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東京高等裁判所 昭和46年(う)3534号 判決 1974年3月08日

主文

1  原判決を破棄する。

2  被告会社内田オウナー株式会社を罰金一〇〇万円に処する。

3  被告人内田渙一郎を懲役三月および罰金二〇〇万円に処する。

4  被告人内田渙一郎において右罰金を完納することができないときは、金二万円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。

5  被告人内田渙一郎に対し、この裁判の確定した日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。

6  被告人内田渙一郎に対する昭和四六年三月八日付起訴状第一の一の公訴事実(昭和四二年分の所得税逋脱の公訴事実)につき、同被告人は無罪。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人出射義夫作成名義の控訴趣意書および検察官の答弁書に対する意見書記載のとおりであり、検察官の答弁は答弁書記載のとおりであるから、これらを引用し、これに対して、当裁判所は、つぎのとおり判断する。

一控訴趣意第一点事実誤認の主張について

所論は、原判決が、被告人内田の昭和四二年分の事業所得金額の計算に関し、その期首商品たな卸高を三、九二一万三、五二九円と認定したのは事実の誤認であり、それは少なくとも五、六〇〇万円をくだらないものであつた。この誤りが判決に影響をおよぼすことは明らかである、というのである。

よつて案ずるに、原判決の挙示する関係証拠を検討してみると、原判決は、当時経理を担当していた鈴木鈴子方から押収された在庫表一袋(符21号)中の「四一年末NO.一―二〇六」と標記された紙片(以下鈴木たな卸表と仮称する)をもつて被告人内田の昭和四一年期末商品のたな卸高が記載されているものとみて、これに記載されている「合計三八、六一四、二三九」円の数値を基本にし、その後昭和四二年一一月ころ被告人内田が浅草税務署の調査を受け、同四〇年および四一年各期末商品のたな卸高をそれぞれ約一、〇〇〇万円増額修正することになつた際、公表せられた在庫表である昭和四〇年、同四一年修正分在庫表一綴(符22号)の中から、右の鈴木たな卸表には記載されていないが、昭和四一年期末のたな卸時点に在庫していたことが明らかな「上ネクタイ止、五九九、二九〇」円を抽出し、これを先の鈴木たな卸表に加算することにより、被告人内田の昭和四一年期末商品すなわち同被告人の同四二年期首商品たな卸高を三、九二一万三、五二九円と認定している。

なるほど、この鈴木たな卸表につき、鈴木鈴子は昭和四五年九月一〇日付質問てん末書において「昭和四一年末のたな卸合計額であります。No.1〜206と標記してあるのは、たな卸表のNo.1から206までの総合計という意味で、私がたな卸表を集計した際に、各品目毎のたな卸額とその合計を経理係の人に記載させたもので、公表のたな卸額より大きい額であるので実際のたな卸額であることに相違ありません。」と一旦は供述したことがあり、またこの鈴木たな卸表の三、八六一万四、二三九円と公表分の昭和四一年期末たな卸高合計一、八三六万七、一八〇円(修正前)の各内訳を比較してみると、品目によつては同額のものがあり、半額のものがみられるなど相互の数値の関連から、公表分はこの鈴木たな卸表の中から適宜つまみ出したものではないかと思われるふしもないではない。

のみならず、個人預金明細表等綴(符25号)の中にある米沢紋二(経理担当)の作成した昭和四二年度商品回転率メモには「昭和四一年末在庫三八、六一四」の記載があり、また昭和四二年度利益率のメモには「利益率、売上から・三五二、仕上から・五四四」と記載されており、決算メモ(符5号)の中の被告人内田の作成した営業成績表にも、益率の昭和四二年度の欄に「上―三五、二、下―五四、四」の記載があり、鈴木たな卸表の合計数値「三八、六一四、二三九」を用いて商品回転率や利益率の算定がなされていたことが窺われ、これらの点からすると、右の鈴木たな卸表は昭和四一年期末商品の実際のたな卸表とみて疑問がないように思われやすい。

しかし、原判決も認容しているように、この鈴木たな卸表には、現に「上ネクタイ止、五九九、二九〇」円が欠落している事実に、鈴木鈴子、米沢紋二、被告人内田の検察官に対する各供述調書および原審公判における各供述記載、さらには当審における事実取調べの結果を合わせ考えると、この鈴木たな卸表は、被告人内田の昭和四一年期末(同四二年期首)商品の各品目毎のたな卸高とその合計が記載された原始資料ないしはその写しの類のものでないことは明白である。むしろこれは、被告人内田の昭和四一年期末の公表決算書を作成する過程で、経理の米沢紋二が、被告人内田の命に依り、差益率を前年の公表分とほぼ同じ位(大体二〇パーセント前後)に維持するための一方法として、鈴木鈴子のもとで纒められた実際の期末商品たな卸高の中から公表にする分を数回にわたり調整した際、その都度経理課において作成された公表分期末商品たな卸高の試案にすぎなかつたものの一つである疑いが濃厚である。

ちなみに、米沢紋二および被告人内田の原審公判における供述記載によれば、商品回転率や利益率の算定に鈴木たな卸表の合計数値が用いられているのは、経理担当米沢の過誤によるものと解される。

また検察官は、営業成績表の売上額二億三、三八〇万五、〇〇〇円、経費四、二二七万四、〇〇〇円、営業利益四、一八六万四、〇〇〇円、米沢決算書の期末たな卸額八、五六八万三、〇〇〇円および調査仕入額二億一二七万五、〇〇〇円を試算式に当てはめて期首たな卸高を試算してみると三、四〇七万五、〇〇〇円という鈴木たな卸表の合計数値に近い期首たな卸高が得られるので、この点から推しても鈴木たな卸表は措信すべきものである旨強制するけれども、検察官の採用した営業成績表の営業利益四、一八六万四、〇〇〇円というのは、そもそも鈴木たな卸表の合計数値を期首商品たな卸高と誤信して算出されているものであるから、この数字を固定して用いる限りかような計算になるのは当然である。

以上の次第で、鈴木たな卸表は根基資料のないもので、事実認定の資料にはなし得ないものであるのに、これに基づき被告人内田の昭和四二年期首商品たな卸高の大部分を認定した原判決は事実を誤認したものであり、これが判決に影響をおよぼすことは明らかであるから、原判決中被告人内田に関する部分はこの点においてすでに破棄を免れない。論旨は理由がある。

二職権をもつて案ずるに、記録および証拠によれば、被告人内田および被告会社は、いずれも青色申告書提出(以下青色申告という)の承認を受け、被告人内田は本件昭和四二年分の所得税確定申告においては、貸倒引当金五二一万八、五一四円専従者給与二四万円および価格変動準備金四四九万八、五〇〇円を、また本件昭和四三年分所得税確定申告においては、貸倒引当金五七七万三、八九九円および価格変動準備金二九六万一、〇〇〇円をそれぞれの年度の事業所得金額の計算上必要経費に算入し、被告会社は本件事業年度の法人税確定申告において、価格変動準備金積立額九〇万円を預金に算入していたところ、その後被告人内田については昭和四二年一月から、被告会社については本件事業年度の一月から右青色申告を取消されたことが認められる。

それ故、さきに提出した被告人らの青色申告書の提出は、青色申告書以外の申告とみなされ、価格変動準備金などを必要経費あるいは損金に算入することが徴税上遡及的に認められなくなつたところ、原判決は、本件租税逋脱事件の被告人および被告会社の所得金額の計算においても右の経費あるいは損金算入を否認しているのである。

しかし、確定申告にかかる所得税および法人税逋脱の罪は、偽りその他不正の行為により納付すべき税額を申告納付しないで、納付の期限を経過したときに成立するものであることは明らかである。

したがつて、その犯罪の成否および犯罪の量(逋脱税額)はその時点における納付すべき正当な税額と確定申告にかかる税額との差額によつてきまるものといわなければならない。その差額が零であれば、逋脱犯は成立しない。前者(正当税額)が後者(申告税額)よりも多額であるときは、逋脱犯が成立する。その犯罪の量は、その差額である。犯罪の不成立または成立およびその犯罪の量はこの時点で確定する。したがつて後になつて、犯罪でなかつた行為が犯罪となつたり、あるいはすでに成立した犯罪の量が増減したりするというようなことはありえないのである。それ故青色申告の承認を取消すという行政処分の遡及的効力も過去に遡つて逋脱犯を成立せしめ、または、既に成立した過去の逋脱犯の犯罪の分量を増大せしめることはできないのである。

青色申告の承認を受けた者が確定申告をする際、価格変動準備金などを必要経費あるいは損金に算入することは法令上認められた行為である。したがつて確定申告後右承認が取消された結果、価格変動準備金などの必要経費あるいは損金算入が否認され、これに応じて所得額が増加し、したがつて税額もまた増加したとしても、そのことは前段説示のように、所得税や法人税の逋脱という犯罪の成否またはその分量を過去に遡つて左右すべきものではなく、それは徴税上行政法上の問題にすぎないのである。それのみでなく、その増加した部分は、(青色申告者が偽りその他不正の行為によつて税を免かれようとした場合には、その承認の取消を待つまでもなく、当然青色申告承認の効力は消滅し、税務署長の取消は単なる確認行為に過ぎないとでも解するのは別として。当裁判所はこれを否定する。)確定申告当時においては存在しなかつたのであるから逋脱のしようがないのである。そういうわけで、前記の価格変動準備金などに関しては逋脱犯は成立しないというべきである。原判決が、被告人内田および被告会社の価格変動準備金、貸倒引当金、専従者給与などの必要経費あるいは損金算入を否認し、これに基づいて算出した税額と確定申告にかかる税額との差額について逋脱犯の成立を認めたことは、所得税法二三八条一項および法人税法一五九条一項の解釈適用を誤つた違法があり、これが判決に影響をおよぼすことは明らかである。原判決はこの点においても破棄を免れない。

よつて、量刑不当の控訴趣意に対する判断を省略して、刑事訴訟法三九七条、三八〇条、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書の規定にしたがい本件について更に判決をすることとする。

三自判

(一)  罪となる事実

第一、被告人内田は、東京都台東区柳橋二丁目四番一号においてネクタイ止、カフスボタン等の金属洋装雑貨の製造販売等を営んでいたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、売上の一部を除外し、架空名義の定期預金を設定したり、期末たな卸商品の一部を除外する等の不正な方法により所得を秘匿したうえ、昭和四三年分の実際課税総所得金額が一、八六四万五、〇〇〇円あつたのにかかわらず、同四四年三月一五日東京都台東区蔵前二丁目八番一二号所在所轄浅草税務署において、同税務署長に対し、課税総所得金額が七八一万円でこれに対する所得税額が二五四万一、九〇〇円である旨の虚偽の確定申告書を提出し、もつて同年分の正規の所得税額八三四万六、六〇〇円と右申告税額との差額五八〇万四、七〇〇円を免れ(別紙第一修正損益計算書および別紙税額計算書参照)

第二、被告会社内田オウナー株式会社は、東京都台東区柳橋二丁目四番一号に本店を置き、金属洋装雑貨の製造販売等を目的とする資本金三、〇〇〇万円の株式会社であり、被告人内田は同会社の代表取締役として同会社の業務全般を統括していたものであるが、被告人内田は、被告会社の業務に関し法人税を免れようと企て、架空経費を計上したり期末たな卸商品の一部を除外する等の不正な方法により所得を秘匿したうえ、昭和四四年一月九日から同年一二月三一日までの事業年度において、被告会社の実際所得金額が一、三二二万二、二二三円あつたのにかかわらず、同四五年二月二七日前記所轄浅草税務署において、同税務署長に対し、所得金額が一八万五、四一七円でこれに対する法人税額が零である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もつて同会社の右事業年度の正規の法人税額四二六万一、三〇〇円を免れたものである(別紙第二修正損益計算書および税額計算書参照)

(二)  証拠の標目<略>

(三)  法令の適用

被告人内田の判示第一の所為は所得税法二三八条一項に、判示第二の所為は法人税法一五九条一項に該当するので、判示第一の罪につき懲役刑および罰金刑を併科することとし、判示第二の罪につき懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については刑法四七条、一〇条により判示第一の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で処断することとし、同被告人を懲役三月および罰金二〇〇万円に処し、右罰金を完納することができないときの換刑処分につき同法一八条一項を適用して主文4項のとおり定め、なお懲役刑については同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から二年間その刑の執行を猶予する。

被告会社については、法人税法一五九条一項、一六四条一項を適用して、被告会社を罰金一〇〇万円に処する。

(四)  (無罪部分の理由)

被告人内田に対する昭和四六年三月八日付起訴状第一の一の公訴事実は、「被告人は、東京都台東区柳橋二丁目四番一号においてネクタイ止、カフスボタン等の金属洋装雑貨の製造販売等を営んでいたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、売上の一部を除外し、架空仕入を計上して架空名義の定期預金を設定したり、期末たな卸商品の一部を除外する等の不正な方法により所得を秘匿したうえ、昭和四二年分の実際課税所得金額が三、一二〇万四、〇〇〇円あつたのにかかわらず、同四三年三月一五日東京都台東区駒形一丁目八番一〇号所在所轄浅草税務署において、同税務署長に対し、課税総所得金額が五九六万円でこれに対する所得税額が一九九万一、四〇〇円である旨の虚偽の確定申告書を提出し、もつて同年分の正規の所得税額一、六二九万二、〇〇〇円と右申告税額との差額一、四三〇万六〇〇円を免れたものである。」というにあるが、先に説明したとおり、鈴木たな卸表は期首商品たな卸高の認定に供することのできないものであるところ、被告人内田は、少なくとも五、六〇〇万円をくだらない商品があつた旨供述するので、その信疑のほどを検討してみるに、期首商品たな卸高を五、六〇〇万円と仮定して被告人内田の昭和四二年分課税総所得金額を算定すれば、先に提出した確定申告書のその額を下廻ることになる(別紙第四修正損益計算書参照)。この事からしても被告人の右供述は直ちに措信できない。さりとて他に期首商品の実際のたな卸高を確定できる的確な証拠は見当らない。ところで、本件においては期首商品の実際のたな卸高を確定しないかぎり犯罪の成立は論ずることができない。そういうわけで、右の公訴事実については、犯罪の証明がないから刑事訴訟法四〇四条、三三六条に則り無罪の言渡をする。

そこで主文のとおり判決する。

(三井明 石崎四郎 杉山忠雄)

修正損益計算<略>

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