大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和46年(ラ)430号 決定 1972年3月15日

抗告人 中津千吉

相手方 金容徳

主文

本件抗告を棄却する。

理由

抗告人の抗告の趣旨は「原決定を取り消す。」との裁判を求めるというにあり、その抗告の理由は別紙抗告理由書(一)、(二)記載のとおりである。

よつて案ずるに、

(一)  抗告人は本件不動産任意競売における目的不動産の最低競売価額は不当に廉価であると主張する。本件記録によれば、原審裁判所は本件土地建物については鑑定人鈴木邦武に評価を命じ、その評価の結果にもとづいてその最低競売価額を定めたことが認められ、しかして右評価においては本件一八筆の土地については個別的にこれを評価し、一平方メートル当り最高金四、八〇〇円、最低金二、七〇〇円、平均金三、三一五円、総領において金五、四二一万八〇三円と評価したことが明らかである。しかして抗告人提出の株式会社東京総合鑑定所の鑑定評価書によれば、右土地の利用状態からしてこれを一括評価し、一平方米当り金三、八〇五円、総額において金六、五〇八万六、九四五円と評価していることが認められ、これと前記評価とをくらべてみるに、後者の評価額は前者のそれより一平方米当り平均金五三五円、総額において金一、〇八七万六、一四二円安いだけであつて、仮りに右鑑定評価書の評価額をもつて時価相当額であるとしても、抗告人主張のように前記評価額が時価の半額以下であるということはなく、また土地の評価は鑑定人によつて多少の差異の生ずるのは免れないところであり、ことに右鑑定評価書の評価は前示のとおり本件各土地について個別的に評価せず一括評価の方法をとつている(かかる評価方法が妥当かどうかについては疑問がないでもないが、本件が一括競売であることにかんがみ、この点は不問とする)のであるから、右の程度の安い評価額にもとづいて最低競売価額を定めたからといつて、それをもつて直ちに不当に廉価であり、公正妥当な価額でないということはできない。また本件六棟の建物についても鑑定人鈴木邦武の評価によれば、その総額は金二、八二七万三、七一〇円であり、他方前記鑑定評価書によれば、金三、五〇一万四一七円と評価されていて、その間に金六七三万七〇七円の差があることが認められるが、鑑定人が異ればこの程度の差異の生ずることは免れないところであるから、右鈴木邦武の評価にもとづいて定められた本件建物の最低競売価額をもつて直ちに不当に廉価であり、公正妥当な価額でないということはできない。なお抗告人は本件競売の目的である工場抵当法第三条による機械器具についても、その実価は原審裁判所がその最低競売価額を決定するにつき参酌した鑑定人田中二郎の評価額の一〇倍をこえると主張するが、これを認めるに足りる資料はない。従つて、抗告人の主張は理由がない。

(二)  次に抗告人は本件競売申立は相手方金容徳が債権者として申立てているが、実質上の債権者、申立人は須田容次である。しかして同人は債務者宏富士化学鉱業株式会社(以下債務者会社という)の代表取締役の地位にあり、本件競売の目的物件は同会社の全財産であるところ、須田は個人として同会社に対する抵当権者であることを利用して、同会社の株主の意思を問うことなく自分一人の意思で本件競売手続を経ることにより同会社の全財産を実質上自己のものとしたのであつて、これは商法第二四五条第一項第一号に該当し無効であると主張する。本件記録によれば、須田は債務者会社の代表取締役であつたが、昭和四四年一二月三一日中小企業金融公庫の債務者会社に対する貸付金元金三、〇〇〇万円、利息一三八万一、八〇〇円、遅延損害金一、〇三一万九、二六六円、合計金四、一七〇万一、〇六六円の債権(第一債権)の譲渡を受け、昭和四五年八月一一日同会社所有の土地建物、日化建材株式会社所有の建物および右両会社所有の工場抵当法第三条による機械器具に対する抵当権の移転登記を経、また昭和四四年六月二三日抗告人に対し金四、一三三万一、〇七五円を利息年一割五分、弁済期は定めない約で貸付け(第二債権)、これを担保するため同年七月一一日中津宰の有する債務者会社所有の土地建物に対する抵当権(これは株式会社中津組が同会社の債務者会社に対する貸付元金七、二〇〇万円、利息および遅延損害金を担保するため設定を受けた債務者会社所有の土地建物に対する抵当権を中津組から中津宰が右債権を譲り受けるとともに移転を受けたもの)に対し転抵当権の設定を受けその登記を完了したが、その後須田は昭和四五年一一月二日右第一、第二債権を相手方に譲渡し、また同人のために前記抵当権および転抵当権の移転登記をし、相手方において約一ケ月後の同年一二月二日本件競売の申立をし、相手方において本件不動産を競落したことが明らかである。これによれば須田は債務者会社の代表取締役であつてかつ第一債権についてはその債権者であり、同会社所有の土地建物機械器具について抵当権を有していたものであり、また同人が第二債権を担保するために設定を受けた転抵当権については原抵当権の目的物件はやはり債務者会社所有の土地建物であつたことが明らかである。そこで仮りに相手方が抗告人主張のごとく須田の実弟であるとすれば(この点は記録上確認すべき資料がない)、これに記録上認められる相手方が須田と同じ東京都中野区弥生町五丁目に居住していること、右認定事実および前認定のとおり須田が相手方に第一、第二債権を譲渡し、また同人に対し抵当権および転抵当権移転登記をしたその約一ケ月後に本件競売の申立をしたことをあわせ考えると、あるいは抗告人主張のごとく本件競売について実質上の債権者、申立人は須田であつたのではないかとの疑問なしとしない。

しかし仮りに須田が本件競売について実質上の債権者、申立人であつたとしても、本件競売が商法第二四五条第一項第一号に該当すると考える余地はないといわなければならない。けだし競売法による競売は一種の換価処分であり、競売代金の支払に対し目的物件の所有権を競落人に移転する点が形式上所有者と競落人間の売買に類似してはいるが、その本質は私法上の売買とは異り、国家機関が目的物件を換価する公法上の処分であり、従つて、目的物件がたとえ会社の全財産であり、しかして会社の全財産の譲渡は商法第二四五条第一項第一号の営業の全部または重要な一部の譲渡と同視しまたはそれに準ずべきものであると解するとしても、競売の場合にその観念をいれる余地はないといわなければならないからである。このことは会社の全財産の競売が営業の全部または重要な一部の譲渡として会社の株主総会の特別決議を経なければならないとした場合には、その決議がなければその競売は実行できないということになり、競売法による競売の制度を無に帰せしめる結果になることを考えれば明らかである。

しかしてこのことは債権者申立人ないし競落人が会社の代表取締役の地位にあつたか否かとは関係がなく、その地位にあつたからといつて結論を異にするものではないというべきである。従つて抗告人の主張はそれ自体理由がない。

よつて本件抗告は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 浅沼武 岡本元夫 田畑常彦)

(別紙)

抗告理由(一)

一、別紙目録<省略>記載の不動産等(以下本件不動産等という)は、昭和四六年五月二〇日静岡地方裁判所富士支部に於て(任意)競売に付され、債権者金容徳が、保証を立てて、一括競落した。この競落価額は金八、五七七万余円であり、その内訳をみると、宅地全部の競落価格合計金五、四二一万余円、建物全部の同価格合計金二、八二七万余円その他機械全部の同価額合計金三二九万円となつている。これらの価格は裁判所の命令による鑑定人の鑑定評価額でもあり、裁判所は同上評価額をそのまま本件事件の最低競売価額としたのであつた。

ところで、不動産競売手続における不動産の最低競売価額は、租税、不動産の評価額等を斟酌して裁判所が決定することになつている(民訴法第六五五条)が、これは、不動産の公正妥当な価格を維持し、不当に安価に競落されることを防ぐことを目的とする(昭和三六年四月一一日大阪高決定、昭和三六年(ラ)第四一号下級民集一二巻四号七八八頁)。鑑定人の評価額は、裁判所の価額決定の一資料とされ、その評価額が最低競売価額と決定されることもありうるが、基本的には、当該不動産についての客観的公正妥当な価額であることを要求するのである。そして、裁判所の最低競売価額の決定も右基準による判断でなければならないことは言うまでもない。

二、さて、本件不動産のうち宅地については、一平方米当り金三千円、あるいはそれ以下として最低競売価額が決定されている。坪当りの単価計算にすると約一万円相当となる。これに対して、抗告人の調査によると本件宅地に隣接する土地(宅地)が昭和四四年五月頃すでに坪当り金弐万五千円で売買されており、日本道路公団が富士化学から買収した価額ですら坪当り金弐万円であつた。最近、富士宮市の公務員の言によると坪当り金参万円はするであろうと言う。このように本件宅地は、いくら最低に評価しても坪当り金弐万円を下ることはないのであり、まして、本件宅地はゆるい傾斜の高台地にあたるのであつて周辺のうちでも高く評価されるべき土地なのである。機械の実価は評価の十倍を越える。

このようにみると、本件宅地の価額決定はいわゆる時価の半値以下でなされているのであり、いかに最低競売価額とはいえ、甚だしく低廉である。一般には、不動産競売手続における最低競売価額は、いわゆる時価より、ある程度低く決定されているようであるが、それはそれなりに合理性を認めることができるけれども、その差は、二、三割位ならまだしも、倍以上ともなると、前記基準に照しても著しく不合理であると考える。債務者が債務不履行により競売に付され、付加的な必要経費を要するといつても、時価の半値以下で、強制的に競売することは個人の財産権を不当に処分することに介入するものと言わざるを得ない。債務者といえども、合理的に肯定できる限度を越えて財産権は侵害されることはない筈であり、不当に財産権を侵害されない権利を公的機関は保護する義務がある。不動産評価は、その鑑定評価理由は抽象的で具体性はなく、機械評価に至つては全く理由を欠く。

三、このように裁判所の決定は民訴法第六五五条に違反するか、その解釈を誤るものであるから、取消さるべきものと考える。因みに、前述の裁判例によれば「鑑定人の評価額がいちじるしく低く、利害関係人に不当な損害を与えることが明白である場合は裁判所はあらためて鑑定人に評価させ、公正妥当な最低競売価額を定めなければならない」としており、このように措置するのが妥当であろうと思う。

抗告理由(二)

本件競売申立は、商法第二四五条一項一号に抵触し違法であり、競落許可決定はもとより不動産競売開始決定も取消さるべきである。

本件競売申立は、金容徳が抵当権者(債権者)として申立てられているけれども、実質上の債権者、申立人は須田容次である。既に述べたように、須田と金とは兄弟であり、同一場所に居住しながら、自由に意思の交流をはかり、須田は便宜金の名義を借用する等利用してきたのであるが、本件競売申立をするに当つても、須田は本件会社の代表取締役の地位にあるので、自ら個人としてであつても本件会社を相手方として競売申立をすることの不合理を思つてか、何ら実質的な取引もないのに、須田が本件会社に対して有するとされる債権全部を実弟金に譲渡した外形をつくり(昭和四五年一一月二日債権譲渡、同月五日抵当権移転登記)、次いで、約一ケ月後の同年一二月二日金容徳名義をもつて本件競売申立をしたのである。実際、右手続の後も、須田は中津に対し、本件競売申立は止むを得なかつた、金を返してくれさえすれば、いつでも競売はやめると言い、中津に返済要求を繰返していたのである。

ところで、本件競売申立の対象とされ、かつ、競落された物件は、会社所有の不動産(土地、建物)及び動産(器機類)のすべてである。須田は、本件会社の代表取締役として、法令定款を遵守し、会社財産を善良なる管理者の注意をもつて保管、保全の義務があり、若し、会社財産をすべて処分しなければならぬ事情が生じた場合には、会社の所有者たる株主の意思を問うことが妥当である。ところが、須田は、個人として会社に対する抵当権者であることを利用して、単独の意思で、本件競売申立手続を経ることにより、会社の全財産を、実質上自己のものとしたのであつた。これは、商法第二四五条一項一号に該当し、無効であると考える。けだし、任意競売は、実質上所有者と競落人間の売買であり、しかも、須田は単独の意思により、これを強制的に実現したものであるが、実質上「譲渡」とみることができる。そして、会社の全財産の譲渡は「営業全部の譲渡」と同視しうるか、これに準ずるものだからである(昭和三一年六月二三日東高民二判、昭和二九年(ネ)第六〇八号、高裁民集九巻五号三六五頁、判例体系(18)(1) 一五五頁参照)。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例