東京高等裁判所 昭和46年(行ケ)142号 判決
一 前掲請求の原因のうち、原告が特許権を有する特許発明について、特許無効審決に至るまでの特許庁における手続、発明の要旨並びに審決の理由に関する事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、右審決における原告主張の取消事由の存否につき判断する。
(一) 成立に争いのない甲第二号証(本件特許発明の特許公報)によれば、本件特許発明は、主剤であるメルカプタン剤による薬害のおそれをなくするため、その使用を少量として、しかもなお、ウエーブ効果を挙げることのできる一浴式のコールドウエーブ液を提供することを目的とするものであること、そして、その明細書中、発明の詳細な説明には、本件特許発明のパーマ液を使用すれば、(イ)メルカプタンの悪臭がなく、(ロ)反応が迅速でセツト時間が従来の半分となり、(ハ)毛髪を害することなく、(ニ)セツト後の毛髪を艶よく柔軟とし、(ホ)持続性が大きいという作用効果がある旨が記載されていること、しかし、メルカプタン剤の含有量については、特許請求の範囲において特定されず、ただ、発明の詳細な説明に、本件特許発明によれば、還元性毛髪軟化剤例えばチオグリコール酸成分を二%未満使用した水溶液でも十分目的を達しうるが、普通三ないし三・五%が最もよいと記載されているだけであることが認められる。
一方、成立に争いのない甲第四号証(第一引用例)によれば、第一引用例には、そのパーマ液も一浴式のコールドウエーブ液であつて、従来の二浴式のものに比べて、(イ´)不愉快な臭気を除去あるいは減少させ、(ロ´)パーマ処理の時間が節約でき、(ハ´)頭髪の損傷を回避することができ(以上、2欄三一行目ないし3欄二三行目参照。)、かつ、(ニ´)毛髪の色調に悪影響を及ぼさない(11欄五行目ないし一六行目参照。)という効果を有することが記載され、また、(ホ´)パーマ液中のチオグリコール酸成分の含有量とその効果について、「家庭用としてはチオグリコール酸約三ないし六%を含有する溶液で申し分がない。営業用にはチオグリコール酸約六ないし七%またはそれを超える幾分濃い目のものでもよい。一般的に、チオグリコール酸約三ないし九%を含有する溶液を使用してよいが、例えば、約三ないし五%の比較的低濃度の溶液を使用する場合は、ウエーブの耐久性の程度が落ちる。もつと濃い溶液を使用することが特に好ましく、これにより真に耐久性のあるウエーブがえられ、通常毛髪が伸びるまでウエーブが持続する。チオグリコール酸の含有量が五・五ないし六・五%の溶液を使用するのが特に好適であることが分かる。」(5欄六九行目から6欄一二行目参照。)と記載されていること、これによれば、第一引用例のものにおいては、パーマ液中のチオグリコール酸の含有量によつてウエーブ効果及びその持続性、耐久性に程度の差があり、一般的には三ないし九%の溶液を使用してよいが、五・五ないし六・五%の溶液を使用すると頭髪が伸びるまで持続するという真に耐久性を有するウエーブ効果がえられ、約三ないし五%の溶液を使用しても家庭用としては申し分がなく、程度は落ちても実用性のある耐久性を有するウエーブ効果がえられることが認められる。
以上の事実によれば、本件特許発明におけるメルカプタン剤の含有量は、その明細書中、特許請求の範囲において特定されず、わずかに発明の詳細な説明においてチオグリコール酸成分三ないし三・五%を最も好適な使用範囲として記載されているに止まり、しかも、その数値自体は第一引用例にチオグリコール酸の一般的使用量として開示されている三ないし九%の範囲に包含されるから、本件特許発明と第一引用例とはパーマ液中のチオグリコール酸成分に差異があるということができず、また、本件特許発明のパーマ液は前記(イ)ないし(ホ)の作用効果を奏するものとされているけれども、第一引用例のパーマ液は(イ´)ないし(ホ´)の作用効果を発揮するものとされ、両者は互に対応するものと考えられるところ、前者が後者より格別優れていることを認めるに足る証拠はない。
そして、また、原告は、本件特許発明におけるパーマ液の組成のもとにおいてはアルコールの添加により毛髪のウエーブ効果が極めて大きくなる旨を主張し、成立に争いのない甲第六ないし第八号証には、毛髪をアルコール添加のあるパーマ液とこれがないパーマ液とにより処理して比較した実験の結果として、アルコール添加のある方がない方より、約二倍の弾力及びウエーブ効果がある旨(甲第六号証)あるいは曲毛の長さが二分の一に縮まり、カール弾力性が著大である旨(甲第七、第八号証)の記述とともに、その裏付資料として両方の試料たる毛髪一例宛について処理後の形態の描写図(甲第六号証)または写真(甲第七、第八号証)の添付があるが、その毛髪の形態上一見両者の差異に見られる点をもつて直ちにウエーブ効果の必然的な現われと認め、これにより、右記述が論証されたとするには、なお径庭があるばかりではなく、成立に争いのない乙第一号証には、右同様のパーマ液の比較実験の結果として、それぞれ一〇人の頭髪を五回宛処理した実験例についてアルコール添加によりウエーブ効果の増大は認められない旨の記述があり、また、その試料の毛髪たることに争いのない検乙第一、二号証によれば、右頭髪の形態にはアルコール添加の有無による差異がないことが観察されるから、これらの事実に徴すると、前出甲第六ないし第八号証の記述によつてはたやすく原告の前記主張を認めることができず、他には、これを肯認するに足る証拠はない。
してみると、審決が本件特許発明と第一引用例のものとの間にはアルコール含有の有無の点を除いてパーマ液の組成上著差がないとした認定には原告の主張のような誤りがあるといえない。
(二) 次に、第二引用例に発明の実施例(1及び3)としてコールドパーマ用剤にアルコールを添加配合することが記載されていることは当事者間に争いがなく、成立に争いがない甲第五号証(第二引用例)によれば、第二引用例の発明の実施例1のコールドパーマ用剤はゼリー状であつて液状ではなく、実施例2のパーマ用剤はクリーム状であり、また、実施例3のパーマ用剤は熱可溶性ゼリー状であつて、三五度C以上の温度においては液状となるが、常温においてはゼリー状であること(この点は原告主張のとおりである。)、また第二引用例のパーマ用剤の主剤であるトリエタノールアミン・メルカプト酢酸塩は中性化合物であり、添加物質も酸性あるいはアルカリ性ではないから、右パーマ用剤は中性であること(この点は原告主張と相違する。)を認めることができる。したがつて、これらの事実によれば、第二引用例には、メルカプタン系化合物に含まれるトリエタノールアミン・メルカプト酢酸塩を主剤とするパーマ用剤にアルコールを添加することが示されているものであるが、そのパーマ用剤がゼリー状であるが故にアルコールを必要とするという技術的理由はないから、これにアルコールを添加するのはパーマ用剤が第二引用例のもののようにゼリー状であるか本件特許発明のように液状であるかにかかわりがなく、また、そのパーマ用剤は中性であるが、本件特許発明のパーマ液は前出甲第二号証から明らかなとおり、pHが七すなわち中性の場合を含むから、その場合の液性したがつてアルコール使用の条件において第二引用例のものと異るところがないものということができる。
そうだとすると、本件特許発明においてパーマ液にアルコールを添加配合することは審決認定のように第二引用例によつて示唆されているものと認めるのが相当であり、この点の審決の認定に原告主張のような誤りはない。
もつとも、パーマ用剤にアルコールを添加することによる効果ないしその添加の理由について第二引用例に記載がないことは当事者間に争いがないが、本件特許発明と第一引用例のものとの間に作用効果上格別の差異がなく、前者がアルコール添加によりウエーブ効果を増強したといえないことはさきに説示したとおりであるから、第二引用例におけるアルコール添加例の記載が本件特許発明におけるアルコール添加を示唆するについて、その効果ないし理由の開示がないことは些かも妨げとなるものではない。
(三) 以上の次第であるから、審決が本件特許発明を第一、第二引用例に基づいて容易に発明することができたものとした判断を原告主張のように誤りとして審決を違法とすべきいわれはない。
三 よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却する。