東京高等裁判所 昭和46年(行コ)47号 判決 1974年9月26日
一審原告 株式会社あづま荘
一審被告 熱海税務署長
訴訟代理人 中村勲 外三名
主文
(昭和四六年(行コ)第四七号事件につき)
本件控訴を棄却する。
(昭和四六年(行コ)第四八号事件につき)
原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。
(訴訟費用につき)
訴訟費用は第一、二審とも一審原告の負担とする。
事 実 <省略>
理由
一 一審原告が、昭和四二年二月一三日、一審被告に対し、昭和四〇年一一月一日から昭和四一年一〇月三一日に至るまでの一審原告の事業年度の法人税につき、法人税額なしとの確定申告をしたところ、一審被告はこれに対し、昭和四二年四月四日付で法人税額を金二〇七万八二〇円とする更正を行ない、あわせて源泉微収所得税金三〇〇万五一七四円を納付すべしとの納税告知処分を行なつたこと、一審原告は右各処分につき昭和四二年四月七日、一審被告に対し、異議申立をしたところ、一審被告は同年六月二九日付決定をもつて、右異議申立ての一部を認容し、法人税額を金一六三万九〇〇円、源泉徴収所得税を金五万円の限度で維持し、右の限度をこえる原処分を取消したこと、一審原告は同年七月一〇日、右決定につき名古屋国税局長に対し、審査請求に及んだが、昭和四三年三月三〇日、請求棄却の裁決を受けたこと、以上の事実はすべて当事者間に争いがない。
二 そこで右審査裁決によつて維持された本件各処分の当否について判断する。
(一) 法人税の更正の当否について
(1) 一審原告が旅館・貸間・喫茶・料理等を営むことを目的として資本金一〇〇万円で昭和三六年八月二三日設立された株式会社であり、設立後熱海市伊豆山一七〇番地において一審原告と同族関係にある訴外あづま不動産株式会社から、同会社所有の原判決別紙目録記載の四棟の建物を賃借し、旅館業を営んでいたところ、右建物の所在地の一部が静岡県起業一般国道一三五号線下田・小田原線道路改良工事の施行に伴い、静岡県に収用されることとなり、それによつて右建物も一部を取毀さざるをえなくなり、一審原告は昭和三八年三月頃から旅館営業を停止したこと、その後一審原告と静岡県との間で折衝がなされ、昭和四一年三月三〇日、県が補償をする旨の契約が締結され、これに基づいて同年四月二五日、一審原告が県より、
動産移転費として 一四万二五六〇円
移転雑費として 七八万一五六三円
休業補償費として 六二九万二〇五二円
立木補償費として 三万三〇四〇円
以上合計七二四万九二一五円の補償金を受領したことは、当事者間に争いがない。
(2) 一審原告は、右補償金については、租税特別措置法六五条の三の適用があると主張するけれども、右主張が失当であることについての当裁判所の判断は、次に付加したほかは、原審の判断と同一であるから、原判決理由第二項の(一)ないし(四)の記載をここに引用する。
(付加部分)なお、右規定の適用を受けるためには、補償金が特定公共事業の用地の買収にかかるものであることを必要とするところ、(同条一項、五項)、本件工事が特定公共事業によるものであるとの主張立証はなく(なお、原審でも指摘のとおりこの点に関する<証拠省略>の記載は、<証拠省略>の記載にてらし採用できない)、かえつて<証拠省略>によれば、本件工事は特定公共事業にあたらないものと認められるので、一審原告の右主張は、この点においても失当というほかはない。
(3) 一審原告は、次にかりに右補償金につき租税特別措置法の適用がないとしても、右補償金のうち、休業補償金は昭和三八年四月より昭和四一年三月に至るまでの三カ年間の休業に対する補償であるから、本件係争年度の収入となるのは、本件係争年度に対応した期間の割合の分にすぎないと主張するのでこの点を判断する。
しかし、本件休業補償金が一審原告主張のような、三年間の休業に対する補償である旨を認めるに足りる証拠はなく、かえつて、<証拠省略>によれば、右休業補償金は、一審原告が訴外あづま不動産株式会社から賃借していた建物が移転、再築され一審原告が事業を再開するまでに要すると考えられる休業期間を一一ヶ月と見込んで計上した補償額であつて、右は、補償の時点において、建物の移転により、一審原告に通常生ずべき営業上の損失を確定し、一括して補償する趣旨のものであることが認められる。従つてかりに移転再築が右期間以内に完了した場合であつても、残存期間に対応する補償金を返還すべき性質のものでないことも明らかである。してみれば、かかる補償金が、確定した権利として、本件係争年度中に支払われた以上(この権利の確定および支払の時期が本件係争年度中であることは、当事者間に争いがない)、この金額を右年度の益金に計上すべきは当然であるから、一審原告の右主張は採用できない。
(4) 一審原告は、さらに、右主張が理由がないとしても、必要経費として控除すべき金額は四四〇万六七〇八円であるから、差引の課税所得金額は二八九万一一八五円であると主張するので、この点を判断する。
一審被告が必要経費として控除すべき金額として認めた費目のうち、一審原告がより多い額である旨主張するのは、支払家賃、電気料、電話料、温泉料、支払利息および自動車関係の費用(税金、保険金、修理代等合計八万七〇円)であるから、以下これらの点を判断する。
(イ) 支払家賃について
弁論の全趣旨によれば、本件の支払家賃とは、控訴人が訴外あづま不動産株式会社から賃借していた温泉旅館用の建物の賃料のことであることは明らかであるが、<証拠省略>によれば、一審原告は昭和四一年四月末日をもつてあづま不動産株式会社との間の前記賃貸借契約を解除して温泉旅館用建物を明渡していること、および昭和四〇年一一月以降(本件係争年度中)の右建物の賃料は月額一〇万円と約定されていたことを認めることができる。従つて本件係争年度中の支払家賃の額は一ヶ月一〇万円で昭和四〇年一一月から昭和四一年四月に至るまでの六ヶ月分即ち六〇万円であり、これを越える額である旨の一審原告の主張は独自の見解に基づく計算方法によるものであつて採用できず、他に右金額をこえるものであることを認めるに足りる証拠はない。
(ロ) 電気料について
<証拠省略>によれば、一審原告が本件係争年度内で温泉旅館経営中に東京電力株式会社に支払うべき電気料は、金一万二〇五三円であることが認められ、これを超える額であるとの一審原告の主張事実を認めるに足りる証拠はない。
(ハ) 電話料について
<証拠省略>によれば、一審原告が本件係争年度内で温泉旅館経営中に熱海電報電話局に支払うべき電話料は金一万二七七八円であることが認められ、これを超える額であるとの一審原告の主張事実を認めるに足りる証拠はない。
(ニ) 温泉料について
<証拠省略>によれば、一審原告が本件係争年度内で温泉旅館経営中に足川温泉配給組合に対して支払うべき温泉料(温泉使用料のほかに温泉源地の固定資産税を含む)は金一万三三〇七円であることが認められ、これを超える額であるとの一審原告の主張事実を認めるに足りる証拠はない。なお、<証拠省略>はいずれも年度の異なる温泉料に関するものであつて採用できない。
(ホ) 支払利息について
一審原告は一審被告が認容した城南信用金庫からの借入金三〇〇万円に対する日歩二銭四厘の割合の一年分二六万二八〇〇円を争い、右支払利息として昭和三六年一二月から昭和四一年五月に至るまでの四年六ヶ月の期間の利息として五〇万六九九〇円を計上するが、右主張の期間は本件係争年度以外に亘るものであり、採用できない。そして、右金額中本件係争年度にあたる部分の割合を計算すると六万五七二〇円となり、一審被告の認容額に充たないものとなるので、結局一審原告の不利に帰する。そして他に右支払利息が一審被告認容額をこえることを認めるに足りる証拠はない。
(ヘ) 自動車関係の費用について
自動車関係の支出に関する書証のうち<証拠省略>はいずれも本件係争年度に関しないものであり、その他の書証も、年度の異なるものが大部分であり、僅かに<証拠省略>には本件係争年度中の支出に関係があるもののごとき記載がなされているが、この記載からだけでは、いまだ一審原告の自動車関係の支出と認めるには足りない。そして他に一審原告の主張金額を裏付けるに足りる証拠はない。
(5) 次に、課税標準として一審被告の主張する金額が正当であつたとした場合に、これに対する法人税額の計算関係が、一審被告の主張どおりであることは、当事者間に争いがない。
(二) 源泉徴収所得税の納付告知処分について
一審原告が、昭和四〇年九月二五日、一審原告会社の監査役である藤枝東治を通じて弁護士松村恭一郎に対し、五〇万円を支払つた事実および右金員につき源泉徴収の対象として課税される場合には、徴収税額が五万円となることは当事者間に争いがない。
<証拠省略>、原審における一審原告本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨よりすれば、右金員は一審原告が静岡県を被告として本件補償に関務して静岡地方裁判所沼津支部に対し、弁護士松村恭一郎を代理人として提起した訴の報酬等に充てる金員として交付されたものである(領収証には「一切の費用として」と表現されている)が、実質的にはこの中には報酬のみならず訴状に貼用すべき印紙代の立替分や弁護士の出廷のための旅費日当等の実質もいくらかは含まれていると認められる。しかし、一審原告主張のようにその全額が実費等であつて、報酬分を全く含んでいないとは認められず、結局、右金員中どれだけの部分が報酬であつて、どれだけの部分が立替金ないし実費の支払いにあたるかを確定することはできない。そこで、このような場合、右交付金の全額について、所得税法二〇四条一項二号にいう「弁護士等の報酬料金」にあたるものとして、源泉徴収の対象となしうるかについて考える。元来、源泉徴収制度の趣旨は、納税義務者の納税を容易ならしめるため、所得が納税義務者の手中に帰する以前の段階で徴収して税金の概算前払の方法で国が一応これを収納し、他日所得金額が明らかになつてから、改めて納税義務者から納税される代りに既に源泉徴収によつて納付した右税額をもつてこれに充て、もし不足があれば追加納付させ、余剰があれば還付して、納税義務者の事後納税によつて生ずる煩雑な事務を軽減すること、他面、源泉徴収の方法によらないと容易に捕捉しがたい種類の収入を容易に捕捉してその支払の段階で支払者をして捕捉徴収させ、これによつて国の所得調査の手数を省くこと等にあるものとされている。一方、事業所得者としての弁護士は、毎年確定申告において、その前年中の総収入から必要経費を差引いて申告しなければならず、その際、前年度に支出した一切の実費は必要経費として控除の対象となりうるのであり、かりに、源泉徴収によつて既に収納された所得税額につき、その対象とされた交付金のうちに、たまたま幾分かの実費が含まれていたとしてもこれを調整する機会をもつことができるのである。してみれば、右にみた源泉徴収制度の趣旨から考えるならば、本件のような事情の下で実質と報酬とが区分されず「一切の費用として」との名目で授受された金員については、その全額を所得税法二〇四条二号にいう「報酬」と解して、これを源泉徴収の対象とするのが相当である。
(三) 時効の主張について
一審原告は、本件各処分は、いずれもその処分の日(昭和四二年四月四日)より起算して五年を経過したから、時効によつてその徴収権が消滅したと主張する。しかし、国税の時効についても、会計法三一条により民法一四七条、一四九条、一五三条の各規定が準用されるものと解すべきであり、また課税処分の取消訴訟に対する応訴行為は、民法一四七条、一四九条にいう「裁判上の請求」として、時効中断の効力を有するものと解するのが相当である。
本件についてこれを見れば、一審原告が本件処分の取消を求めて提起した訴訟に対し、一審被告が請求棄却を求めて応訴した昭和四三年九月一一日付答弁書を同年一一月六日の原審第二回準備手続期日に陳述したことは記録上明らかであるから、この日以降、本件徴収権の時効は中断していると解すべきであつて、一審原告の右主張は採用できない。
三 以上に判示したとおり、本件各処分はいずれも名古屋国税局長の裁決によつて維持された限度において適法であり、これが取消を求める一審原告の本訴請求はすべて理由がないので、一審原告の請求はこれをすべて棄却すべきであるところ、法人税更正処分の取消請求については、これを棄却した原判決は相当であるが、源泉徴収所得税納付告知処分の取消請求については、これを認容した原判決は不当である。よつて、前者に対する一審原告の控訴(昭和四六年行コ第四七号事件)は理由がないのでこれを棄却し、後者に対する一審被告の控訴(昭和四六年行コ第四八号事件)は理由があるので、原判決を取消して、一審原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用のうえ、主文のとおり判決する。
(裁判官 浅賀栄 小木曽競 深田源次)