大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和46年(ネ)2334号 判決 1974年9月25日

控訴人(原告) 国鉄労働組合

被控訴人(被告) 日本国有鉄道

補助参加人 国

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す、被控訴人は、公共企業体仲裁委員会が控訴人と被控訴人間の「賃金ベースの改訂および年末賞与金の支給その他に関する紛争」について、昭和二四年一二月二日にした裁定第四項に基づいて、昭和二五年三月三一日にした原判決別紙(二)の仲裁指示の実行義務あることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠関係は、左記の外、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

第一、控訴人の主張

一、公労法三五条但書の規定は、憲法二五条、二八条、三一条に違反する。

仲裁裁定の制度は、憲法二八条の保障する団体行動権を剥奪した代償として設けられたものであるから、右裁定の効力を公労法三五条但書の規定のように制限することは、合理的理由なく公共企業体等の労働者の生存権、団体行動権を制限剥奪するものであり、憲法二五条、二八条および三一条に違反するといわなければならない。

(1)  争議行為禁止の代償措置としての仲裁の憲法上の意義

そもそも仲裁制度は周知のように、国鉄職員に対し、争議権を剥奪する代償として特に設けられたものである。したがつてそれは、憲法二八条が基本的人権として保障している争議権の代償として、また憲法二五条の「文化的な最低限度の生活を営む権利」の、具体的保障としての意味を有するものであるから、それが実効性をもつことは、制度の不可欠の前提である。すなわち労働基本権の制限は、合理性の認められる必要最少限度にとどめなければならず、その制限がやむを得ない場合には、これに見合う代償措置が講ぜられなければならないのであつて、仲裁制度は右のような代償機能を営むにふさわしいものでなければならない。

ところで仲裁裁定は、第三者をもつて構成する労使紛争の最終的決定機関の決定であり、だからこそ公労法三五条本文は、「仲裁委員会の裁定に対しては、当事者は、双方とも最終的決定としてこれに服従しなければならない」としているのであるが、同条但書によつて、予算上又は資金上、不可能な資金の支出を内容とするものであるときは、結局裁定は拘束力をもたないことになる。これは、予算の拘束力を裁定の効力に優先させたものであるが、このような規定は、以下の理由により著しく不合理であり、かつ「代償措置」としての機能を甚しく減殺するものである。

(2)  予算の性格からみた場合の不合理性

そもそも予算上の拘束をもつて、国家機関と第三者との権利義務関係を規制することは、予算制度の本質に反する。予算の性格は、講学上説の分れるところであるが、「予算の承認は、国会が政府に対して一年間の行政計画を承認する意思表示であつて、専ら国会と政府との間に効力を有する。」と説かれ、あるいは、「予算は、いわば、国家内部的に、国家機関の行為のみを規律し、しかも一会計年度の具体的の行為を規律するという点で、一般国民の行為を一般的に規律する法令と区別される。」と説明されている。

このように予算は、国家機関が資金を支出する場合の内部規律であるから、第三者を拘束しない。国会に予算審議権があるのは、政府機関が恣意的に資金を支出することを抑制するためであつて、国民の権利に対する補償や損害賠償を制限するものではない。国家機関は、予算不足の故をもつて、国民との間に生じた債務を免れうるものではないし、予算の効力は国民に及ばない。

労働組合は、国家機関でないことはいうまでもなく、予算の拘束力をうける立場にない。いわんや、仲裁委員会は、裁判所と同様の機能を営む第三者機関であるから、その裁定の効力を、公共企業体内部の予算や資金の事情にかからせることは、予算制度の本来の趣旨を著しく超えたものである。

(3)  他の公団等との比較からみた場合の不合理性

現に、三公社以外に、政府全額出資による公団、公庫は百近く存在する。例えば道路公団、中小企業金融公庫、日本輸出入銀行等々。これらはすべて政府全額出資の公法人であり、いずれも公共企業体同様、その予算は、政府関係機関予算として国会の承認を要する。さらに関係主務大臣等の監督をうけ、予算の移流用は主務大臣の承認のない限り禁止されているが、公労法三五条但書、一六条のような規定は設けられていない。

右の各公団等の法的性格は、財政面からみれば、公共企業体と何ら異るところがないのであるから、これを公共企業体と区別して取扱う合理的根拠は存しない。もし、公共企業体の財政面の特殊性を理由に、公労法三五条但書のような規定が必要であるというのであれば、他の公団等に何らそのような規定が存しないことの説明ができない。公共企業体のみを他の公団等と区別し、差別的に取扱うことは、この点のみをもつてしても憲法三一条に違反する。

(4)  国際労働慣行からみた場合の不合理性

仲裁裁定は前述のように、団体行動権を剥奪したことの代償措置として設けられているのであるから、その効力を国会または政府機関の自由裁量的承認にかからせるのでは、到底有効な代償措置といえない。このような法制度は、世界の労働法制に例をみないところであつて、国際的な労働慣例および通念にも反している。

昭和三六年五月、I・L・O結社の自由委員会が承認した五四次報告によれば、公労法三五条は次のとおり批判されている。

「本委員会は理事会に対し、次のとおり勧告する。

(a) 基幹的な事業又は職業に従事する労働者のストライキが制限または禁止される場合、その制限または禁止には、あつせん手続およびその裁定があらゆる場合において両当事者を拘束する公平な仲裁機関が付随すべきであり、かつ、かかる裁定は、一旦下されたときは完全にかつ迅速に実施されるべきであるという原則に、本委員会の付している重要性に対し、日本政府の注意を喚起すること、

(b) 大部分の裁定はこれまで完全に実施されてきたとの、日本政府の言明に留意しつつも、これに関連して、理事会が、立法機関への予算権の留保は、強制仲裁機関の下した裁定の条項にしたがうことを妨げるような効果をもつべきでないという原則に付した重要性、およびこの慣行からの離脱は、前号にかかげる原則の効果的な実施を侵害するであろうとの理事会の見解に、日本政府の注意を喚起すること、

(c) 公共企業体および国営企業における争議の解決を規制する法律を、前記の諸原則に照らして検討し、かつ、前記の諸原則が効果的に適用されることを確保するために、右の法律および現行の慣行に対し、いかなる修正を加えることが望ましいかを検討するよう配慮することを、日本政府に示させること、」

さらに、昭和四〇年ドライヤーを委員長とする「結社の自由に関する実情調査委員会」は、日本の官公労使問題を調査して理事会に報告しその承認をうけたが、その報告書では、公労法三五条但書、一六条について次のとおり指摘している。

「本委員会の見解によれば、これらの法律の規定およびこれらに起因する慣行の存在は、団体交渉および仲裁の手続の、公平性と有用性に対する信頼をそこなわざるをえない。したがつて、本委員会は、右に述べた状態が、結社の自由委員会の勧告に照らして、早期にかつ徹底的に再検討されるよう勧告する。」

以上のとおり、国際連合の関連機関であり、国際的な労働慣行と通念を代表するI・L・Oにおいても、公労法三五条但書は不合理であり、ストライキ禁止に不可欠な代償措置としての機能を果たしていないことが、明確に指摘されているのである。

憲法九八条二項は、「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。」旨定めているのであつて、公労法三五条但書について示された、右I・L・Oの勧告および意見は、最大限に尊重されるべきであること多言を要しない。

したがつて同条但書は、仲裁裁定の憲法上の意義、他の政府機関法制との比較等からの検討と相俟つて、憲法二五条、二八条、三一条に違反するものである。

二、公労法三五条但書が、公共企業体労働者の生存権を危くするように運用された事実について、

右にのべたように、公労法三五条は、理論上も団体行動権剥奪の代償でありえないのみならず、社会的現実からしても、公共企業体労働者の生存権を危くし、労使紛争激化の原因をなすように運用された。

すなわち本件係争仲裁裁定は、公労法施行後、国鉄に関する第一回の基本賃金に関する仲裁裁定であつたが、これが履行されなかつたことによつて、控訴組合は重大な打撃をうけ、かつ、わが国における「法の支配」は根本的に揺がざるをえなくなつた。

すなわち、代償措置たる仲裁制度の機能と効果に期待していた控訴組合は、四五億円の支払を命ずる仲裁裁定中、実に二九億九五〇〇万円が不履行となり、しかも被控訴人自らが予算内の措置として履行可能であると言明した一八億七四三万七〇〇〇円中、三億二四三万七〇〇〇円については、主務大臣の承認がないことを理由に履行が拒否されたことによつて、組合員の最低生活の保障さえ奪われ、組合の存立の危機に立たされることになつた。

そのため、控訴組合は、右仲裁裁定の履行について再度にわたり裁判所に仮処分を申請した外、昭和二七年度以降も仲裁裁定の完全実施を求めて、運転保安規整運動などの抗議闘争を行うことを余儀なくされたのである。

このように、本件仲裁裁定の不履行は、その後二十数年にわたり、国鉄における労使関係を悪化させる決定的原因となつた。本件を判断するに当つては、以上のような事実を無視することはできないであろう。

三、本件仲裁裁定の内容は損害賠償的性格を有するものであるから、このような場合にまで公労法三五条但書の適用があるとすれば、右規定は憲法二九条、三一条に違反するばかりでなく、憲法二五条、二八条にも違反する。

本件仲裁裁定は、控訴組合の要求した賃金ベースの改訂ないし年末賞与金についてこれを認めず、控訴組合員がうけた待遇切下げによる損失補償についてのみこれを認めたもので、その内容は、損害賠償的性格を有するものである。

すなわち、本件仲裁裁定審理中に、控訴組合から、「予算の関係で超過勤務手当、夜勤手当、旅費などは、極度に低減又は制限され、実際に勤務しても手当の支給をうけられない例を生じ、又宿舎料の値上げその他によつて、非常な待遇低下となつた。」との申出があり、仲裁委員会で調査を進めたところ、その額が意外に大きく、控訴組合員のうけた損失は、一人当り月額一〇〇〇円を超え、損失額の総額は、昭和二四年度において五八億円と推算された。

仲裁委員会は第一に、現行賃金ベース設定の際よりも、生計費や民間賃金が上昇しているにかかわらず、反対に待遇を切下げることは、社会通念として首肯できないこと、第二に、右待遇の切下げは、いわゆる無協約時代に、被控訴人の一方的意思によつて、強行された不当なものであること、の二つの理由から、右の是正は、本来損害賠償的性格をもつもので、当然全額補償されるべきが筋であるが、被控訴人の支払能力を考慮して、損失総額五八億円の約八割に相当する四五億円についての支払を認めたのである。

本件仲裁裁定は右の経緯によつてされたものであるから、その内容は損害賠償的性格を有するものである。そしてこのような場合にまでも、公労法三五条但書を適用して、予算上又は資金上支出不可能なときは、国会の承認のない限り資金を支出してはならないとするならば、その適用上、憲法二九条、三一条に違反するばかりでなく、憲法二五条、二八条にも違反するものというべきである。

第二、被控訴人の主張

一、控訴人の一の主張について、

(一)  憲法二八条違反の主張について、

憲法二八条の保障する争議権を、すべての勤労者に対し、代償措置なしに制限することが、違憲であるとまでいえるかどうかは甚しく疑問である。

現行法上、争議行為を、何らの代償なしに禁止されている勤労者としては、国家公務員、地方公務員の外、労働関係調整法三六条に規定する安全保持の施設の維持運行に従事する者がある。だとすると、争議行為禁止の理由は、担当する業務の性格や内容によるものであり、それに対し、代償的措置があるかどうかは二次的のものであることが判る。国家公務員や地方公務員に対しては、争議権も仲裁制度も共に認められていないが、だからといつて争議行為を禁止した国家公務員法九八条二項、地方公務員法三七条一項が、合憲であることは明らかである。

国鉄職員について争議が禁止されているのは、企業の公共性と重要性に基づくものであり、したがつてその労使の紛争を、迅速に、平和的合理的に解決するため、仲裁制度が設けられたものである。

(二)  憲法二五条違反の主張について、

憲法二五条が、「すべて国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と規定しているところから、勤労者が争議権を行使すれば、その生存権が必ず確保されると解することは適当でない。

私有財産制を基調とする資本主義経済体制のもとでは、生存権は、具体的には財産をもつことにより、あるいは労働の機会をうることにより、確保されるわけであるが、財産をもつこと、労働の機会をうること、それ自体は資本主義経済組織とりわけ自由主義経済体制のもとにおいては、一つの可能性であるにすぎない。

争議権が、勤労者ないし労働者の生存確保のための手段であるからという理由で、軽々にこれを制限すべきものでないということは、一応合理性のある議論ではあるが、労働者の生存の確保は、労働者を含めた国民全体の生存の確保の要請のうちに、調和的な実現をみるべきものであり、そのこととの関連から、必要な制約をうけることを当然に予定している。また、争議権の行使についても、その前提となる資本制社会の構造を維持しつつ、その生存を確保しようとするものであることから、これとの調和と妥協のあることも当然のことである。争議権制限の際に講ぜられなければならない代償措置というのも、資本制社会において労働者が争議権を行使して確保できるのと同程度の代償措置を指し、これ以上でもこれ以下でもない。

以上要するに、一般労働者が賃金の値上げを要求して争議権を行使しても、使用者は、その支払能力を超え、企業が破壊される結果になるような場合に、その要求に応ずることはできないのであるから、資本制社会においては、労働者が争議権の行使によつて獲得しうる経済的利益には、おのずから合理的な限度があり、この限度を公共企業体職員について定めたのが、公労法一六条であり、三五条但書である。

以上の観点に立つて考察すれば、公労法三五条但書が憲法二五条、二八条に違反するという控訴人の主張は、失当であることは明らかである。

(三)  憲法三一条違反の主張について、

憲法三一条の趣旨および適用範囲については、広狭さまざまに解釈されている。控訴人は、憲法三一条を、財産的保障までも規定したものであると主張するものと考えられるが、これでは、憲法二九条の外にも三一条が、二重に財産の保障をしたことになり、正しい解釈といえない。かりにそうでないとしても、右主張は、すでに述べたように、その前提となる公労法三五条但書が憲法二五条、二八条に違反するという主張が失当であるので、その前提を欠く主張となり失当である。

(四)  予算の性格からみた場合の控訴人の主張について、

公労法は、仲裁裁定の定めた金額の支払について、それが予算上、資金上不可能な資金の支出を内容とするものである限り、国鉄とその職員との関係を、控訴人主張のように、第三者に対する支払関係とみていない。このことは、同法一六条、三五条の規定文言からしても明らかなことである。

(五)  他の公団等との比較からみた場合の控訴人の主張について、

政府全額出資の企業体や、国営ないし地方自治体経営の現業庁の労使関係を、法律上どのように取扱うかは、一にその企業体なり、現業庁の行なう、業務の内容等を勘案して、立法で定める問題である。その業務の性質が公共性の強いもので、その停廃が国民生活全体の利益を害し、国民生活に重大な障害をもたらすおそれのある場合には、その労使の紛争について仲裁制度を設け、その裁定に対し、公労法三五条但書、一六条や地方公営企業労働関係法一六条、一〇条のような定めをしても、すでに述べたところによつて明らかなように、これらの規定は憲法に違反するものではない。

(六)  国際労働慣行からみた場合の控訴人の主張について、

控訴人は昭和三六年五月のI・L・Oの五四次報告や昭和四〇年のドライヤー報告を挙げている。しかし右報告は、憲法九八条二項にいう「条約」でなく、また「確立された国際法規」ともいえず、したがつて、同条違反の問題は起らないものである。

二、控訴人の三の主張について、

本件仲裁裁定は、損害賠償的のものではない。

被控訴人は、右裁定書にいうところの、「職員に対する待遇の切下げ」という事実はこれを争わないものであるが、昇給昇格の繰延べ、宿舎料の値上げ等、いわゆる職員に対する待遇の切下げは、一般の企業においても、その経営が苦しくなれば、経費を切詰めるため、やむを得ずとる通常の手段で、それが待遇の低下とはいえても、職員に対する労働契約上の権利を侵害したとか、あるいは労働契約上の債務を履行しなかつたとか、いえるものではない。

したがつて、この点について損害賠償というようなことは考えられないし、また、これと関連しての憲法違反ということも考えられないのである。

第三、当審における証拠関係<省略>

理由

当裁判所も、控訴人の訴の変更は許容されるが、右請求は失当であると判断する。その理由は、次に記載する外、原判決の理由と同一であるから、右記載を引用する。

第一、公労法三五条但書の規定が、憲法二八条、二五条、三一条に違反するとの主張について、

一、控訴人は、仲裁裁定の制度は、争議権剥奪の代償的機能を営むものであるから、その趣旨に添わない公労法三五条但書の規定は、憲法二八条に違反すると主張しているので、この点について判断する。

(一)勤労者の団結権、団体交渉権、争議権等の労働基本権は、すべての勤労者を通じ、その生存権保障の理念に基づいて憲法二八条の保障するところであるが、これらの権利であつても、もとより何らの制約も許されない絶対的なものではなく、国民生活全体の利益の保障という見地からの制約を、当然に内包しているものと解釈しなければならない。

そして本件で問題となつている国鉄については、公労法一七条一項が、その職員に対し争議行為を禁止しているのであるが、そのことは、国鉄が公共企業体として有する公共的性格の度合が強く、業務の停廃が国民経済を著しく阻害し、公衆の日常生活を著しく危くするおそれがあることに基づくものとして是認せられるのである。

ところでこのように、勤労者の提供する職務または業務の性質により、労働基本権を制限することがやむを得ない場合にも、これに見合う代償措置が講ぜられなければならないと解すべきものであつて、仲裁委員会のする仲裁の制度が、国鉄職員に対し、争議行為を禁止したことに対する代償的機能を営むものであることは、否定することができないであろう。

(二)  ところが、公労法三五条本文(昭和三一年法一〇八号による改正前のもの)は、「仲裁委員会の裁定に対しては、当事者双方とも最終的決定としてこれに服従しなければならない。」と定めながら、同条但書は、「但し第一六条に規定する事項について、裁定の行なわれたときは、同条の定めるところによる。」とし、公共企業体の、予算上または資金上不可能な資金の支出を内容とする裁定は、政府を拘束せず、国会の承認のない限り、そのような裁定に基づいて、いかなる資金の支出もしてはならないとしている。

そして国鉄の経理を客観的にみて、既定予算内における「目」の流用により裁定の履行が可能であつても、大蔵大臣がその流用を承認しないときは、右にいう予算上不可能な資金の支出に当ると解すべきことは、前記説示のとおりであるから、この場合右仲裁裁定は拘束力を有しない。

そこで控訴人は、このような仲裁裁定では、前記代償機能を果たすことができないから、憲法二八条に違反すると主張するのである。

確かに、原本の存在とその成立に争のない甲第三号証の一、二によれば、被控訴人である国鉄の人件費は、予算上いずれも「目」において規定されていることが認められるので、職員の給与の改善を内容とする裁定を履行するためには、少くとも予算の流用を必要とするのが通常である。そして予算の流用が許されるかどうかが大蔵大臣の承認の有無によつて左右され、右承認をするかどうかは大蔵大臣の裁量によるものだとすると、仲裁裁定の実効は、さらにそれだけ減殺されることになる。

この意味において、予算の流用の承認が、仲裁裁定に基づく給与の支出に関する場合は、他の一般の行政上の必要に基づく場合とは事情を異にする面があるといわなければならない。昭和三一年の改正の際、公労法三五条に、「・・・政府は、当該裁定が実施されるように、できる限り努力しなければならない。」との規定が加えられたのも、この点に関する正しい認識に基づくものということができる。

(三)  しかしながら、代償措置としての仲裁裁定に絶対性をもたせ、政府や国会を拘束するのでなければ、憲法二八条に違反するとまでいわなければならないかどうかは別個の問題である。なぜかといえば、国鉄職員の権利の保護という点だけからいえば、裁定が必ず実行されるという制度的保障のあることが望ましいのはいうまでもないが、他面、国鉄の財政上の能力が、裁定の効力にも影響を及ぼさざるを得ないのであつて、この点の立法については、両者の間の調整が必要となるからである。そこで次にこの点について検討する。

(1) 前述のとおり国鉄は、従前国有国営であつた鉄道事業が、法人格を与えられて独立したものであつて、一応企業体としての、独立性と自主性が認められてはいるが、その資本は全額政府出資であり、その予算は国の予算と同様に取扱われていたものである。であるから、国鉄の歳出入予算は、国会の議決を経なければならないものであり、給与等の資金の支出は、この予算どおり執行されなければならない。また、国鉄が財政の面において国の行政機関と同一に取扱われることから、国鉄職員の給与についても国家公務員に準ずる取扱を必要とし、給与等が労働協約や裁定によつて定まつた場合にも、予算を通して国会がこれを審議する機会を有するべきものである。その場合、既定予算どおりの資金の支出によつて履行可能な協約および裁定については、国会はすでに右予算の審議を通じ、その内容を包括的に承認しているのであるから、再度国会の審議および承認を必要としない。これに反し、既定予算どおりの資金の支出によつては、履行することのできない協約および裁定については、国会はまだその内容について審議せず、したがつて承認もしていないから、新たにこれを国会の審議に付した上、その議決に従つて処理することを要する。公労法一六条、三五条但書の規定は、この要請に基づいて設けられたものと解すべきである。

ただ前記のように、予算の流用の制度があり、これによつて大蔵大臣の承認があれば、実質的に予算を組替えたと同様の結果となるのである。だとすれば、大蔵大臣が流用について承認を与えるかどうかの決定は、国会が予算の組替えをするのと同様の立場から、すなわち単に国鉄の財政面からだけでなく、国政および国家予算全般という政治的行政的立場から行なうべきものであり、しかも、もし承認を与えなかつた結果支出不可能となつたときは、政府は一定期間内に、裁定を国会に付議してその承認を求める手続をとらなければならない義務を負担し、最終的には国会の決するところに従うこととしている。

以上を要するに、公労法三五条但書の規定が設けられたのは、国鉄の予算について、国会の審議権を確保する必要によるものであり、右但書により、大蔵大臣の承認のない限り、予算の流用により仲裁裁定を履行することができないとされるのも、同様の理由によるものである。

(2) 一方、右のような仲裁制度が代償措置としての機能を果たしえないというのは当らない。すなわち、政府が裁定実施のため努力する義務を負うことは、それが明文化される以前においても、仲裁制度の趣旨からいつて当然のことであつたのであるから、政府および関係者の良識により、事態の円滑な処理が可能なのであつて、仲裁制度が国鉄職員の権利の保護に資する程度は、争議権の行使による場合に比して著しく劣るものとはいえないからである。現に本件裁定においても、大蔵大臣は、国鉄が支出可能とした一八億七四三万八〇〇〇円のうち、一五億五〇〇万円について流用を承認しているのである。

以上のとおりであるから、仲裁裁定の効力の制限はやむを得ないものであり、右制限にもかかわらず、仲裁制度に対し、職員の労働条件の維持向上の保障としての役割を十分期待できるものというべきである。したがつて、仲裁裁定に絶対性をもたせ、仲裁裁定は少なくとも政府を拘束するものでなければならないとし、この趣旨に反する公労法三五条但書の規定は憲法二八条に違反するという、控訴人の主張は、その理由がないことは明らかである。

(四)  もつとも従来、賃金改訂についての仲裁裁定のうち実施されなかつたものもあり、また実施の時期が、裁定の指示した時期よりも遅れたものが尠なくないことは、公知の事実である。このような事態が、組合側をして、裁定を実施させるための実力行使に向わせることともなつたであろうことは、容易に考えられるが、そのような事情を考慮に入れても、公労法三五条但書が憲法二八条に違反するものとはいえない。

二、控訴人はまた、憲法二五条違反を主張している。

しかしながら、憲法二五条は、すべて国民が、健康で文化的な最低限度の生活を営むことができるよう国政を運営すべきことを、国家の責務として宣言したものであつて、これによつて国民が、直接に、現実的な生活権を保障せられたものではないから、公労法三五条但書が憲法二五条に違反するとして違憲立法審査の問題を生ずる余地はない。

三、控訴人はさらに、公労法三五条但書の規定は、左記のような点からみても不合理な規定であり、基本的人権制限の場合の憲法原則に反し、憲法三一条に違反すると主張しているので、考えてみよう。

(一)  控訴人はまず、予算の性格からみた不合理をいう。

しかしながら、公労法三五条但書、一六条は、国鉄の予算上または資金上不可能な資金の支出を内容とする、協定ないし仲裁は、国会による承認があつたとき、始めて効力を発生するとするものである。したがつて、すでに生じた国民の権利義務を予算によつて左右するものではない。その意味において、控訴人のいうように、「例えば国鉄に事故が起り、被害者に損害賠償を支払わなければならないときに、予算がないとの理由でこれを拒否しえない。」というのとは、全く異なるものといわなければならない。

(二)  控訴人はまた、他の公団等との比較からみた場合の不合理をいう。

しかしながら、同じく政府全額出資の企業体といつても、その労使関係をどのように取扱うかは、業務の内容等を勘案して立法で定める問題であるから、道路公団、中小企業金融公庫、日本輸出入銀行等の、公団、公庫については公労法三五条但書のような規定がないからといつて、右条項を憲法三一条違反ということはできないし、また著しく不合理であるということにもならない。

(三)  控訴人はさらに、国際労働慣行からみた場合の不合理をいう。

しかしながら、控訴人の挙げているI・L・Oの五四次報告やドライヤー報告が、憲法九八条二項にいう「条約」でなく、また「確立された国際法規」ともいえないことは明らかであるばかりでなく、右報告が現行制度の検討を勧告しているからといつて、公労法三五条但書の規定が著しく不合理であるとか、憲法違反であるとかいえないことは、いうまでもない。

したがつて、憲法三一条について、かりにそれが、刑罰に対する保障のみならずひろく財産の保障までを含み、手続のみならず実体的要件についても定めたものであり、法律そのものが合理的な内容のものでなければならないということまでも要求していると解するとしても、公労法三五条但書が憲法三一条に違反するといえないことはすでに述べたところから明らかである。

第二、控訴人は、本件仲裁裁定は、控訴人組合の職員が受けた待遇の切下げを是正するという、損害賠償的性格を有するものであるから、このような場合にまで公労法三五条但書を適用することは、憲法二九条、三一条、二五条、二八条に違反すると主張している。

しかしながら、本件裁定が、所論のように、国鉄の経理上の都合により、職員が被つた待遇の切下げを是正したものであるとしても、仲裁裁定上の債務である以上、特定の具体的な損害賠償請求権あるいは損失補償請求権に基いて給付を命ずる、裁判や民訴法上の仲裁とは異なるのであるから、公労法三五条但書のような制約を設けても、憲法二九条、三一条、二五条、二八条に違反するとはいえない。

そうすると、控訴人の本訴請求を失当として棄却した原判決は相当であるから本件控訴を棄却し、控訴費用の負担について民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岩野徹 中島一郎 桜井敏雄)

原審判決の主文、事実及び理由

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一 原告

1 被告は原告に対し、公共企業体仲裁委員会が原告と被告との間の「賃金ベースの改訂および年末賞与金の支給その他に関する紛争」について昭和二五年三月三一日仲裁指示第三号をもつてなした別紙(二)記載の指示の実行義務あることを確認する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

との判決。

二 被告

主文と同旨の判決

第二請求原因

一 被告(以下国鉄ともいう)は日本国有鉄道法によつて設立された公法人であつて、公共企業体労働関係法(昭和二七年法律第二八八号による改正前、以下公労法という)によつて公共企業体とされている。原告は被告の職員を組合員とする法人格を有する労働組合である。

二 原告と被告とは、賃金その他雇用の基礎的条件に関する成文の労働協約を結ぶため毎年少くとも一回団体交渉の義務があるのであるが、昭和二四年度の団体交渉においては、

(1) 賃金ベースの改訂

(2) 年末賞与金の支給

の二点について交渉は決裂した。そこで原告は同年九月一四日国鉄中央調停委員会に調停申立をし、右調停委員会の調停案を受諾したが、被告において受諾しなかつたので調停は不調となつたため、更に同年一〇月二八日公共企業体仲裁委員会に仲裁申請をしたところ、仲裁委員会は同年一二月二日職員の労働条件に関して別紙(一)のとおり裁定をした(以下本件裁定という)。

三 仲裁委員会の裁定は、原告と被告が労働協約を締結したと同一の効力を生ぜしめるから、労働協約の場合に準じて裁定書を作成することにより即時規範的効力と債務的効力を併せ発生するのである。

従つて、

(一) 本件裁定の規範的効力によつて、被告は原告の組合員に対し、

1 予算上資金上支出可能な部分については原告とその配分方法を協議決定のうえ、即時これを支払うべき義務を、

2 予算上資金上支出不可能な部分については、支出可能となることを条件として、右のように配分して支払うべき義務をそれぞれ負うものであり、

(二) 本件裁定の債務的効力によつて被告は原告に対して裁定各条項の実行義務を負うものである。

四 しかして被告は本件裁定に関し、昭和二四年一二月一〇日運輸大臣を経て大蔵大臣に対し昭和二四年度公布既定予算内より、(イ)損益勘定において(A)石炭費の節約により五億六、三三九万六千円、(B)修繕費の繰延べにより一一億六、六六〇万四千円、(ロ)工事勘定において人件費その他の節減により七、七四三万七千円、以上合計一八億七四三万七千円を支出可能として、これが費目の流用並びに昭和二四年度第三、四半期支出負担行為計画額の修正の承認を求めたところ、大蔵大臣はこれに対し、(イ)損益勘定において(A)石炭費の節減による部分は申請どおり五億六、三三九万六千円、(B)修繕費については八億六、三一九万一千円、(ロ)工事勘定において七、八四一万三千円、合計一五億五〇〇万円についてのみ流用承認をなした。被告は同月中右流用承認額(職員一人当り平均三〇〇一円)を年末臨時給与として被告職員に支払つたが、前記差額部分三億二四三万七千円については大蔵大臣の承認が得られずまた国会の承認議決がなかつたことを理由に支払わない。

五 原告は昭和二五年三月三〇日公共企業体仲裁委員会に対し、本件裁定第四項に基づき前記差額分の配分法についての指示申請をしたところ、同委員会は翌三一日仲裁指示第三号をもつて、別紙(二)のとおりの指示をした。

六 これによつて原告の組合員は被告に対し一人当り六〇五円宛の賃金債権を確定したものとして取得するに至つた。

よつて原告は被告に対し右賃金債権の実行義務あることの確認を求める。

第三原告の訴の変更に関する被告の主張および原告の反論

一 被告の主張

原告が申請人、被告を被申請人とする東京地方裁判所昭和二五年(ヨ)第三五五八号仮処分申請事件において同裁判所が昭和二五年二月二五日なした、「被告は本件裁定に従わなければならない」旨の仮処分判決につき、被告のなした起訴命令申立に基づき、同裁判所が起訴命令を発し(昭和二五年(モ)第七四四号事件)、これに対し原告が提起したのが本件訴訟であり、当初の請求の趣旨は「被告は本件裁定を実行しなければならない」というものであつた。

ところで、民訴法七四六条の趣旨、目的は、保全処分によつて保全された請求権の存否を確定することにより、仮処分債務者の負担する保全処分によつて形成された暫定的法律状態の拘束から、仮処分債務者を脱却せしめるところにある。

従つて同条にいう本案訴訟は保全処分によつて保全された請求権の存否を確定する手続であり、またその目的とする請求権は保全処分の請求権と同一性を有するものでなければならない。

そうすると、請求の基礎に変更がなくとも、保全処分により保全された利益が減縮変更された場合の請求権は右の意味の同一性がないというべきである。けだし、本案訴訟の請求の減縮変更により、保全された請求権中には、本案訴訟で請求されない部分が残り、この残された請求権は依然不確定浮動的なもので、被告は依然保全処分の存続による負担から脱しえず、かかる状態を是認するがごとき請求の減縮変更を本案訴訟で許すことは民訴法七四六条の前記趣旨に反する。なお本件では、右仮処分判決が控訴審で取り消され、最高裁でも上告棄却となつたが、右法条にいう本案訴訟は保全裁判所の保全処分の裁判があつたことを前提としての規定であるから、保全処分のその後の運命とは関係がない。従つて原告の右訴の変更は不適法である。

二 原告の反論

被告主張の仮処分判決はその後取り消され、被告としては、保全処分による拘束をうける浮動的状態は現に存しないわけであるから、被告の右主張は実益がない。

また保全処分と本案訴訟の同一性は、請求の基礎において判断さるべき問題であり、本件で被告は請求の基礎に変更がないことを争つていないから、保全処分の請求と本案訴訟の請求の同一性が失われるいわれはない。さらに本案訴訟の請求の範囲が保全処分の請求の範囲より狭い場合でも、保全処分の全てが取り消されるわけではなく、超過した限度で取り消されるか、または超過の保全処分の範囲で損害賠償請求の問題が生ずるにすぎない。

以上いずれにしろ、本件において請求の趣旨の減縮変更が許されないとする根拠はみあたらない。

第四請求原因に対する答弁と主張

(答弁)

請求原因一ないし五は全部認める。

(主張)

一 本件裁定は、既に支払を了した一五億五〇〇万円の部分を除いては公労法第一六条にいう被告の予算上又は資金上不可能な支出を内容とする場合に該当する。

(一) 公労法第一六条にいう「公共企業体の予算上又は資金上不可能な支出を内容とする」場合に該当しないためには、(1)被告の既定予算中給与の「目」自体において支出の余裕ある場合、(2)財政法第三三条三項の規定により国鉄総裁限りで予算を流用しうる場合、(3)同条一項、二項および、予算決算および会計令第一七条により大蔵大臣が予算の移流用を承認した場合、(4)財政法第三五条二、三項により、閣議において予備費使用の決定をした場合のいずれかでなければならない。即ちこれら財政および会計諸法令の適用により、予算に支出の余裕の存する場合に限られるのであるが、本件裁定については、前記一五億五〇〇万円の部分のみが右(3)にかかげる大蔵大臣の承認によつて支出可能となつたが、その余の部分については右(1)ないし(4)のいずれにも該当しないので、予算上支出不可能というほかない。なお公労法第一六条にいう「資金上」とは、公共企業体の資金を供給するため特別の機構が設けられる場合を予想しての規定であるが、現在はこのような機構は未だ存しないのでここでは問題とならない。

(二) ところが公労法第一六条を、右にかかげたような財政上の諸規定に対する特別法と解し、客観的に移流用又は予備費の支出等の余裕がありさえすれば、大蔵大臣の承認又は内閣の決定等の行政行為を要せずして、公労法第一六条の解釈上支出可能とする見解がある。この見解は結局仲裁委員会が実質上これらの行政行為をなしたのと同一の結果をもたらせようとするものであるが、右の承認や決定は極めて高度の政治的責任を伴う最高度の行政行為であつて、公共企業体の財政内容は勿論、国家財政全般につき精密な資料に基づく広般且つ適確な視野に立ち得るものにしてはじめて可能であり、法は大蔵大臣又は内閣をもつてしてはじめてこの地位に立ち得るものとしているのである。このような実質に着目するならば、裁定の場合においてもなお大蔵大臣の承認又は内閣の決定が必要であることは明らかである。

仮にこの点を消極に解したとしても、本件裁定は一五億五〇〇万円を除くその余の部分については、客観的には支出不可能なものである。すなわち、大蔵大臣が承認しなかつた前記差額分三億二四三万七千円は、国鉄総裁が既定予算の修繕費中線路の保守費・機関車の修理費等を繰り延べることによつて本件裁定の一部に捻出充当する意図をもつて流用の承認申請をなしたものであるが、右の如き経費を繰り延べることは国鉄の運営上障害を来たし、ひいては公共の福祉を害することになるので大蔵大臣が削減したものである。従つて右差額分は国鉄の業務の運営上必要欠くべからざる経費で本件裁定に融通支出することはできない性質のものであるから、本件裁定は一五億五〇〇万円のみが客観的に支出可能であつて、その余の金額は客観的に予算上不可能な支出を内容とするものといわねばならない。

(三) 又大蔵大臣の承認や内閣の決定を要するとしても、裁定に関する限り、これらは法規裁量行為であるとし、更に進んで現実にこれらの行政行為がなくとも裁判所はこれらの行為があつたと同一の結果となるような支払を命じ得るものとする見解がある。しかしながら、承認又は決定という行為の実体に着目すれば、単なる予算の実施(支出行為)の限度を超え、予算上新らしい「項」の設定ないしある「項」の経費の金額の増加としての性質を有しており、それは本来国会の予算審議権の範囲に属するものであるが、ただ予算を有機的かつ合目的々に機に臨み変に応じて有効適切に使用せしめるため行政庁にその権限を委ねたのであり、しかもその重要性に鑑み最も直接に国会に対して責任を負う大蔵大臣又は内閣をしてその任に当らしめたのである。しかして大蔵大臣又は内閣が承認又は決定をするに当つては、単に公共企業体の経理のみに着眼することをもつては足らず、前記(二)の如き高度の政治的観点に立つてしなければならないのであるから、右は自由裁量行為たること明白である。又仮りに百歩を譲つて大蔵大臣又は内閣の承認又は決定が法規裁量行為であるとしても、そのことは行政庁の行為自体を不要ならしめるものではないから、大蔵大臣又は内閣が法規裁量行為をしないからといつて、裁判所はその行為があつたものとして、或いはこれをなしたと同一の結果を招来するような判断はなし得ない。

(四) なお前記(二)以下の見解は、公労法による仲裁制度の趣旨を、公共企業体の職員から争議権を奪つた代償として認められたものであり、この仲裁制度があるからこそ、公共企業体の職員から争議権を剥奪しても適憲たるを失わないのであると解し、これを根拠とするのであるが、しかしながら争議権の剥奪と仲裁制度の設置とは本来無関係なものであり、それぞれ別個の理由に基づくものである。一般私企業にあつては、争議権と仲裁制度が同時に認められ、国家公務員にあつては争議権も仲裁制度も共に認められていないが、共に適憲たるを失わないが、公共企業体の職員について争議権が剥奪されているのは、企業の公共性と重要性に鑑み、国家公務員と同様、憲法第一五条二項の全体の奉仕者たる性格を有し、これに対し争議権を賦与することが憲法第一二条後段及び第一三条の公共の福祉と調和し難いからであり、仲裁制度を認めたから争議権を剥奪したものではない。従つて、極論すれば、仮りに仲裁制度を設置することなく、公共企業体の職員から争議権を剥奪しても、国家公務員の場合と同様適憲たるを失うものではない。公共企業体とその職員の間に、特に仲裁制度を認めたのは国家公務員の場合と異なり、団体交渉権と労働協約締結権を認めたことに基ずくものである(国家公務員法第九八条二項、公労法第八条参照)。すなわち一方が団体交渉又は労働協約の締結に応じないときには、この団体交渉権及び労働協約締結権は無意味になるので、この権利を保障し、且つ、これに関する紛争を急速、平和的かつ合理的に解決するために、仲裁制度が設けられたのであつて、争議権の剥奪とは、無関係のものである。このことは、仲裁の申請が、争議権を剥奪された職員の側からだけではなく、公共企業体その他の者から、例えば賃金値下等についても、なされ得ることに徴しても、明らかである(公労法第三四条参照)。

二 本件裁定の効力

(一) 日本国有鉄道は、従前国の行政機関である運輸省が経営していた当時とは異なり、国から独立した公法上の法人であり、その経営の面においては自主性が認められている。しかし、日本国有鉄道は、その資本金の全額が国家の出資よりなる完全国有の法人であることから、実定法上、財政の面においては、国の行政機関と同一の取扱をうけ、国会の管理に服している(日本国有鉄道法第五条、旧(昭和二六年法律第二六二号による改正前)及び現行第三六条以下)。

従つて、日本国有鉄道が債務負担行為をすることができるのは、本来国の行政機関と同様、歳出予算の金額の範囲内の場合及び当該債務負担行為について予め予算を以つて国会の議決を経た場合に限られ(旧日本国有鉄道法第三六条、財政法第一五条、現行日本国有鉄道法第三九条の二)、かかる既定予算の範囲を超える支出を内容とする債務負担行為は、本来無効である。殊に、公労法による労働協約及び裁定の如く、日本国有鉄道と第三者との間の取引関係についてされた債務負担行為ではなくして、日本国有鉄道とその機構の構成分子たる職員との間の換言すれば日本国有鉄道の機構内の関係においてされた債務負担行為にあつては、それが既定予算の範囲を超える支出を内容とする場合においては、本来無効である。

しかし、かかる労働協約及び裁定が無効であるのは、一に、国会によつてこれに要する予算的措置が講ぜられていないこと、従つて、又はその予算の審議を通じてされるべき当該労働協約及び裁定の内容の当否についての判断を経ていないことに由来するのである。従つて、かかる労働協約を締結した後、又はかかる裁定がされた後において、国会がこれに要する財政的措置を講ずることの可否及び当該労働協約又は裁定の内容の当否について審議し、国会がこれを承認したときに、その労働協約及び裁定を遡及的に有効ならしめることは、何等差支えないのみならず、公労法において認めた労働協約及び裁定を尊重する立場にも適合するわけである。かような理由に基ずいて、これを明文化したのが、公労法第一六条及び第三五条但書の規定である。かく解すれば、国会の承認は、無効行為の遡及的追認行為又は能力の遡及的補充行為と解するのが妥当である。

しかして、本件裁定の内容は、前記一の(一)で論じた如く、その予算上又は資金上不可能な支出を内容とするものであり、しかも、本件裁定については、政府は、公労法第三五条及び第一六条にいう予算上資金上不可能な支出を内容とする場合に該当するものとして昭和二四年一二月一二日第六回国会開会中の衆議院に対し、その議決を求めるため該裁定を提出し、同月一九日これを右裁定中前記一五億五〇〇万円以内の支出を命ずる部分を除き残余について議決を求める旨に訂正したが、衆議院は同月二一日これを承認しない旨議決して参議院に送付し、参議院は同月二三日条件付にて承認の議決をなしてこれを衆議院に回付したところ、翌二四日衆議院は該回付案を否決し且つ両院協議会を求めることも否決した。その後会期を終るまで本件につき何等の議決なく、茲に衆参両院の一致をもつて構成される国会の意思は裁定の右の部分を承認せざることに確定したものであるから、本件裁定は国会の追認的行為又は能力補充的行為がなされないことに確定したことによつて、永久に効力を発生するに由なきものとなつたといわなければならない。

(二) かりに、債務負担行為をするについて、既定予算に拘束されるのは、日本国有鉄道だけであつて、債務負担行為を内容とする労働協約及び裁定が既定予算の範囲を超えても、本来その効力に影響がないという解釈を採るとしても、かかる既定予算の範囲を超える債務負担行為を内容とする労働協約及び裁定は、公労法第一六条及び第三五条但書の規定によつて、国会の承認のない限り、効力を発生しないものと解すべきである。このことは、右法条の文言上明かであるのみならず、その実質上の理由に徴しても疑のないところである。

労働協約及び裁定について適用又は準用される右第一六条二項末段には、「国会による承認があつたときは、この協定は、これに記載された日附にさかのぼつて効力を発生するものとする。」と明文を以て規定され、殊に裁定について適用される右第三五条においては、「当事者双方(日本国有鉄道及びその職員)とも服従しなければならない。」に対する但書として、「但し、第一六条に規定する事項について裁定の行われたときは、同条の定めるところによる。」との規定が置かれ、予算上又は資金上不可能な支出を内容とする裁定の行われたときは、国会の承認があつた場合に限り、その裁定に対して当事者双方とも服従しなければならない趣旨が明かであつて右両条の文言上、右と異なる解釈を採る余地はない。

日本国有鉄道とその職員との間において、資金の支出を内容とする労働協約及び裁定がされるのは、通常本件裁定の内容の如く、職員の賃金その他の給与の改善を内容とする場合である。

しかして、日本国有鉄道は、前記の如く、財政の面においては、国の行政機関と同一に取り扱われ、国会の管理に服しているが、この国会の財政管理権を完うするためには、給与等の資金の支出を内容とするものはすべて国会の管理下に置き、その審議に付することが当然の要請である。また、日本国有鉄道が財政の面において国の行政機関と同一に取り扱われていることに徴し、日本国有鉄道の職員の給与についても、財政の面からの要請上、国家公務員に準ずる取扱を必要とするのであるが、国家公務員の給与は、すべて法律によつて、即ち国会によつて定められている(国家公務員法第六三条第一項)のであるから、日本国有鉄道の職員の給与も、最終的には国会によつて定められるべきである。日本国有鉄道の職員の給与は、日本国有鉄道法第三八条に従つて定められなければならないが、労働協約又は裁定によつて定まつた給与が右法条に適合するや否やは、国権の最高機関であり、且つ、日本国有鉄道の予算についてその決定権を有する国会において審議するのが妥当である。かように、日本国有鉄道の資金の支出を内容とする労働協約及び裁定は、その内容の当否についても国会の審議を実質上必要とするものである。しかして、既定予算の範囲内において、その予算上又は資金上可能な資金の支出を内容とする労働協約及び裁定については、国会は既にこの既定予算の審議を通じて、かかる労働協約及び裁定の内容を包括的に承認しているのであるから、かかる労働協約及び裁定については、再度国会の審議及び承認を必要としない。これに反し、既定予算を超えて、この予算上又は資金上不可能な資金の支出を内容とする労働協約及び裁定については、国会は、まだその内容について審議せず、従つて承認もしていないから、新たにこれを国会の審議に付した上、その議決に従つて処理することを要する。そこで、この要請を充足するために、公労法第一六条及び第三五条但書の規定を設けて、かかる労働協約及び裁定については、国会の審議に付しその承認のあつたときは、遡及的に効力を発生せしめ、その承認のないときは、失効せしめることとしたのである。従つて、かかる労働協約及び裁定は、国会の承認を停止条件として効力を発生するものと解して妨げない。

しかして、前記の如く、本件裁定の内容は、日本国有鉄道の予算上又は資金上不可能な資金の支出を内容とするものであり、且つ、本件裁定については、国会の承認がないことに確定したのであるから、本件裁定は、停止条件が不成就に確定したことによつて、永久に失効したものといわざるを得ない。

以上のように、本件裁定は効力を発生せずして終つたのであるから、本件裁定が現に有効たることを前提とする原告の本訴請求は失当として排斥されなければならない。

第五被告の主張に対する答弁と反論

(答弁)

被告の主張二の(一)のうち、その主張の日に政府が第六回国会開会中の衆議院に対し議決を求めるため本件裁定を提出し、或いは議決を求める趣旨を訂正したところ、衆議院および参議院が被告主張の日にその主張の如く議決したことは認め、法律上の主張は争う。

(反論)

一 仲裁制度の趣旨

仲裁制度は、憲法第二八条の保障する争議権を公共企業体の職員から剥奪した代償措置として、又同法第二五条の保障する生存権の具体的保障として設けられたものであるから、可能な限りその実効あらしめるものとして仲裁制度を考えるのが法の趣旨に合致する解釈態度である。ところで被告の主張するように「予算上、資金上不可能な資金の支出」の意味を「予算で定められた給与総額」の枠をこえるすべての支出と解し、更に予算上、経費の移流用、予備費の使用に必要とされる主務大臣の許可は自由裁量であるとした場合、果して仲裁裁定は「代償機能」としての役割を果すであろうか。

そもそも予算上「給与総額」は、前年度の給与を基準に定期昇給を加えたものを大蔵省が決定し国会の承認をうけているのであるから、その範囲内で給与が支出されたことに使用者が反対することはありえず、労使間で紛争が生ずる余地はない。労使間で紛争が生ずるのは、労働者がこのあらかじめ定められた「給与総額」による配分では、賃金が低く過ぎるとし、その枠をこえる賃金を要求するところに、労使の賃金問題をめぐる紛争が生ずるのである。仲裁手続は右のような紛争を解決するためのものであり、現に今日まで国鉄の基準賃金についてなされた仲裁裁定で、あらかじめ予算で定められた給与総額の枠をこえなかつたものは一つもない。ところが、被告の主張のように解すると、これらの裁定はすべて「予算上、資金上不可能な資金の支出」となり政府を拘束しないことになる。しかも主務大臣は予算の移流用、予備費の使用について完全な自由裁量権をもつというのであるから、たとえ国鉄の予算全体からみて右の措置をとれば支出可能であつても、主務大臣は何の拘束もうけず、従つて仲裁裁定の命ずる賃金の支払はなされないことになる。かくては公共企業体の正常なる運営と公共の福祉を擁護せんとした立法の精神は全く没却される結果に立ち到るのである。

二 公労法第三五条第一六条の規定の意義

公労法第三五条によつて適用される第一六条二項は「予算上資金上不可能な資金の支出」を内容とする場合には、「政府はその締結后一〇日以内に、事由を付しこれを国会に付議して、その承認を求めなければならない」としている。つまり国会に承認権を与えているのであり、政府に承認権を与えているのではない。この点に留意する必要がある。

そもそも、公共企業体の予算内での項目の移流用及び予備費の支出は、国会の承認事項ではなく、主務大臣の承認事項とされているに過ぎないのである(予算の移流用につき、国鉄法第三九条の一四、予備費の支出につき同法三九条の六。但し何れの場合も政府関係予算総則で、役職員の給与のための支出については主務大臣の承認をうけるべき旨指定されている。)。そして、予算作成后に生じた避けることのできない事由によつて必要が生じたときは、国鉄は補正予算を提出することとなる(同法第三九条の一一)。この場合はもとより予算の審議権をもつ国会の承認が必要である。

従つて、公労法第一六条が「予算上資金上不可能な資金の支出」の場合、これを国会に付議し、その承認が必要であるとしているのは、後者の場合、すなわち、予算の移流用、予備費の支出ではまかなえず、補正予算を必要とする場合をさしていると考えるべきであり、もし被告のいうように「予算上」の意味を既に定められた予算の項である給与総額というように解するならば、法はその承認権を政府ないし主務大臣に与えている筈である。

仲裁裁定の効力は、国鉄の総予算の枠内で、その移流用予備費の支出でまかなえる場合は直ちに支払義務を生ずるものとし、その総枠内での処理が不可能で補正予算を必要とする場合に限り、予算の審議権との関係で国会に承認権を与えたと解するのが、以上の法文の建前から当然である。

本来、予算の項目の移流用、予備費の支出というのは国鉄等の資金支出の内部規定であり、それを行なうのに主務大臣等の承認が必要であるというのは監督権者が不正な支出を防止するために設けられた手続規定であつて、公共企業体等が第三者に対して負う債務の履行義務に変動を来たすものではない。例えば国鉄が大事故をおこし巨額の損害賠償金の支払を余儀なくされた場合、あらかじめ予定された予算の項目の額ではまかなえない場合もありうるであろう。その時、被害者に対し、主務大臣等の承認がうけられないから、損害金の支出ができないなどということが法律上理由にならないのはいうまでもない。被害者は主務大臣の承認の有無にかかわらず、損害金の支払をうけるべく国鉄の財産の差押その他強制執行を行ないうること論を俟たない。

このような点からみると、公労法第三五条が「予算上資金上不可能な資金の支出」とあるのを、わざわざ、「予算の項目上不可能な支出」と読みかえ、更にそれは主務大臣の承認が必要であるというのは、仲裁裁定制度の根本の趣旨にも合致しないし、法文上の建前にも反すること明らかである。

このように解するときは、予算の移流用、予備費の支出についての主務大臣の承認の法的性質が自由裁量か法規裁量かということは本質的問題にならない。裁判所は、国鉄の予算の総枠からみて、支出可能と認められる(本件では被告は総予算の範囲内一八億円の支出が可能であることを自認している)金額について支払を命ずればよいのであつて、その金額支払の内部的手続にすぎない主務大臣の許可の性質を論ずる実益に乏しい。

しかし、もし敢えて、仲裁裁定履行のための「予算の移流用、予備費の支出」について内部手続上必要な主務大臣等の承認の法的性格を論ずるなら、もとより法規裁量と解すべきである。さもない限り、前述のとおり、基本的人権の制約の代償として設けられた仲裁裁定制度―それは政府機関から独立の準司法的委員会である―の意義は全く失われる。すなわち、主務大臣の自由裁量ということになれば、政策的配慮その他司法判断になじまない政治的判断によつて、全く自由に裁定の効力を左右できることになるから、独立の準司法的機関の存在の意義はなくなること明らかである。

第六証拠<省略>

理由

一 訴の変更の許否について。

原告は、当初の「公共企業体仲裁委員会のした本件裁定を実行しなければならない」との請求の趣旨を昭和四五年九月四日の第三四回口頭弁論期日に前記請求の趣旨のとおり減縮変更の申立をしたところ、被告は、当初の請求が東京地方裁判所昭和二四年(ヨ)第三五五八号仮処分申請事件における、被申請人(被告)は本件裁定に従わなければならない旨の仮処分判決に関して、同裁判所が発した起訴命令に基づいて提起された本案訴訟であるから、請求の基礎に変更がなくとも、仮処分命令により保全された請求権ないし利益が減縮変更された場合の請求権は同一性を欠く故、右訴の変更は許されない旨主張する。

しかし本案訴訟において請求の趣旨の減縮変更がなされた場合、保全処分命令が事情変更により取り消されることがありうるは格別(民訴法七四七条)、請求の基礎が同一であるかぎり、本案訴訟自体における請求の趣旨の減縮変更が許されないと解すべき根拠は見出し難く、被告主張のように民訴法七四六条の趣旨からこれを導くことも首肯できない。のみならず、本件においては右仮処分判決は控訴審において取り消され、確定したものであるから、民訴法七四六条の趣旨からみても、本案訴訟の請求の趣旨変更が禁じらるべき理由はない。従つて被告の右主張は採用できない。

而して右訴の変更は請求の基礎に変更がないと認められるから、許容さるべきである。

二 被告が日本国有鉄道法によつて設立された公法人であつて、公労法にいう公共企業体であり、原告が被告の職員をもつて組織された法人格を有する労働組合であること、原告と被告は賃金その他雇用の基礎的条件に関する成文の労働協約を締結するため、少くとも毎年一回団体交渉をなすべき義務があること、昭和二四年度の団体交渉においては、(1)賃金ベースの改訂、(2)年末賞与金の支給の二点について交渉決裂し協約が成立しなかつたこと、そこで原告は同年九月一四日国鉄中央調停委員会に調停申立をし同委員会の調停案を受諾したが、被告において受諾しなかつたため不調となつたこと、原告は更に同年一〇月二八日公共企業体仲裁委員会に仲裁申立をしたところ、同委員会は同年一二月二日被告職員の労働条件に関し別紙(一)のとおり本件裁定をしたこと、被告は本件裁定に関し同月一〇日運輸大臣を経て大蔵大臣に対し、昭和二四年度公布既定予算内から、(イ)損益勘定において<A>石炭費の節約により五億六、三三九万六千円、<B>修繕費の繰り延べにより一一億六、六六〇万四千円、(ロ)工事勘定において人件費その他の節減により七、七四三万七千円、以上合計一八億七四三万七千円を支出可能として、これが費目の流用並びに昭和二四年度第三、四半期支出負担行為計画額の修正の承認を求めたこと、しかるところ、大蔵大臣は右のうち、(イ)の<A>については全額、同<B>については八億六、三一九万一千円、(ロ)については七、八四一万三千円、合計一五億五〇〇万円についてのみ費目流用の承認をしたこと、政府は、本件裁定は公労法第三五条および第一六条にいう「予算上資金上不可能な支出を内容とするもの」に該当するとして、昭和二四年一二月一二日第六回国会開会中の衆議院に対しその承認議決を求めるため本件裁定を提出したが、同月一九日に至り、これを修正して本件裁定中一五億五〇〇万円の支払を命ずる部分を除く残余についての承認議決を求めたこと、ところが衆議院は同月二一日これを承認しない旨議決して参議院に送付し、参議院は同月二三日一五億五〇〇万円以内の支出を除き、残余は昭和二五年一月一日以降日本国有鉄道の予算上、資金上および独立採算上支出可能となつたとき速かにこれを支給すべきものとの条件付にて承認議決してこれを衆議院に回付したが、衆議院は同月二四日参議院からの回付案を否決し且つ両院協議会を求めることをも否決したこと、被告は職員に対し、前記一八億七四三万七千円のうち流用承認のあつた一五億五〇〇万円(配分方法については原告被告間の協議により職員一人当り平均三、〇〇一円と決定した)を年末臨時給与として同月中に支払つたが、残額三億二四三万七千円については大蔵大臣の承認が得られず又国会の承認議決がなかつたことを理由として支払わなかつたこと、そこで原告は昭和二五年三月三〇日公共企業体仲裁委員会に対し、本件裁定第四項に基づき前記残額分の配分方法についての指示申立をなしたところ、同委員会は同月三一日仲裁指示第三号をもつて別紙(二)のとおり指示を行なつたこと、以上の各事実については当事者間に争がない。

三 予算上又は資金上不可能な資金の支出の意義

(一) 仲裁委員会の裁定が、公共企業体の予算上又は資金上可能な資金の支出を内容とするものであるときは、即時効力を生じ労働協約と同一の効力を有することは公労法の規定上明らかである(同法第三五条、第一六条)。ところで本件裁定が被告の「予算上可能な支出」を内容とするものであるというためには、

(1) 被告の既定予算中給与の「目」自体において裁定に定める金額を支出する余裕のある場合

(2) 右の余裕がない場合においても、昭和二五年法律第六〇号、第一四一号による改正前の財政法第三三条三項により国鉄総裁限りで予算の流用をなし得るか、又は国有鉄道事業特別会計法(昭和二二年法律第四〇号)第一二条により国鉄総裁限りで予備費の使用をなし得る場合

(3) 大蔵大臣が財政法第三三条一、二項、予算決算および会計令第一七条により予算の移流用を承認した場合

(4) 財政法第三五条二、三項により、閣議において予備費の使用を決定した場合

(以上(2)ないし(4)については、昭和二四年法律第二六二号による改正前の日本国有鉄道法第三六条一、二項)

のいずれかの場合に限るものと解するのが相当である。即ちこれらの場合においては、既に国会の審議を経た既定予算の範囲内において、しかも予算上定められた計画通りの支出となるか又は財政法および会計諸法令上必要とする行政措置が講ぜられ流用の承認や予備費使用の決定がなされた場合であつて、予算上支出可能な場合といえるからである。ところが本件裁定に定められた金額のうち大蔵大臣による費目流用の承認があつた一五億五〇〇万円を除くその余の部分については右(1)ないし(4)のいずれにも該当しないことは、前示の如き本件裁定後の経過事実に照らして明らかである。又本件裁定に定められた金額のうち一五億五〇〇万円を除くその余の部分について被告の昭和二四年度公布既定予算とは別にその資金上支出可能であつたことについては、これを認め得る証拠がない。そうすると本件裁定に定められた金額のうち一五億五〇〇万円については予算上支出可能となつたが、その余の部分については公労法第一六条にいう「予算上又は資金上不可能な資金の支出を内容とする」ものであるといわねばならない。

(二) 右の点について原告は、公労法第一六条にいう「予算上不可能な資金の支出」とは、被告が補正予算を必要とする場合に限るのであつて、被告の既定予算内での項目の移流用又は予備費の支出によつて裁定の履行が可能となるときは、予算上資金の支出は可能であると解すべきである旨主張する。

しかしながら、かかる見解は、以下に述べるところにより、採用できない。すなわち、

(1) 国鉄は従来の国有国営から独立した公法人として経営面において自主性が認められているとはいえ、財政面では国鉄の資本は、その全額が政府の出資であるばかりでなく(日本国有鉄道法第五条)、その毎事業年度の予算は国会の議決を要し、公共企業体の会計を規律する法律が制定施行されるまでは、国鉄を国の行政機関とみなして財政法、会計法等が適用され(昭和二四年法律第二六二号による改正前の日本国有鉄道法第三六条以下)、国の予算と同様に取り扱われている(その意味で国鉄の財政的自主性は殆んど与えられていない)。

(2) 財政に関する国会議決主義は、国の財政処理に関する憲法の基本原則であり、歳出入予算は国会の議決を経なければならない(憲法第八六条)。歳出予算は当該会計年度における歳出の予定準則というべきものであり、その効力として歳出の時期、目的および金額を限定するものであつて、国会で議決、決定された当初の予算どおり執行されるのが原則であるが、予算編成後の事情の変化、計画の変更等に即応した行政の能率的かつ円滑な運営を行なうため、予算執行の弾力性、効率的使用が要請される。そのため、このような場合に追加予算又は修正予算等により予算自体に変更を加えることなく、国会の議決と財政法、会計法等に定めるところにより一定の範囲に限り、大蔵大臣の承認を経てなす予算の移流用、内閣の決定によつてなす予備費の使用を認め、予算の実行上その目的を変更して使用し実質的予算の組み替えを生ぜしめる場合を認めたものである(財政法第三三条、第三五条)。

(3) 国鉄が、前記(1)の如く、昭和二四年法律第二六二号による改正前の日本国有鉄道法第三六条の規定により国の行政機関とみなされ財政法等の適用を受けていた以上、財政法第三三条または第三五条の規定に基づく大蔵大臣の承認または内閣の決定なくしては、予算の移流用ないし予備費の使用をなしえず、「予算上支出不可能」といわざるを得ない。

(三) 原告は、仲裁裁定が争議権剥奪の代償機能を営むものであるから、その趣旨に添うよう公労法第一六条、第三五条の規定を解釈すべきである旨主張する。しかし、前記のように、被告の財政が国の財政制度に組み込まれ、予算の執行につき財政法等の規制を受けるものである以上、仲裁制度が原告主張のように争議権剥奪の代償として設けられたものであるからといつて、そのことから直ちに予算の流用を要する場合に大蔵大臣の承認なくして「予算上支出可能」と解することはできない。

(四) 更に原告は、仲裁裁定を実行するための予算の流用等についての大蔵大臣の承認の法的性格は仲裁裁定の前記代償的機能からして、この場合に限つて法規裁量行為である旨主張するが、予算の移流用についての大蔵大臣の承認は、前述のところからすれば、国政および国家財政全般にわたる高度の政治的、行政的判断の下になされる裁量行為であつて、仲裁制度が設けられた趣旨およびその機能を原告主張のとおりに解し、これを考慮に入れても、なおこの場合に大蔵大臣の判断が羈束されると解することは相当ではない。のみならず、大蔵大臣の承認が法規裁量行為たる性質を有すると解するにしても、大蔵大臣の承認がない以上、たとえ被告が支出可能であるとして大蔵大臣に承認を求めた前記一八億七四三万七千円が被告の昭和二四年度公布既定予算の範囲内の金額であるからといつて、この部分につき裁判所が仲裁裁定の履行を命じ得るものと解することはできない。

四 本件裁定の効力

以上の次第で、本件裁定は前示大蔵大臣の承認に係る一五億五〇〇万円を除いては被告の予算上又は資金上不可能な資金の支出を内容とするものであるといわなければならない。しかして、公労法第三五条但書、第一六条二項の各規定の趣旨から考えれば、公共企業体たる被告の予算上又は資金上不可能な資金の支出を内容とする仲裁裁定は、国会の承認がない限り、その効力を失うものと解するのが相当である。本件裁定は昭和二四年一二月二日になされたものであるところ、政府は同月一二日第六回国会開会中の衆議院に対し、その承認議決を求めるため本件裁定を提出したが、前示の如き経過で結局国会の承認議決がなされなかつたのであるから、本件裁定中一五億五〇〇万円を除くその余の部分については、国会の承認がないことに確定したとき、すなわち衆議院が参議院からの回付案を否決し且つ両院協議会を求めることを否決した前記昭和二四年一二月二四日その効力を失つたものといわねばならない。

五 しからば、本件裁定が今なお有効であることを前提として被告に対しその実行義務あることの確認を求める原告の本訴請求は理由がないから、失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

別紙(一)

裁定

当事者

東京都千代田区丸の内一丁目一番地日本国有鉄道内

国鉄労働組合

右代表者中央執行委員長 加藤閲男

同都同区一丁目一番地

日本国有鉄道

右代表者総裁 加賀山之雄

本委員会は、右当事者間の「賃金ベースの改訂及び年末賞与金の支給その他に関する紛争」に付次の通り裁定する。

一 賃金ベースの改訂はさしあたり行わないが、少くとも経理上の都合により職員が受けた待遇の切下げは、是正されなければならない。

二 前項の主旨により本年度においては、公社は総額四拾五億円を支払うものとする。

右の中参拾億円は十二月中に支給し、一月以降は賃金ベース改訂あるまで、毎月五億円を支給する。

右の配分方法は両当事者において十二月中に協議決定するものとする。

三 組合の要求する年末賞与金は認められないが、公社の企業体たる精神に鑑み、新たに業績による賞与制度を設け、予算以上の収入、又は節約が行われ、それが職員の能率の増進によると認められる場合には、その額の相当部分を職員に賞与として支給しなければならない。

四 本裁定の解釈又はその実施に関し当事者間に意見の一致を見ないときは本委員会の指示によつて決定するものとする。

昭和二十四年十二月二日

公共企業体仲裁委員会

委員長 末弘巌太郎

委員 今井一男

同 堀木鎌三

別紙(二)

昭和二十五年三月三十一日

仲裁指示第三号

仲裁指示書

公共企業体仲裁委員会

指示

当事者

東京都千代田区丸ノ内一丁目一番地

日本国有鉄道内 国鉄労働組合

右代表者中央執行委員長 加藤閲男

同都同区丸ノ内一丁目一番地 日本国有鉄道

右代表者総裁 加賀山之雄

右当事者間の「賃金ベースの改訂及び年末賞与金の支給その他に関する紛争」につき、本委員会の行なつた仲裁裁定第一号裁定記第四項に基き本月三十日、国鉄労働組合から三億二百四十三万七千円の配分方法について、本委員会に指示申請があつたので次のことを指示する。

三億二百四十三万七千円の支払いの際は、その配分方法は職員一人当り一率に六百五円とすること。

昭和二十五年三月三十一日

公共企業体仲裁委員会

委員長 末弘厳太郎

委員 今井一男

同 堀木鎌三

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例