東京高等裁判所 昭和46年(ネ)2746号 判決 1974年2月07日
控訴人(原告)
横林傳三郎
ほか一名
被控訴人(被告)
株式会社ハミルト本社
ほか二名
主文
本件各控訴をいずれも棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
第一(当事者双方の申立)
一 控訴人ら代理人は
(一) 原判決を取消す。
(二) 被控訴人株式会社ハミルト本社は控訴人に対し各金九二一万円及び内金八二三万円に対する昭和四四年四月一日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
(三) 被控訴人大東京火災海上保険株式会社は控訴人らに対し各金一五〇万円及びこれに対する昭和四五年一一月一九日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
(四) 被控訴人大正海上火災保険株式会社は控訴人らに対し各金二五〇万円及びこれに対する昭和四五年一一月一九日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。」
との判決及び仮執行の宣言を求めた。
二 被控訴人ら代理人は控訴棄却の判決を求めた。
第二(当事者双方の主張・答弁等)
一 控訴人らの請求原因
1 事故
訴外横林伸雄は次の事故により死亡した。
(一) 日時 昭和四三年一一月九日午前九時一〇分頃
(二) 場所 東京都江東区深川新大橋一丁目一九番地先路上
(三) 加害車両 自家用普通貨物自動車ニツサン四一年型(練馬一な一四五六号)―運転者訴外新明正治
(四) 被害車両 第一種原動機付自転車(江東区あ四七六二号)―運転者訴外横林伸雄
(五) 態様
(1) 訴外新明正治(以下、新明と呼ぶ。)は、右日時頃右自家用普通貨物自動車(以下、単に普通貨物という。)を運転し、右江東区深川新大橋一丁目一九番地先付近の道路(車道幅員九・七〇メートル、片側四・八五メートルのアスフアルト舗装路)を時速約二〇キロメートルで道路左側端より約三・一〇メートル(運転席の位置を示す。同車の左外側から道路の左側端までは約一・七五メートル)のところを新大橋通り方面から両国方面に向けて北進し、該道路左側にある墨田区千歳一丁目五番地二〇の山田牛乳店に赴くため走行していたところ、折から訴外横林伸雄(以下、横林又は伸雄と呼ぶ。)が該道路の左側端より約一・五五メートルのところを、時速約五〇キロメートルの速度で同方向に向けて前記第一種原動機付自転車(以下、単に原付自転車という。)を運転進行し、普通貨物の左側方を追い抜こうとして同車の左後方至近距離に迫つた。その進路上に当る道路左側端には、当時、歩道東端の縁石沿いに長さ約六・五〇メートル・最大出幅〇・七〇メートル・水深約五・六センチメートルの水溜りがあつて、右水溜りは普通貨物と併進しようとする軽車両にとつて進路の障害となるものであつた。
(2) このような状態で横林が普通貨物の左側を更に進行したところ、新明がにわかに進路変更の合図をするとともに、普通貨物の進路を左方にとつて進路変更の準備態勢に入つたので、既に右水溜り付近に達して併進状態にあつた横林は、右普通貨物に幅寄せされて進路を妨げられ、とつさに接触の危険を感じて、これを回避するため急制動をかけたが、普通貨物がなおも左に接近して来て、同車左前車輪を原付自転車に塔乗する横林の右足外側部に接触させた。そのため、横林は自車のハンドルを左にとられ、左斜めに走行して左端縁石下の濡れた泥土に車輪を乗り入れ、縁石沿いに滑走を余儀なくされて車の安定を失い、その前方の該道路と交差する西方道路入口付近で車もろとも路上に転倒し、投げ出されて頭部を強打し、よつて、頭蓋底骨折・頭蓋内出血・脳挫傷の傷害を蒙つて、これがため同日午前一〇時頃死亡するに至つた。
(3) 仮に、普通貨物の左前車輪が右のように横林の体に接触した事実がないとしても、横林は前記のように普通貨物が左に幅寄せをして来て接触の危険を感じ、これを回避するためハンドルを左にとられて自車の安定を失い、本件事故を招く結果になつたのであるから、その原因は右普通貨物を運転していた新明の進路妨害にある。
2 責任原因
(一) 被控訴人株式会社ハミルト本社(以下、単にハミルト本社という。)
ハミルト本社は普通貨物の所有者であつて、その従業員新明に運転させて本件事故を起したのであるから、自賠法三条の規定により控訴人らに生じた損害を賠償する責任がある。
(二) 被控訴人大東京火災海上保険株式会社
同被控訴会社は、普通貨物につき、ハミルト本社との間で、被保険者をハミルト本社とし、前記日時を含む保険期間・保険限度額三〇〇万円とする自賠責保険契約(証書番号三三―一五二八号)を締結していたものであるから、自賠法一六条一項により控訴人らに生じた損害のうち各金一五〇万円についてこれを賠償すべき責任がある。
(三) 被控訴人大正海上火災保険株式会社
同被控訴会社は、普通貨物につき、ハミルト本社との間で、被保険者をハミルト本社とし、前記日時を含む保険期間で保険金額五〇〇万円の対人損害賠償保険契約を締結しているので、控訴人らはハミルト本社に対する前記請求権を保全するため、ハミルト本社に対する損害賠償債権のうち各金二五〇万円につき、民法四二三条一項によりハミルト本社の右被控訴会社に対する保険金請求権を代位行使する。
3 損害
(一) 亡伸雄の損害
(1) 逸失利益
右伸雄は、昭和四一年三月日本大学商学部商業学科を卒業したが、在学中から父控訴人傳三郎経営にかかる印刷業の技術面の見習をし、卒業後昭和四一年四月から昭和四二年一二月まで大阪市の摂津印刷株式会社に雇われ、印刷業の営業面を見習い、昭和四三年一月からは、父の印刷業に従事するようになり、父老齢のため、事故の翌年昭和四四年一月からは、家業を継ぎ、父に代つて横林印刷を経営し、発展させていく予定であつた。
伸雄は事故当時二五才であり、死亡の翌年昭和四四年四月一日から六〇才になる直前の昭和七八年三月三一日まで三四年間前記印刷業を経営し、毎年度金一〇四万円の収入が存するはずであつた。そこで右年収の五割を生活費として差引き、昭和四四年三月三一日の得べかりし利益の現価をホフマン式計算に従つて年五分の割合による中間利息を控除して算出すると、金一、〇一六万円(万円未満切捨)となる。
(2) 慰藉料
本件事故で死亡した伸雄自身に対する慰藉料は金二〇〇万円が相当である。
以上亡伸雄の損害額合計は金一、二一六万円となるところ、控訴人らは、伸雄の父母であるので、法定の相続分に従いそれぞれ二分の一宛を相続した。
(二) 葬儀費用
控訴人らは亡伸雄の葬儀費用として各金一五万円の支出を余儀なくされた。
(三) 控訴人らの慰藉料
長男伸雄を失つたことによる控訴人らの精神的苦痛に対する慰藉料は各金二〇〇万円が相当である。
(四) 弁護士費用
控訴人らは、被控訴人らが任意の支払に応じないので、本訴追行を控訴人らの第一審訴訟代理人に委任し、その手数料及び謝金として、依頼の目的を達した金額の一割二分に相当する金員を支払うべき債務を負担したので、各金九八万円(万円未満切捨)の損害を蒙つた。
4 よつて、控訴人らは、ハミルト本社に対し各金九二一万円及び内金八二三万円については事故の発生日の後である昭和四四年四月一日から、被控訴人大東京火災海上保険株式会社に対し各金一五〇万円及びこれに対する第一審口頭弁論終結の日の翌日である昭和四五年一一月一九日から、被控訴人大正海上火災保険株式会社に対し各金二五〇万円及びこれに対する第一審口頭弁論終結の日の翌日である昭和四五年一一月一九日から、各支払済に至るまで、いずれも民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 被控訴人らの答弁
1 請求原因1(事故)について
(一)ないし(四)の事実は認める。
(五)のうち、(1)の事実、及び(2)のうちで、新明の運転する普通貨物が控訴人ら主張の日時・場所を進行していて、進路変更の合図をした事実、横林が控訴人ら主張のとおりその運転する原付自転車もろとも路上に転倒し、その主張の傷害を負つて死亡した事実は認めるが、(3)を含むその余の事実はすべて否認する。
新明の運転する普通貨物は、時速約二〇キロメートルを約一七ないし一八キロメートルに減速しながら、該道路左側端からその運転席までが別紙第一図面の<1>地点(以下符号のみを示す。)で約三・三〇メートル、<2>地点で約三・一〇メートル、<3>地点で三・〇〇メートルの位置を走行し(したがつて、その間約一二・二五メートルの距離を走つて僅かに左へ約〇・三〇メートル移動したにすぎない。)、同車の左外側と道路左側端(縁石)との間は右<1>地点から<3>地点に至るまでの間なお一・八五ないし一・五五メートル程度の間隔があつたのであるから、原付自転車に対する進路妨害の事実があるはずはないし、もちろん、普通貨物の左前車輪が横林の右足に接触した事実もない。横林が急制動をかけたのは、法定制限速度(時速三〇キロメートル)に違反する五〇キロメートル毎時の高速で原付自転車を運転していて、水溜りの直前に近付いて初めてそれに気付き、それを避けようとしたためであり、又、車のハンドルを左にとられたのも、右急制動措置のため泥土に突つ込んだのが原因と考えられる。すなわち、本件事故は横林の自損行為によるものであり、右新明の自動車の運行と事故との間には何ら因果関係がない。
2 請求原因2(責任原因)について
ハミルト本社が普通貨物の所有者であること、新明が当時その従業員であつたこと、ハミルト本社と他の両被控訴会社との間にそれぞれ控訴人ら主張の損害保険契約が締結されていることは認めるが、その余の事実は否認する。
3 請求原因3(損害)について
控訴人両名と亡伸雄との間の身分関係、右伸雄の年令・経歴・職歴は認めるが、その余の事実はすべて不知。
三 被控訴人らの予備的抗弁
仮に、本件事故と新明の普通貨物の運行との間に因果関係があるとしても、ハミルト本社には次のとおり自賠法三条但書の規定による免責事由があるから、控訴人らに対する損害賠償責任はない。
1 新明の無過失
(一) 方向指示器の点灯
新明は普通貨物を運転して本件事故現場付近道路を時速二〇キロメートルの速度で自車左外側から道路左端まで約一・八〇メートル以上の間隔を保つて北進していたが、前方道路左端の山田牛乳店前で停車する目的であつたので、<1>地点付近に差しかかつた際、自車左後尾の方向指示器(ウインカー)を点灯して左側進路変更の合図を開始した。このとき、横林の原付自転車は普通貨物の後方にあり、横林が右方向指示器による合図を認めるのに充分の余裕があつた。
(二) 後方確認
新明は右合図を開始した<1>地点で、左側前部のバツクミラーを見て、後方を確認したところ、その左後方に、単車か歩行者かはつきりしないが、黒つぽい物体が動いているのを見たので、用心して自車を直ぐ左に寄せず、直進のまま走つた。右<1>地点から<2>地点まで約四・五メートル進行したとき、再び同じバツクミラーを見て後方を確認したところ、原付自転車が左後方より接近して来るのを認めたので、その後も方向指示器による合図を続けながら、自車を左方へ進路変更をせずに北進を続けた。こうして、新明が<2>地点から<3>地点までほぼ直進の状態で約七・七五メートル北進したとき、後方で金属音が聞こえたので、急停車の措置を講じて<4>地点に停止したのである。
この間普通貨物は、<1>地点から<3>地点まで一二・二五メートル進むのに僅かに〇・三〇メートル程度(角度にして約一・四度)左に寄つただけで、なおその左側には最小限一・五五メートルの余地を残しているのであるから、急に進路を変更したというものではない。そのうえ、新明は、前記のようにあらかじめ方向指示器で合図をし、その速度も二〇キロメートル毎時以下の低速で徐々に左に寄つているのであるから、後方車の横林の予測を裏切るような進路妨害の事実は毫も存しないのであつて、新明には全く過失がない。
(三) 信頼の原則
横林は前記の水溜りに自車を進入させてスリツプし、横転する結果になつたと考えられるが、水溜りの幅は道路左端から僅か〇・七〇メートル程度であり、新明としても前述のように左側進路変更の合図と後方確認をしながらその準備態勢に入つているのであるから、進路変更に当つて適切かつ充分な注意義務を尽したものというべく、それ以上に、特に後続車両が自車の左側方を強引に突破することまで予想して運転すべき注意義務はない(最高裁判所判例、昭和四六年六月二五日第二小法廷判決、刑集二五巻四号六五五頁参照)。
2 横林の一方的過失
(一) 法規違反
横林は、控訴人らの主張によつても法定制限速度三〇キロメートル毎時をはるかに超える五〇キロメートル毎時の高速で、先行する普通貨物が左側への進路変更の合図をしているのに、安全運転のできる程度に減速することなく、あえて右普通貨物の左側方を強引に突破して追い抜こうとしたのであるから、右横林の運転は道路交通法三四条五項(昭和四六年法律第九八号による改正前のもの)の規定に違反した無謀運転である。
(二) 一方的過失による水溜り突入
横林は、自車進路上に障害となる水溜りがあるのに、これを看過してあえて水溜りに乗り入れ、泥土のため横滑りのスリツプをして本件事故を招いたのであり、その原因は、横林が運転者の基本的注意義務である前方注視を怠つたためであつて、その運転はまさに自殺行為に等しいものである。
3 構造上の欠陥、機能上の障害不存在
新明の運転する普通貨物には、事故原因と関係のある構造上の欠陥や機能上の障害は全くなかつた。
四 控訴人らの再答弁
被控訴人らの予備的主張三の(一)・(二)の事実は争う。
本件事故は普通貨物を運転していた新明の過失によるものである。
即ち、横林は前記のとおり普通貨物の後方から時速約五〇キロメートルで進行して行つたものであるが、新明は、前記<1>地点付近(前方西方交差路入口の手前約二四メートル)で方向指示器の合図をして進路を左寄りにとつたあと、別紙第二図面(同図面の<2>・<3>・<ア>・<イ>の各地点は別紙第一図面のそれと同じである。)で示すとおり、<2>地点(右交差路入口から約二〇メートル手前)で初めて後方を確認して<ア>地点付近に接近している原付自転車を認め、更に<3>地点(同約一三メートル手前)では右原付自転車が自車の後部左側<イ>地点に来ていたというのであり、このことから推すと、横林の原付自転車は<ア>地点から約一・七五メートル前進した地点でその最先端が普通貨物の最後尾左横に追い付き、地点から更に約四・二五メートル進行した地点で普通貨物の後輪付近に到達し、約一・五メートル進行した
しかして、横林の原付自転車は、普通貨物と道路左端との間隔が<2>地点付近で約一・六五メートル、<3>地点付近で約一・五五メートルのところを直進していたのであるから、被控訴人ら主張のように僅かな幅寄せであつても、接触の危険があつたのであり、かつ、併進中の前記
仮に、接触の事実がなかつたとしても、原付自転車の車幅はハンドルの中心から片側二八・七五センチメートル、右把手に取り付けたバツクミラーを含めると三五・七五センチメートルであるから、右のように一・六五ないし一・五五メートルのところを進行するとすれば、それ自体接触の可能性は充分あり、しかも、本件においては原付自転車の進路前方に障害になる水溜りがあつたのであるから、先行する普通貨物の運転者としては、進路の左側変更にあたり、あらかじめ後方から接近する車両の動静を充分注視し、かつ、その進路上の障害物にも留意して、仮にも自車左側方を追い抜くことのあるべき後方車両に接触し、あるいはその進路の妨げにならないよう、充分な時間的、距離的余裕をもつて進路変更の合図をし、安全な方法でその準備態勢に入るべき注意義務がある。
本件事故は、新明がこの注意義務を怠つたために、前記のように横林に接触したか、あるいは少なくとも、その進路を妨害する結果となつて、発生したとみるほかはない。したがつて、被控訴人らの免責の抗弁は理由がない。
第三(証拠関係)〔略〕
理由
一 (争いのない事実)
1 控訴人ら主張の請求原因、1事故のうち(一)ないし(四)の事実のほか、(五)の態様として
(1) 新明が、昭和四三年一一月九日午前九時一〇分頃東京都江東区深川新大橋一丁目一九番地先付近道路(車道幅員約九・七〇メートル、片側約四・八五メートルのアスフアルト舗装路)を、その北方左側にある墨田区千歳一丁目五番地二〇の山田牛乳店に赴くため、前記普通貨物を運転し、新大橋通り方面から両国方面に向けて時速約二〇キロメートルの速度で北進し、該道路左側端から運転席までが約三・一〇メートル、同車の左外側までが約一・七五メートル(ただし、別紙第一図面<2>地点付近で)のところを走行していたこと。
(2) 折からその後方より、原付自転車を運転する横林が、該道路左側端から約一・五五メートルのところを時速約五〇キロメートルの速度で同方向に向つて進行し、右普通貨物の左側方を追い抜こうとしてその左後方至近距離に迫つたこと、当時その進路に当る同所道路左側には、歩道右側端の縁石沿いに長さ約六・五〇メートル・最大出幅約〇・七〇メートル・水深約五・六センチメートルの水溜りがあつて、これが併進する軽車両の進路の障害になるものであつたこと。
(3) 横林は、その前方の該道路と交差する西方道路入口付近において原付自転車もろとも路上に転倒し、頭蓋底骨折・頭蓋内出血・脳挫傷の傷害を蒙つて、これがため同日午前一〇時頃死亡したこと。
はいずれも当事者間に争いがない。
2 控訴人らが右横林伸雄の父母であること、ハミルト本社は普通貨物の所有者であり、新明は当時右被控訴会社に雇用された従業員であつたこと、同被控訴会社が他の両被控訴会社との間にそれぞれその主張のような損害保険契約を締結したことも当事者間に争いがない。
二 (争点たる事故原因)
1 控訴人らは、原審において、本件事故は、横林の運転する原付自転車が道路左側を北進中のところ、これに新明の運転する普通貨物が右後方から追い付き、同車の左バツクミラーの支柱金具が高さを同じくする横林の右側頭部(右耳介)に控触したのが原因であると主張したが、右接触の事実が証明されないとしてこれを排斥されたため、当審においては、右主張を撤回し、新たに、横林の原付自転車が普通貨物の左側方を後方から追い抜こうとしたところ、普通貨物が左に幅寄せして来て原付自転車の進路を妨害し、横林の右足外側に普通貨物の左前車輪が接触したのが事故原因であると、まず主張する。
しかし、この接触の事実についても証拠上これを認めるに足りない。すなわち、成立について争いのない甲第四一号証(司法警察員作成の実況見分調書)―以下、単に実況見分調書という。―や、本件事故の実況見分に当つた〔証拠略〕によると、事故直後の普通貨物には原付自転車と接触したと思われる痕跡は認められなかつたというのであり、更に、成立について争いのない甲第三号証(死体検案書)、第八二号証(死体検案調書)でも、横林の右足部分に傷痕は全く認められず、成立について争いのない甲第八〇号証(写真)に写つた横林のズボンにも、右膝上前面部に一個所布の切れ口が見られるだけで、自動車との接触を思わせる痕跡は見当らない。そして、他に右接触の事実を疑わしめる証拠は全く存在しないので、右控訴人らの主張は理由がない。
2 そこで次に、右接触がないとしても、新明の普通貨物の運行と本件事故との間に因果関係があるかどうかについて検討する。
(一) 普通貨物の進路
前掲実況見分調書中立会人新明の指示説明部分及び添付第二図面表示の位置・距離関係、〔証拠略〕によると、普通貨物は、その運転席を基準として、本件道路の左側端縁石から、別紙第一図面の<1>地点(以下符号のみを示す。)では約三・三〇メートル、<2>地点では約三・一〇メートル、<3>地点では約三・〇〇メートル、、更に<4>地点では約二・九〇メートル(ただし、この<4>では縁石の見通し線から)の位置にあつたことが認められ、普通貨物の運転席の中心からその車体左外側までは約一・四五メートルであるから、同車の左側縁石までは、<1>地点で約一・八五メートル、<2>地点で約一・六五メートル、<3>地点で約一・五五メートル、<4>地点で約一・四五メートルの間隔があつたことになる。そして、この位置関係、進路の方向は、実況見分調書によつて明らかなように、長さ約一〇・〇五メートルの普通貨物のクイヤ痕(平行した二本のダブルタイヤ痕であつて、いわゆるスリツプ痕ではない。)が、<3>地点と<4>地点の間に、<2>・<3>各地点の同車の左外側線の延長線上と思われる位置に殆んど直線状に印されていることからして動かしえない事実と認められる。そうすると、普通貨物は<1>地点から<2>地点までの約四・五〇メートルの間に約〇・二〇メートル、<2>地点から<3>地点を経て<4>地点に至るまでの約二五メートルの間に同様約〇・二〇メートル(<1>地点から<4>地点までの合計約三〇メートルの間に約〇・四〇メートル)左に寄つただけで、同車の左側方は前記のようになお順次約一・八五メートルから一・四五メートルの余地を残していたはずであるから(原審証人福崎政四郎は、この辺の感じを、普通貨物と歩道との間は軽四輪が通れるくらいの間隔があつたと表現している。)、右把手のバツクミラーを含めた全車幅が〇・六四五メートルの横林の原付自転車(この車幅は〔証拠略〕によつて明らかである。)が走行するだけの余裕はあるのであり、しかも、その間普通貨物は、時速約二〇キロメートルの低速で、方向指示器による左側進路変更の合図をしながら走行したのであるから、その北方山田牛乳店前で停止するため新明運転手がとつたこの運転方法自体その限りにおいては、左側方を通過しようとした原付自転車にとつて進路妨害の行為とはいえない。
(二) 原付自転車の走行状態
これに対し、横林の原付自転車の運転・走行については、その転倒直前の状態を別紙第一図面の福崎木工所内から福崎政四郎、同朝子各原審証人が目撃したほか、水溜り直前において新明運転手がバツクミラーで見ただけで、他に目撃者はなく、結局現場路上に残されたスリツプ痕等道路の状況を勘案して推定するほかはない。
新明証人は、原審において、「<1>地点において左のウインカーをつけると同時に、左前のバツクミラーを見たところ、後方に単車に乗つている人か、歩いている人かわからないが、黒つぽいものが動いているのが見えた。そして、<2>地点付近で再びバツクミラーを見たとき、単車に乗つたらしい人が来るのが見えた。」と供述し、当審においては、その確認の位置は多少異なるが、「最初バツクミラーを見たときは凸面の鏡に車か人かわからないが、黒つぽいものが見え、それを二回目に見たときは単車が写り、自車の左斜め後方にあつたように思う。」と述べており、これらの供述を実況見分調書中同人の指示説明と対照照合して考えると、普通貨物の前部が<2>地点、すなわち水溜りの南端右横付近に差しかかつた頃、<ア>地点、すなわち同車の直ぐ左斜め後ろで、縁石から約一・五五メートル離れた付近に原付自転車が接近していたことが明らかであるとともに、両車の当時の速度関係から推して考えると、原付自転車は時速約五〇キロメートルで進行して来て、時速約二〇キロメートルの低速で走つていた普通貨物の左後方ににわかに追い付いたものと認められる。そして、水溜りの手前(南側)にある長さ約三・五〇メートルのスリツプ痕(実況見分調書、成立について争いのない甲第四八号証写真※印)は、<ア>地点のやや左前方進路上にあり、当時このような異常な痕跡の生ずる事態が他になかつたことからすれば、右スリツプ痕は、原審証人小沢利雄が供述するとおり、横林の原付自転車が印したものと認めるのが相当である。
更に、水溜りの右側(東側)の湿潤したアスフアルト路面に残されたタイヤ痕(成立について争いのない甲第五九号証の○印の右側に見えるもの)は、右原付自転車のものかどうか必らずしも定かでないが、実況見分調書で明らかなように、水溜りの先(北側)のスリツプ痕が、水溜りの円弧に沿つてその北端右側から左に切れるような形で始まつている点を考えると、水溜りの右側のクイヤ痕は原付自転車の進路跡と認めるのが自然である。(この点について、前掲小沢証人は、このクイヤ痕は水溜りを避けるような様子のものではなかつたと証言しているが、この証言自体前記甲第五九号証の写真に照らして充分な根拠があるとは思われないし、他に原付自転車が水溜りの中を走つたような形跡も認められないのであるから、右認定を覆えすものとはいえない。)
しかして、水溜りの先(北側)の全長八・六〇メートルに及ぶスリツプ痕は、前述のように水溜り北端右側付近から左斜めに進んで道路左端の縁石に突き当つたあと、縁石下の泥土の上を縁石を擦るようにして約三・六〇メートルほど走つたもので(実況見分調書及び〔証拠略〕)、これが横林の原付自転車の滑走痕であることは明らかである。
(三) 因果関係
右に認定したような原付自転車の後方からの接近、両車の速度関係とその進路の方向、擦過痕等の状況のほか、「新明運転手は<3>地点辺りでは単車が普通貨物の真中辺りまで来たと述べていた。」と供述する小沢証人の証言を併わせ勘案すると、横林は、水溜りの手前<ア>地点の近くに近付いて、普通貨物の左側方を通り抜けるため進路をやや左にとつたものの、水溜りがあるのを発見して瞬間急制動をかけ、その直前ですぐ緩めて今度は水溜りを避けるため進路を右にとり、水溜り右横付近で普通貨物と併進状態となつたところで接触の危険を感じ(因に、水溜りの最も幅の広い場所は約〇・七〇メートルであり、そこでの水溜り東端と普通貨物左外側との間隔は約〇・九五メートルで、原付自転車が辛じて通れるくらいである。)、そこで再び急制動をかけながら左に急転把し、その結果自車の安定を失つて道路左端を滑走したすえ、結局転倒したものと推認することができる。
そうすると、普通貨物が前記のように左に進路変更を開始したその運転は、それ自体特に進路妨害の運行ではないけれども、右のような経過で、原付自転車が水溜りを避けようとして右に回避し、そのために接触の危険が生じて横林の転倒・死亡にまで及んだ本件事故と右普通貨物の運行との間には一応相当の因果関係があるものということができる。
三 (免責の抗弁)
進んで、被控訴人らの免責の主張について考察する。
1 まず、ハミルト本社の保有する普通貨物について、自動車の構造上の欠陥、機能の障害がなかつたことについては控訴人らにおいて明らかに争わないところである。
2 そこで、新明の過失の有無について考えてみる。
実況見分調書と証人新明正治の原審及び当審における各証言によると、普通貨物を運転した本件道路を時速約二〇キロメートルで走行していた新明は、<1>地点より前方約四〇メートルの道路左側にある山田牛乳店前で荷降ろしのために停車すべく、右<1>地点付近で左への進路変更をウインカーで合図して左寄りを開始し、<2>地点付近で再度左前部のバツクミラーを確認したところ、自車の左後方間近かに原付自転車が来ていたので、左に寄るのをやめて殆んど直進の状態で進んだというのであり、この証言は前述した普通貨物の進行経路に照らして信用することができる。そして、そのウインカーの点灯時期についても、同証人が供述するように、最初<1>地点で点灯してバツクミラーを見たときは、ただ黒つぽいものが見えるだけで人か単車かもわからない状態であつたものが、そこから僅か約四・五〇メートル進んだ<2>地点では、単車と見えるものが左後方間近かに来ていたというのは、原付自転車の速度が普通貨物(約二〇キロメートル毎時)よりはるかに速い高速(約五〇キロメートル毎時)であつたためと考えられるのであり、その時期が特に遅きに失したとは認められない。
そして、このようにして、普通貨物が<1>地点付近から左進路変更を開始したものの、<2>地点ではそれを思いとどまり、<2>ないし<3>地点付近での左側方は縁石からなお約一・六五ないし一・五五メートルの余地を残しているのに、原付自転車の横林が普通貨物との接触の危険を感じて前記の異常運転をしたのは、時速五〇キロメートル(この速度は道路交通法施行令一一条三号の規定する法定制限速度時速三〇キロメートルを二〇キロメートル超えている。)の高速で進行して来て、普通貨物の左側方を追い抜こうとしたところ、進路上に水溜りがあるのを間近かに来て発見し、高速のため徐行・停止をして適宜の回避措置をとることができないで、あわてて一瞬急制動をかけ、水溜りを避けるため、右にハンドルを切つて、水溜り右横、普通貨物との間の僅かな間隙を通り抜けようとしたためであると推認され、この推定を覆えすに足りる証拠はない。
以上の事実関係からすると、新明は前方道路左側で停車するため、時速約二〇キロメートルの低速度で進行し、あらかじめ進路変更の合図をし、後方確認をしながら進路を左にとりはじめ、しかも、間もなく左斜め後方に原付自転車が接近したのを認めて、その左側方の通過ができる程度に余地を残して進路変更を殆んど思いとどまつているのであるから、進路変更に際して、減速をしたうえでのあらかじめの合図及び充分な後方確認の注意義務を果たし、かつ、その準備態勢に入つたのち、後方車の左側方通過に対処して当初の進路変更を殆んど中止する措置をとつているのであり、右新明の運転に注意義務の懈怠はない。それにもかかわらず、本件事故が発生したのは、右原付自転車を運転する横林の法定制限速度を超える高速度運転と進路前方に対する不注視に原因があると認めるほかはない。
この点について、控訴人らは、先行車の運転者が後方車の左側方追い抜きに備え、その左側進路上に水溜り等の障害物があることまで配慮して、避譲ないし進路是正の措置をとるべき注意義務があるもののように主張するが、一般に、先行車両の動向やその左側方通過の可否、そのための進路の確認は当然後行車の運転者のなすべきことであり、関係道路交通法規に照らしても、先行車の運転者に、前記合図及び後方確認のほか、右主張のような注意義務があるとはとうてい考えられない。
3 以上説示のとおりであるから、本件事故は被害者横林伸雄の一方的過失によつて生じたものであつて、普通貨物の運転者新明には過失はなく(もちろん、その保有者ハミルト本社にも過失はない。)、したがつて、被控訴人らの免責の抗弁は理由がある。
四 (結論)
よつて、控訴人らの本訴請求を棄却した原判決は相当であつて、控訴人らの本件各控訴は理由がないからこれをいずれも棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 中西彦二郎 小木曽競 深田源次)
〔別紙第一図面〕
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〔別紙第二図面〕
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