大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和46年(ネ)816号・昭46年(ネ)748号 判決

被告会社がプロパンガスの販売業を営むものであることは当事者間に争がないところ、一般に右業者の業務上の注意義務に関連する事実関係につき、証拠を総合すると、次の各事実が認められる。

(一) プロパンガス等の取扱に関する法的規制は昭和二六年に施行せられた高圧ガス取締法をもって始まり、又業界においても各都道府県別の協会において「家庭燃料用プロパンガス取扱基準要綱」を設け、更に昭和三一年には取扱主任者のため「プロパンガス必携」なる冊子を作成したが、そのいずれにおいても、同ガスを風呂釜において使用する場合の同釜設置部分の構造等について、くわしく規定するところがなかった。

(二) ところが昭和三七年に至り、プロパンガス中毒により数名の者が死亡するといういわゆる山中湖事件を始め同種の事件が相次いで発生したため、プロパンガスの保安問題はにわかにクローズアップされることとなり、翌三八年七月には、業者の自主保安活動の促進とプロパンガス等の災害の防止を主眼とした前記法令の改正法が公布され、その大部分は翌三九年一月一八日施行、改正法による販売主任者制度は同三九年七月に施行と定められた。

(三) そこで業界においても、これに合わせて各種の措置が執られ、昭和三八年一二月二六日には、全国的に統一せられたプロパンガス協会等の手により「家庭燃料用LPガス取扱基準」が制定され、翌三九年二月には販売主任者のため「LPガス販売主任者必携」が設けられ、更に千葉県の協会においては「風呂釜設置基準」も設けられるに至った。

(四) 右「取扱基準」は、昭和三九年三月に発せられた通商産業事務次官の通牒にも引用せられているものであるが、その第五条第七号には、原判決八丁裏に摘示のとおり、風呂釜設置場所にはいわゆる第二次排気筒及び所定(大きさは二六〇平方糎)の換気孔二ヵを設けることが要求され、又その第二五条には、原判決九丁表に摘示のとおり、プロパンガス販売業者は消費者にガスを供給するときは、その既設設備が前記基準等に適合するか否かを検査し、不適合の場合には適合するように処置することが求められている。

(五) 尤も本件事故の発生した昭和三九年一月中旬頃の社会情勢としては、風呂釜設置場所に上記の設備を備えている例は多くなく、又上記取扱基準そのものが業者に周知せられたのは昭和三九年に入ってからであり、本件被告石井俊一がその講習会に出席して講習を受けたのも同年一月下旬のことである。

以上の各事実が認められるところ、これによると、本件事故の発生した頃には、社会一般では未だ上記設備の必要性は充分認識されておらず、業界においても未だ取扱基準そのものの周知が図られていなかったことが窺われるけれども、しかし反面、昭和三七年の山中湖事件等を契機として、社会一般にはもとより、少くとも業界にあっては、プロパンガスの危険性が真剣に認識・考慮され、その対策が種々検討されるに至ったのであり、上述の事態の推移に照らすと、右検討の過程において、風呂釜設置部分には上記の如き設備の必要なること、従ってその不備なるときはこれが是正を確認したうえガスを販売すべきことも業界において充分論議されたと推認するに難くないのであって、このことは、証拠によって認められる次の事実、即ち、

(一) 本件家屋に昭和三七年秋頃風呂釜を納入した時田常吉は、その頃既に東京ガスから、右釜設置部分には屋外煙突と換気孔をつけるよういわれていたこと。

(二) 昭和三八年一二月中旬頃まで関西に居住していた原告熊市は、大阪ガスから、屋外煙突がないとてガスの供給を断わられたことがあること。

等の事実によっても、これを充分に窺うことができる。

凡そ人体に害を及ぼす危険性のある物を業として扱う者は、その被害が発生しないよう万全の措置と配慮を為すべき高度の注意義務があるものというべく、本件についても、上記取扱基準そのものは未だ周知の直前にあったとはいえ、既に当時プロパンガスの危険性とその対策について前叙の如く改正法令も公布され、又上記の如き基準が客観的に形成されていたのであり、しかもこれらの点は少くとも昭和三七年以来種種論議・検討されてきたところであるから、被告会社に対し、右基準と同種の注意義務の遵守を求めることは、同被告に対して不可能を強いるものでもないというべきである。

しかるところ、本件風呂釜設置部分には上記の如き第二次排気筒や換気孔の設備がないこと、この点につき別段の措置を講ずることなく被告会社から原告方に本件プロパンガスが販売されたこと、本件事故はそのプロパンガス不完全燃焼による中毒事故であることは、叙上判示のとおりであるから、被告会社は、当時販売業者に要請せられた客観的な業務上の注意義務に違背し、その結果右事故の発生に一因を与えた者として、因って生じた損害を賠償する責を負うものといわざるを得ない。

(古山 西岡 小谷)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!