在留期間更新申請に対して応答しているのであつて、法務大臣としては、たとえ本件不許可処分の効力が停止されても、確定判決により不許可処分が取消されない限り、右の申請に対して応答すべき義務を有すべきいわれはないのである。この点において、原決定が在留期間更新の許可申請に対応する法務大臣の許否いずれかを決すべき義務のあることを根拠として、「許否いずれかの処分がなされるまでは、……………在留期間が徒過した後においても、不法残留者としての責任を問えないという意味において、本邦に在留することができるもの」と解し、法務大臣が応答義務を尽した場合についても、在留期間更新不許可処分について、その効力を停止することは、更新の許否いずれの処分もなされない間と同一の「法的状態」を回復させるものとして、効力停止の必要性があるものとしているのは誤りといわねばならない。けだし、行政処分の効力停止の必要性は、結局停止する法律上の利益が存することに帰着するのであつて、更新不許可処分の効力停止が、事実上退去強制手続が採られないことがあるとしても、退去強制事由不発生の「法的状態」を作り出すものでないからである。
おそらく、原決定は、法務大臣の不許可処分が将来確定判決によつて取消され、法務大臣があらためて許可処分をする可能性があるのに、単に在留期間経過の故をもつて退去強制手続がなされれば、回復しがたい損害を生ずるおそれがあり、これを完全に防止することは、不許可処分の効力を停止することによつて可能であると判断したものであろう。しかし、前述のように、在留期間更新申請に対する応答がないからといつて適法な在留資格を取得するいわれのない以上、かかる考え方は採用されるべきものではない。ただ、場合によれば、不法残留者として退去強制手続を進めることが権利乱用等の一般条項によつて違法とされることがありうるかもしれないが、そのような場合には、個別の退去強制手続に対して執行停止を求めるべきものであり、その許否は、その時の事情にもとづいて決定されるべきものであると考える。
なお、原決定は、本件執行停止により、刑事手続をも免れると考えているようであるが、執行停止決定がそこまでの効力を有する理由はない。
(三) 以上のとおり、原決定の執行停止の必要性を肯定した判断は誤りであり、本件執行停止申請はその必要性を欠くものとして却下されるべきである。
三、本案について理由のないことが明らかであること
相手方は、昭和四五年五月一日第一回の在留期間更新の許可申請をしたのであるが、後述するごとき理由からその本来の更新は許可すべき相当の理由がないものとして不許可処分をすべきところ、出国のための準備を考慮して、出国準備期間として一二〇日の期間を延長することとしたところ、相手方は、右期間満了の一二日前である昭和四五年八月二七日、引続き英語教育協議会の英語教師およびびわ、琴の勉学のためとして本件在留期間更新許可申請をしたのであつて、抗告人たる法務大臣は、前回申請前より存する後述のごとき不許可理由が依然として存続するのみならず、前回の在留期間更新の許可が出国準備期間ということでなされたものであり、すでに出国準備に必要な期間を与えている以上、さらに在留期間の更新を認めるに足りる相当の理由がないものとして、同年九月五日本件不許可処分をしたものである。
すなわち、相手方は、英語教師として在留が認められたにもかかわらず、その指定の学校における英語教育に従事せず、入国後間もなくいわゆる外国人べ平連に所属し(外国人べ平連は、昭和四四年六月に在留外国人の間で結成され、米国のベトナム軍事介入反対、日米安保条約反対、在日外国人の政治活動に対する日本政府の抑圧反対等を主唱し、これらの政治活動を目的とする組織であつて(疎乙第一三、一四、一五、一六号証)、結成後例会をたびたび開くとともに、反戦、反安保、反入管体制等の集会および集団示威行進にも参加しているものである。)、入国後間もない同年六月三〇日には右外国人べ平連定例集会に参加し、じ来同年一二月二二日まで九回にわたり同集会に参加したほか、同年七月一〇日左派華僑青年等が同月二日より一三日まで国鉄新宿駅西口付近において行なつた出入国管理法粉砕ハンガーストライキを支援するため、その目的等を印刷したビラを通行人に配布し、同年九月六日及び一〇月四日べ平連定例集会に参加し、同年同月一五日及び一六日にはベトナム反戦モラトリアムデー運動に参加して米国大使館にベトナム戦争に反対する目的で抗議におもむき、同年一二月七日横浜入国者収容所に対する抗議を目的とする示威行進に参加し、昭和四五年二月一五日朝霞市において反戦放送集会に参加し、同年三月一日在朝霞市キヤンプドレイク付近において反戦示威行進に参加し、同年三月一五日朝霞市においてべ平連とともに「大泉市民の集い」という集会に参加して反戦ビラを配布し、同年五月一五日米軍のカンボジア侵入に反対する目的で米国大使館に抗議のためおもむき、同年同月一六日、五・一六ベトナムモラトリアムデー連帯日米人民集会に参加して、カンボジア介入反対米国反戦示威行進に参加し、同年六月一四日代々木公園で行なわれた安保粉砕労学市民大統一行動集会に参加し(疎乙第一七号証の一、二、第一八号証)、同年七月四日清水谷公園で行なわれた東京動員委員会(外国人べ平連の改称と思われる)主催の米日人民連帯米日反戦兵士支援のための集会に参加し、同年同月七日には、羽田空港においてロジヤース米国務長官来日反対運動を行なうなど(疎乙第一九号証の一、二)の政治的活動を行なつていたのである。
日本国憲法第三章の諸規定によるいわゆる基本的人権の保障は日本国民と同様外国人にも与えられるかどうかは、各条項の保障する権利の性質によつて判断されなければならないのであるが、外国人については、いわゆる参政権は認められないことは当然であり、したがつて、憲法第二一条の保障する表現の自由についても、その国の政治につき発言権も責任もない外国人には国民と同様の保障が与えられていないことは多言を要しないところであつて、政治活動としての集会や言論などの表現の自由は、外国人には保障されていないものというべきである。のみならず、参政権を有しない外国人の政治活動は、わが国の政治、社会情勢などに何らかの影響を与えるおそれなしとせず性質上不合理であり、これを許容しなければならないいわれは全くなく、むしろわが国に好ましからざるものとしてこれを規制すべきものというべきである。
相手方の本国である米国とわが国との間の友好通商航海条約第二一条第五項においても「この条約のいかなる規定も政治活動を行なう権利を与え又は認めるものと解してはならない」と明記されているほか、一九二八年ハバナにおいて第六回米州会議が採択した「外国人の地位に関する協定」は、その第七条において「外国人は政治活動に関与してはならない。それは在留している国の国民だけのものである。」と規定しており、一九六一年東京における第四回アジア、アフリカ法律諮問委員会が採択した「外国人の入国及び処遇に関する一般原則」では、その第一〇条において「外国人は、法律、規則、命令に反対の規定がない限り選挙権を含む政治上の権利を有せず、また政治活動に従事する資格を有しない。」と規定しているのみならず、諸外国においても、外国人の政治活動を規制しているものが多いのである。
しかして、わが国の外国人の在留管理においても、外国人の政治活動でこれを放置することがわが国の利益または公安の保持上好ましくないものについては、これを規制することとしているのである。
しかして、その政治活動が出入国管理令第二四条第四号ヨに規定する「日本国の利益又は公安を害する行為」に該当すれば、もちろん退去強制をすべきこととなるのであるが、右の退去強制事由に該当するに至らないものであつても、在留期間の満了の際その更新を許可しないこととして、本邦からの退去を求めることにより、外国人の管理の適切を期しているのである。
しかるところ、相手方は、前述のとおり、安保粉砕統一集会をはじめ政治活動を目的とする集会および集団示威運動に参加していたものであつて、このような政治活動をそのまま放置し、さらにかかる活動を継続することが十分予想される相手方の在留期間の更新を許可することは全く相当でなく、かかる裁量判断によつて、法務大臣は在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当な理由がないのみならず、むしろ更新を不相当と判断して、本件不許可処分をしたものであつて、その処分は適法であり、裁量権の逸脱ないし裁量権の乱用は存しないのみならず、本件不許可処分につき事実の基礎を欠く違法なものとはとうていいえないものと考える。
別紙(一)の(2)
即時抗告理由補充書
一、相手方は昭和四五年一〇月一二日付補充書(二)において、本件不許可処分は、相手方が無断でベルリツツスクールを退職したとの理由に基づくもので、政治活動をしたとの理由は本件処分がなされたのちに掲げられたもので、本件処分の理由とはなし得ないと主張する。
しかし、相手方に対する昭和四五年七月二九日付の在留期間更新申請許可は、相手方が本邦入国を認められたベルリツツスクールを無断で退職していること、および相手方の政治活動の事実を判断して、本来在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるときに当らないものとして不許可処分をすべきところ、出国のための準備を考慮して、出国準備期間としてなされたものであり、本件在留期間更新許可申請についても、前記のとおりの理由が依然として存続しており、すでに出国準備に必要な期間が与えられている以上、さらに在留期間の更新を認めるに足りる相当の理由がないものとして不許可処分をしたものである。
なお、相手方の政治活動については、東京入国管理事務所入国審査官加藤美津子作成の昭和四五年六月二三日付および同年七月九日付調査報告書によつても明らかなとおり前回の在留期間更新許可申請時から判断しているもので、本件処分の理由となつているものである。
二、また相手方は、昭和四五年九月三日法務省入国管理局資格審査課係官が相手方に対して出国準備期間として一二〇日の在留期間更新を許可し、さらに同年八月二七日付の在留期間更新申請を不許可としようとしていることについて、その理由は、相手方がベルリツツスクールを無断退職したことであり、集団示威行進をしたり、アメリカ大使館に抗議行動をしたことではないと明言し、かつ集団示威行進等をすることはさしつかえないと述べた旨主張する。
しかし、相手方およびその代理人らに面接した法務省入国管理局資格審査課法務事務官黒田衛ほか一名は、右面接に当つて、相手方から説明を求められたのは、相手方の転職に関することであり、かつ、この応答に終始し面接を終つているものであつて、相手方からその政治活動に関してなんらの発言もなく、また、相手方に対し、不許可の理由が「集団示威行進をしたり、アメリカ大使館に抗議行動をしたことではない、また集団示威行進等をすることは差し支えない」などというような発言をした事実は全くない(疎乙第二一号証)。
三、次に原決定において、相手方が「英語教育協議会」の保証書を所管庁に提出し、その受理を受けたうえで、すでに一年有余にわたり英語教師として同所に勤務している、旨判示しているが、相手方が、英語教育協議会の保証書を東京入国管理事務所に提出したのは昭和四五年五月一日在留期間更新許可申請を行なつた際であり、入国の日から右申請の日までの間に提出された事実はない(疎乙第二二号証)。もちろん相手方がベルリツツスクールから英語教育協議会に転職した時点で、法務省または入国管理事務所にその旨を申告したことも同協議会の保証書を提出した事実もないのである。
もともと右保証書なるものは出入国管理令施行規則二〇条に規定する在留期間更新申請書に添付する在留期間の更新を必要とする理由を証する書類として提出されたものであり、同保証書を受理したことによつて相手方の英語教育協議会の在職を認めなければならないものではない。
別紙(一)の(3)
即時抗告理由補充書(二)
一、昭和二八年九月五日付の「不法残留者の取扱について」と題する法務省入国管理局長通達(疎乙第二三号証)について
相手方は、昭和四五年一〇月一二日付補充書(二)において、標記の通達では、「更新申請中で未だ不許可処分の下されていない者」は不法残留者の範疇に入らない旨を明言していると主張する。
ところで、標記通達の第一項は、「ここにいう不法残留者の範囲は次のとおりである」として、この通達により「不法残留者」として取り扱い又は措置をする者を定義し、その第二号において「正規に本邦に上陸した者で、前記申請(注出入国管理令第二一条に基づく在留期間の更新申請を指す)をした結果不許可となつて不法に残留したもの」を「不法残留者」としているが、このような取り扱いをすることとしているのは、在留期間更新申請が出入国管理令施行規則二〇条に規定する在留期間の満了する日の一〇日前までになされても、調査及び判断の困難その他の事情または、申請を受理する入国管理事務所と法務省入国管理局との間の申請書類の郵送手続に日時を要することなどのため、在留期間の満了日までに許否の処分がなされない場合もあり、当該申請に対する許否の処分がされない間に在留期間の経過により不法残留として出入国管理令第三九条の収容を含む退去強制手続をすることは行政運用上不都合であるので、在留期間更新許可申請に対する許否の処分がなされるまでは、たとえ在留期間を経過しても右の退去強制手続を差し控えることとするため、その間事実上不法残留者として取り扱わないこととしているものにすぎないのであつて、不法残留者の範疇に入らないとの解釈を示したものではない。
従つて、右通達第一項第二号の「不許可になつて」とは、「行政庁の不許可処分がなされて」の意味であることはもちろんであつて、もともと不許可処分に対する執行停止などということは、法律上あり得ないし、またかかる執行停止を予想して執行停止がされれば「不許可になつて」に該当しないというようなことは全く考えられていないのである。
さらに、昭和四三年七月一一日付東京高等裁判所からの照会に対する同年九月二五日付法務省入国管理局長の回答書等(疎乙第二四号の一、二証)によつても明らかなように、旅券に記載された在留期間を経過することにより、当該外国人は、いわゆる不法残留者となつて退去強制の対象となるが、在留期間の満了する日の一〇日前までに在留期間の更新許可申請を受理している場合においては、在留期間更新の不許可処分がなされるまでは、行政運用上出入国管理令第三九条の収容を含む退去強制の手続を差し控えることとしているのであつて、右は法務省において一貫してとつてきた方針である。
二、相手方に対し、出国準備期間として一二〇日の在留期間を付与した経緯については、すでに原審における意見書および即時抗告理由書において詳述したところであるが、その詳細は、次のとおりである。
すなわち、昭和四五年五月一日付相手方の在留期間更新許可申請に対し、抗告人法務大臣は即時抗告理由書第三項において述べたとおりの理由で、相手方の本来の更新許可申請については許可すべき相当の理由がないものとして不許可処分をすべきところ、出国のための準備を考慮し、同年七月二九日出国準備期間として特に一二〇日間を限つてこれを許可することとして、東京入国管理事務所にその旨通知し、同所入国審査官田村満は、同年八月一〇日、同所に出頭した相手方に対し、出入国管理令第二一条第四項および同令施行規則に基づき、旅券の呈示を求め、相手方の所持する旅券に在留資格「四―一―一六―三」、在留期間一二〇日の許可証印をなし、同時に法務大臣からの指示事項である右許可は、「出国準備期間」としてなされたものであることを口頭で告知したのであり(疎乙第二五、第二六号証)、右により相手方は前記許可が出国準備のためとして与えられたことを十分承知したうえで証印を受けたことは明白である。
なお、右の在留期間一二〇日の許可処分が出国準備のためであることについては、本件執行停止申請書においても相手方が自認しているところであり(同申立書第一「事実経過」の四)、また、原審決定においても当事者間に争いがないものとしている。
別紙(一)の(4)
即時抗告理由補充書(三)
一、回復困難な損害がない。
原決定は、本件在留期間更新の不許可処分によつて「申立人が………出入国管理令二四条四号ロ該当者となつて退去強制手続が進められ、入国警備官の臨検、捜索、押収を受け、さらには収容されることもある等人権の侵害を余儀なくされる危険にさらされることは、明らかであり、」として、本件不許可処分の手続の続行、すなわち退去強制手続の開始により回復困難な損害があると判断している。
しかし、在留期間更新の不許可処分がなされ、出入国管理令二四条四号ロに該当する者となつても、不許可処分の続行処分として法律上必然的に退去強制令書の発付がなされるものではないし(同令五〇条の規定による特別在留許可のなされることもある。)、また、同令二七条以下の規定による違反調査の手続が開始されるとしても、在留期間の経過により不法残留となつた者については、退去強制事由が形式的のものであり、極めて明らかであるから、一般の場合と異なり、臨検、捜索、押収(それらはすべて裁判官の許可を要する。同令三一条参照)がなされることもないのが実情であるし、むしろ、退去強制手続に対する本人の異議の申出の際、法務大臣が特別在留許可処分をすべきかどうかを審査するための資料収集としての、本人にはむしろ有利な入国警備官の取り調べがなされるのである。また、収容が出入国管理令三九条により要求されているためなされても、逃亡のおそれがない等本人の非違のおそれがない限り、大半は即日仮放免されるのが実情である(疎乙第二七号証)。さらに、右の収容の場合のみならず、出入国管理令五二条五項の規定による収容の場合においても、必ずしも収容されるものとは限らず、仮に収容されても、いやしくも人権侵害にわたるがごとき処遇のなされることはあり得べくもないのである(疎乙第二八号証)。
以上のとおり、本件不許可処分によつて「人権の侵害を余儀なくされる危険にさらされている」ごとき回復困難な損害の生ずることは全くないものというべきである。
二、本案について理由がないと見えること。
既に昭和四五年九月一九日付、即時抗告理由書第三項において述べたとおり、相手方は、本件在留期間更新許可申請に先だち、昭和四五年五月一日第一回の更新許可申請をしたが、その申請に対し、本来不許可処分をすべきところを、出国準備を考慮して、その所要期間として特に一二〇日間についてのみ在留許可がなされたのである。かかる処分(実質的には本来の更新の不許可処分である。)に対し、相手方は、これを諒承したにもかかわらず、再度本件更新許可申請をしたものであつて、かかる経緯に照らしても、事情変更の見るべきもののない本件において、それだけで本件不許可処分は何ら違法ではないものというべきであり、本案について理由がないことが明らかというべきである。
三、在留期間更新の不許可処分に対する効力停止の法律上の利益がないこと。
既に昭和四五年九月一九日付即時抗告理由書第二項において述べたとおり、本件のごとき在留期間更新の不許可処分については、その効力停止の法律上の利益がないものというべきであるが、原決定のごとき理由により効力停止がなされ、法律上の利益があるものとされることは、とりもなおさず、不法残留者としての退去強制手続を進めることが法律上許されないこととなり、そのことは事件本人が従来の在留資格をもつて本邦に在留し得る法律関係が形成されたもの、すなわち、不許可処分の効力停止により、法律上在留期間が経過しているにもかかわらず、本案判決の確定に至るまで、従来の在留資格のままで本邦に在留し、その在留活動を容認せざるを得ないこととなるのであつて(換言すれば、不許可処分の効力停止の実質的意義は、かかる法律関係の形成に帰着するものといえるのである。)、かかることは、外国人の在留管理上重大な悪影響を与えるおそれなしとしないのである。不許可処分に引き続いて、退去強制令書の発付処分がなされるとするならば、その場合において、その処分(収容及び退去強制)の全部又は一部の執行停止により、司法救済を要すべき本人の救済は充分であつて、この場合には、不許可処分及び退去強制令書の発付処分の双方について争われても、不許可処分の取消され、あらたに許可処分がなされない以上、不法残留者であることには変りなく、在留活動が許されないのであつて、不許可処分の効力停止が法律上許されるとした場合に比して、外国人の在留管理上甚だしい不都合は生じないのである。
以上の観点からも、本件不許可処分に対する効力停止は、これを許容すべきでない。
別紙(一)の(5)
即時抗告理由補充書(四)
一、相手方は、昭和四五年一一月一六日付補充書(四)において、昭和四五年八月二七日東京入国管理事務所に本件在留期間更新申請をした際、同所係官は、同年八月一〇日の処分は従来の在留資格を変更するものではないこと、また「出国準備期間として」との表示の意味は、将来更新申請しても不許可になることがあるとの警告にすぎないことを表明したと主張するが、同主張は事実に反する。
すなわち、同年八月二七日相手方は、東京入国管理事務所審査一課在留資格係窓口において、同係窓口担当官に在留期間更新申請書を提出したが、その際同係官は、前回処分が出国準備期間として許可されているものであることを指摘したところ、相手方に同行した秋山、弘中両弁護士から「今回の更新申請は受理されないのか」との質問を受けたので、同係官は相手方および同弁護士らを右審査一課在留資格係長花方利久の許に案内し、同係長は、相手方らに対し、相手方に対する前回処分は、英語教師としてではなく、出国の準備のためとしての許可であるから、特別の事情のない限り更新が許可される見通しはない。しかし、それでもなお申請したいのであれば受理する旨を説明したものであつて、相手方主張のような事実は存しないのである。(疎乙第二九、三〇号証)
二、次に、相手方は、同年九月三日法務事務官黒田衛と面接した際、同人は、本件申請についても不許可になるが、その理由は、前処分の理由(無断転職)と同様である旨答えたと主張するが、その理由として説明した点の主張は事実に反する。
すなわち、同年一〇月一三日付黒田事務官作成陳述書(疎乙第二一号証)記載のとおり、同事務官は、同年九月三日の相手方との面接において、相手方の次回在留期間更新を許可して欲しい旨の嘆願に対し、同年八月二七日の二回目更新申請は、不許可処分がなされるが、その理由は前回処分において、次回更新は認めない含みの出国準備期間としているからであるとの説明を行なつているのである。
三、相手方は、相手方と同じく外国人べ平連に所属し反戦活動をしていたビクトリア良潤氏は収容後直ちに仮放免申請をなしたにもかかわらず、収容令書にもとづく執行停止決定が出されるまで一か月以上も収容されたと主張する。
しかし、右は全く事実に反するものである。すなわち米国人ブライアン・エー・ヴイクトリアはその所持する旅券に記載された在留期間である昭和四四年九月五日をこえて本邦に不法残留したため東京入国管理事務所入国警備官が出入国管理令二四条四号ロ該当容疑により違反調査を行ない、同月一一日同入国警備官の請求に基づき同所主任審査官の発付した収容令書により同所に収容したところ、同人は同月一三日東京地方裁判所に収容令書発付処分取消請求の訴えを提起するとともに同執行停止申請を行なつたもので、同裁判所民事第二部は同月二〇日「被申請人が申請人に対し昭和四四年九月一一日付で発付した収容令書に基づく収容は当裁判所昭和四四年(行ウ)第一九四号収容令書発付処分取消請求事件の判決確定に至るまでこれを停止する」旨の決定をした(行裁例集第二〇巻第八・九号一〇〇頁参照)ので、東京入国管理事務所入国警備官は右決定正本の送達に基づき同日一七時二五分同人の身柄を釈放したものである。
もともと、米国人ブライアン・エー・ヴイクトリアは在留期間更新不許可処分が違法であり、出入国管理令二四条四号ロに該当する者ではなく、収容令書発付処分は、同令三九条の定める要件を欠き違法であると称して収容後直ちに訴訟を提起したものであつて、収容されて後東京地方裁判所の決定があるまでの間に同人または同令五四条一項に規定する仮放免を請求することができる者から同人につき仮放免の請求がなされた事実は全くないのである。
従つて右の事実から明らかなように、仮放免の請求をした事実もないし、収容された期間も一〇日間であり、この点に関する相手方の主張は全く事実に相違するものである。
別紙(二)の(1)
補充書(二)
第一、政治活動をなしたとの不許可処分理由に対する反論。
一、本件不許可処分は、相手方が無断でベルリツツ・スクールを退職したとの理由に基くもので、抗告人が抗告理由書第三項で主張する政治活動をなしたとの理由に基くものではなかつた。すなわち、昭和四五年九月三日、相手方およびその代理人らが法務省入国資格審査課に赴き、抗告人が、相手方に対して出国準備期間として一二〇日の在留期間しか更新を許可せず、さらに同月八日からの在留期間更新を不許可にしようとしていることについて、同課係官に理由の説明を求めたところ、抗告人は係官を通じて、その理由は相手方がベルリツツ・スクールを無断退職したことであり、相手方が集団示威行進をしたり、アメリカ大使館に抗議行動をしたことではないと明言し、かつ集団示威行進等をすることはさしつかえないと述べたのである。そして右係官は、右会談において本件更新申請は不許可になると述べ、二日後の同月五日本件処分がなされたのである。従つて本件処分は無断退職によるものである。政治活動をしたとの理由は本件処分がなされたのちに掲げられたもので、本件処分の理由とはなし得ない。抗告人がその後再度、政治活動を理由とする在留期間更新不許可処分をなしたのであれば、すでに無断退職を理由とする不許可処分が在存するのであるから、それは相手方が新たに在留期間更新を申請した後でなければなし得ない。
二、然らずとするも、政治活動を理由とする主張は、抗告人が抗告審に至るまで故意に主張しなかつたものであるから、時機に遅れた攻撃防禦方法として却下されるべきである。抗告人のかような姿勢は国民のために公正な行政を行うべき行政庁として著るしく不明朗であるばかりでなく、政治活動を理由とする在留期間更新不許可処分の違法性について原審の判断を回避せんとするもので許されない。
三、(一)、ところで、抗告人は憲法第二一条の規定する表現の自由について「政治活動としての集会や言論の自由は外国人には保障されていない」と主張するが、日本国憲法第三章は人類に固有の普遍的人権を保障したもので、右基本的人権の保障が在日外国人にも及ぶことは従来から判例・学説の認めるところである(最高裁判所昭和二五年一二月二八日判決。同昭和三二年一二月二五日判決。同昭和三二年六月一九日判決等。宮沢俊義・日本国憲法コンメンタール一八九頁、註解日本国憲法(上)2三九八頁等。)従つて憲法第二一条に規定する表現の自由も在日外国人に対して保障されているのである。そしていかなる思想の表現行為も政治活動の性格を有するのが一般であるから、政治活動としての表現の自由は保障されないとの抗告人の主張は、政治活動としての表現の自由とそうでない表現の自由との区別が困難であることから、外国人に対しては表現の自由は認めないとの主張に帰することになる。表現の自由が保障されるという以上政治活動としての表現の自由が保障されると云うのでなくてはならない。
抗告人は相手方の政治的集会・集団示威運動参加を問題にしているが、公安当局は、右集会・集団示威運動を許可しているのであるし、外国人申請の集会・集団示威運動を許可して来たのである。そして「憲法の保障する集団示威運動による表現の自由は、どこの国においても認められている普遍的原理であるから、日本国民のみならず外国人であつても日本国においてその主権に服している者にはこれが保障されていると解すべき」(東京地方裁判所昭和四二年一一月二三日決定、判例時報五〇一号五二頁)であり、「憲法第二一条の保障する表現の自由が外国人についても尊重されるべきことは当然であり、また、その政治活動も、法令の規定又は事柄の性質に反しないかぎり、みだりに制限されるべきものでない」(東京地方裁判所昭和四二年一一月二七日決定、判例時報五〇一号五五頁)のである。
従つて、相手方の本件政治活動は憲法第二一条により保障された正当な行為であり、右活動を理由とする本件不許可処分は違憲である。
(二)、なお抗告人は、参政権のない外国人には政治活動としての表現の自由は認められるべきでないと主張するが、選挙権等の参政権がないからといつて政治活動が許されないことには当然にはならない。むしろ参政権のない外国人には、表現の自由の行使を通じてしか、憲法で保障された基本的人権を獲得すべく政府に働きかけるしかないのであり、表現の自由を保障される意義が大である。また外国人といえども、日本国の主権下にいるかぎり、日本政府の政策により直接利益・不利益を課せられるのであり、利益・不利益を受ける当事者に意見表明の機会を最大限に保障することが民主社会の基礎であるから、外国人に対しても政治活動としての表現の自由を保障しなければならない。
(三)、また人権に関する世界宣言は、第一九条において「人はすべて意見及び発表の自由について権利を有する。この権利は自己の意見について干渉を受けない自由及びあらゆる手段によりかつ国境を越えて情報及び思想を探求したり、入手したり伝達したりする自由を含む」と規定しており人間は、いかなる国にあつても表現の自由を有するのである。
(四)、抗告人は相手方の行為が出入国管理令第二四条第四号ヨ(日本国の利益又は公安を害する行為)の要件には該当しないことを認めつつ、それに類する行為であるから在留期間更新不許可の理由となしうると主張するが、仮に表現の自由について何らかの制限を認めるとしてもそもそも入管令の右要件は漠然性の故に定義が不可能で、表現の自由を制限する要件としては不適当であり、いわんや「それに類する政治活動」は表現の自由の制限の基準とは全くなり得ないものである。
(五)、結局、相手方の本件政治活動は、憲法に保障された表現の自由の行使であり、全く合法的手段でなされたもので何ら違法あるいは不相当なものではない。したがつて、相手方の右活動を理由として相手方の在留期間更新を不許可とした本件処分は違憲である。
また、相手方の本件政治活動は日本国にとつて不利益ではなく、むしろ利益をもたらすものといえる。すなわち相手方は、日本政府の出入国管理行政、出入国管理法案に対して外国人の立場からその批判を表明し、日米安全保障条約のアジア人民・日本国民等に対する犯罪性を批判したもので、日本政府の政策に建設的批判を投じ、日本の政治を正すことに貢献したもので、相手方の本件政治活動は日本国及び日本国民に利益をもたらすものであることは疑いを容れる余地がないのである。
第二執行停止の必要性について
一、在留期間更新許可処分の性質
(一) 在留更新許可処分を、入国許可処分と全く別個の新たな恩恵的処分と解することの誤まりは、原審において被抗告人の主張したところである。従つて在留期間更新許可処分とは、ひきつづき在留させることを前提としつつ、特段の事情変更や、強制退去事由の発生等例外的なケースをチエツクする機能を営むものとしてあると解すべきこともすでに指摘したところである。
而して在留更新許可処分の右のような性質を前提にすれば、在留期間の期限の到来前に適法な更新の申請がなされている限り、期限が到来したからといつて直ちに入国許可処分が失効するとは解し得ない。
(東京地裁昭和四三年八月九日民事二部決定東京地裁昭四三(行ク)四一号事件は超短波放送実用化試験局の免許の効力について同様の法理を認めている。)
すなわち「在留期間が経過すれば当然に在留資格を失う」ことを前提にしての抗告人の主張は明らかに誤まつている。
(二) なお一般に許認可等の拒否処分については、執行停止によつて暫定的に処分が行われたと同じ効果を生ぜしめることができない以上、執行停止が認められないと解されている。しかしながら右の理論は、従来無権利の者に積極的に新たな権利、利益を附与する場合にあてはまる理論であつて、いわゆる更新処分については適用のないものである。なぜならば更新不許可処分とは、更新申請前に与えられていた利益、権利の剥奪・撤回行為と解されることが少くなく、従前何の権利・利益も保有していなかつた場合とは全く場合を異にするからである。
このことは前掲の東京地裁昭和四三年八月九日決定あるいは鉱業法の試掘権に関する札幌地裁昭和三四年五月一一日決定の認めるところである。本件の場合も被抗告人は入国許可処分後、日本国内で職に就き生活の基盤を築いているのであり前述の法理を適用すべき場合でないこと明らかである。
二、更新申請者は少なくとも在留資格ある者に準ずる法的地位を有する。
(一) 昭和二八年九月五日法務省入国管理局長通達の意味
原審に於て被抗告人が指摘した通り、右通達は「更新申請中で未だ不許可処分の下されていない者」は不法残留者の範疇に入らないことを明言している。ところで抗告人はこれを「便宜不法残留者として扱わないとしたものにすぎず」(原審追加意見書)とし、「あくまでも事実上の運用に過ぎないので」「法律上は退去強制の手続は採ることができる」と主張する。しかしながらこれは誤まりである。なぜなら第一に通達も行政事務がこれを基準にくり返しなされることにより一種の慣習法としての行政先例法たり得ることは学説も認めるところ(例田中二郎行政法総論一五九頁)であり、少なくとも行政庁の方から積極的にその拘束力を否定することはできないと解すべきである。とりわけ本件の如くその通達が国民等に有利で、かつ法の趣旨にも適つている時は行政庁はこれに拘束されると解すべきである。第二に入管行政のように平等かつ公正な運用が要請される分野に於ては、行政庁は実務の運用を無視して特定の者に対してのみ恣意的に強権を発動することは許されないと考えられる。第三に行政処分は当然のことながら合理性をもつてなされねばならない。ところで一方で在留期間更新の途を与えながら、他方で更新申請者に対し、その申請に応えることなく不法残留者として退去強制、刑事罰等をもつて臨むことは到底合理的な行政処分と言い得ない。第四に当然のことながら法の解釈は「文理」のみならず、実務への妥当性、実務の運用等を充分考慮してなされるべきものである。
以上から明らかな通り、「更新申請中で未だ不許可処分の下されていない者」は、行政庁はこれを不法残留者として取扱うことはできず、又、そのことは出入国管理令の解釈上も容認され結局右の者は在留資格ある者に準ずる法的地位を有すると解すべきである。従つて本件不許可処分の効力が停止されれば、更新申請に対し未だ有効な応答がないのと同様であるから、やはりこの場合も在留資格ある者に準ずる法的地位(換言すれば退去強制事由不発生の「法的状態」)を獲得すると解すべきである。
(二) なお、抗告人は右について「更新申請に対して応答している」ことを以て、「全く応答しなかつた場合」と区別する趣旨の主張をしているが、「応答」というのは「外形的行為」のみならず、「有効な行政行為としての効力」をもつた行政処分でなければならないのは当然である。従つて処分の効力が停止された場合には「応答の不存在」と区別することはできない。
三、以上述べてきたように被抗告人は在留期間更新不許可処分の執行停止により在留期間更新申請者として入国許可処分の効力に基く在留資格者、あるいは少なくとも更新申請中の者として在留資格に準ずる法的地位を有するに至つた者である。従つて執行停止の必要性がないとの抗告人の主張は明らかに誤まりである。
四、よつて本件即時抗告はすみやかに却下されるべきである。
別紙(二)の(2)
補充書(三)
第一、予備的申立の理由
すでに従前主張してきた通り相手方はエレツクで英語教師として週一五時間の授業を担当し、しかも昭和四五年九月に一年間の契約更新をしている。他方で琵琶、琴等の勉強にも精励しているのである。従つて相手方に対し退去強制手続が進められて相手方が収容されることになると、相手方は英語教育、琵琶等の勉強の挫折による精神的損害はもとより、契約不履行としてエレツクから給与を得られぬのはもとより損害賠償を請求されあるいは解雇されるという回復不能の損害を蒙ることになる。
もとより相手方としてはそれ以前の臨検・捜索・押収自体も相手方に多大の苦痛を与え、それ自体回復困難な損害に価すると考えるものと考えるが、とりわけ収容についてはそれが収容令書の発付と殆ど同時になされるものであり、しかも一旦収容されれば司法的な救済を得るにしても、仮放免(これも必ず得られるとは限らない。しかも通常三〇万円の金銭を工面しなければならない。)を求めるにしても相当の時間を要することは必至であり、結局右の回復困難な損害は避けられないものである。
第二、即時抗告理由補充書に対する反論
一、抗告人は政治活動を理由として不許可処分がなされたものと主張する。しかしながら昭和四五年七月二九日の在留期間更新許可処分、今回の不許可処分の際はもとより昭和四五年九月三日法務省入国管理局資格審査課係官に右の理由を求めたときも、又原審に於ても抗告人は政治的活動については一言も触れなかつたものである。裁量処分については理由を示さねばその不服申立、司法的救済等を求めることは一切困難であることから「裁量処分については理由を明示しなければならず、かつその変更、追加は許されない」というのは英米法、ドイツ法では通説であり日本でも通説になりつつある。
従つて本件の場合少なくとも原審で明示された理由以外のものを処分の理由とすることはできないといわなければならない。
なお抗告人は相手方が黒田係官に対して「転職に限つてのみ説明を求めた」かのように主張するが、疎乙第二一号証からも明らかな通り、相手方等は「不許可理由自体」を聞いているのである。又右係官の「政治的活動が話題にならなかつた。」というのは真実に反する。
二、行政事件訴訟法第三三条第一項、第三項の趣旨からして、裁判所が「処分の効力が停止されれば不法残留者としての責任を問えない」と判断している以上、行政庁は決定の趣旨にも拘束力を受けるものであるからこれに反して独自の解釈をしたうえで手続を進めることは違法である。従つて行政庁が独自な解釈に基き違法に手続を進めることを根拠に「訴の利益なし」と主張するのは考慮する必要のない議論である。
第三、即時抗告理由補充書(二)に対する反論
一、「不法残留者」の中にも<1>法律上直接「在留資格者」として規定されてはおらず、その意味では「不法残留者」であるが、実務の運用、全体の行政手続との合理的な解釈等を考慮するとその者に対し退去強制手続を行うことが不当、違法と考えられる者(結局かかる者は在留資格者として規定されていないこと自体が法の不備といえる)と<2>いわゆる普通の不法残留者で、当然に退去強制手続を進めるべきものとの二種があると考えられる。一審決定にいう「不法残留者としての責任を問えないという意味において本邦に在留することができる者」あるいは、相手方のいう「在留資格に準ずる法的地位」とは右の<1>を指すものである。
二、「出国準備期間として」の在留期間更新許可なるものは、行政庁が便宜上、「将来の更新申請はおそらく不許可になるから出来れば今のうちに出国した方がよい」と注意をしたものにすぎず、法律上何の意味も持つものではない。凡そ「出国準備期間としての許可」なるものは、法律、規則上全くその概念すらないものであり、しかも右にいう出国準備期間満了に伴う再申請に対し当局はこれを受理したうえあらためて実体的な判断をして処分を下しているということ自体右が無意味なものであることを示している。
別紙(二)の(3)
補充書(四)
第一、本案について理由がある。
一、抗告人は、昭和四五年八月一〇日の処分(以下前処分と称す)が実質的に在留期間更新不許可処分であり、相手方はこれを諒承して右処分を受けたのであるから、本件処分の違法性を争えないと主張するが、相手方が前処分によつて認められた在留期間内に出国すること、前処分後には再更新を求めないこと、あるいは再更新申請をしても不許可になることを諒承した事実は全くない。また前処分に「出国準備期間として」なる表示がなされていたことは認めるが、相手方は右処分が妥当なものであることを容認したものではない。従つて、抗告人の前記主張は失当である。
二、前処分は従前の在留資格(英語教師として働く目的)で更新を許可したものであり、従つて、前処分はさらに更新の余地をもつた処分であつた。従来の在留資格を変更して「出国準備のため」という資格で在留を許可したものではない。
すでに述べたように、現行出入国管理令上、出国準備のためという在留資格による在留期間更新許可なる制度はなく、他方出入国管理令上在留許可がなされている以上、在留期間更新申請権があることは明白であるから、仮に法務大臣が「出国準備期間」として在留期間更新を許可したのであつても、右処分には更新期間経過後の在留を不許可にするとの処分は含まれていないと見るのが当然である。そして在留期間更新は認めないが在留期限後も出国準備のため一定期間の在留を認めるという処分をする場合は、現行法が右のような仕組みになつている以上、在留期間更新の不許可処分をなし、期限後も事実上退去強制等強制処分を行なわないこと(猶予期間を与えること)を申請人に告知するとの方法をとり得るのであるから、この方法によつて処分の明確を期すべきである。
このような処分のなされなかつた本件においては、相手方は、抗告人が以後在留を認めないつもりらしいということを一応推察できたとしても、未だ以後一切の在留を認めないとの処分が明示されたか否か判然と理解できないのは当然である。ことに相手方は法律はおろか日本語も理解できない外国人なのである。行政処分には公定力があるから、裁判所の判決と同様、処分の内容が形式上明確でなければならず、処分はその形式上から読みとれる内容をもつたものとして解釈すべきである。従つて、本件処分はその形式上、出入国管理令第二一条三項の規定にもとずく在留期間更新許可処分であることは疑いなく、同条の規定によつて更に更新申請の余地の残された処分であつたこと(換言すれば不許可処分は含まない処分であつたこと)は明瞭である。
三、本件処分のなされた事実経過。
相手方は本件前処分を受けたのち、昭和四五年九月五日在留期間が短縮されたことを不当として前処分の取消訴訟(執行停止申請と共に)を提起したが、その形式上、前処分には不許可処分は含まれていないと解せざるを得なかつたので、更に更新申請をする必要があると判断し、右申請に先立つて同年八月二七日更新申請をなした。前記訴訟は東京地方裁判所民事第三部に係属したが、同部裁判長が相手方に対し「利益処分(許可処分)の取消はナンセンスであるから取下げてほしい。取下げるまで決定は留保状態にしたい。」と要請したので、相手方はこれを了承した。
更に、相手方が本件更新申請に赴いた際、抗告人は東京入国管理事務所係官を通じ、相手方に対し前処分は従来の在留資格を変更するものではないし、再更新申請が許されないものではない、ただ今回申請は申請しても不許可になると告げ、申請を受理した。そして「出国準備期間として」との表示の意味は、将来更新の申請をしても不許可になることがあるとの警告にすぎないことを表明した。
また、同年九月三日に相手方が法務省入国資格審査課に前処分の理由の説明を求めるため赴いた際も、抗告人は同係官黒田氏を通じ相手方に対し、本件申請についても不許可になるが、その理由は前処分の理由(無断転職)と同様である旨答えた。なお、抗告人自身、本件執行停止訴訟において、本件処分の理由として相手方の無断転職及び政治活動をしたとの理由を掲げている。
以上の事実からも前処分は、行政処分としては将来の再更新不許可の処分を含むものではなく、将来の再更新申請を予定した処分であり、本件処分は前処分において、以後再更新をしないとの処分がなされていることから、実質判断をすることなしに自動的になされたものではなく(行政庁が内心において不許可を予定していたことは別として)、行政処分としては、前処分から独立であり、更新の相当性を実質的に判断してなされる通常の不許可処分と同一であるということができる。
四、仮に前記主張が認められないとすれば、本件処分は前処分の効力に基き、あらかじめ不許可が決定しており、不許可処分の形式を整えるためになされたものということになり、本件処分の適法性については、前処分の適法性如何によるものと解さねばならない。
ところで前処分は、無断転職をなしたとの理由、あるいは政治活動としての集会、集団示威運動に参加したとの理由でなされたものであり、これは相手方がすでに主張したように違法である。従つて、本件処分も同様に違法であるといわねばならない。
五、なお、本件執行停止訴訟においては、本案に理由がないとみえなければ相手方の申立を認容するに足りるのであり、本案において勝訴することが確実であると判断しなくとも、執行停止ができることは従来の多数の決定例の認めるところである。従つて、本件処分が前処分の効力に基く形式的自動的処分ではないとの判断が一応成立する余地を認めるのであれば、本案に理由がないとみえるときにあたらないとして相手方の申立を認容すべきである。
第二、回復困難な損害がある。
一、本件不許可処分の効力が停止されなければ相手方は出入国管理令第二四条ロ号該当者となり、入国警備官の取調、臨検、捜索、押収をうけ、更には収容令書による収容を受けるに至り、人権の侵害を余儀なくされる危険にさらされることは原決定の述べる通りである。
右の取調、捜索、収容等それ自体が相手方の自由を侵害し、相手方に精神的苦痛を与え、憲法によつて保障された相手方の基本的人権を侵害ものであるのみならず、相手方がその陳述書においてすでに詳細に述べたごとく、相手方は社会的信用を失墜し、英語教師の職を失ない、生計の途を断れ、琵琶・琴などの古典音楽の承継という一生の望みを捨てることを強要されることになるのである(疎第三一号証参照)。
ひいてはまた、ELEC及びその生徒に損害を与え、日本文化がその貴重な伝承者を失なうことになるであろう(疎第一〇号証参照)。
二、抗告人は、本件のようなケースでは臨検、捜索、押収をする必要はないし、また収容についても収容したその日に仮放免することが多いから回復すべからざる損害はないと主張する。
(一) しかし、まず第一に本件処分が違法であれば、違反調査手続及び収容手続は行なわれるべきでないのであり、他方、違反調査手続は本件処分の違法性の有無が本案において確定するまで、開始する必要性が全くないことを銘記すべきである。本件処分が「本案について理由がないとみえるとき」に該当せず、かつ本件執行停止をしないことにより何らかの回復すべからざる損害発生の危険があればそれだけで本件処分の効力を停止するのが本筋であり、行政事件訴訟法第二五条の正しい解釈である。
(二) 第二に、確かに相手方が出入国管理令第二四条ロ号に該当するか否かはほとんど調査を必要としないといえようが、抗告人としては本件処分の理由が十分事実の根拠をもつていたものであるか及び相手方の在留状況について更に詳細に調査する必要があることは明白である。それによつて抗告人は、相手方の仮放免を許可するか、許可するとしていかなる条件で許可するか、特別在留許可を与えるか、退去強制を実際に行なうか等についてはじめて判断できることになるし、また、本件処分の適否を再考して、本件処分を自ら取消し変更すべきか否かについても判断できるようになるのである。
また本件本訴で本件処分の適否が争われており、抗告人としては、前記違反調査手続を利用することによつて、抗告人が本件処分理由として掲げた事実を証明する資料ないしは、本件処分を正当化する事実を収集する必要に迫られているのである。
また、在留目的に従つた在留をしていないことを理由として在留期間更新不許可処分を受けたビクトリア良潤氏(相手方と同じく外国人べ平連に所属し、反戦活動を行なつていた僧侶)のケースでは、同氏は収容後直ちに仮放免申請をなしたにもかかわらず、収容令書にもとづく執行停止決定が出されるまで一ケ月以上も収容された(疎第二五号証)。右ケースも本件と同様出入国管理令第二四条ロ号に該当するケースである。すなわち本件のように法務大臣の判断に政治問題がからむケースにおいては容易に仮放免の得られないのが実情なのである。以上の事情から相手方が違反調査手続及び収容手続を受けるおそれは現実の危険として存在しているといえる。
(三) また、右のように述べるまでもなく、出入国管理令上違反調査手続及び収容手続制度が存し、右制度が動いていないとの事実がない以上、特定のケースにおいては、捜索、押収等がなされず、収容されても即日仮放免されることがあるとしても、本件において違反調査手続及び収容手続がなされる危険は依然として存在するのであるから(ことに収容手続は法令上必ずなされることになつている)、回復すべからざる損害があるとしなければならない。
以上