東京高等裁判所 昭和46年(行ケ)73号 判決
事実及び理由
一 原告主張の請求原因のうち、第一項から第三項までの事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、本件審決を取消すべき事由の有無について判断する。
(一) 取消事由(一)について、
1 実用新案登録において要求される考案の進歩性の程度は、特許における進歩性と比べると幅の狭いものであることは、実用新案法第三条第二項の規定と特許法第二九条第二項の規定とを対比すれば明らかである。したがつて、実用新案登録出願にかかる考案を進歩性がないと判断するためには、特許出願の場合に比し、引用にかかる公知例はその技術分野において出願にかかる考案と親近性のあるものに限られ、またその技術内容も、その具体的構成が出願にかかる考案とあまりかけ離れたものであつてはならないことはいうまでもない。しかしながら、このことは必ずしも出願にかかる考案の構成要件のすべてについて、それぞれに相当する公知例を引例としなければならないことを意味するわけではなく、その構成要件のうちある部分について引例とすべき公知例がなくても、その部分について他の公知例から当業者が極めて容易に推考しうると判断される場合には、出願にかかる考案の進歩性を否定することができると解するのが相当である。
2 これを本件についてみると、成立に争いのない甲第二号証によれば、審決は本願考案の構成要件を直交する複数の壁板を備えたL型、T型、十型の異形壁体を形成し、L型壁体を建物外壁の直交部に使用し、T型壁体を外壁と仕切壁との直交部に使用し、十型壁体を部屋の隅部に使用する、ことにより部屋を構成する壁式建築の構成装置と認め、そのうえで、L型・T型の異形壁体を形成し、L型壁体を建築外壁の直交部に、T型壁体を外壁と仕切壁との直交部に使用して壁式建築における部屋を構築することは、引用例に記載されており、十型の異例壁体を形成しこれを部屋の隅部に使用して部屋を構築することは引用例に記載されていないけれども、家屋に仕切壁が十字状に直交する隅柱部が存在する場合にその隅柱部材に十型の異形壁体を使用することは、当業者ならば引用例から極めて容易に想到しうるところであると認定したことが明らかである。
3 原告は、引用例には十型の異形壁体およびその使用について記載はもとより、これを示唆するところもないと主張し、引用例に十型の異形壁体について記載のないことは、原告の主張するとおりである。
しかしながら、引用例に建物の外壁をなす隅部すなわち壁板がL型に交わる部分にこれと同じ形のL型の壁板を用い、二つの部屋が連続するような隅部、すなわち壁板がT型に交わる部分にこれと同じ形のT型の壁板を用いることが記載されている以上、建物において四つの部屋が相互に連続するような隅部、すなわち連続部屋の各隔壁をなす壁板が十型に直交している中心部位が存在するような場合には、この部位と同じ形の十型の壁版を用いるようなことは、当業者であれば、前記引用例から何らの考案力を要せずに極めて容易に想到しうるものということができる。したがつて、本件審決のこの点に関する判断が法の趣旨を逸脱するとの非難は当らない。
4 原告は、また課題が公知であるからといつて技術手段が公知であるといえないことはいうまでもないところ、家屋の壁が十型に交わる部分が存在することは課題にすぎず、この部分に四つの直交する辺を有する断面十型の異形壁体を用いてその各辺を壁の一部とすることはこの課題に対する技術手段であるから、前者が公知であるからといつて後者も公知であるとはいえない旨主張する。
しかしながら、家屋の壁がL型に交わる部分が存在することおよび家屋の壁がT型に交わる部分が存在することも、いずれも課題であり、これらの課題に対する技術手段としてこれらの部分にそれぞれL型またはT型の異形壁体を用いることが引用例に示されている以上、課題として家屋の壁が十字に交わる部分が存在する場合、すなわち、同じ部屋の隅部の範ちゆうに入る隔壁が十型に直交する部分がある場合その部分と同形の十型異形壁体を用いるという技術手段は、課題の存在によつて自ら定まり、課題とこれに対する技術手段とは必然的な関係にあるということができると解される。したがつて、課題が公知だからといつて技術手段が公知とはいえないという原告の主張は、一般論としては首肯しうるところであるが、本願考案に関しては妥当とはいえない。
(二) 取消事由(二)について
1 原告は、本願考案はアパート、社宅などの大型化され内部が規格化された連戸建共同住宅を対象とし、しかも低層ばかりでなく、むしろ中高層建築を主な対象とするものであるのに対し、引用例のものは比較的小規模な軽量コンクリート造の個人用一戸建組立平家家屋の建築技術に係るものであり、両者はその対象とする技術分野を異にすると主張する。
しかしながら成立に争いのない甲第一号証によれば、本願考案の明細書には本願考案が特に前記のような建物を対象とする趣旨の記載は見当らないし、また、その構成、作用効果に関する記載をみても、原告の主張するように限定して解釈すべき理由も見出すことができない。したがつて、本願考案は比較的小規模な個人用一戸建組立平家家屋をも当然その対象として含むものと解さなければならない。一方成立に争いのない甲第三号証によれば、引用例の発明の詳細な説明には、特に一戸建個人用平家家屋を発明の対象とする旨の記載もなく、またその構成作用効果に関する記載からみても、そのように対象を限定して解さねばならない理由を見出すことはできない。むしろ、同号証によれば、引用例のものは軽量コンクリート製ではあるが、各壁板は鉄筋を縦横に配設したものであることが認められるから、その対象が平家建に限られることはないといわなければならない。したがつて、本願考案と引用例のものとの間には、一戸建か連戸式か、小規模住宅か大規模住宅か、個人用住宅か共同住宅か、あるいは平家建か中高層建かというような対象の差はないものと解するのが相当である。
原告は個人用一戸建平家には十型壁体は絶無であると主張するが、個人用一戸建家屋であつても、その規模の比較的大きいものであれば、連続部屋の間仕切部が十型をなす部分が決してないわけではなく、この部分に十型壁体を配設しても、部屋の出入口の場所を適宜考慮すれば四室相互間の有機的往来が必ずしも妨げられるわけではないから、十型壁体を用いることが中高層共同住宅特有のものということもできない。
2 原告は、本願考案にあつては十字壁体を中心としてこれが建物の中央部にあつて大黒柱としての役割を果たそし、垂直に連続して構造体を支え、十型壁体を中心としてL型、T型の各異型壁体および平板壁体を組み合わせる構造様式を採用することにより壁式建築の大型化、高層化をはじめて可能にしたと主張するが、原告が強調するそのような作用効果は、本願考案の詳細な説明にも記載されていない。それゆえ、原告の主張は採用することができない。
三 以上のとおり、原告の主張はいずれも理由がなく、本訴請求は失当であるから、棄却する。
〔編註その一〕本願考案の要旨は左のとおりである。
直交する複数の壁板を備えたL型、T型、十型の異形壁体を形成し、L型壁体を建物外壁の直交部に、T型壁体を外壁と仕切壁の直交部に十型壁体を部屋の隅部に夫々使用して構築するようにした壁式建築に於ける部屋の構成装置
〔編註その二〕本件における審決を取消すべき事由は左のとおりである。
(一) 本件審決には実用新案法第三条第二項の解釈および適用を誤つた違法がある。
1 実用新案法第三条第二項は、いうまでもなく実用新案登録の要件のうち、いわゆる進歩性についての規定であるが、同じように特許の要件としての進歩性について規定した特許法第二九条第二項が、「……前項各号に掲げる発明に基いて、容易に発明をすることができたとき」としているのに対し、同条は、「……前項各号に掲げる考案に基いて、きわめて容易に考案をすることができたとき」はじめて出願にかかる実用新案について進歩性が否定せられるべきものであることを規定している。特許法の対象とする発明が、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものであるのに対し(特許法第二条第一項)、実用新案法が対象とする考案は、単に自然法則を利用した技術的思想の創作をいい(実用新案法第二条第一項)、前者のように高度のものであることを要件としていない。あえて後者が低度のものである必要はないが、少くとも法律が同一の自然法則を利用した技術的思想の創作について、効果を異にする二つの制度を認めている以上、より低い程度の保護が与えられるに過ぎない後者に要求せられる基準は、当然に前者より低くあるべきである。この元来低くあるべき創作考案が、公知の考案から「極めて容易に考案することができる」とする、実用新案登録において要求せられ進歩性の幅は、従つてまた当然に極めて狭いものといわなければならない。
2(1) 本願考案の要旨を、その構成要素に分析すれば、(イ)直交する複数の壁板を備えた異形壁体を使用して構築するようにした壁式建築における部屋の構成装置であつて、(ロ)その異形壁体はL型、T型、十型のものからなり、(ハ)L型壁体を建物外壁の直交部に使用し、(ニ)T型壁体を外壁と仕切壁との直交部に使用し、(ホ)十型壁体を部屋の隅部に使用して、部屋を構築するものである。このうち(ホ)の十型壁体を使用する「部屋の隅部」とは、明細書中考案の詳細な説明及び図面の記載に徴すれば、「互いに隣接する四つの連続部屋を構成する場合、各隔壁をなす壁板を四方に直交させている中心部位」を指すものであることは明らかである。一方、引用例には、審決も明らかに認めるように、本願考案における断面十型の異形壁体に相当するものについての記載はなく、従つてまた、これを「連続部屋の各隔壁をなす壁板を四方に直交させている中心部位に使用する」についての記載はもとより、これを示唆するところのものすら全然存在しない。
およそ、次のようなA、B、Cの構成要素からなる実用新案登録出願の審査にあたり、A、構成の要素をなす部分甲、B、構成の要素をなす部分乙、C、構成の要素をなす、甲乙との一定の配列、組合せからなる構造のうち、Aの部分甲およびBの部分乙についてはそのままにこれを記載した第一及び第二の公知刊行物が存在し、Cの構造については、それ自体をそのままに記載した公知刊行物を発見することができないが、これに近似する構造C′を記載した第三の公知刊行物は存在する場合、審査官が、第一、二及び第三の公知刊行物を引用し、Aの部分については第一刊行物、Bの部分については第二刊行物に、それぞれ記載するところであり、Cの構造は第三刊行物に記載された構造C′の単なる設計変更に過ぎないものと認められるから、出願の実用新案は、これら公知刊行物から極めて容易に考案することができるものとの判断を示して出願を拒絶することは、特許庁において確立されている慣行であり、正しい法の適用と考えられる。しかしながらこれら必須要件のうちAの部分甲についてのみこれを記載した公知刊行物は存在するが、Bの部分乙及びCの構造についてはこれをそのままに、又はそれに近似したものを記載した公知刊行物を発見することができない場合、単にAについての公知刊行物を引用するだけで、B及びCについては、何らの公知刊行物を示さず、しかも本件出願の実用新案は、この引用例の記載(それは要素Aのみを記載した唯一の公知刊行物である)から、極めて容易に考案することができるものであるというがごとき審決例、審査慣行はかつて耳にしたこともないし、またあつてはならないものと確信する。けだし、実用新案法第三条、第一一条、第一三条、特許法第五〇条の規定は、審査官は自己の有する主観的な知識―それは出願の審査にあたり事後的に得られたものでないとの保障はない―によることなく、出願にかかる考案の必須要件をなす各要素について、それをそのままに、ないしはそれに近似した考案を記載した公知刊行物を引用して、出願の考案が新規性ないしは進歩性を欠如することを具体的に示すことを要請しているものと解すべきであるからである。
したがつて審決が、本願考案の必須要件の一に該当する「断面L形、T形の隅柱部材を家屋の隅柱部に樹立すること」(A)を記載した唯一の公知刊行物を挙げるだけで、他の必須要件である「異形壁体十型なる物の存在」(B)および「十型異形壁体を部屋の隅部に使用するとの配列、構造」(C)については何ら客観的の公知刊行物の存在をも示すこともなく、しかも本願考案は、極めて容易に考案することができるとして、本願考案についての登録出願を拒絶すべきものとしたのは誤りである。
(2) 審決は、家屋に仕切壁が十字状に直交する隅柱部が存在する場合に、その隅柱部材として断面十形のものを用いることは、引用例の記載から当業者の極めて容易に想到し得るところであるというが、断面十形の異形壁体は、原告がL形、T形の異形壁体とともに、わざわざその形状を限定して本願考案の構成要素となした構成の部分である。すでに実用新案出願公告昭和二六―六六五三号公報により断面L型の異形壁体の存在を知つた審査官も、十形のそれの存在を知ることができなかつたゆえに、拒絶理由を発見することができないとして出願公告決定をなしたのである。
思うに、「家屋に壁が十形に交わる部分、すなわち原告のいわゆる部屋の隅部が存在する」ことと、「この部分に四つの直交する辺を有する断面十形の異形壁体を用いて、その各辺を壁の一部にすること」とは、何ら必然の関係のない事柄である。前者は、特許法上の用語を用いるならば課題ないし課題を構成する要素の一部の提示であり、後者は課題を解決する技術的手段の開示である。この課題を解決する技術的手段に新規性ないしは進歩性が欠けるかどうかは、課題の周知性ないしは当事者間に争いの有無とは全然別個に、そして特許法の要求するところに従えば、審査官はその事実を公知文献を引用し、出願人に示さなければならないのである。