東京高等裁判所 昭和46年(う)3349号 判決 1972年3月27日
主文
原判決を破棄する。
被告人中村千秋を禁錮五月に、被告人木島兵吉を禁錮三月に処する。
右両名に対しこの裁判が確定した日から三年間それぞれその刑の執行を猶予する。
原審における訴訟費用中証人斉藤正雄に支給した分は、被告人両名の連帯負担とし、証人今関とりに支給した分は、被告人木島兵吉の負担とする。
理由
(控訴の趣意)
弁護人鵜沢重次郎提出の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。
(当裁判所の判断)
控訴趣意第一点の一について。<略>
控訴趣意第一点の二について。所論は、被告人中村が渋谷正二、中村源吉、中村源市、斉藤章、斉藤清蔵に交付した原判示第三の一の2および二の各金員は投票取りまとめなどの選挙運動に対する報酬ではなく、労務賃であるから、右の点で原判決には事実誤認があり、また、かりに右各金員が選挙運動費と労務賃とをかねたものであるとしても、両者を区別して判定すべきであるのに、原判決がこれを区別することなく全額につき選挙運動の報酬の性質のものであると解しているのは違法である、というのである。
そこで考えてみるのに、公職選挙法一九七条の二は「選挙運動に従事する者」と「選挙運動のために使用する労務者」とを区別し、前者に対しては選挙運動のために使用する事務員を別として実費弁償のみを支給することができるし、後者に対しては実費弁償ばかりでなく報酬をも支給することができるとしているのであるが、これは、選挙運動が本来奉仕的な性質のものであるべきだとの建前から、これを原則として無報酬とし、ただ選挙運動に従事する者のうちそのために使用する事務員と選挙運動のために単なる機械的労務に服する使用人であるいわゆる労務者に対しては、無償の奉仕を期待しがたいところから、これに対し報酬を支給することを認めたものと解される。すなわち、これによれば、無報酬である選挙運動に従事する者と報酬を受けることのできる事務員、労務者とは人による区別なのであつて、この二つを同一人が兼ねることはできず、本来無報酬であるべき選挙運動に従事する者がたまたまあわせて単なる事務または労務をも行なつたからといつて、それは選挙運動に付随し当然これに含まれるものとみるべきであり、そのためにその者が同条にいう事務員または労務者となるわけではないから、これに対して報酬を支給することはできないと解するのが相当である。
ところで、関係証拠によれば、被告人中村が原判示のように千葉県長生郡長生村の村議会議員選挙に立候補するに際し、渋谷正二はその選挙運動の総括的な責任者として、また中村源吉、中村源市、斉藤章、斉藤清蔵はその協力者としていずれも被告人中村を当選させるため選挙運動に従事する立場にあつた者であつて、その地位および候補者との間柄からみても、単なる選挙運動のため使用する事務員ないしは単なる機械的な労務の提供者に止まるものでなかつたことは明らかである。もつとも、所論の各金員については、同人らの領収証も作成され、選挙管理委員会に対し人件費の名目のもとに報告がなされていることが記録上認められるのであつて、これによればあたかも渋谷正二らが単なる機械的な事務または労務に従事する者であつたかのようにみえるけれども、同人らが公職選挙法一九七条の二にいう「選挙運動に従事する者」にあたることが前示のように明らかである以上、たとえ選挙管理委員会に対する支出報告の上でどのような記載がなされていたにせよ、それによつてその実質が変ずるものではなく、そうであるとすれば、かりに同人らが選挙運動のかたわら若干労務などを行なつたとしてもこれに対して報酬を支給することができないことは前に説示したとおりであるから、右の金員は要するに同人らが被告人中村に当選を得しめるために選挙運動をしたことの報酬であるとみるのほかなく、したがつてその供与は同法二二一条一項三号に該当するといわざるをえない。それゆえ、原判決にはこの点についても事実誤認ないしは法令適用の誤りは存しないから、論旨旨は理由がない。
(その余の控訴趣意に対する判断は省略する。)
(中野次雄 寺尾正二 粕谷俊治)