東京高等裁判所 昭和46年(ネ)3260号 判決 1973年8月31日
控訴人 原木清
右訴訟代理人弁護士 野村昌彦
被控訴人 本橋宝一
右訴訟代理人弁護士 井田邦弘
中野允夫
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
一 控訴代理人は「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
二 当事者双方の主張及び証拠の関係は、次のとおり訂正ないし付加するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、それを引用する。
(一) 原判決三枚目表四行目「本件土地」を「本件建物」と、同六枚目表六行目「一二月一日」を「一二月二一日」と、同七枚目表一行目「第一」を「第三」と、同七枚目表一〇、一一行目「第四号証の一ないし五」を「第四号証の一ないし四」と、同七枚目裏二行目「一ないし五」を「一ないし四」と、それぞれ、訂正する。
(二) 被控訴代理人は、次のとおり述べた。
仮に、被控訴人の主張が認められないとしても、昭和四五年二月一七日被控訴人と控訴人との間で、控訴人は本件土地賃貸借契約が被控訴人主張のとおりのものであって被控訴人に対し本件土地を明渡すべき義務のあることを認めて、昭和四七年三月九日これを履行すべき旨を約し、被控訴人は控訴人の本件土地明渡義務の履行を昭和四七年三月九日まで猶予する旨の和解契約が成立し、更に、昭和四七年三月五日控訴人は被控訴人に対し右和解契約の成立及びこれに基く本件土地明渡義務の存在を確認した。
(三) 控訴代理人は、次のとおり述べた。
被控訴人主張の和解契約成立の事実は、否認する。仮に、昭和四五年二月一七日の契約が和解契約であるとしても、それは、調停成立を条件とする停止条件付契約で、随意条件を停止条件とするものであるから、無効である。
(四) ≪省略≫
理由
一 昭和四一年一二月一日被控訴人においてその所有にかかる本件土地を控訴人に対して賃料一か月金一〇万円の約で賃貸したことは、当事者間に争いがない。
二 被控訴人は、本件土地賃貸借は野球打撃練習場、すなわち、いわゆるバッティング・センターとして本件土地を使用することを目的とするものであって建物の所有を目的とするものではない、と主張するのに対して、控訴人は、本件土地賃貸借は建物の所有を目的とするもので期間の定めがなかった、と主張するので、まず、この点について判断する。
前掲一の争いのない事実、≪証拠省略≫を総合すれば、次の各事実が認められる。すなわち、控訴人は、昭和四一年八月頃、折柄のいわゆるバッティング・センター・ブームの波に乗って短期間のうちに元のとれる儲かる事業として野球打撃練習場の経営を思立ち、被控訴人に対し、本件土地を野球打撃練習場として使用させてくれるよう、懇請したこと、被控訴人は、自己の長男富寿の妻の叔父であり、長男夫婦の仲人でもある控訴人からの懇請なので、控訴人と何回か話合った末、賃貸の目的を野球打撃練習場と限定してこれを承諾することとし、昭和四一年一二月一日本件土地を野球打撃練習場として使用することを目的とし、同地上に住宅、倉庫等の建物を建築してはならない、但し、必要な事務所、宿直室、休憩所等のために仮小屋に限り床面積二〇坪まで被控訴人の検分のうえでその設置を認めるが、人が恒常的にこれに居住することは許さない、期間は昭和四一年一二月一日から昭和四三年一一月三〇日まで、賃料は一か月金一〇万円持参払の約で本件土地を控訴人に賃貸したこと、そして、本件土地は台帳上の地目が田(現況は畑)なので、被控訴人は即日本件土地について農地以外のものにするため賃借権を設定することの許可方を東京都知事に申請し、昭和四二年一月二四日付で東京都知事から転用期限を昭和四三年一一月三〇日までとする条件のもとに許可を得たこと、なお、控訴人は、本件土地賃借の際、小作人に対する離作料金七〇万円を出捐したが、そのほかに権利金ないし礼金を被控訴人に対して支払った事実はないこと、控訴人は、本件土地賃借後、間もなくして、合計約二、〇〇〇平方メートル以上に及ぶ本件土地上に野球打撃練習場(いわゆるバッティング・センター、すなわち、地上にバッティング練習用の機械を備えつけ、バッティング練習の際の打球が場外に飛出さないように土地の四囲に支柱を立て、上面や側面を金網で覆う等して野球打撃練習の用に供する施設)を設置してその経営にあたり、なお、右バッティング・センター経営のために必要な付属建物として本件建物、すなわち、木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建事務所兼居宅一棟(床面積一階三一・三二平方メートル、二階二九・一六平方メートル)ほか付属建物一棟(木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建事務所兼居宅、床面積一階四二・一二平方メートル、二階三二・四〇平方メートル)をも本件土地上に建築所有したこと(もっとも、控訴人が本件土地上に本件建物を建築所有した点は、当事者間に争いがない。)、以上の各事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫
右認定の各事実を総合して考察するときは、本件土地賃貸借の主たる目的は本件土地を野球打撃練習場、すなわち、いわゆるバッティング・センターとして使用するにあるのであって、借地人たる控訴人において本件土地上に本件建物を建築所有したといっても、それは本件土地自体を野球打撃練習場として使用するための従たる目的にすぎないから、本件土地賃貸借は借地法第一条にいう「建物ノ所有ヲ目的トスル」賃貸借には該当しないものというべきである。
三 被控訴人は、控訴人が被控訴人に無断で約旨に反した本件建物を建築したので、被控訴人は、これを理由として本件建物収去方を催告したうえ、昭和四三年三月二七日本件土地賃貸借契約を解除した、と主張するので、次に、この点について判断する。
≪証拠省略≫を総合すれば、次の各事実が認められる。すなわち、被控訴人は、控訴人が本件建物を含む野球打撃練習場建設の工事に着工した後、その工事期間中に工事現場に赴いたことがあったが、右工事について格別異議を唱えたこともなく、昭和四一年一二月二一日本件野球打撃練習場の施設のほかその付属建物である本件建物もほぼ建築完成して同日その披露祝賀会が開催され、被控訴人も右祝賀会に出席したが、その際、本件建物はその規模、構造からして本件土地賃貸借における前認定の約旨の仮小屋の程度を逸脱していることが明瞭であったのに、被控訴人は、これに対して何らの異議をも述べず、その後二、三か月して控訴人のバッティング・センターの従業員が本件建物に居住していることを察知するに至ったのに、控訴人とは前認定のとおりいわば親戚同様の間柄にあるところから、格別の異議の申入もなさずに過ごし、それから約一年を経過し、その間、異議なく所定の賃料を受領して来たが、昭和四三年三月二一日に至って、突如として、被控訴人は、控訴人に対し、本件建物は被控訴人に無断で建築されたものであり、又、仮小屋の約旨に反して本建築がなされているとの理由で、本件建物を五日以内に収去することを催告し、不履行のときは右期間の経過によって本件土地賃貸借契約を解除する旨を同日付内容証明郵便による書面で通告し、同書面は昭和四三年三月二二日控訴人に到達したこと(もっとも、右内容証明郵便による書面が控訴人に到達した点は、当事者間に争いがない。)、なお、それまで何らの異議も述べなかった被控訴人が本件建物建築後約一年三か月も経過してから急に右のように控訴人に対して本件土地賃貸借契約の解除を思立ったのは、その頃、控訴人の債権者の来訪があって控訴人について種々事情を尋ねられたことがあり、その際、本件建物の登記簿を調査したところ、本件建物について控訴人の債権者のために所有権移転請求権仮登記や根抵当権設定登記が経由されていることがわかり、かような状況では契約終了時に本件土地の明渡が困難になるのではないかとの不安をいだくに至ったことによるものと窺えること、以上の各事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫
右認定の各事実を総合して考察するときは、本件建物の建築については、被控訴人において事後に本件建物の規模、構造等を知りながら、これを黙示のうちにこれを承諾していたものと認めるのを相当とするから、本件建物の無断建築等を理由とする被控訴人の右契約解除の主張は理由がない。
四 ところで、前認定のとおり、本件土地賃貸借は建物の所有を目的とする賃貸借ではなく、その期間は、前認定のとおり本件野球打撃練習場の設置経営はもともと折柄のブームに乗って比較的短い期間のうちに元のとれる事業として控訴人によって企画されたものであり、かたがた、農地転用の許可条件との関係もあって、昭和四三年一一月三〇日までとされたものではあるが、≪証拠省略≫によれば、本件野球打撃練習場の設置経営については控訴人において相当にすくなからぬ資金を投入したことがうかがえるので、すくなくとも本件地土賃貸借の契約当初においては、昭和四三年一一月三〇日までという期間は絶対に動かし得ないものではなく、合意のうえ、更新もあり得ることが当事者の間で暗黙のうちに諒解されていたものと推認するに難くないが(≪証拠省略≫中右認定に反する部分は、措信しない。)、実際は、控訴人は、いざ開業してみると必ずしも思惑どおりにはうまく行かなくて、工事代金の支払をすることができず、ために、前認定のとおり、本件建物について債権者のために所有権移転請求権仮登記等をなさざるを得ない仕儀となり、ひいては地主である被控訴人に不信と不安をいだかせるに至ったほどで、昭和四三年一一月三〇日までという当初の期間が更新された事実は認められない。
してみれば、本件土地賃貸借は昭和四三年一一月三〇日の経過とともに期間満了によって終了したものというべく、従って、その余の点について判断するまでもなく、控訴人は、被控訴人に対し、本件建物を収去して本件土地を明渡し、かつ、昭和四三年一二月一日以降右明渡済に至るまで一か月金一〇万円の割合による賃料相当額の損害金を支払うべき義務があるものといわなければならないが、右のうち、損害金については、被控訴人において附帯控訴をしていないので、原判決認容の限度でこれを認容するものとする。
五 よって、原判決は、右と理由を異にする点で不当ではあるが、結論においては正当であって、控訴人の本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条第二項第九五条第八九条に従い、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石田哲一 裁判官 小林定人 関口文吉)