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東京高等裁判所 昭和46年(ネ)54号 判決 1973年4月26日

控訴人 佐々木英雄

右訴訟代理人弁護士 羽田忠義

同 池田忠正

同 柴田徹男

被控訴人 佐藤精二

右訴訟代理人弁護士 石崎金四郎

主文

一  原判決中控訴人関係部分を取消す。

二  被控訴人の控訴人に対する第一次的請求を棄却する。

三  控訴人は、被控訴人から金弐百参拾四万壱千五百四拾円の支払を受けるのと引提に、被控訴人に対し、別紙物件目録二記載の建物を明渡し、かつ、右建物につき昭和四六年九月二三日付売買を原因とする所有権移転の登記手続をせよ。

四  訴訟の総費用は、控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決中控訴人関係部分を取消す。被控訴人の控訴人に対する請求を棄却する。控訴費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との旨の判決および被控訴人の予備的請求につき、請求棄却の判決を求めた。

被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求め、予備的請求として主文第三項と同趣旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述および証拠の関係は、以下のとおり付加するほかは、原判決(更正決定を含む)事実摘示と同一である。

被控訴代理人は、

(一)  原判決添付第一目録記載の土地および同第二目録記載の建物の各表示をそれぞれ本判決添付物件目録一および二記載のとおり訂正する。

(二)  被控訴人と控訴人との間における別紙物件目録一記載の土地(以下本件土地という。)の賃貸借(以下本件賃貸借という。)の期間が満了した昭和四二年三月一二日当時、被控訴人は、本件土地に近接して文京区千駄木五丁目一六八番一宅地五二坪三合一勺を所有し、同地上に二一坪三合四勺の建物を所有してこれに居住していたが、右建物が狭隘で被控訴人の二男亨は同居することができないため、止むなく昭和四四年一〇月一四日控訴人主張の中村マンション三階の一戸を賃料一箇月金二八、五〇〇円で賃借し、ここに居住しているものである。

(三)  被控訴人は、自己の生活費、借用金の返済、子女えの援助などのため資金の必要にせまられ、昭和四七年一月二二日、被控訴人居住の前記土地建物を他に売却したけれども、爾来被控訴人夫婦は、その三女瑛子夫婦方に同居中であって、被控訴人が本件土地を自ら使用する必要は、その後更に増加しているものである。

(四)  別紙物件目録二記載の建物(以下本件建物という。)の昭和四六年九月二三日現在における控訴人主張の時価は争う。右同日現在における本件建物の時価は、二、三四一、五四〇円である。

(五)  控訴人主張の本件建物の買取請求が認容される場合には、第一次的請求に代えて、予備的に、控訴人に対し被控訴人が金二、三四一、五四〇円を支払うのと引換に本件建物を明渡し、かつ本件建物につき昭和四六年九月二三日付売買を原因とする所有権移転登記手続をすべきことを求める、

と述べ(た。)立証≪省略≫

控訴代理人は、

(一)  本件賃貸借の更新請求に対し被控訴人が異議を述べるについて正当の事由があるとの被控訴人の主張は争う。被控訴人は、本件土地に近接して約五二坪の土地と同地上に約二一坪の建物とを所有し、これに居住しているのであるから、右建物を増改築することによって、住居の狭隘は解消しうるのみならず、被控訴人の二男亨は、昭和四四年一二月八日訴外萬千子と婚姻し、同月九日東京都板橋区仲宿五〇番地所在の中村マンションに居を構え、一子をもうけて生活をし、現に被控訴人とは同居していない。更に被控訴人は、昭和三九年九月頃、控訴人に対し本件土地を時価で買取って貰いたい旨を申出たことがある。これらの事情を総合すれば、被控訴人が本件賃貸借の更新の請求に対し異議を述べるにつき正当の事由があるということはできない。また、被控訴人がその主張の通り自己居住の土地建物を他に売却したことはこれを認めるが右の事実は、本件土地の賃貸借の更新請求に対する異議の正当事由として考慮せらるべきものではない。

(二)  仮に本件賃貸借が期間の満了によって終了し、契約の更新が認められないとしても、控訴人は、昭和四六年九月二三日午前一一時の当審第四回口頭弁論期日において、本件建物につき借地法の規定による買取請求権を行使した。よって控訴人は本件建物の時価相当額たる金三五二万八、〇〇〇円の支払いがあるまで本件建物につき留置権を有するので、本件建物を収去の上本件土地の明渡を求める被控訴人の第一的請求は失当である。

(三)  原判決添付第一物件目録記載の土地および同第二目録記載の建物の各表示をそれぞれ本判決添付物件目録一および二記載のとおり訂正することに異議はない、

と述べ(た。)立証≪省略≫

理由

一  被控訴人が昭和二二年三月一一日訴外小島勘一郎から本件土地を取得し、同人から右土地を賃借し、右土地上に当時存在した旧建物を所有していた控訴人との間において、更めて普通建物の所有を目的とし、期間を昭和二二年三月一一日から昭和四二年三月一一日までとする本件賃貸借を締結したこと、控訴人が右期間の満了に先立ち昭和四二年二月二〇日頃、本件賃貸借の更新を請求したのに対し、被控訴人が同月二八日頃異議を述べたことおよび控訴人が昭和四二年三月一二日以降も本件土地上に本件建物を所有して、本件土地を占有していること、以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  そこで昭和四二年三月一二日当時、被控訴人が本件土地の賃貸借の更新請求に対し異議を述べるについて正当な事由が存在したか否かにつき判断する。

(一)  まず被控訴人側の事情としては、≪証拠省略≫を総合すると、本件賃貸借の期間が満了した昭和四二年三月一二日当時、被控訴人は中央化学工業株式会社の代表者として、同会社勤務の二男亨とともに事業の経営に当っていたところ、既に年令六五歳を超えていたため、亨に妻を娶らせ、被控訴人夫婦ともゆくゆくは亨の世話になることを期待し、亨もこれを承知していたのであるが、当時被控訴人夫婦が居住していた土地建物(本件土地に近接して所在する千駄木五丁目一六八番一の土地および同土地上の建物)は狭隘であって、到底家族全員が同居することが困難な状況であり、さりとて右建物を増改築することも資金の関係で不可能であったところから、本件賃貸借の期間が満了した暁には本件土地の返還を受けた上で、これを担保として資金を調達し、本件土地上に建物を建築してここに亨夫婦を居住させれば、被控訴人夫婦の居住建物とは至近の距離にあるため、老後の世話をみてもらうことが可能となるので、被控訴人は、控訴人に対し、昭和四一年九月八日付内容証明郵便をもって本件土地の賃貸借の更新には応じられない旨の予告までして、本件土地が賃貸借の期間満了とともに返還さるべきことを期待していたこと、然るに昭和四二年三月一一日を経過した後も本件土地の返還を受けることができず、亨は昭和四四年一二月八日訴外佐藤萬千子と結婚をしたものの、住居が手狭のため止むなく東京都板橋区仲宿五〇番地所在の中村マンション三階に一戸(六畳、四・五畳、ダイニングキッチン、浴室を含め三二・五六平方米)を賃料一箇月金二八、五〇〇円で賃借し、越えて昭和四六年一二月一〇日、一子をもうけ親子三人で右マンションに居住しているが(亨らが中村マンションに居住していることは当事者間に争いがない。)亨の収入に比し賃料が高額であるため、被控訴人の生活に対する援助は不可能な状況であること、他方、被控訴人もその経営する中央化学工業株式会社が経営不振となり、多額の債務を負担するに至ったため、昭和四六年九月二〇日引責して代表取締役を辞任し、右負債の支払等に当てるため、昭和四七年五月九日、従来被控訴人夫婦が居住していた前記土地建物を他に売却し、当座の住居として被控訴人の三女夫婦のアパート(六畳二間、洋間一間、ダイニングキッチン)の六畳一間を提供してもらって妻とともに暮しており、かねて念願していた二男亨夫婦との同居生活を実現するためにはなお本件土地が必要であり、その必要の程度は更に切実さを増していること、およそ以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  次に控訴人側の事情としては、≪証拠省略≫を総合すると、控訴人は、もと本件土地上に存在していた旧建物を昭和二一年一〇月に訴外馬場謙一郎から買受けた後、勤務先の都合上一時他に転居した期間を除き、引続き右旧建物に居住し、更に昭和三七年一〇月および昭和三八年一二月の二回に亘って旧建物を取壊し、その跡に本件建物を建築してから後は、引続き本件建物を住居として使用し、現在これに控訴人夫婦、控訴人の母親および子供二人計五名の家族が居住していること、しかして控訴人は、東京電力株式会社に勤務するサラリーマンで、本件建物以外には不動産の所有はなく、本件土地建物を生活の本拠として生活しているのであって、昭和五〇年頃には勤務先も定年退職になる予定であることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

三  右認定の事実によれば、控訴人としても長年に亘って本件土地上に建物を所有して、これを生活の本拠として居住を続けてきたのであって、多数の家族をかかえ、停年を遠くない将来にひかえた現在、他に住居を求めることには少からざる困難を伴うことは想像に難くないところではあるが、被控訴人も、本件賃貸借の期間満了当時、既に年令六五歳を超え、二男亨に妻を娶らせ、本件土地に建物を建てて、そこに居住させ、同人夫婦の世話によって老後を暮すべく期待し、亨もこれを諒承していたのであって、被控訴人がひたすら本件賃貸借の期間の満了を待って本件土地が返還されることに希望をつないできたこともまた無理からぬことというべく、被控訴人の本件土地使用の必要度は、控訴人のそれに比して勝るとも劣らぬものということができる。されば、控訴人が旧建物を取壊してその跡に本件建物を建築するに至った経過に関する被控訴人の主張の当否を判断するまでもなく、控訴人の本件土地の賃貸借の更新請求に対する被控訴人の異議には正当な事由があるものというべく、本件賃貸借は昭和四二年三月一一日の経過とともに期間の満了によって終了したものというべきである。なお、被控訴人は、本件賃貸借の期間満了後における控訴人による本件土地の継続使用に対しては、昭和四二年四月一三日本訴を提起することによって遅滞なく異議を述べたものと解すべきことは本件記録上明らかというべく、また、被控訴人の本訴請求を目して直ちに、権利の濫用とすることができないことも、前認定の事実関係に照し明かである。

四  よって進んで控訴人主張の建物買取請求の抗弁につき按ずるに、控訴人が昭和四六年九月二三日午前一一時の当審第四回口頭弁論期日において被控訴人に対し本件建物の買取を請求したことは本件記録上明かであって、右同日、本件建物につき控訴人と被控訴人との間に売買が成立したものと解すべきであるが、右同日現在における本件建物の時価が控訴人主張のように金三、五二八、〇〇〇円をもって相当とすることについては、これを認めるに足りる証拠がなく、却って当審における鑑定人安藤嘉雄の鑑定の結果によれば、右同日現在における本件建物の時価は金二、三四一、五四〇円が相当であることが認められる。してみれば、控訴人は、被控訴人から右時価相当額の支払があるまで本件建物につき留置権を有するものというべく、従って本件建物を収去の上、本件土地の明渡を求める被控訴人の第一次的請求は失当たるに帰するけれども、右時価相当額の支払と引換に本件建物の引渡と本件建物につき昭和四六年九月二三日付売買を原因とする所有権移転の登記手続を求める被控訴人の予備的請求は、正当としてこれを認容すべきである。

五  よって、民事訴訟法第三八六条の規定によって原判決中控訴人関係部分を取消し、控訴人による建物買取請求権の行使が理由があることを条件とする被控訴人の当審における予備的請求はすべてことを認容すべく、訴訟費用の負担につき同法第九六条および第九二条但書の規定を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 平賀健太 裁判官 安達昌彦 柳原嘉藤)

<以下省略>

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