東京高等裁判所 昭和46年(ネ)2007号 判決 1973年10月30日
控訴人 香山操子
被控訴人 破産者 尹淑子 破産管財人 新井博
主文
原判決を取消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
(当事者の求める裁判)
控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
(被控訴人の請求の趣旨および原因)
被控訴代理人は、「控訴人は被控訴人に対し金四九九、〇〇〇円およびこれに対する昭和四六年四月二一日から完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。
一、訴外尹淑子(以下破産者尹という。)は昭和四二年三月以後倒産し、昭和四四年三月一五日午前一〇時東京地方裁判所で破産の宣告をうけ、同日被控訴人はその破産管財人に選任された。
二、破産者尹は講元となり、昭和四一年二月六日左記内容の講(以下本件講という。)を設け、同日控訴人は本件講に加入した。
(一) 掛金 金一〇万円
(二) 開催日 毎月六日
(三) 入札の方法により落札
(四) 期間(満会月) 昭和四三年一月
(五) 落札者は落札した金員を借り受け、以後満会月まで分割にて支払う
三、控訴人は昭和四一年六月六日本件講金を一人当り金三四、九〇〇円、講員二四名分として合計金八三七、六〇〇円で落札した。しかるに控訴人は昭和四二年四月分以降最終回までの返掛金の支払をしない。昭和四二年三月の実質掛金は四九、九〇〇円であつたから、控訴人は右金員の一〇回分の返掛金として四九九、〇〇〇円を支払う義務がある。
四、よつて、被控訴人は控訴人に対し右金四九九、〇〇〇円およびこれに対する訴状送達の翌日である昭和四六年四月二一日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(控訴人の答弁および抗弁)
一、(答弁)
被控訴人の請求原因事実中、一、二の事実は認める。同三の事実中、昭和四二年三月の実質掛金が四九、九〇〇円であるとの点および控訴人に四九九、〇〇〇円の支払義務があるとの点は否認し、その余の事実は認める。
二、(抗弁一)
破産者尹が講元となり、昭和四一年二月六日控訴人ら講員二三名との間に締結された本件講契約は、趣味と実益を兼ねた相互扶助を目的事業とする組合契約であり、破産者尹は講元としていわば同組合の業務執行権を与えられた業務執行者たる講員(組合員)である。破産者尹は昭和四四年三月一五日に破産の宣告を受け、同宣告は確定したから、民法六七九条二号により当然に右講(組合)から脱退した。破産者尹の講元としての業務執行権は同人が講員であることを前提としているから、その業務執行権も消滅した。従つて、破産者尹はその講員に対する講掛込金又は返掛金の返還請求権を有せず、その存在を前提とする被控訴人の本訴請求は失当である。
三、(抗弁二)
破産者尹は、講元として講の開催等の先履行義務を有するところ、破産の宣告を受けたためその履行が不能となり、従つて、控訴人らの義務の履行も不能になつた。
四、(抗弁三)
破産者尹は、昭和四一年六月六日現在の控訴人の本件講に対する出資義務の残額が金二九四、二五〇円であることを認めたが、その後控訴人は入札金として九回にわたり計金三五一、四〇〇円を出資したから、差引金五七、一五〇円の過払いとなつている。
五、(事情)
控訴人は本件講において、昭和四一年二月六日から同四二年三月六日までの間に合計金五七六、七五〇円を出資し、一方昭和四一年六月六日には合計金八三七、六〇〇円の落札金を取得したから、控訴人の利得分は金二六〇、八五〇円である。これに対して破産者尹は、最初に二、三〇〇、〇〇〇円を取得し、その後に出資した金員は四七六、七五〇円であるから、差引金一、八二三、二五〇円の利得を得ている。
(抗弁に対する被控訴人の答弁)
一、控訴人主張の抗弁一の事実中、破産の点を除いて否認する。本件は組合的性格の講契約ではなく、消費貸借契約類似の講契約である。従つて、講元である破産者尹は講が継続不能になつたときは、未落札講員に対してすでに支払ずみの掛込金の返還義務を負担し、逆に既落札講員に対しては、掛込請求権を有する。
二、控訴人主張の抗弁二の点は争う。
三、控訴人主張の抗弁三の点は争う。
四、控訴人の述べる事情のうち、控訴人に関する部分は認め、破産者尹に関する部分は争う。
(証拠)<省略>
理由
一、破産者尹が昭和四二年三月以降倒産し、昭和四四年三月一五日破産の宣告を受け、被控訴人がその破産管財人に選任されたこと、破産者尹が講元となつて、被控訴人主張の講契約が締結され、控訴人もこれに加入したこと、控訴人が昭和四一年六月六日落札し、合計金八三七、六〇〇円を取得したこと、控訴人が昭和四二年四月分以降最終回までの返掛金の支払をしないことの各事実は、当事者間に争いがない。
二、そこで、本件講の性質につき判断するに、成立に争いのない乙第一号証の一ないし六、同第二号証、当審における証人尹淑子の証言および控訴人本人尋問の結果並びに前記当事者間に争いのない事実および弁論の全趣旨を綜合すれば、次の事実を認めることができる。すなわち、
(一) 東京在住の韓国婦人達の間で、いつの頃からか親睦の会合をもつために講がはじめられ、この講においては、書面による明確な規約はないが、一般に、講によつて金融を得ようと企てた者が講元、つまり親となつて、二〇人前後の子を集め、月に一回各地の飲食店で例会を開き、第一回の掛金は親が取得し、第二回以降は入札によつてその月の落札者を定め、その落札金額を講加入者が平等に分担して醵出し、その醵出された金額を落札者が取得し、これを加入人数と同数の月数だけ継続して終講にするというものであつて、このような講が東京近辺に在住する韓国人の間に何十となくでき、各人が、これらの講の親になつたり子になつたりするという関係が生じていた。
(二) 本件講も、右に掲げた講の一つであつて、書面による明確な規約はないが、従前から行なわれている方法によるとの暗黙の合意のもとに、破産者尹が講元になり、控訴人を含む二三人が子になつて昭和四一年二月に成立し、昭和四三年一月まで毎月六日に会合を開くことにし、第一回の掛金は一人金一〇〇、〇〇〇円とし、その合計金二、四〇〇、〇〇〇円は講元である破産者尹が取得し、第二回以後は、未落札者のみによる入札の方法によつて、最低金額で入札した者をその月の落札者と定め、その落札金額を二四人で平等に分担して醵出し、その醵出された金額を右落札者が取得し、以後終講に至るまでこの方法で継続する予定であつたが、既落札者の中で後の返掛金を醵出しない者がおり、親である破産者尹においてこれを立替支出することが困難になつたため、昭和四二年三月六日を最後として本件講は開催不能の状態に陥つたが、その清算につき話合も成立せず、今日まで放置されている。
(三) なお、本件講における第二回から第一四回までの一人当りの醵出金額は、昭和四一年三月は二九、一六〇円、同年四月は二八、四八〇円、同年五月は三三、八一〇円、同年六月は三三、九〇〇円、同年七月は三三、三〇〇円、同年八月は三三、二五〇円、同年九月は三三、八五〇円、同年一〇月は三三、三〇〇円、同年一一月は三六、八〇〇円、同年一二月は四〇、一〇〇円、昭和四二年一月は四五、三〇〇円、同年二月は四五、六〇〇円、同年三月は四九、九〇〇円であつた。
以上の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。
右認定事実によれば、本件講は、在日韓国人間の親睦と相互扶助を目的事業とするものであるが、その組織や方法については、わが国で一般に行なわれている組合的性質を有する無尽講と基本的には類似する性質を有しているものということができ、従つて、本件講もまた組合契約の一種として成立したものと認めるのが相当である。もつとも、民法上の組合としての性質を有する無尽講は、講の会合がすすむにつれて講金の既落札者と未落札者間における消費貸借的性格が次第に増加するものと解されるところ(最高裁判所昭和四二年四月一八日第三小法廷判決、民集二一巻三号六五九頁参照)本件講においては二四回開催予定のところ一四回まで終了したというのであるから、結局、本件講は前記の消費貸借的性格の加味された組合契約と認めるのが相当である。以上の認定を覆して、本件講が被控訴人主張のような消費貸借類似の講契約と認めるべき立証はない。
三、次に、前記認定事実によれば、破産者尹は講元となつて本件講を組織し、第一回の掛金は入札によらずして全額取得したのであるから、組合たる性格を有する本件講の業務執行者と認めるのが相当である。
ところで、破産者尹が昭和四四年三月一五日破産宣告を受けたことは当事者間に争いがない。本件講は前記認定のとおり組合たる性格を有するもので講元である業務執行者は組合員即ち講員であることを要するから、破産者尹は、民法六七九条の規定により、右破産宣告の時点において本件講から当然に脱退し、従つて、その時点で本件講の業務執行者たる地位を喪失したものといわなければならない。なお、仮に、無尽講の性質上、講員が破産した場合であつても当然には脱退しないものと解すべきものとしても、民法第六五三条の趣旨により、破産した講員の業務執行権は喪失するものと解するのが相当である。
その他、破産者尹が本件講を離れ、個人的に消費貸借契約を結んだ等の特別事情の立証のない本件では、既に業務執行者たる地位を喪失した破産者尹の控訴人に対する本件返掛金債権が破産財団に属するものとしてこれを請求することは許されない。単に消費貸借類似の性質を基にして本件返掛金債権を請求する被控訴人の主張は採用できない。
四、以上の次第で、被控訴人の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当であり、棄却を免れない。
よつて、右と判断を異にする原判決を取消し、被控訴人の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 上野宏 後藤静思 日野原昌)