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東京高等裁判所 昭和46年(ネ)1837号 判決 1972年10月20日

控訴人 松丸平蔵

右訴訟代理人弁護士 安部正一

被控訴人 宮永康

右訴訟代理人弁護士 伊藤末治郎

主文

一、原判決を次のとおり変更する。

1  被控訴人は控訴人に対し金一五万円を支払え。

2  控訴人のその余の請求を棄却する。

二、訴訟費用は第一、二審を通じこれを八分し、その五を控訴人の、その三を被控訴人の負担とする。

三、この判決は控訴人勝訴部分に限り、仮りに執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

一、控訴人が本件土地を所有していること、被控訴人が昭和二六年一〇月一二日控訴人より本件土地を買い受けたと称し、昭和三九年四月九日千葉地方裁判所より控訴人に対する控訴人主張の仮処分決定を得て、同年四月一五日その旨の仮処分執行としてその旨の仮処分登記がなされたこと、被控訴人が昭和四一年六月一〇日控訴人を被告として、同裁判所に本件土地所有権移転登記手続請求の訴えを提起したが、右訴訟は第一、二審とも被控訴人の敗訴となり、昭和四四年一二月右被控訴人敗訴の判決が確定したことはいずれも当事者間に争いがない。右争いのない事実によれば、被控訴人のした前記仮処分は被保全権利がなかったものというべきであるから、その執行により控訴人に損害を生じたときは一応被控訴人に過失があったものと推定すべきである。

二、被控訴人はその主張の売買契約の成立を信じたことに相当の理由があった、と主張するので検討する。

1  ≪証拠省略≫には、控訴人は昭和二六年一〇月被控訴人に対し、本件土地とその地上建物とを、本件土地については坪当たり金三〇〇〇円、計二四万円、建物については金三三万円と定め合計金五七万円の代金で売り渡し、その代金の内金として被控訴人は控訴人に対し金二〇万円を支払った旨の記載もしくは供述記載があるが、一方原本の存在及びその成立に争いのない甲第一号証(生田乃木次の控訴人あて十月十二日付手紙の写)には(一、土地のことは売買については一応後日の御交渉とすること、(中略)三、残金(家屋代金の)は十一月末日迄に御手渡しすること。」との記載があり、また成立に争いのない甲第二号証(控訴人より生田乃木次あての昭和二六年一〇月一二日付「証」と題する領収証)には、「金二〇万円也家屋売渡代金ノ内金」との記載がある。右土地及び家屋が本件土地及びその地上建物を指すことは≪証拠省略≫によって認められ、甲第一号証の作成日付である「十月十二日」が昭和二六年一〇月一二日であることは右甲第一号証と甲第二号証を対照することによって明らかである。

従って、生田乃木次は昭和二六年一〇月一二日には建物についてのみ売買契約が成立し、本件土地についてはなお交渉中であったことを充分知っていたものと認めるのが相当であり、生田乃木次が自己の認識を正確に被控訴人に伝えたとすれば、本件土地について確定的に売買契約が成立した、と述べるはずはなかったというべきである。≪証拠省略≫によれば、被控訴人自身すら、本件土地の売買代金の支払い時期は定まっておらず、その間に右代金の支払い方法について控訴人との交渉が決裂し、本件土地代金の支払い方法については遂に合意が成立するに至らなかった旨供述しており、また被控訴人が本件土地の売買契約の成立したことを確信するようになったのは、控訴人が被控訴人を相手方として申し立てた調停申立書(乙第一号証)に「控訴人は昭和二六年一〇月頃被控訴人に対し本件土地及び地上建物を金五六万円で売渡すことになり、内金二〇万円を受領した、」と記載されていたことによる旨供述しているのであるから、被控訴人としてはもともと本件土地の売買契約が成立したと思っていたわけではなかったが、前記調停申立書の記載から控訴人が自ら売買契約の成立を認めたのであるから、売買契約は成立したに違いない、と考えるに至ったものというべきである。しかし、右乙第一号証には右のごとき記載ばかりでなく、右記載に続けて、右売買契約はその後合意解除された、と記載されているのであって、控訴人は右調停申立当時本件土地が被控訴人の所有であることを認めていたわけではなく、本件土地に対する被控訴人の所有権を否定していることは明らかである。被控訴人が生田乃木次から聞いたところが、被控訴人本人の供述するとおりであったとしても、土地のように相当の価格の物の売買において、代金支払い方法は契約の重要な要素であるから、その方法について合意が成立していない以上、右売買契約はいまだ成立に至らない、と考えるのが社会の常識というべきである。前記乙第一号証にしても、それが被控訴人の本件土地所有権を認めているものでない以上、これによって被控訴人が本件土地所有権を有するものと信ずるのは早計のそしりを免れない。けだし、一旦契約が成立したが、それが合意解除されたと見るべきか、契約が最初から成立しなかった、と見るべきかは必ずしも明確でない場合もあり得るのであるから、現在相手方が所有権を争っているか、否かをこそ重視すべきであって、相手方の述べることのうち自己に有利な一部のみをとり、不利な部分を捨ててしまうのは相手方の真意を理解するものとはいえないからである。

次に原判決事実第四、被告の主張1のロの被控訴人の主張について考えるに、前記認定のような本件土地売買交渉のいきさつから考えると、本件土地の賃貸借契約が成立していなかったからといって、直ちに本件土地について売買契約が成立したものと信ずるについて相当な理由があったとは言えない。

してみると、被控訴人が本件土地の売買契約の成立、ひいては本件土地の所有権が自己にあるものと信じたことについて相当な理由があったとはいえず、本件土地に対する仮処分執行について被控訴人に過失があったもの、との前記推定を覆すことはできない。

三、また右事情のもとにおいては被控訴人の訴えの提起についても過失があったものと認めることができる。

従って、被控訴人の本件仮処分執行及び訴えの提起は控訴人に対する不法行為を構成するものというべきである。

四、しかし、控訴人としても、乙第一号証に前記のような記載をしたこと(それが控訴人代理人安部正一の作成にかかるものであっても)が、被控訴人をしてそれまで売買契約の成立について半信半疑であったのを、確信に変えた原因であるから、控訴人にも、過失があったものといわなければならない。

五、控訴人が被控訴人の右行為により自負心、名誉感情を傷付けられたことは推測に難くない。また、≪証拠省略≫によれば、前記訴訟の訴訟物の価格が金一一〇万八八〇〇円であることが認められるから、その二割に当たる金二〇万円は弁護士費用として相当というべきであるから、右は被控訴人の前記各不法行為と相当因果関係に立つ損害と認めるのが相当である。

そして前記名誉毀損による慰謝料としては、前記控訴人の過失を斟酌して、金五万円をもって、相当と判断する。また右弁護士費用相当の損害については前記過失を斟酌してその半額である金一〇万円を賠償すべきものと考える。

六、してみると控訴人の本訴請求は金一五万円の損害賠償を求める部分に限り正当として認容すべく、その余は失当として棄却すべきものである。これと異る原判決はその限度で不当であるから、原判決を主文第一項のとおり変更し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条九二条仮執行の宣言について同法一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 白石健三 裁判官 川上泉 裁判官岡松行雄は転補のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 白石健三)

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