東京高等裁判所 昭和46年(ラ)455号 決定
本件抗告の趣旨は、「原決定及び昭和四六年五月一八日付で東京地方裁判所書記官がした執行文付与拒絶処分は、いずれも取り消す。東京地方裁判所書記官は、抗告人の執行文付与申請に対し、執行文を付与せよ。」との決定を求める、というのであり、その理由は、別紙抗告理由書並びに抗告人が原審に対して提出した昭和四六年五月一二日受付上申書及び同年五月一三日付追加上申書によると、要するに、抗告人は、本件裁判上の和解成立前の未納地代並びに本件和解による示談金割賦金等二か月分について相手方らに債務不履行があつたから、本件和解に基く賃貸借契約は解除された、と主張するものの如くである。本件記録によれば、抗告人と笹井穏照、笹井秀之、本多竹次郎、旗巻由市、根本多満喜、山田潤外六名との間には、さきに、抗告人を原告とし、右笹井穏照らを被告とする、賃料不払を理由とする土地賃貸借契約解除に基く建物収去土地明渡請求訴訟が東京地方裁判所に係属(同裁判所昭和四三年(ワ)第六、一三二号、第六、一三三号、第六、一三四号、第六、一三五号、昭和四五年(ワ)第七、一三三号建物収去土地明渡請求併合事件)していたが、同訴訟については、昭和四五年一〇月三一日、和解参加人本多武雄が参加した上、次のような裁判上の和解が成立したこと、すなわち、「(一)原告(抗告人)は、各被告及び参加人との間に本件各当該土地賃貸借契約(和解成立後の賃料の支払は毎月末日までに後掲(二)の原告預金口座に振込送金するものとし、その月額賃料を二回分遅滞したときは当然解除されたものとする、との特約あり。)があることを確認する。(二)各被告は、原告に対し、本件各当該示談金を分割して毎月末日までに原告指定の金融機関の原告名義の普通預金口座に振込送金して支払わねばならない。原告は本和解成立後速やかに右預金口座の詳細を、又、同口座を変更した場合にはその旨を、いずれも書面をもつて被告代理人弁護士平本祐二に連絡しなければならない。(三)各被告は、前項に定める割賦金の第一回分の支払を怠り、または第二回分以降の支払を怠つてその額が二回分の合計額に達したときは、期限の利益を失い、残額全部を直ちに支払わなければならない。(四)前項の場合において、各被告が期限の利益を失つた後、七日間を経過してもなお前項の残額金の支払を了しないときは、本件賃貸借契約は解除されたものと看做し、当該被告は原告に対し賃借地上に存する建物を収去してその土地を明け渡さなければならない。(五)原告並びに各被告及び参加人は、本和解条項以外何等の債権債務のないことを相互に確認する。(六)原告はその余の請求を放棄する。」との趣旨の和解が成立したこと(記録三二丁ないし四四丁、四七丁ないし五〇丁)、その後、抗告人(原告)は、前記被告笹井穏照、被告笹井秀之、被告本多竹次郎、被告旗巻由市、被告根本多満喜、被告山田潤及び参加人本多武雄の七名(以下、相手方らという。)に債務不履行があつたので、相手方らとの本件土地賃貸借契約を解除したとして、昭和四六年三月一八日本件和解調書につき相手方らに対する執行文の付与を東京地方裁判所書記官に対して申請したが(東京地方裁判所昭和四六年(モ)第六、〇五一号事件)、原審裁判官において抗告人本人及び相手方らの代理人平本祐二弁護士の両名をそれぞれ審尋の上執行文の付与を命じなかつたので、同裁判所書記官は昭和四六年五月一八日抗告人の申請にかかる本件執行文の付与を拒絶する旨の処分をしたこと、抗告人は同年六月八日東京地方裁判所に対して同拒絶処分に対する異議の申立をしたが(同裁判所同年(モ)第八、八〇六号事件)、同裁判所は即日右異議申立を理由なきものとして却下する旨の決定をしたことが認められる。
ところで、抗告人は本件執行文の付与申請にあたつて本件和解成立前における未納地代の不払をその理由の一としているものの如くであるが、本件和解条項の内容は前認定のとおりであつて、本件和解条項中には抗告人主張の本件和解成立前の未納地代に関するものは何もなく、しかも、その第五項で「本件各当事者は本件和解条項以外には何等の債権債務のないことを相互に確認」し、かつ、第六項で「原告(抗告人)はその余の請求を放棄」しているのであるから、この点に関する抗告人の主張の理由のないことは明らかというべきである(ちなみに、相手方らの昭和四六年五月六日付上申書添附の別紙三、四(記録二〇一丁ないし二〇三丁)並びに原審における相手方ら代理人弁護士平本祐二審尋の結果によれば、右未納地代については、すでに相手方らにおいて供託済であるところから、本件和解外で事実上別途処理する約定であつたので、特に本件和解条項にはうたわれなかつたのであつて、抗告人主張のように和解条項に記載することを失念したものではないことが認められる。)。
また、抗告人は、相手方らには昭和四六年三月分、同年四月分の二か月分の示談金割賦金等の支払について履行遅滞があつた、と主張するものの如くである。しかし、本件和解に基く示談金割賦金等の支払方法につき、本件和解条項は、その第二項において、前認定のとおり、前段で「毎月末日までに原告(抗告人)指定の金融機関の原告(抗告人)名義の普通預金口座に振込送金して支払わなければならない」とする反面、その前提として、後段で「原告(抗告人)は本和解成立後速やかに右預金口座の詳細を、又、同口座を変更した場合にはその旨を、いずれも、書面をもつて被告(相手方)代理人弁護士平本祐二に連絡しなければならない。」として抗告人にも右後段の指定通知義務を課しているのであるから、抗告人は本件につき執行文の付与を申請するには、まずもつて、抗告人のなすべき右後段の指定通知義務を履行したことを証明すべき筋合である。しかるに、抗告人の提出にかかる疏甲第一、二号証の各一、二(記録二一〇丁ないし二一二丁)、相手方らの前顕昭和四六年五月六日付上申書添附別紙二(記録二〇〇丁)並びに原審における抗告人本人及び相手方ら代理人弁護士平本祐二各審尋の結果を総合すれば、抗告人は、一旦は本件和解条項第二項に基く普通預金口座を三菱銀行神田支店の自己名義の普通預金口座と指定してその旨を昭和四五年一一月五日到達の書面で平本弁護士に通知したものの、昭和四六年一月頃自己の一方的な都合で右口座を解約し、その後、同年一月半ば頃と同年二月頃と再度にわたつて、平本弁護士から早急に他の振込先銀行口座を指定するようにとの要求を受けながら、現在に至るまで本件和解条項第二項後段所定の指定通知義務を履行していないことが認められる。してみれば、抗告人から前叙振込先銀行口座の指定通知がない以上、相手方らとしては本件和解条項第二項の振込送金による支払をすることができないのであるから、相手方らに抗告人の主張するが如き示談金割賦金及び地代金の履行遅滞があつたとはいえないのである。
しかるに、抗告人は、本件和解条項第二項につき、昭和四六年一月二九日平本弁護士との間で、これを通常の持参債務による支払方法に変更する旨の合意が成立した旨主張し、原審における抗告人本人審尋の際、右主張にそうが如き供述をしているが、原審における平本弁護士審尋の結果に比照してにわかに措信することができず、他に抗告人の右主張事実を認めるに足る的確な証拠はない(ちなみに、前顕平本弁護士審尋の結果によれば、前叙のとおり昭和四六年一月以降抗告人からあらたな振込先銀行普通預金口座の指定通知がないため、事態の紛糾をおそれた相手方らは、やむなく、昭和四六年三月二六日同年三月分の示談金割賦金及び地代を神田金代ビルなる抗告人の事務所に持参して抗告人に対して現実に提供したところ、抗告人は地代だけ受領して示談金割賦金についてはその受領を拒絶したこと、相手方らとしては右示談金割賦金を供託して却つて抗告人の感情を害してはとの考慮から、直ちにその供託をすることをさけていたが、抗告人から本件執行文付与の申請があつたので、昭和四六年五月一一日に至つて昭和四六年三月、四月の二か月分の本件示談金割賦金の弁済供託をしたことが認められる。)。従つて、右支払方法変更の合意を前提として債務不履行、契約解除をいう抗告人の主張は理由がないものといわなければならない。
なお、原決定は、措辞簡にすぎるとの謗を免れ得ないけれども、前認定のとおり抗告人本人及び相手方らの代理人平本祐二弁護士をそれぞれ審尋した上、抗告人の「本件異議を理由なきものと認め」て本件異議申立を却下したものであるから、これをもつて所論の如く全然理由を付さないものとはなし得ない。
よつて、結論において右と趣旨を同じくする原決定並びに原審裁判所書記官のした本件執行文付与申請の拒絶処分は相当であり、本件抗告は理由がないから、主文のとおり決定する。
(石田哲 小林定 関口)