東京高等裁判所 昭和46年(ネ)2174号 判決 1973年9月26日
控訴人 新谷秀雄
右訴訟代理人弁護士 昌子篤俊
右訴訟復代理人弁護士 蘆原常一
被控訴人 澤田宣孝
右訴訟代理人弁護士 西田健
右訴訟復代理人弁護士 村岡三郎
右同 川上三郎
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し、東京都杉並区和泉二丁目四二七番地一、家屋番号四二七番一の六、木造セメント瓦葺二階建共同住宅一階七一・四三平方米、二階七一・九六平方米につき東京法務局杉並出張所昭和四五年一月一二日受付第六五三号による所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の主張並びに証拠関係は次に附加するほか原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。
(控訴人の主張)
被控訴人は深沢義治が控訴の趣旨記載の建物を売渡す権限を有していないことを知りながら強引に同人をして売買契約を締結せしめ、暴利を貪ったのであるから右契約は相手方の無権限を知って締結したものとして無効であるのみならず、民法第九〇条の規定にも違反する法律行為として無効である。
(証拠関係)<省略>
理由
控訴の趣旨記載の建物(以下本件建物という。)がもと控訴人の所有であったところ、これにつき被控訴人のため控訴人主張のような所有権移転登記が経由されていることは当事者間に争いがない。
そこで被控訴人の抗弁について判断するに<証拠>によれば次の事実が認められる。
すなわち本件建物については元本債権一一〇万円と一〇〇万円の各担保権が設定されていたところ、昭和四四年一月二四日右担保権に基づく競売開始決定があり、競売手続が進行するに至ったので控訴人は更に金融の必要を感じ、同年一二月初め頃知人の渡辺与志雄に対し本件建物を担保とするか売却するかして資金の調達をすることを依頼し、自己の署名押印のある白紙委任状、自己の住所氏名の記載と押印のある内容白紙の領収証、並びに印鑑証明書を渡辺に交付した。渡辺は友人山田盛栄を通じて深沢に金融を申込んだところ、競売手続中の物件のため売買でなければ応じられぬということであったので渡辺もこれを諒承し、右白紙委任状、領収証並びに印鑑証明書を深沢に交付した。そこで深沢は白紙委任状に委任事項として本件建物売買の件を記入し、建物敷地の所有者森居清から敷地の売却につき委任を受けた上、昭和四四年一二月二四日被控訴人に対し本件建物については右白紙委任状と印鑑証明書を示して敷地と共に売却を申込んだところ、被控訴人は右各書面によって深沢が本件建物売却の代理権を与えられているものと信じ、深沢との間に本件建物と敷地四四坪一合八勺につき、売主を建物が控訴人、敷地が森居、買主を被控訴人代金を五五〇万円とする売買契約を締結し、その旨の売買契約書(乙第一号証)が作成され、被控訴人は代金の支払いを了した。
以上の事実が認められ、証人渡辺与志雄、深沢義治の各証言、原審並びに当審における控訴人尋問の結果のうち右認定に反する部分は措信せず、他に右認定を覆すべき証拠はない。
右認定したところによれば控訴人が渡辺に対し本件建物売却の権限をも与えていたことは明らかであり、前記白紙委任状並びに印鑑証明書の交付はその所持者に代理権を与える旨を表示したことになるものというべきところ、渡辺に対する委任の内容からすれば、右二通の書面は控訴人が右委任をなすに当り、渡辺以外の第三者においてこれを行使するも差支えない趣旨で渡辺に交付したものと解されるから、深沢が渡辺から交付を受けた右二通の書面を利用し控訴人の代理人として被控訴人となした本件建物の売買契約について、被控訴人が深沢の代理権を信じたことに正当の理由がある限り本人としての責に任ずるのが相当である。そして深沢から右二通の書面を示された被控訴人が右のように信ずるについては当然正当の理由があるものと認められるから、被控訴人は前記売買契約によって控訴人から本件建物所有権を取得したものというべく、叙上認定の経緯に照らすとき、右売買契約が民法第九〇条によって無効であるとの控訴人の主張も採用に由なく、<証拠>によれば、被控訴人は深沢を通じて交付された控訴人の印鑑証明書と委任状を用いて本件建物につき冒頭認定の所有権移転登記を経由したものと認められるから登記手続も適法に行なわれたものというべきである。
してみれば被控訴人に対し右移転登記の抹消登記手続を求める控訴人の本訴請求は理由がなく、これを排斥した原判決は相当であって本件控訴は棄却すべきであり、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 綿引末男 裁判官 福間佐昭 宍戸清七)