東京高等裁判所 昭和46年(う)3326号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕所論は、原判決は、入国警備官飛石啓の行なつた公務執行の違法性の判断につき、その基礎となる法律の解釈に誤りがあり、その結果、同人の違法な職務執行に対し公務執行妨害罪の成立を認めた違法がある、と主張し、その理由として(1)出入国管理令(以下たんに令という。)四三条二項「前項の収容を行つたときは、入国警備官は、すみやかにその理由を主任審査官に報告して収容令書の発付を請求しなければならない」と規定し、収容令書は入国警備官の所属官署の主任警査官、いわば身内の者によつて発付されることとなつていること。(2)主任審査官が収容令書を発付する要件として、同令三九条一項は「容疑者が第二四条各号の一に該当すると疑うに足りる相当の理由があるときは」と規定するのみで、収容の必要性についてはこれを要求していないこと、(3)被拘束者に対し自己の権利防禦のために弁護人の依頼権が認められていないこと、を指摘し、同令の退去強制手続は憲法三一条、三四条に違反し無効であるから、同令に基づく飛石警備官の職務執行は適法要件を欠き、これに対し公務執行妨害罪は成立しない、と主張する。
そこで、以下右各所論について検討を加える。
(1) 所論の指摘する令四三条二項の収容令書を発付するものが、要急収容をした入国警備官と同じ官署所属の主任審査官であることは所論のいうとおりである。そして、刑事手続に関しては憲法三三条が、「何人も現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となつている犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない」と規定し、そのいわゆる「司法官憲が裁判官を指称するものであることはいうまでもない。しかし、前記令三九条、四三条による要急収容は、あくまでも一つの行政処分に過ぎないのであるから、刑事手続におけるほど厳格な憲法上の制約に服せしめることを必要とするものではないことにかんがみると、収容令書の発付者が要急収容を行つた者と同一官署に属したとしても、それぞれ別個の職務権限を担当する者であるかぎり、憲法三三条はもちろん、同法三一条にも違反するものとはいえない(もとより、被収容者が、その収容処分の取消しを求める訴を司法裁判所に起こしうることはいうまでもない。)。
(2) 不法上陸者の収容についての同令の規定に収容の必要性のことが明記されていないことは所論のとおりであるが、収容の必要性は別段これを明文上規定していなくても、立法の趣旨に照らし、当然収容の必要性の存在を前提とするものと解すべきであつて、あえて明文がないから違憲であるとするのは当たらない。そして、このことは、逮捕につき、その必要性が要件であることを、消極的な形ではあるが、あらためて条文上明らかにした逮捕状に関する刑事訴訟法一九九条の改正に関する経緯に照らしても、十分それを肯認することができる。
(3) 弁護人の依頼権に関し、憲法三四条は刑事手続において逮捕に続く抑留又は拘禁につき、弁護人に依頼する権利を与えられなければならないことを規定するものであつて、これは行政処分である収容についても弁護人に依頼する権利を与える趣旨のものとまでは解せられない。したがつて、同令の収容手続につき弁護人の依頼権が認められないからといつて、憲法三四条ないし同三一条に違反するものとはいえない。おもうに、外国人の入国、および在留の許否は、原判決も説示するとおり、現在における国際慣習法上、当該国家の主権に基づき、その自由裁量によつて禁止、または制限することができるものとするのを相当とするから(昭和三二年六月一九日最高裁判所大法廷判決参照。なお、所論が指摘する人権に関する世界宣言一三条も、外国人の入国の自由までも認める趣旨ではない。)現行の出入国管理令が外国人の入国資格、在留期間、ないしその入国手続等につき、一定の制限を設けたことそれ自体は、別段憲法の禁ずるところとは思われない。(しかし、もとより、その個々の規定については、時運の進展に応じて、絶えずその当否を検討し、一党一派の利害にとらわれることなく、ひろくわが国の国家的利益を伸長するために必要と認められる改正を怠つてはならないことは、いうまでもない。)したがつて、同令に違反して本邦に不法入国したものに対し、日本国民、あるいは正当に入国した外国人とすべて同一の人権が保障されるものとはかぎらない。たとえば、憲法二二条の居住、移転の自由が不法入国者に与えられないことは当然これを認めなければならない。しかし、憲法三一条は、元来、何人も法律の定める手続によらなければ、生命、もしくは自由を奪われ、又はその他の刑罰を科せられないことを保障する規定であるから、その点からみると、不法入国者といえども、もとよりその権利を享有するものといわなければならない。しかし、令による収容は、前記のとおり、刑罰ではなく、行政処分に過ぎないものであるから、不法入国者が同令によつてその自由を奪われることがあつたとしても、そのこと自体がただちに憲法三一条に違反するとはいえない。したがつて、原判決が、不法入国者に対しては、一律に、憲法三一条所定の基本的人権に関する保障がない、としている点には賛同することができないが、不法入国者に対する収容手続を規定した令の諸条項は、その規定内容の点からみても、格別、憲法三一条の精神にもとるほどの違法なものとはいえない、とする原判決の結論は、相当である。
(樋口勝 目黒太郎 伊東正七郎)