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東京高等裁判所 昭和46年(ネ)1358号 判決 1973年9月26日

控訴人 渡辺勝良

控訴人 有限会社シスコ観光

右両名訴訟代理人弁護士 熊沢賢博

右訴訟復代理人弁護士 由井秀雄

被控訴人 篠原産業有限会社

右訴訟代理人弁護士 千野款二

主文

一、本件各控訴を棄却する。

二、控訴人らは、各自被控訴人に対し、昭和四六年一一月一五日から原判決添付別紙目録記載の土地建物の明渡ずみに至るまで月額一五万円の割合による金員の支払をせよ。

三、控訴費用は控訴人らの負担とする。

四、本判決第二項は仮に執行することができる。

事実

<全部省略>

理由

(控訴会社に対する請求について)

一、原判決添付別紙目録記載の各土地(以下「本件土地」という)が被控訴人の所有であること、および同目録記載の本件建物がもと本件土地上にあった被控訴人所有の既存建物を改造増築したものであることは、当事者間に争いがない。

そして、<証拠>によれば、既存建物はメリヤス工場であったところ、昭和四三年一一月ごろ訴外社本田鶴雄が請け負って内部を改造しさらに増築して本件建物としたのであるが、その増築部分(約八〇平方メートル)は、既存建物の北側外壁の西半分を取り除きその部分にブロツクを積み上げて防音装置をし、これを南側の壁(一部は既存建物部分への出入口となる)として建てられ、その用途は事務室・更衣室および道路から既存建物への通路であり、既存建物の内部はキヤバレー用の客席ステージに改められたことが認められる。右認定によれば、増築部分は、それ自体では取引上独立性を有せず、構造上も既存建物の一部となったものとみるべきであるから、本件建物は、既存建物の所有者である被控訴人の所有に帰属したものというべきである。

二、ところで、控訴会社が本件建物を昭和四四年一月二七日以降占有していることは当事者間に争いがないので、その占有権原の存否につき次に判断する。

1.被控訴人と控訴人渡辺間において昭和四三年一一月一五日本件土地および既存建物につき請求原因一(一)の(イ)ないし(リ)の内容の賃貸借契約が成立したところ、同控訴人が右賃借権を控訴会社に譲渡したことは、当事者間に争いがない。そこで、右賃借権の譲渡につき被控訴人が承諾したか否かの争点につき判断すると、<証拠>によれば、被控訴人は、昭和四四年一月二七日附念書(乙一号証)をもって控訴人渡辺に対し右賃借権の譲渡を承諾したものと認められる。

これに対し、被控訴人は、同人の経理事務を担当していた訴外田中武人が、昭和四四年一月二七日ごろ控訴人渡辺から、被控訴人の同意を得て来たので本件不動産の賃借人を控訴人渡辺から控訴会社に改める趣旨の書面を作ってほしいとの申入を受け、これを信じて前記念書を作成したところ、その後被控訴人は右同意をした事実のないことが判明した旨主張する。原審・当審における証人田中武人および被控訴会社代表者篠原は、これに副う供述をするが、右供述内容には不自然な点が少なくないのみならず、<証拠>によって認められる次の事実、即ち、(イ)被控訴会社の代表者である篠原兼男は、昭和四三年一一月二〇日ごろ控訴人渡辺の求めにより、控訴会社が本件建物でキヤバレー営業をすることを承諾する旨の書面に調印していることと、(ロ)田中武人が控訴人渡辺に対し前記念書が無効である旨を通知したのは右念書の作成後約四箇月を経過した昭和四四年五月二三日であることに照らすと、前記田中証人および被控訴会社代表者の各供述は措信し難く、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

従って、控訴人ら主張のとおり、被控訴人は控訴人渡辺が控訴会社に対し賃借権を譲渡するにつき承諾したものというべきであるから、控訴会社は、右賃借権の譲受をもって被控訴人に対抗できるものとしなければならない。

2.ところが、被控訴人は、予備的に控訴会社との賃貸借契約を解除したと主張するので、この点につき判断する。

控訴会社が昭和四三年一二月二〇日に本件建物を新築したものとして右建物につき昭和四四年一月二九日所有権保存登記を経由し、根抵当権者を株式会社八十二銀行、債務者を控訴会社、債権元本極度額を三〇〇万円とする根抵当権を同年二月三日右建物に設定し、同月七日その旨の登記を経由したこと、および控訴会社が被控訴人を相手方として飯田簡易裁判所に対し本件建物の所有権確認を求める民事調停を申し立て、右申立書に被控訴人主張のような記載がなされていたことは、いずれも当事者間に争いがなく、<証拠>前認定および争いのない事実に弁論の全趣旨を総合すれば、右各登記および調停申立がなされるに至った事情として、次の事実が認められる。

(一)前記賃貸借契約の際、被控訴人は、控訴人渡辺が賃借建物でキヤバレーを営業するため右建物を若干改造することを承諾したが(この事実は、当事者間に争いがない。)右改造部分の所有権の帰属については、両者間で格別の取り極めもなされなかった。そこで、間もなく、控訴会社は、前認定のとおり既存建物につき改造および増築を行なった。

(二)既存建物は未登記であったが、控訴会社代表者渡辺勝良は、昭和四四年一月下旬唐沢土地家屋調査士に本件建物の表示登記手続をすることを依頼した。その際、渡辺は、唐沢に対し、前記増改築工事の建築確認通知書を渡しただけで、既存建物が被控訴人の所有であることを全く告げなかったので、唐沢は、本件建物がすべて控訴会社の所有であるものと誤信して右登記手続をなし、その旨の登記がなされた。次いで、控訴会社は、本件建物につき前記所有権保存登記を経由した上、株式会社八十二銀行に対し根抵当権を設定し、その旨の登記を経由した。

(三)一方、被控訴会社代表者篠原兼男は、昭和四四年三月ごろ本件建物の表示登記手続をしようとしたところ、右建物につき前記登記がなされているのを発見して大いに驚き、右表示・保存各登記手続および根抵当権設定の各行為は不動産侵奪罪に該るものとして控訴人渡辺を告訴したが、その後両者間で協議した結果、控訴会社は、同月一五日右保存登記が錯誤によるものとしてその抹消登記手続をなし、同日右登記簿は閉鎖された(右告訴および登記抹消の事実は、当事者間に争いがない。)。

ところが、控訴会社は、その翌日被控訴人を相手方として前記調停を申し立て、右申立書には、控訴会社が被控訴人の承諾を得て既存建物のうち屋根・鉄柱だけを存置し、その他周壁床施設に至る一切の物件を取り払った上増改築を行い一、〇九三万円を費しているので、本件建物の所有権は控訴会社に帰属する旨記載されているが、周壁全部を控訴会社が取り払った事実はない。右調停期日は数回開かれたが、増築部分の所有権の帰属につき双方の意見が一致しないため、調停は不成立に終った。

以上のとおり認められるのであって、控訴会社代表者兼控訴人渡辺の原審・当審における尋問結果中この認定に反する部分は措信し難く、他に同認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定によれば、控訴会社としても、その行なった前記増築部分の所有権が附合により既存建物の所有者である被控訴人に帰属したものと考えなければならなかった筈であるに拘らず、右増築後の本件建物につき前記表示保存登記を経由した上第三者に根抵当権を設定するごときは、被控訴人に対する著しい背信行為となることが明らかである。仮に、控訴会社が、右行為の際、本件建物は増改築により同人の所有に属したものと誤解していたとしても、右誤解は、控訴会社の重大な過失によるものというべきであり、被控訴人の諒解を得ようともしないで右各所為に出た(弁論の全趣旨により明らかである。)以上、これが被控訴人に対する著しい背信行為となることには変りがない。この点につき、控訴会社代表者兼控訴人渡辺は、原審および当審における尋問において、同人が唐沢に表示登記手続を依頼したのも、根抵当権設定契約をしたのも前記増築部分に限定してのことであり、既存建物を含む本件建物につき控訴会社名義に表示・保存・根抵当権設定の各登記がなされていることは、被控訴人から抗議を受けるまで全く知らなかった旨供述するが、措信できない。

なお、控訴会社は、被控訴人の抗議・告訴を受けた後前記保存登記の抹消登記手続をしたものの、その翌日本件建物がすべて控訴会社の所有に属することを主張して被控訴人を相手方とする民事調停を申し立て(右申立書には、増改築工事の内容に関し虚偽の記載がある。)、調停の席上も増築部分につき所有権を主張して調停が不成立に終ったのであるから、右保存登記の抹消により控訴会社による前記行為の背信性が消滅したものとは言い得ない。

ところで、被控訴人が昭和四六年三月三日の原審口頭弁論期日で、前記背信行為を理由として控訴会社との本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは、記録上明らかであるが、このように、賃借人に著しい不信行為がある場合には、賃貸人は催告を要せず賃貸借契約を解除できるのであるから、右解除の意思表示により、同日両者間の本件賃貸借契約は終了したものというべきである。

三、控訴会社は、被控訴人が本件賃貸借契約解除の通告後も控訴人渡辺から賃料支払のため交付を受けていた小切手を毎月呈示して支払を受けているので控訴会社に対する信頼関係は失われていないと主張するが、この点に関する判断は、原判決理由五項(原判決二二枚目裏七行目以下二三枚目表七行目まで)の説示と同一であるから、これを引用する。

四、従って、本件土地建物の所有権に基き、控訴会社に対してその明渡を求めるとともに、占有開始後の昭和四六年一一月一五日以降右明渡ずみまで約定賃料額に相当する月額一五万円の割合による損害金の支払を求める被控訴人の本訴請求は理由がある。

(控訴人渡辺に対する請求について)

弁論の全趣旨によれば、控訴人渡辺は昭和四六年一一月一五日以前から本件土地建物を占有していることが認められ、この認定に反する証拠はない。ところが、同控訴人は、その占有権原につき何らの主張も立証もしないから、右土地建物の所有権に基き、控訴人渡辺に対しその明渡を求めるとともに、昭和四六年一一月一五日以降明渡ずみまで月額一五万円の割合による賃料相当損害金の支払を求める被控訴人の本訴請求は、理由がある。

(結論)

以上の次第で、被控訴人の控訴人らに対する本訴請求はいずれも理由があるから、本件各控訴を棄却した上、当審における請求の拡張部分を認容することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 福間佐昭 宍戸清七 裁判長裁判官綿引末男は転任のため署名捺印することができない。裁判官 福間佐昭)

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