東京高等裁判所 昭和46年(う)3604号 判決
被告人 石原義照
〔抄 録〕
所論は、原判決は、被告人が交差点の約二〇メートル手前で黄色信号を認めたのに直ちに急制動をかけて交差点の西端の付近で自車を一時停止させなかったことが業務上の過失であると認定しているけれども、被告人が右の地点において黄色信号を認めたとする証拠を欠いているから、右は事実を誤認したものであり、原審の訴訟手続にはこの点において審理不尽の違法があるというのである。
そこで、所論にかんがみまず原判決が挙示している証拠によって右認定の当否を考えてみると、その中の昭和四五年一二月一一日付実況見分調書(被告人・平井智および浜田柴雄の三名が実況見分に立ち会って現場指示が行なわれている。)によれば、被告人は添付の現場見取図<1>の地点で交差点の信号を見たところ黄色になっていたと指示説明しているが(同地点で信号が黄色に変わったということではない。)、<1>の地点というのは交差点入口の横断歩道の側端から約一〇メートル手前の地点であり、他方被告人の検察事務官に対する供述調書によれば、被告人は黄色信号を見たのは横断歩道から一〇メートルよりもっと手前であったかもわかりませんと供述しており、また、原審公判の供述においても、本件交差点は全赤が二秒であるが、被告人のいうように五〇キロメートル毎時で黄色信号を横断歩道手前一〇メートルの所で認めて進行したとすれば、交差点を通過できる筈であるが、被告人が黄色信号を見たというのは横断歩道のもっと手前ではないのか、という質問に対し、被告人は、もっと手前かも知れませんと答えているところであり、その他原判示のように、被告人がこの交差点の交通信号機が黄色を示しているのを認めたのが、交差点の西側入口の横断歩道の手前(西方)約二〇メートルの地点に達したときであると認定するに足りる証拠はついにこれを発見することができない。そして、本件事故当時における道路交通法施行令二条一項の表の黄色の燈火の項信号の意味の欄二号の解釈として、黄色の燈火の信号が表示された時において車両が当該停止位置に近接しているため安全に停止することができない場合には、車両等は停止位置をこえて進行することができると解すべきであること、当時の被告人車両の速度は毎時五〇キロメートルと認められるところ、その制動距離の関係で、交差点の手前約二〇メートルに過ぎない場合には右地点で急制動をかけたとしても交差点内に進入してしまうおそがあると認められること(なお、この点につき昭和四五年政令二二七号による改正前の道路交通法施行令二条に関する昭和四七年五月四日最高裁判所第一小法廷判決参照)などに徴すると、前記証拠の欠如している事実は本件過失行為の成否に影響を及ぼす重要な点であるから、原判決には証拠によらずに事実とを認定した理由不備の違法があるといわなければならない。よって、他の論旨に対する判断をするでもなく、刑訴法三九七条一項、三七八条四号によって原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により当裁判所においてさらに次のように判決をする。
(罪となるべき事実)
被告人は自動車運転の業務に従事していた者であるが、昭和四五年一二月九日普通乗用自動車を運転中、同日午後一〇時一〇分ころ東京都目黒区青葉台四丁目六番七号先の交差点に差しかかった。同所は南北に通ずる車道幅員一九・九メートルの山手通りと東西に通ずる歩車道の区別のない幅員六・六メートルの淡島通りとが十字形に交差している、信号機によって交通整理の行なわれている交差点であるが、被告人は淡島通りを時速約五〇キロメートルで東進して渋谷方面に向かい直進しようとして右交差点に近づいたところ、被告人の車両が右交差点の西側入口の横断歩道の手前約一二〇メートルの地点に達した時点から約四〇メートルの地点に達する時点まで対面信号機が黄色を現示し、右後者の地点において信号が赤に変わった状況であったのに(後記証拠説明を参照)、被告人は右黄色の対面信号に注意を払わず、しかも同信号が赤色に変わったのをも看過し、先行車両に追従して前記速度のまま右交差点に進入した業務上の過失により、おりから山手通りの代々木側で信号待ちのため一時停止していた平井智運転の普通乗用自動車が青信号に従って発進してきたのに自車を衝突させ、その衝撃により自車を右斜め前方に暴走させて右交差点の東南隅で一時停止していた浜田柴雄運転の普通乗用自動車にさらに衝突させ、よって浜田柴雄に対し一三日間の入院加療と二七日間の通院加療を要した頸椎挫傷、頭部、左肩部、左上腕及び両膝部打撲の傷害を負わせたものである。
(証拠の標目)
当裁判所が右を認定した証拠は、原判決挙示の各証拠に加えて当審において事実の取調として取り調べた証人平井智、同浜田柴雄の各証言、捜査報告書、和田耕作および平久江君雄の検察官に対する各供述調書、電話聴取書並びに当審における被告人質問の結果を各引用する。
なお、多少証拠説明を補足すると、当審における事実の取調において対向車の運転者浜田柴雄は、証人として、私は信号が赤だったから交差点横断歩道を多少越えた地点で止まったのです、すると山手通りの右側から三台位並んで車が進行してきたが交差点のセンターライン寄りの車はストップしたので平井の車がちょっと先に出たと思います、そこで被告人の車がこれと衝突してハンドルをとられそのまま私の車にぶつかってきたのですと証言し、また、平井智の司法警察員に対する供述によると、自分は山手通りの信号が青に変わったので発進したが、右側に並んでいた三、四台の車もほぼ同時に発進したところ、右側の車が交差点の中で一旦止まったので、なんだかわからないが危ないと思ってその車に並んで止まった、そのとたんに淡島方面から渋谷方面に向かって走ってきた車に衝突されたと供述しており、さらに当審の事実の取調において同人は、自分は青信号になったのを確認してから発進した、発進後衝突までの時間は三秒位あったと思うと証言するのである。そこで、このことと信号の現示状況、なかんずく被告人の進路である淡島通りの信号が黄色から赤に変わっても山手通りの信号はすぐ青に変わるわけでなく、全赤二秒を経てから青に変わるものであること、平井智の運転車両は右に引用したとおり、並進車両と同時位に青信号を見て発進し、その衝突までの走行距離が約二〇メートルで、同時に発進した車両のうちセンターライン寄りの車両は被告人車両の接近するのを見てあやうく停止したと認められることなどを綜合すると、本件衝突事故は山手通りの信号が青に変わってから約三秒後に起こったと認められる。以上の事実から淡島通りの信号が黄から赤に変った時点における被告人車両の位置を逆算すると、被告人車両の時速は毎時約五〇キロメートルであるからその秒速は約一四メートルであり、右の全赤二秒と前記の三秒とを加えた五秒間の走行距離は約七〇メートルとなるから、これから交差点の入口から衝突地点までの距離約三〇メートルを差し引けば、被告人車両が交差点の手前約四〇メートルの地点に在った時に信号が赤に変わったことになると認めざるをえない。
(中野 寺尾 粕谷)