東京高等裁判所 昭和46年(う)3040号 判決
被告人 奥村修三
〔抄 録〕
所論にかんがみ、原審で取調済の各証拠および当審における事実取調の結果を総合して考察すれば、被告人の本件自動車運転については、下記のように解すべき余地が十分にある。
すなわち、被告人は、原判示日時ころ、タクシーを運転して、神田方面から稲荷町方面へ直進すべく本件交差点にさしかかった。そのころ、成田友信が普通貨物自動車を運転して稲荷町方面から右交差点に進入し、更に昭和通り方面へ右折すべく、右折の態勢で交差点の中心付近で停止していた。被告人は、進行道路の左側部分の道路中央線の近くを走行していて、右交差点にさしかかったころには、その中心付近に右折の態勢で停止している前記成田車の存在に気がついていた。しかし、成田車は、車体の前部を道路中央線からせいぜい二、三〇センチメートル位道路の左側部分に出した状態で停止しており、被告人車の進路にまで右車体ははみ出していなかったので、被告人車はそのまま直進しても、成田車と接触することなく、同車の左側を通過できる筈であった。そして、被告人車が右交差点の入口にある横断歩道上あたりにさしかかったころ、その左側を被告人車と並進するトラックがあったが、被告人としては、前記のように、そのまま直進しても成田車の左側を安全に通過できる筈であったので、右トラックと並進状態のまま進んだ。ところが、トラックは速度をあげて被告人車より車体半分位先に出るや、急に進路を右に寄せて来て、俗に幅寄せと称する運転行為におよんだ。被告人車はトラックの右幅寄せ行為のために、その進路を妨害され、そのまま直進すれば、先行している右トラックに接触することになり、トラックの右幅寄せに応じて右方に転把すれば、既にその直前に迫っている前記成田車に正面衝突することになるので、被告人はやむをえず急停止の措置をとった。その後、右トラックは被告人車と接触することなく先行してその場から走り去ったが、被告人車は、成田車の右斜前方においてまさに停止しようとしたころ、被告人車の約六、七メートル後方からこれに追従していた結城昇運転の普通貨物自動車に追突されて、前方に跳ね出され、被告人車の前部右角付近と成田車の前部右角付近とが接触して、両車が衝突したということは、十分考えられる。
被告人車の並進車に、右のような幅寄せ行為があったことは、被告人が右衝突の直後から一貫して申し立てているばかりでなく、成田友信にしろ、結城昇にしろ、栗山純秀にしろ、関係者はいずれも原審において一致してこれを認め、殊に、右成田は、被告人車はその左側の並進車の幅寄せにあって、逃げ場がなくなったというような感じであったと述べ、右結城も、同様に、交差点の中で被告人車の左側の車輛が右に寄ったために、被告人車は車幅がなくなり、逃げ場を失った結果衝突するに至った形である旨証言しているのである。
また、被告人車に対する後続の結城車の追突および被告人車と対向右折車である成田車との接触による、この二つの連続した衝突は、場所的に接着して発生したばかりでなく、時間的にも瞬時に相前後し、連続して発生したものと考えられる。そして、成田車は停止状態にあり、被告人車も停止に近い状態にあり、結城車も既に急制動を施していたのであるから、右各衝突によって生じたと認められる関係車輛の損傷の程度や郡位等に徴しても、殊に、被告人車と成田車の接触による衝撃は軽微であったと思われる。従って、被告人車の前後に接近していて、それぞれ自車が被告人車と衝突した成田や結城の位置からは、右の二つの衝突のいずれが先で、いずれが後であったかを確認することは困難であったと思われる。この点につき、被告人のタクシーの乗客であった栗山純秀は、座席に置いていた風呂敷包が足許に落ちたので、これを拾おうとして前かがみになっているとき、後方から追突された。右の風呂敷包が座席から落ちたときの衝撃は被告人車が成田車に衝突したことによるものであり、足許に落ちた風呂敷包を拾おうとした際に受けた衝撃は結城車が被告人車に追突をしたことによるものと解せられるから、このことから、被告人車が先ず成田車に衝突し、その後に結城車が被告人車に追突したと考える旨、原審法廷において証言している。しかし、被告人車と結城車との間の前示のようなその際の車間距離等を考え合わせても、右の二つの衝突の間に、先ず座席の風呂敷包が栗山の足許に落ち、つぎに同人がこれに気づいたのち、右風呂敷包を拾うべく前かがみになるという行為ができる程の時間的余裕が、果して存在したのか疑問である。むしろ、被告人の主張するように、風呂敷包が座席から落ちたのは、被告人車の急制動の衝撃によるものであり、その後栗山がこれを拾うべく前かがみになったとき結城車の追突による衝撃を受けた。その直後の被告人車と成田車の衝突による衝撃については、これが前記のとおり比較的軽微であったことや、同人は結城車の追突の衝撃により既に頸椎捻挫の受傷をしていたことも手伝って、右連続する二個の衝突による衝撃を分別して認識することができなかったと解する余地が十分にある。
以上認定の事実関係から考察すれば、被告人車は、これと並進するトラックの幅寄せ行為がなければ、無事右トラックと成田車との間を通過することができ、成田車と衝突する危険もなかった筈であるから、被告人が本件交差点にさしかかった際、交差点の中心付近に停止している成田車を認識するや、単に自車と並進する車輛があるというだけで、原判決が起訴状記載の犯罪事実の本位的訴因に従って認定し、あるいは、当審において検察官が予備的訴因として申し立てるように、並進車の幅寄せ行為をまつまでもなく、それ以前において、被告人は、自車が成田車と衝突する危険を予知すべきであったとか、同車と衝突しないように、直ちに減速したり、急停止の措置をとるべきであったということには、多大の疑問がある。むしろ、被告人車が右のように、急に減速したり、急停止をしたりすれば、相当な速度と不十分な車間距離で追行している後続車に追突される危険が大きかったことは、その後の事態に徴しても明らかである。それゆえ、被告人が減速をしないで、トラックと並進したまま走行を継続したのは、相当な運転行為というべきである。
そして、被告人が右並進車の幅寄せ行為を受けたのちに、その場で直ちに急停止の措置を講じたのは、自車が右並進車や成田車と衝突するのを回避しようとして採った窮余の措置であって、その場の状況に照らして、やむをえないものであったと思われる。
従って、原判決が、本件につき、被告人は他人に危害をおよぼすような速度と方法で運転したものであると認定したことには、証拠に照して疑問があり、原判決には事実の誤認があるというべきである。そして、右誤認が被告人の本件罪責の有無に消長を来たすことは明瞭であるから、これが判決に影響をおよぼすことは明らかというべく、論旨は理由がある。
(三井 石崎 四ツ谷)