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東京高等裁判所 昭和46年(ネ)1237号 判決 1976年5月26日

被控訴人・附帯控訴人(第一審原告猪俣源次郎訴訟承継人)

猪俣利幸

猪俣良二

高田愛子

右三名訴訟代理人

松島寿雄

外一名

控訴人・附帯被控訴人(第一審被告)

浅見幸男

右訴訟代理人

橋本重一

主文

原判決中、控訴人(附帯被控訴人)敗訴の部分を取消す。

被控訴人(附帯控訴人)らの請求を棄却する。

本件附帯控訴を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じ、全部被控訴人(附帯控訴人)らの負担とする。

事実《省略》

理由

一本件土地がもと源次郎の所有であつたこと、同土地につき被控訴人ら主張のとおりの登記が経由されたこと、被控訴人ら主張のごとき定額郵便貯金があつたこと、右貯金は被控訴人ら主張のようにウマミから控訴人に名義変更されたこと、被控訴人ら主張のとおり遺留分減殺の意思表示がなされたこと、被控訴人ら主張にかかる関係人の死亡、相続関係、訴訟手続承継関係はいずれも当事者間に争いがない。

(一)  <証拠>を総合すれば、左記事実を認めることができる。

(1)  源次郎(明治一一年一一月二七日生)は先妻ふくに死別後、昭和一六年二月一九日浅見ウマミ(明治二七年四月一一日生)と婚姻し、終戦後数年経つた頃からウマミの姻戚にあたる控訴人(ウマミの前夫の甥)を引取つて世話をしながら、本件土地の上にある源次郎所有の住家で暮らしていた。やがて控訴人は、昭和三二年頃妻しづ枝と婚姻し、源次郎はその頃から「いずれ将来は家屋敷(本件土地とその地上の建物)を控訴人夫婦にやる。」と家族らに話していた。源次郎夫婦は、源次郎所有の十数軒の貸家の家賃収入によつて生活してきたが、ウマミが老後のことを心配するので、昭和三七年一一月一六日、本件土地をウマミに贈与し、所有権移転登記手続を経由した。また昭和三八年四月一五日本件土地の上にある建物もウマミに遺贈する内容の遺言状(乙第一号証の二)を四分一勇夫に代筆させ、これに自ら署名した上ウマミに交付したこともあつた。さらに同年九月二九日源次郎が長男政幸に代筆させ自ら署名した遺言状(甲第二号証の二)にも、本件土地およびその地上建物は妻ウマミに、熊谷市大字石原字町上一七九四番地の一の宅地およびその地上の建造物一切は孫である猪俣利幸および猪俣良二両名に、同市石原加道り一二六八番地所在の建造物および源次郎所有の財産一切は長男猪俣政幸にそれぞれ遺贈する旨の記載が存する。(もつとも本件土地は、昭和三七年一一月一六日ウマミに贈与して所有権移転登記まで経由していたのであるから、上記各遺言状中本件土地に関する部分は、同土地がウマミに帰属することを確認的に示したものと解するのが相当である。)

(2)  ウマミは昭和四〇年春頃から病床に臥し、昭和四一年六月一三日子宮がんのため死亡するまで控訴人およびその妻しづ枝の看病を受けた。

(3)  昭和四一年一、二月頃、源次郎は、ウマミと控訴人夫婦に対し「家屋敷(本件土地と地上建物)を控訴人名義に移すように。」と話し、その後も早く右登記手続をするよう催足した。当時すでに本件土地はウマミの所有名義になつており、本件土地の上に存する源次郎所有の建物(木造瓦茸二階建居宅一棟および木造亜鉛メツキ鋼板茸平家建居宅一棟)は保存登記を了していなかつたが、後妻の立場にあつたウマミとしては、源次郎の子や孫に対する気兼ねから躊躇していたところ、再三にわたる源次郎の催促に従い、この際、本件土地をウマミから控訴人に贈与してその所有権移転登記手続をするとともに、同土地の上に存する前記建物につき源次郎のため保存登記をした上、源次郎から控訴人に対する贈与による所有権移転登記手続を司法書士に嘱託することにした。

(4)  昭和四一年四月頃、控訴人は右登記手続に要する諸費用の調達ができたので、同月八日右手続の嘱託等のため勤務先から休暇をとり、ウマミと源次郎の指示のとおりに前記登記手続を司法書士に嘱託した。源次郎は前記建物の登記手続嘱託の必要上自己の印鑑を同日控訴人に預ける際も、たまたま見舞に来ていた丸橋絹枝および病床のウマミ両名の面前で源次郎から控訴人に渡されており、源次郎の印鑑証明下附申請に必要な源次郎の委任状も控訴人がわざわざ一旦帰宅して源次郎本人の意思を確かめた上作成された。ところが源次郎は控訴人の留守中自己の印鑑がない等と言い出し、ウマミとしづ枝が、印鑑は控訴人が預つているから心配ないとなだめるのも聞きいれず、「三面記事をにぎわす。」等と騒ぐので、しづ枝がたしなめたところ、源次郎は「しづ枝に叱られたから控訴人にやるのはいやになつた。」と言い出した。同日夕方帰宅した控訴人は、源次郎の右言動を聞かされて困惑したが、源次郎との紛糾を避けるため、源次郎所有の前記建物の右登記手続をすすめることは見合わせることとし、ウマミ所有の本件土地の所有権移転登記手続だけは予定どおりすすめることとし、翌朝直ちに司法書士にその旨の電話連絡をした結果、同月九日本件土地につきウマミから控訴人に対する前記所有権移転登記手続が経由された。

(5)  同月一〇日、源次郎は病床に臥すウマミを残して長男政幸の家に去つてしまつた。その後、源次郎、政幸らは、ウマミに対し本件土地を源次郎に返還せよと迫つたが、ウマミは、右土地はすでに上記のごとく源次郎から贈与を受け昭和三七年一一月一六日ウマミに対する移転登記まで経由したウマミの所有に属するものであるから応じられないと主張して、右要求をはねつけた。

(6)  かくて、源次郎、政幸らとウマミ、控訴人らとの間柄は険悪な状態に立ちいたり、病床にあつて容態のすぐれないウマミは、源次郎らの強硬な態度を嘆きつつ、控訴人夫婦の手厚い看護に感謝して、同年六月二日ウマミの前記定額郵便貯金を控訴人に贈与することにし、郵便局員岩田州夫に指示して控訴人の名義に変更する手続をすませた。

以上の事実を認定することができる。<証拠判断省略>

(二)  被控訴人らは、源次郎は本件土地をウマミに死因贈与した旨、仮りにしからずとするも源次郎のウマミに対する本件土地の贈与は通謀虚偽表示である旨、仮りにしからずとするも共有持分二分の一のみの贈与であつて右持分を超える分は通謀虚偽表示である旨主張するが、事実は前記認定のとおりであつて、<証拠>中右主張に副う部分は措信し難く、他に被控訴人ら主張の右事実を認めるに足りる証拠はないから、被控訴人らの上記主張はいずれも採用できない。よつて、源次郎からウマミへの本件土地の贈与が無効であることを前提とする被控訴人らの請求は、すべて理由がない。

(三)  次に、被控訴人らは遺留分減殺を主張するのに対し、控訴人は右減殺請求権は消滅時効により消滅したと主張するので按ずるに、ウマミの相続人は、夫である源次郎唯一人であることは当事者間に争いがなく、叙上認定の事実によると、源次郎はウマミの死亡した昭和四一年六月一三日に相続の開始および減殺すべき贈与の認識があつたものと認めるのが相当であるところ、右減殺の意思表示がなされたのは昭和四五年六月二日であることは当事者間に争いがないから、右意思表示は、減殺請求権が昭和四一年六月一三日から一年の経過により消滅した後にされたものというべきである。

もつとも、本件記録によると、源次郎は昭和四一年九月一七日、控訴人を被告として浦和地方裁判所熊谷支部に贈与の無効を主張して本件土地の所有権移転登記手続請求の訴を提起して訴訟係属中であつたことは本件記録に徴し明らかである。ところで、民法第一〇四二条にいう「減殺すべき贈与」があつたことを知つた時とは、単に贈与の事実を知つた時でなく、それが減殺をなし得べきことを知つた時を指すと解すべきであるから、遺留分権利者となり得る者が右贈与の無効なることを信じ訴訟上抗争しているような場合は、単に贈与を知つていたとしても、それだけでは「減殺すべき贈与」があつたことを知つていたものとは直ちに断定できない(大判昭和一三年二月二六日民集一七巻二七五頁参照)が、訴訟上無効を主張さえすれば時効の進行を始めないことになると、民法が特別の短期時効を法定した趣旨にも反する結果となるから、無効の主張がなされている場合においても、全くなんらの根拠もない単なる言いがかりに過ぎないことが明らかであるような場合には「減殺すべき贈与」を知つていたものと認めるのが相当であり、無効の主張により時効の進行の開始を阻止し得ないものというべきである。

本件においては、源次郎が昭和三七年一一月一六日本件土地を自らウマミに贈与して所有権移転登記を経由したものであり、しかも昭和四一年一、二月頃から源次郎は再三にわたりウマミ所有の本件土地を控訴人に贈与して所有権移転登記を経由するよう同人らにすすめた結果、同年四月九日その実現を見たものであつて 右は他ならぬ源次郎自身の発意に基づいてなされたものであるところ、上記のように源次郎の不穏当な発言を控訴人の妻しづ枝がたしなめたことをとらえて、源次郎は嫁に叱られた等と言い立て、病床に臥している妻ウマミの身を顧みずウマミを残して長男政幸宅に立ち去り、事を構えて、贈与が無効である等と不当な言いがかりを付けているに過ぎず、結局、源次郎は、ウマミの死亡した昭和四一年六月一三日、本件土地につき減殺すべき贈与のあつたことを知つたものと認めるのが相当であるから、一年の経過により遺留分減殺請求権の消滅時効が完成したものといわなければならない。よつて、減殺の意思表示が有効であることを前提とする被控訴人らの請求もまた理由がない。

(四)  被控訴人らは、前記定額郵便貯金は源次郎の財産管理のためウマミ名義を使用したに過ぎず、仮りにしからずとするも源次郎とウマミとの準共有であるのに便宜ウマミ名義を使用したに過ぎないところ、源次郎の意思に反しウマミと控訴人の両名が前記のようにこれを控訴人の名義に変更したのはウマミと控訴人による共同不法行為であるからこれに因つて蒙つた損害賠償を求めると主張するので按ずるに、まず右貯金が源次郎の財産管理のために単にウマミの名義を使用したに過ぎないとか、又は源次郎とウマミとの準共有の趣旨のもとにウマミの単独名義にしたに過ぎない等の事実を認めるに足りる証拠は存しない。かえつて右貯金はいわゆる出し入れ自由の通常郵便貯金や銀行の普通預金等とは異なり、いわゆる「すえ置期間」のある定額郵便貯金であつて、他に格別の事由のないかぎり、日常家事における家計処理の便宜のためになされたものとは認め難いところ、<証拠>を総合すれば、右貯金証書と印鑑はもつぱらウマミ自身が所持保管してきたことが認められるから、右預金はウマミの預金であつて、源次郎の預金とは認め難く、ウマミの意思により払戻し、譲渡をなしうるものと認めるのが相当である(ウマミは上記のように財産関係をめぐり源次郎との間柄が険悪となり次第に自己の病状も悪化してきたので前途を心配し、看病につとめてくれる控訴人夫婦の誠意に感謝する気持から、右貯金に関する預金者の権利を控訴人に譲渡することとし、郵便局員に連絡のうえ所定の手続を経て控訴人に対する名義変更がなされたものと認められる。)。そうすると、右預金の実質的権利者が源次郎であることを前提とする被控訴人らの損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当といわなければならない。

二以上説示したとおり、被控訴人らの請求は、すべて理由がないから、原判決中被控訴人の請求を認容した部分は不当であり 控訴に基づき、原判決中控訴人敗訴の部分を取消して被控訴人の請求を棄却すべきものとし、附帯控訴は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、第九三条第一項本文を適用した上主文のとおり判決する。

(瀬戸正二 小堀勇 青山達)

物件目録<省略>

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